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神なる冬

カミナルフユはマヤの遺跡
コンサドーレサポーターなSFファンのブログ(謎)

[SF] ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン

2017-01-16 23:10:17 | SF

『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』 ピーター・トライアス (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

 

なんと、新☆ハヤカワ・SF・シリーズと、ハヤカワ文庫(上下組)の同時発売。危うく両方買いそうになった。まぁ、文庫版の方を買う人が多いとは思うが、この版型で集めているので、こちらで。

第二次世界大戦で日本とドイツが勝利し、アメリカ西海岸が日本の、アメリカ東海岸はドイツの統治下におかれて、40年。

冒頭は西海岸の日本人収容所の悲惨な状況とそこからの解放のシーンから始まるが、40年後の世界はまるでその裏返し。アメリカ西海岸全体が収容所になってしまったような、特高と憲兵が我が物顔で闊歩する見事なディストピア。それに加えて、謎の技術力でメカ(=巨大ロボット)を作り、国家的にゲームに興じるというクールジャパン的日本像が描かれる。

表紙はまるで『パシフィック・リム』(これは文庫版も同様テイスト)だが、内容は『高い城の男』というか、完全なディストピア小説。主人公ふたりのエピソードはなかなかエグい。ここが変だよジャパネスク文化のもとで、日本製のメカが暴れまわる話と思って読み始めたら、いきなり特高や反乱分子の拷問シーンはグロいし、メカ同士の戦闘シーンは悲壮感丸出しだし、爽快感もなにも無い。

著者のピーター・トライアスは、名前からはわかりにくいがアジア系アメリカ人だとのこと。幼少期を韓国で過ごしたとあるので、韓国系か。日本製のゲームを持っていたことで怒られたとの反日的言動にもさらされたようだが、映画やゲームから日本文化の影響を多大に受けているのは確かなようで。個別のオタク的ネタや、お遊び要素はそこら中にあふれている。

しかし、この小説のメインのターゲットはそこにはなく、日系と非日系の階層社会、絶対天皇に対する本音と建前を使い分ける社会、特高による監視社会といったあたりが主題なのか。しかし、ちょっと戯画的にすぎるような気もするので、どう取ればよいのかわからないのが正直なところ。

というのも、この手の小説は、戦前戦中の日本社会をどこまで正しく理解していて、批判的にしろ好意的にしろ、どこまで本気で書いているのかわからないのだよね。こんな社会ダメだろうと言えば、現代の日本人だってダメだろうと同意するだろうし、現代アメリカ社会の裏返しに取るとしても安直すぎるし。あり得ないファンタジーの一種として持ってきた舞台と見るのが正しければ、そこはあまり突っ込まないでいいような気もするし。

ものすごく惹きこまれたし、笑って怒って泣けるという非常に大きな振幅で心を揺さぶってくる小説ではあるけれど、日本人としてこの小説に対してどういう態度で接するべきか、戸惑ってしまうのが正直なところ。

SFシリーズ版の解説では、本国では「村上春樹的」との評を受けたようだが、訳文で読む限りは、どっちかというと「村上龍的」な感じ。『五分後の世界』がテイスト的には近い。もっとも、向いている方向は、あれとは正反対なのかもしれない。

 


[SF] カンパニュラの銀翼

2017-01-12 22:59:17 | SF

『カンパニュラの銀翼』 中里友香 (ハヤカワ文庫JA)

 

 

第2回アガサ・クリスティー賞(2012年)受賞作。この賞は“本格ミステリをはじめ、冒険小説、スパイ小説、サスペンスなど、アガサ・クリスティーの伝統を現代に受け継ぎ、発展、進化させる総合的なミステリ小説を対象”とする公募の新人賞である。

