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神なる冬

カミナルフユはマヤの遺跡
コンサドーレサポーターなSFファンのブログ(謎)

[SF] 夜行

2017-02-06 21:06:25 | SF

『夜行』 森見登美彦 (小学館)

 

 

なぜSFカテゴリなのか。森見氏は立派な日本SF大賞受賞作家なのだから仕方がない。直木賞は逃したけどな!

さて、この小説は森見氏デビュー10周年企画のひとつだったはずが、いったい何年目の10周年なのだという、待ちに待った新作である。軽妙な話の多い森見氏にとっては『きつねのはなし』以来のダークな作風、いわば、“裏”登美彦氏の10周年集大成である。

しかし、この、なんとなく釈然としない読後感はなんなのか。まさに、きつねにつまままれた感じだ。

森見氏の作品といえば、道中えらくとっ散らかりながらも、驚くべきことにすべてが落ち着くところに落ち着くという結末の付け方が魅力のひとつなのだと思う。それがどうしたことか、この話は論理的におかしいぞ。

英会話スクールの仲間6人が鞍馬の火祭に出かけた。そこで、長谷川さんひとりが行方不明となった。その10年後、残った5人が再び鞍馬の火祭へ。宿で夕食を食べている間に語られる“4人”の告白。

以下ネタバレ全開に付き注意;

 

 

 

 

 

 

 

 

何がおかしいかというと、まず各話のラストシーンだ。彼らは銅版画の「夜行」に誘われ、怪異に出逢い、そして、飲み込まれようとしていた。そして、そこから帰ってきたという記述はないのだ。怪談のお約束のごとく、尻切れトンボになる。もちろん、語り手がそこにいるのだから、帰ってきていないはずはない。いや、本当にそうだろうか。帰ってきたのではなく、この世界に引き込まれたのだとしたら……。

少なくとも、「夜行」の世界と、「曙光」の世界、ふたつがあるのは確定している。まるで、パラレルワールドのように。そして、中井や藤村はどちらにも存在している。そして岸田も、いや、岸田は「夜行」の世界では死んでいて、「曙光」の世界では生きている。長谷川さんは「夜行」の世界から失踪した。この物語全体の語り手である大橋は「曙光」の世界から失踪した。

まったくもって不思議だ。「曙光」の世界にいた長谷川は「曙光」の長谷川であって、「夜行」の世界から失踪した長谷川ではない。大橋も逆パターンながら同様だ。なのに、大橋は「夜行」の世界から失踪した長谷川に会ったつもりで、安心と失望の入り混じった気持ちでラストシーンを迎える。

いやいや、それおかしいって!

たとえば、第1夜。中井の妻とホテルマンの妻は同一人物であって同一人物ではない。おそらくは、ふたりは「夜行」と「曙光」のように表裏の関係にある。それが、銅版画によってつながった穴によって、語り手側の世界、つまり「夜行」側でクロスオーバーしてしまった。これが俺的解釈。

しかし、そうなのであれば、長谷川もどこかでふたり存在しなければならないはずだ。

そして、尾道の向島に住む少女、リュックにスヌーピーのヌイグルミを付けた少女が長谷川なのであれば、田辺はなぜ天竜峡でそれに気づかなかったのか。それとも、彼女らは別人なのか。

長谷川は銅版画のカギを握る人物であり、おそらく、銅版画の中の女性は長谷川である。つまり長谷川は誰でもあり、誰でもない。

では大橋はどうか。「曙光」の世界から消えた大橋はどこにいったのか。

ここで、「夜行」におらず、「曙光」にいる人物を探せば、なんとなく答えがわかる。そう、岸田だ。

というわけで、「曙光」の岸田=「夜行」の大橋という説を唱えてみたいのだが、はて。

森見登美彦の小説はファンタジックなものが多いが、その内容は実にロジカルである。因果関係もはっきりしていて、オカルティックに逃げてお茶を濁すことはない。そうであるからこそ、この納得のいかなさには隠れた理由があるに違いないと思ってしまうのだ。

