神なる冬

カミナルフユはマヤの遺跡
コンサドーレサポーターなSFファンのブログ(謎)

[SF] ヒプノスの回廊

2011-02-20 16:06:58 | SF
『ヒプノスの回廊』 栗本薫 (ハヤカワ文庫 JA)





まさか出るとは思っていなかったグイン・サーガ外伝の22巻。これで正真正銘のラストらしい。

グインサーガ・ハンドブックや、アニメDVDのブックレット、さらにはあの雑誌〈JUNE〉に発表された諸作の拾遺集。

ランドックにてグインがアウラと出会うという「ヒプノスの回廊」がなんといっても衝撃的。ある程度、断片として明らかになってはいたものの、こうやってはっきりと描かれていたとは知らなかった。

個人的には、〈煙とパイプ亭〉のその後を描いた「アレナ通り十番地の精霊」がお気に入り。彼らはグイン・サーガの世界で、まさしく市井の人々の代表である。グインやイシュトヴァーンのような英雄たちだけではなく、彼らのような人々の生活を描くことによって、中原世界がどこかにしっかりと存在しているというリアリティが担保されている。そしてまた、この一家が、トーラスのオロというまったくの端役から生まれたという事実も、不思議な因縁を感じる。ゴダロ一家は、グイン・サーガという物語が自ら必然として作り上げた存在なのだろう。

今後、発刊が予定されている『グイン・サーガ・ワールド』がどのようなものになるのかまだわからないが、栗本薫が作り上げた世界は、ここではないどこかにしっかりと存在し、これからも物語をつむいでいく。




「前夜」
おてんば少女のリンダと、内気少年のレムスが懐かしい。リヤ大臣とか、乗馬服とか、さりげない配置が心憎い。

「悪魔大祭」
グイン・サーガ内の伝説。猫の王女という単語には過剰反応してしまう。トワイライト・サーガとの関係もちょっと気になる。

「クリスタル・パレス殺人事件―ナリスの事件簿」
この手の謎解きはあんまり好きじゃないんだよね。最大の可能性は必然じゃない。いや、ナリスが嫌いなだけか(笑)

「アレナ通り十番地の精霊」
〈煙とパイプ亭〉の一家には幸せになってほしいよね、本当に。

「ヒプノスの回廊」
衝撃的な内容はともかく、いったいどうしてグインがここに来たのか。夢の回廊と、空間転移の関係はどうなっているのか。まったくもって興味深い。

「氷惑星の戦士」
グインがヨツンハイムあたりで遭遇したエピソードと読み替えてもおもしろい。ところで、高千穂遙は「美獣」の続きを書く気があるんだろうか。



[SF] 去年はいい年になるだろう

2011-02-20 15:21:41 | SF
『去年はいい年になるだろう』 山本弘 (PHP研究所)




と学会会長、山本弘の自伝的私小説……といっても、これは完全なるフィクション。

2001年9月11日。あの悪夢のハイジャック事件を阻止するために未来人がやってきた。そこで、未来人のスポークスマン(AQ)のひとりに選ばれた山本弘の悲喜劇。

未来人の宇宙船兼タイムマシンで小川一水に出会ったり、安田均に借金しに行ったりと、オタク界隈の著名人が実名でずらずらと登場する。そこが非オタクには内輪受けに取られてマイナスになるところは少なからずあるようだ。

この小説で大きなポイントになるのは、911の以前と以後。911以前に、あのツインタワー崩壊のビデオを見せても、おそらくCGだとしか思われないだろう。これからそんなことが起こるとは、いくら未来人に信じろと言われても無理かもしれない。

国家的軍事力の強制解体という事象に対し、確かに市民の見方は大きく変わるだろう。さらには、日本で言えば1995年の阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件が大きな転機になるかもしれない。

人間は、何かが起こってからではないと反省することはないというか、どんなに悲観的に考えていても楽観的な部分が残るというか……。

そしてまた、大きな悲劇を救った裏で、救われない小さな悲劇。未来人とはいえ、万能ではない。そこから生まれる小さな不満が、再び川のように集まって大きな不満になっていく。悲劇は相対的であり、大きな悲劇が失われれば、小さな悲劇がクローズアップされる。そこには果てしなく続く繰り返しがある。

もし歴史が変えられたら。この悲劇を救えたら。その先に続く果てしない繰り返しは何を生むのか。まるで、『正義の話をしよう』のごとく、いったい何が正しいのか。不幸を無くすということはどういうことなのか。



ただ、SFファンとしてひとこと言いたいことがある。

未来人が来たから、これから24世紀までに起こること、起こらないことがわかってしまったからといって、SFで書くことがなくなるなんて、いったいどういうことだ。それではまるで、アポロの月面着陸時に「これでSFは終わった」と言われた笑い話ではないか。