大事なことなのでもう一度言うと【公募の】新人賞である。

で、中里友香といえば、2007年に日本SF新人賞を受賞して『黒十字サナトリウム』でデビューしているし、講談社の『BOX-AiR』にも参加している。

新人賞には、わざと有望な作品を投稿させて、いわば出来レース的に受賞させて箔を付けることもあるようだけれど、この件はどうもそうではないらしい。

まぁ、何が言いたいかというと、日本SF新人賞って、本当にクソだったな。博士号並みに取っても食えない代物だったと。『SF Japan』ともども、俺の期待感と赤いハードカバーに投資した金を返せよ。いったい徳間は何をやっていたのかと、今頃言ってもしょうがないのだけれど。

そういえば、《憑依都市》関連でもめていた話は、結局どうなったんだっけ??

そんなことばかり書いててもしょうがないので、作品の話をしよう。

この小説はクリスティー賞=“ミステリの賞”受賞作だったので、発表当時は購入を見送ったのだった。文庫化の時に買ったけれども、半年以上そのまま積読状態だった。しかし、読んでみると、これがなかなか面白かった。

これをSFと呼んではいけないような気もするが、一言で言えば、オカルティックな存在をミステリ的なロジックで退治するというというお話だった。敢えて“科学的”ではなく、“ミステリ的”という言葉を使うが、この辺は評論的におもしろいネタになりそうな気がする。

無理矢理に科学的(というか、疑似科学的)に解釈するならば、オーグストはシグモンドが生み出した存在だったのではないか。そうであるからこそ、非科学的ではあるが、論理的なロジックの元で退治することができたのだと思う。つまり、シグモンドさえ納得すればよいのだ。

しかし、シグモンドの不老性とか、クリスティンの目の急速な治癒とかを考えれば、絶対にこいつら吸血鬼でしょと思っていたのが、まったくのミスリードだったのには笑った。そのへん、応募先を考えてミステリーであろうとする葛藤でもあったのだろうか。

注意深く第三者的な視点で読むとオーグストは存在しないとか、シグモンドと同一人物とかいった仕掛けがあると、さらにミステリとしては完璧だったのだろうけど、さすがにそこまでは読み取れなかった。

 


[SF] スキャナーに生きがいはない

2017-01-11 22:08:58 | SF

『人類補完機構全短篇(1) スキャナーに生きがいはない』 コードウェイナー・スミス (ハヤカワ文庫 SF)

 

 

名前だけなら超有名なSF小説の筆頭がエリスンの『世界の中心で愛を叫んだ獣』であれば、名前だけなら超有名なSFシリーズの筆頭が《人類補完機構》だろう。

言っておくが、あのアニメで有名になったのではないぞ。有名だからこそ、あのアニメで使われたのだ。

しかし、この《人類補完機構》に関連する短編は複数の短編集に分散されたり、文庫には未収録があったりして、なかなか全貌が把握できなくなっていた。これをひとつにまとめようというのがこの企画の趣旨。

実際、読んだ記憶のある短編もあれば、読んだはずなのに記憶にない短編も、まったく読んだはずのない短編もいろいろ混じっていた。

自分も良くわかっていなかったのだが、やっとこれで《人類補完機構》の成立と目的が理解できた。成り立ちがこんな話だとは露とも知らなかったよ。大学生くらいの自分に向かって、「そもそも《人類補完機構》とはな……」って感じで講義してやりたいくらい。

さらには序文において、スミスが当時は正体不明の覆面作家であったことや、いくつかの作品は夫人との合作であり、さらに、夫の死後に妻が完成させた作品もあったことなどが記されてる。これも全然知らなかったので、また大きな驚きだった。きっと妻が最大の理解者であり、最大のファンだったのだろう。この関係にはちょっと憧れる。

ひとつひとつの短編で見れば、冒険あり、ロマンスあり、たわいのない一発ネタありで、質の面でも大きくばらついてはいるが、ひとつの歴史物語としてみれば非常に興味深く読めるようになっている。

戦争によって人類が滅びかけた地球に、戦争前に地球を脱出したはずの女性が偶然降り立ち(墜落し!)、人類再生の象徴となるところから《人類補完機構》は始まる。そこから人類は復興し、光子帆船により大宇宙へ乗り出す。特殊な改造人間だけが生きて帰れる平面航法が見つかり、さらにそれが一般人へと解放される。その時代時代に繰り広げられる悲劇や喜劇。これは確かに未来の歴史絵巻だ。

さらには、浅倉久志、伊藤典夫、ふたりの訳がすばらしい。特に、タイトルの訳には痺れる。表題作の「スキャナーに生きがいはない」はもちろん、「星の海に魂の帆をかけた女」、「青を心に、一、二と数えよ」と、どれもタイトルだけでワクワクさせてくれる。しかも、その原題のイメージをそのままに日本語に意訳している。

「青を心に、一、二と数えよ」の原題なんて「Think blue, count two」だ。直訳すると「青を思い浮かべて二つ数えよ」だ。どうやったらこんなに美しい表現が思いつくのだろう。

タイトルの和訳でたびたび炎上する映画業界も、こういうセンスを見倣って欲しいものだ。

 


[SF] ほかの惑星への気楽な旅

2016-11-29 23:07:45 | SF

『ほかの惑星への気楽な旅』 テッド・ムーニイ (河出書房新社 ストレンジ・フィクション)

 

《ストレンジ・フィクション》叢書は、この手のいわゆる“スリップ・ストリーム”にしては面白い小説が多い。という印象だったので、結局最後に残った一冊も読んでみることにしたのだが……。

これはまさしく《ストレンジ・フィクション》。まったくもって奇妙な小説だった。不条理というわけでもないが、かといって腑に落ちるわけでもなく、なんとも宙ぶらりんな感じ。

出版経緯としても、訳者が思う抜群に“変な小説”だからという理由で企画に推薦し、その結果、訳に苦労して後悔するとか、解説には要するに「わからない」ということしか書いていないとか、本当にわけのわからない小説だ。

タイトルはいかにもSFっぽいが、小説中で明言されるのは死後の世界の暗示としてに過ぎない。かといって、この小説の舞台が「ほかの惑星」というのはさすがに安直に過ぎる。

他にもSF的なガジェットとして、人間に恋するイルカ、南極で勃発しそうな資源戦争、正体不明の情報病、本物なのか幻覚なのかわからないテレパシーなどが登場するが、どれも曖昧なベールの向こう側に(わざと)置かれている。

特にテレパシーなのか透視なのか予知なのか、唐突に違う場面の描写が文章に入り込んできていて、最初は本当に乱丁かと思った。これは情報過多な現代(といっても、すでにレトロな雰囲気もあるが、本当に80年代?)を表そうとしたものだそうだが、成功しているのかというと、かなり疑問。

これなら、J・G・バラードの濃縮小説(コンデンスト・ノヴェル)の方がましなんじゃないか。っていうか、混線する会話文で情報過多を表現って、そもそもダメだよね。情報って会話テキストだけなのか、そういうもんじゃないだろって小一時間問い詰めたい感じ。

だいたい、「禁断の愛」とか「性愛と破滅」とか、いろいろ煽ってる割に、性的描写はせいぜい村上春樹レベルで、エロチカとしても読めないという。いったいどう読めばいいんだこの小説。

ああ、でも『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』の頃の村上春樹に通じるものはあるかもしれない。ほら、カークなんていかにも「やれやれ」って言いそうだ。なんなら、最初から村上春樹調で訳してみたら、もっと面白くなったんじゃないの。

 


[SF] アステロイド・ツリーの彼方へ

2016-11-17 21:41:44 | SF

『アステロイド・ツリーの彼方へ 年刊日本SF傑作選』 大森望/日下三蔵編 (創元SF文庫)

 