これが山本弘みたいなSFプロパーから出た言葉だというのが悲しい。

月面に人類が立とうが、相対性理論があろうが、量子力学があろうが、冥王星が惑星でなくなろうが、SF作家はSFを書き、SFファンはSFを楽しみ続けてきたのだ。24世紀から未来人がやってきたなんて、SFの隆盛の理由になっても、衰退の理由になんかなるわけが無かろう。

だいたい、21世紀になってもオーウェルの『1984』が売れ、それを下敷きとした『1Q84』が売れるのだ。山本弘の『神は沈黙せず』だって、別に未来人が来たから売れなくなるとは到底思えない。

SFファンは山本弘が描くよりもずっと、未来は変えられるということに希望を持っているし、未来人が来た時点でそこからの未来が変わるだろうということにすぐに気が付くだろう。こんなことに何ヶ月も気が付かないとは、ちょっとレベルが低すぎではないですか。

未来人(おっと、アンドロイドか)が少しだけ成長し、さらに過去を救いに行く。だから、「去年はいい年になるだろう」というラストシーンはさわやかではあるけれど、ちょっとイライラする小説だった。


[SF] 郭公の盤

2011-02-20 14:24:50 | SF
『郭公の盤』 牧野修+田中啓文 (早川書房)



『郭公の盤』プロモーションヴィデオ(オフィシャル)


なんとe-novelsでの連載小説の書籍化。

e-novelsといえば、昨今の電子書籍ブームに先駆けて、作家たちが株主となって始めた電子書籍配信プロジェクト。その流れは電子書籍「AiR」(http://electricbook.co.jp/)に受け継がれているものの、今現在、電子書籍だなんだと騒いでいる人たちは、一度、このe-novelsや先行の電子書籍がなぜ失敗したのかを総括しておくべきだと思うんだけどねぇ。


e-novelsでの連載開始が2000年(くらい)ということもあり、2008年から雑誌(ミステリマガジン)連載用にリライトしたとはいえ、社会情勢は当時のまま。右翼系大物代議士はすべての敵(笑)

また、交互執筆での競作のせいか、物語の主軸は右往左往。重大な伏線っぽい記述は放置で、いきなりの飛び技が炸裂したり。とにかくカオス過ぎて凄い。

そのあたりの事情はふたりの紆余曲折曖昧模糊なあとがきにもうかがえるが、よく完結したものだ。


タイトルの“郭公の盤”とは古代日本の呪術的オーパーツ。これをどうにかすると日本がどうにかなってしまうという凄いもの。これを追う物語の中で、イザナギ、イザナミ神話まで遡って、超古代日本文明に隠された秘密が明らかになる。

記紀の神話に加え、厩戸皇子やら平家物語やら耳無し芳一やら、歴史上のあれやこれやをオカルティックに再解釈しなおして、“郭公の盤”の存在をリアルに描き出すという歴史ミステリーの側面と、血潮と汚物にまみれたエログロ描写が見事なバランス。

ただ、紆余曲折のおかげで、どうしても納得のいかない件がいくつか。

外山金四郎の名前はただのギャグだったのか。桜吹雪はどこへ行った?

稗田佳枝って、どう考えたって律子の母親じゃないのか。これとジュンと名付けられた赤ん坊の件はどう繋がっているのか。はたまた繋がっていないのか。

第3の耳を持つ“蓮華”と、眼が耳になる一族は繋がりは無いのか。どう考えたって、初期設定と変わってるだろ、これ。

で、最後のスカイツリー崩壊時に律子はどこにいたんだっけ?

そのほか、あれやこれや……。

カオスの狭間に埋もれて読み落としたものがあるのかもしれないけれど、これが競作の醍醐味であり、問題点だろうか。


それにしても、古代日本は興味深い。東北縄文とか、卑弥呼の墓とか、出雲対伊勢とか、ネタはいくらでもあるのだけれど、もうちょっとフツーの日本人もこのあたりに興味を持ってくれるといいんだけどね。北海道みたいな新開拓地は別として(あそこはあそこでアイヌ神話、ユーカラをなんとかしろと)、自分の住んでいる土地の神様の由来とか、どれほどの人が知っているのだろう。それは宗教的な問題じゃなくって、身近な歴史ミステリーなんだよね。

この物語に出てくる日本の創世神話とか、最初に生まれたヒルコの話などにしても、マニアックな話題じゃなくて、一般常識レベルになってもいいと思うんだけど。


ところで、よく見たら、表紙がネタばれではないか。帯の下でよく見てなかったよ。