毎度おなじみの年刊日本SF傑作選2015年版。

毎回、そりゃSFじゃないでしょうと言いたくなるような作品や、これが傑作かと疑われる作品が混じっているのだけれど、今年は割と好みのものばかりでよかった。

もはや常連の方々もいれば、お初にお目にかかりますという方もいて、バリエーションも申し分ない。これならば、SF読んでみようかという初心者にもとっつきやすいのではないか。

それにしても、同人誌、twitter、はては、ハガジンまでと、編者お二人のアンテナの高さというか、幅広さには感心する。総量ではいったいどれだけ読んでるんだろう。


○「ヴァンテアン」 藤井太洋
ついに日本SF作家クラブの会長にまでなってしまった藤井太洋。こういうお題での発注もこなせる人だとは思っていなかった(失礼!)ので、ちょっとびっくり。それにしても、他の人とかぶらず、21になるものを探しだすというのは、なかなか大変そう。

○「小ねずみと童貞と復活した女」 高野史緒
わかるものからわからないものまで小ネタ満載小説。それにしても、サイモン教授には何度読んでも噴き出すわ。

○「製造人間は頭が固い」 上遠野浩平
再読。いろいろな方面への伏線として読めておもしろいので、統和機構モノ好きは必読。

○「法則」 宮内悠介
「ヴァン・ダインの二十則」はミステリが従うべき規則であるが、これを文字通り守ると、途端にドタバタコメディSFになるというのは趣深い。

○「無人の船で発見された手記」 坂永雄一
何とも壮大な神話だが、SFファン同士のバカ話っぽいところもあって楽しい。

○「聖なる自動販売機の冒険」 森見登美彦
お久しぶりの森見短編。まだはっちゃけ切っていないので、ちょっと不満。

○「ラクーンドッグ・フリート」 速水螺旋人
こっちの方が森見登美彦じゃねーかと思ったら、ちゃんと著者コメントで言及されてた。なお、同ネタは新井素子にも。

○「La poesie sauvage」 飛浩隆
おお、Strandbeestではないか。風力ではなくて言葉の力で動くというあたりが、飛さんらしくて素敵。

○「神々のビリヤード」 高井信
ずいぶん懐かしいお名前。現役だったのか!

○「〈ゲンジ物語〉の作者、〈マツダイラ・サダノブ〉」 円城塔
これまた円城塔らしい作品。ソフトウェアとしての文学というネタはもはや鉄板。こういう形で自然言語解析/生成を研究しているネタはほかにあるのだろうか。

○「インタビュウ」 野﨑まど
バカっぽくてたいへんよろしい。

○「なめらかな世界と、その敵」 伴名練
この人は毎年すごい作品を書いてくる。この結末は到底ハッピーエンドには思えないのだが、可能性を託す先があるからこそ可能性を捨ててでも友人を救いたかったということか。

○「となりのヴィーナス」 ユエミチタカ
自分探し(物理で)。

○「ある欠陥物件に関する関係者への聞き取り調査」 林譲治
“例の物件の建設”ということで時事ネタなのかと思いきや、最後に出てきたアレは欠陥物件というほどのものだったっけと不思議に思う。

○「橡」 酉島伝法
相変わらずの酉島ワールドなのだが、気持ち悪さを乗り越えるのに努力が必要になってきて、もうダメかもしれない。

○「たゆたいライトニング」 梶尾真治
エマノンって懐かしすぎ。

○「ほぼ百字小説」 北野勇作
twitterでフォローしてるので企画は知っていたけど、内容をあまり覚えていないのはどうしてか。納戸奥のスナイパーがツボ。

○「言葉は要らない」 菅浩江
実はIHIメカトロ部門が就職の第一希望だったので、いまさらながらなんだかムズムズする。

○「アステロイド・ツリーの彼方へ」 上田早夕里
AIの身体性というのはAIの研究ネタとして大きいものだと思うのだが、これは何となく微妙。AIの複製可能性についてはどう考えているのか。バニラが旅立った時には身体付きだったのか。タイトルのアステロイド・ツリーは拡散のイメージのためだけに登場させた
のか、それとも、地球外生命体としての位置づけが重要なのか。あまりに疑問が多すぎる。

○「吉田同名」 石川宗生(第7回創元SF短編賞受賞作)
読みながら『 〔少女庭国〕』を思い浮かべたが、選評でも言及があったので笑った。こういう一発ネタをSF的思考で広げられるというのは割と稀有な才能だと思う。


ところで、伴名練がユエミチタカに言及しているのだけれど、この二人の関係は?


[SF] 天冥の標Ⅸ

2016-11-16 22:54:58 | SF

『天冥の標IX ヒトであるヒトとないヒトと PART1-2』 小川一水 (ハヤカワ文庫 JA)

 

ついにここまで来た。尻切れトンボの第1巻はともかく、リアルに涙を流しながら読んだ第2巻の時点で、これから10年間での最大の傑作であろうことを確信した《天冥の標》全10巻の最終巻ひとつ前。

“ヒトであるヒトとないヒトと”のサブタイトルの通り、1巻目から謎めいた符牒として語られてきた各種族がそれぞれの想いを抱えながら最期の戦いへ集結していく。ヒトとは何かを問い詰めていく物語は、仲間と非・仲間を線引きする意味を問いかけてくる物語でもある。

今思えば、なんだか不要な寄り道だった気がする4巻も、まさしくこのテーマにつながるターニングポイントだったわけだ。

そして今回の目玉は、遂に明かになった二惑星天体連合軍の全貌と目的。その想像を絶する規模と、その派遣軍に含まれるホモ・サピエンスのわずかな数に戦慄を覚える。計算があっているのかどうかもよく分からないが、とにかく、セレスの質量がすべて兵器と化した場合であっても、これを殲滅しうる規模だというのだ。そこに《救世群》の残した恐怖の大きさを感じる。

そして、彼らの目的。そのひとつはセレスに残されているであろう人類の救出だった。しかし、それも、かわいそうだからとか、正義や人道的見地からなどではなく、ホモ・サピエンスを絶滅から救うという目的もあるに違いない。おい、まさか、太陽系に残された人類はメニー・メニー・シープの生存者よりも少ないなんて言うんじゃないだろうな。っていうか、ほかの惑星をこのためにぶっ壊したから二惑星だなんて言わないよな。

せっかく朝が戻ってきたメニー・メニー・シープにも、休む間もなく次の戦いが待っている。はたして本当の最期の戦いはどちらに転ぶのか。あれだけあっさり太陽系を壊滅させたのだから、すべてがうまくいく大団円は期待しない方がいいのかもしれない。

ところで、PART1からPART2までに時間がかかったのは、このままだと破綻することに気付いてしまったからだと著者がtwitterで言っていたような気がするが、どこが問題だったのだろう。気になったのは、対《救世群》の宇宙軍に二惑星天体連合軍がいつの間にか大量に投入されていたことぐらい。まぁ、鳥頭なので気付いていない伏線はいっぱいあるんだろうけど。

 


[SF] ガブリエルの猟犬

2016-11-01 21:18:13 | SF

『ガブリエルの猟犬 クラッシャージョウ・シリーズ13』 高千穂遥 (ハヤカワ文庫 JA)

 

日本で初めてスペース・オペラを書いたのも、ヒロイック・ファンタジーを書いたのも、高千穂遥だと言われている。《クラッシャー・ジョウ》シリーズはその最初期に書かれた古典とも言える作品だ。それが今でも書き継がれているという奇跡。

さらに、今さら4KリマスターでBlu-ray Box発売とか、何事かと思ったよ。

しかし……。

甘い! 甘すぎる!

前巻の『美神の狂宴』でも思ったのだけれど、クラッシャー&鈴々蘭々が強すぎて、ぜんぜん窮地にならない。

今回は1年におよぶ新兵器開発と訓練の実地試験になるわけだが、それにしても相手の“猟犬”が気の毒だ。もっと非情な殺戮マシーンと化した人工知能かと思いきや、限られた経験に基づく不完全な攻撃力しか持っていない玩具にすぎなかった。それなのにこんな化け物の抗争に巻き込まれて、とっても可哀想。

本来の敵であるルーシファの部隊にいたっては、その“猟犬”に全滅させられるという情けなさ。これでは盛り上がるものも盛り上がらない。

鈴々蘭々の敵となる亀獣も情けない。これでは典型的なやられ役ではないか。そもそも、亀獣はなんと読めばいいのか。カメジュウじゃ間抜けだし、キジュウじゃなんだかわからない。アーケロンならまだわかるが、亀獣のルビとしては出てこなかった気がする。

こちとら、30年以上も前の感性豊かな幼少時期に『人面魔獣の挑戦』を読まされてトラウマになりかかったのだから、こんなもので満足できるはずもない。いったいどうしてくれるのだ。

今回だって、ポッド降下時に攻撃を受けてリッキーだけはぐれて孤軍奮闘するとか、最後にアルフィンがヘルメットを射抜かれて生死不明になる(でも新装備だから大丈夫!)とか、いくらでも盛り上げようがあったろうに、なんでこうも順調に事件が解決してしまうのか。

なんだか今後の展開に期待を持たせる結末ではあるが、前回もそんな感じだったし、期待していいものやらどうやら。

せっかく(その経緯は不幸な話ではあるが)ジュニア文庫のソノラマ文庫からハヤカワ文庫に移籍したのだから、もっと大人向けにエログロ路線になってみるというのはどうか。そもそも版形をトールサイズではなく、《グイン・サーガ》同様に通常文庫サイズにしているのも、若い読者よりも昔からの読者をターゲットとしているってことなんでしょ。

あの竜の一族も登場しているのであるから、《ドラゴンカンフー》的なエロに走るのも悪くないと思うんだけど。ほら、そろそろジョウもアルフィンも成人すんだろうし(笑)

 


[SF] プリズムの瞳

2016-10-31 22:02:46 | SF

『プリズムの瞳』 菅浩江 (創元SF文庫)

 

うーん、いまひとつ納得がいかない読後感。

専門的な技術を持つが、感情を持たないロボット〈ピイ・シリーズ〉。感情を持ち、ひとと対等にコミュニケーション可能な〈フィー・シリーズ〉。紆余曲折の末、〈フィー・シリーズ〉は廃止され、生き残った〈ピイ・シリーズ〉は、与えられた専門技術に係わらず、絵を描くという目的のみに存続を許された。

感情を持たず、様々な手法で絵を描くだけのロボットに過ぎない〈ピイ・シリーズ〉に人々は何を見るのか。ピイの行動は想像を超え、写し鏡のように、人々の心をキャンバスに描き出すことになった。

物語の構成もわかる。コンセプトもわかる。しかし、その結果の人々の心の動きが理解できない。登場人物が物語に支配され、自分の意思ではなく、物語を成立させるために動いているような気がした。

すべての事件で糸を引く遠坂もおかしければ、“しーちゃん”こと与謝野博士もおかしい。その特異な外見だけでなく、全般的に、共感するどころか、そんな奴いるかとしか思えない。彼らはいわゆる狂言回しなので、それでも問題無いのかもしれないが、連作短編に登場する人物たちすべてにおいて共感できない。いったい、なんだこれは。

解説の“枕”に登場するアイボのお葬式のニュースには、いたく感心した記憶がある。アイボなんて、感情や専門技能どころか、単純な反応を繰り出すだけのおもちゃに対しでさえ、人々は個性や感情を見出すものである。そして、日本という国は、世界的に見て特異なほどに、人工知能やロボットに親和的な国なのではないかと思っている。

その解説の先に、なぜこの物語が繋がるのか。

ロボットが自分の職場に現れた時、ひとは尊厳を傷つけられたと思うのだろうか。そこでパートナーとして付き合っていくことはできないのだろうか。

たしかに、ロボットのせいで職を奪われるほどになれば、ロボットを恨むひとも出てくるだろう。しかし、その思いは、本当にロボットに向くのだろうか。かえって、ロボットの存在を認める人の方がロボットに対して敵意を持ち、ロボットの存在を認めない人は雇用者へ怒りの矛先を向けるものなのではないか。

そんなことをつらつらと取り留めも無く考えてみるのだが、やっぱりこの小説に描かれた未来は、俺が思い描くものとはかけ離れていて、現実味が無いと思うのだ。

ロボットは、少なくとも日本においては、本当に感情があろうとなかろうと、ひとの道具であり、それ以上に友達であり、恋人であり続けるのではないかと。楽観的かもしれないが、俺はそう思う。

 


[SF] レッド・ライジング2

2016-10-27 22:57:39 | SF

『レッド・ライジング2 黄金の後継者』 ピアース・ブラウン (ハヤカワ文庫 SF)

 

『エンダーのゲーム』か『バトルロワイアル』かといった展開で話題を呼んだ《レッド・ライジング》シリーズの2巻目。

階層社会を転覆させるために、最下層のレッドから、支配者層のゴールドに送り込まれた主人公のダロウ。いったい、ここからどうやって社会をひっくり返すのかという方向性は見えてきたが、それ以上に、この世界の成り立ちや問題点も見えてきた。

結局のところ、よく言われるように、非常事態においては完全平等の民主主義よりも、有能な人々の独裁による支配が有効な場合もあるだろう。しかし、それはあくまで非常事態の間のみであって、事態が落ち着けば速やかに解散されるべきものである。

その指揮系統が維持されたままでは、いずれ腐敗し、指揮系統が支配構造となり、カースト社会が生まれる。

そこで革命が起ころうとするわけであるのだが……。

1巻では世界はなんと単純だっただろう。虐げられた民衆と悪の支配者層がいて、主人公の目的は支配者へ復讐することだった。

主人公がゴールドの一員へ立場を変えることによって、2巻では見える世界はより複雑になった。

それはまるで、義憤に駆られた若者が政治運動に飛び込み、世の中が思ったほど単純に割り切れるものではないことに気付いていくというストーリーでもあるかのようだ。

痛快な復讐劇を期待した読者を裏切るような展開に、自分の思慮分別の無さを突きつけられるかのようで、居た堪れなくなる。

どんでん返しに続くどんでん返しにちゃぶ台返しと衝撃的なカミングアウト。敵と味方が複雑に絡み合う中、ダロウは死にもの狂いで生き残るための戦いへ挑む。

定番のエピソードではあるが、ダロウが生地である火星の鉱山を訪れるシーンは印象的。何も変わっていないはずなのに、すべてが変わって見える。ゴールドとして姿かたちも変わってしまった彼を、母親だけが見分けられる。

起点に戻り、本当の敵を見据えた主人公のさらなる戦いにご期待くださいということで、以下次巻。

 


[SF] ジーン・ウルフの記念日の本

2016-10-26 22:06:55 | SF

『ジーン・ウルフの記念日の本』 ジーン・ウルフ (国書刊行会 未来の文学)

 

ジーン・ウルフが米国の記念日それぞれにちなんで書いた短編集。

日本人にはあまりなじみのない記念日も出てくるが、お話の内容に密接に関係してくるので事前に確認しておいた方が理解しやすい。

もともとは「今日は何の日?」的な企画に基づいているらしいが、その発想の斜め上感というか、その発想は無かった感が素晴らしい。

SFというよりは不条理ものといった感じのものが多いのだが、そこにさらっとSF的な解釈が可能となるような一文を紛れ込ませているところもうれしい。

さらに読み終わった後に解説を読むと、気づかなかった興味深いことが書いてあったりして、これもなかなかおもしろい。

連作ではなく、短編ひとつひとつは軽い感じで読めるものなので、ジーン・ウルフの入門書には最適といった感じ。

これが長編や連作になると、覚えておかなければならない伏線が多すぎるからな。

 



○「鞭はいかにして復活したか ― リンカーン誕生日」
受刑者の増加に伴って刑務所がたいへんという話はよく聞くのだけれども、これが“リンカーン誕生日”の話というのがブラックすぎる。

○「継電器と薔薇 ― バレンタイン・デー」
継電器(リレー)という響きが古き良き時代を思い起こさせる。離婚によって成り立つ離婚産業というものもあるというのは、確かに鋭い指摘。

○「ポールの樹上の家 ― 植樹の日」
子供ならではの行動かと思いきや、それはすでにミスリード。これを“植樹の日”にもってくるとうのは、破滅に備えて植樹をしろとでも(笑)

○「聖ブランドン ― 聖パトリックの日」
よくわからないホラ話。記念日からすると、アイルランド系移民のこと?

○「ビューティランド ― 地球の日」
環境破壊から守られた最後の地が持つ価値とは。これまたブラックで斜め上な話。ただ、この話に嫌悪感を持つ人々が多数派になるのであれば、希望はある。

○「カー・シニスター ― 母の日」
かの国にはドラゴン・カー・セックスなる分野があると聞くが。(違う)

○「ブルー・マウス ― 軍隊記念日」
誰もがブルー・マウスであり、誰もブルー・マウスではない。しかし、建前上、そう言うことは許されない。

○「私はいかにして第二次世界大戦に破れ、それがドイツの侵攻を防ぐのに役立ったか ― 戦没将兵追悼記念日」
歴史改変ものではあるんだろうけれど、果たして改変されているのはどちらか。これでもかという小ネタの積み重ねも楽しい。

○「養父 ― 父の日」
記憶と少しだけ異なる並行世界へ紛れ込んでしまった怪談のよう。ちなんだ記念日とタイトルからすると、記憶の家族を失った男が新たな父になろうとする?

○「フォーレセン ― 労働者の日」
労働者の半生を皮肉った不条理もの。最後の最後にさらっとSF的な一文が出てくる。

○「狩猟に関する記事 ― 狩猟解禁日」
なんだかよくわからないなと思ったら、意図的な悪文とのこと。ただのスラップスティックだと思ってたよ。

○「取り替え子 ― ホームカミング・デイ」
ネタ的にも結末的にも正当な怪談の手法に基づいたホラー。ただ、発端は割と多くの人が体験することのある話かも。

○「住処多し ― ハロウィーン」
異世界に侵入した人々とそれに反対する人々の戦争後。老いたる女性が家そのものになるという含意なのか。ハロウィーンはおそらく門が開く日の意味だが、訪ねてきた女性が精霊なのか、訪ねた家が魔女なのか。

○「ラファイエット飛行中隊よ、きょうは休戦だ ― 休戦記念日」
“エスカドリーユ”って、アーヴ語っぽい。(フランス語です) 最後の黄色いラベルの瓶はおそらくアーリータイムズ。強燃性塗料にこだわっているのを見ると、もしかして熱気球の彼女は近寄ると燃えるぞ(燃やすぞ)とでも言っていたのではないかと。

○「300万平方マイル ― 感謝祭」
これは解説に納得。

○「ツリー会戦 ― クリスマス・イヴ」
最後の一言の有無でまったく意味の違う話になってしまうところがすごいと思う。

○「ラ・ベファーナ ― クリスマス」
祖母の言う「隣人」はどちらのことを言ったのか。いずれにしろ、生まれるのは救世主となりうるのかと。

○「溶ける ― 大晦日」
まさかのメタ落ち!