決して、結末をつけるのに困ってしまったとか、何年も書いていたので途中で矛盾が出てしまったわけではない……と思いたい。

 


[SF] S-Fマガジン2017年2月号

2017-02-01 22:32:09 | SF

『S-Fマガジン2017年2月号』

 

一度は頓挫しかけた伊藤計劃『虐殺器官』のアニメ映画がついに公開。これに合わせて、ということなのか、単にタイミングがあっただけなのか、ディストピアSF特集。

『虐殺器官』の映画化はもちろん、ハクスリー『すばらしい新世界』、オーウェル『動物農場』も新訳化。ついでにベスター『破壊された男』(創元版の『分解された男』の方が通りがいいが)も登場。しかし、これってディストピア?

折りしも、独裁的なアメリカ大統領が誕生し、世の中は悲観ムード。アメリカでも『一九八四年』が売れ始め、日本のネット界隈では『虐殺器官』はトランプを予言していたと話題になる始末。

特集記事にもディストピアSFにかこつけてトランプ現象をdisるという高級話芸がふんだんに。この人たちは、トランプを支持する人々にとってこの世はすでにディストピアだということが本当に理解できていなかったのだろうか。

だいたい、SFなんて小説だろうがアニメだろうが、ディストピア要素のない物語なんてありやしない。いや、SFだけじゃなく、ディストピア要素の無い物語なんてラブコメぐらいなものじゃないか。

ディストピアSFガイドにおいても、あれもこれもディストピア。本当に、ディストピアって何なんだろう。

誰かにとってのユートピアは、誰かにとってのディストピアだなんて簡単なことに、本当に気付いていなかったのだと。そんなの小学生にでもわかるだろうに。すべての人に幸福が訪れるユートピアだなんて、総論賛成各論反対の最たるものじゃないか。

結局、我々は現実と折り合いを付けながら生きていくしかないのよ。自分にとってのディストピアをできるだけ避けられるように頑張ってはみるけどね。



○「セキュリティ・チェック」 韓松
なんだこりゃ。アメリカで安全と引き換えに失われた自由。それが中国に残っている。が、その中国はセキュリティチェック済み。

○「力の経済学」 セス・ディキンスン
ミームの感染。思想警察。メディアの功罪。いろいろ示唆に富んでいる。

○「新入りは定時に帰れない」 デイヴィッド・エリック・ネルス
タイムパラドックス的にいろいろおかし過ぎてダメ。

○「交換人間は平静を欠く〈前篇〉」 上遠野浩平
いったいこの物語がどっちに向かっているのか、さっぱりわからん。

○「博物館惑星2・ルーキー 第一話 黒い四角形」 菅浩江
師匠と弟子の物語はともかく、芸術とは何かがよくわからん。わからんだらけ。

○「と、ある日の訪問者」 宮崎夏次系
自意識過剰じゃないですか。ありのままで。

○「あしたの記憶装置」 やくしまるえつこ
QRコードを読み込ませてみたら、なんか生活音っぽいMP3が降ってきた。やっぱり、いまいち面白さがわからない。

○「裏世界ピクニック ステーション・フェブラリー」 宮澤伊織
きさらぎ駅も有名になったものだなと。

○「プラスチックの恋人」 山本弘
実は、今回から連載開始されたコレが一番の読みどころなのではないか。セクサロイド系の話は過去にもあるが、いわゆる非実在青少年問題にこれだけ直接的に切り込んだものは初めてのことだろう。二次元児ポ問題に限らず、三次元合法ロリや、AV強要、セックスワーカーの人権問題まで含めて語ることができるのか、今後に期待。

 


[SF] 星群艦隊

2017-01-26 21:35:25 | SF

『星群艦隊』 アン・レッキー (創元SF文庫)

 

《叛逆航路》3部作の完結篇。とはいっても、あんまり完結っぽくない終わり方。結局、何も解決していない。物語はまだまだ続く。

しかし、ブレクを主人公とする3部作はこれで終わりとのことなので、別な主人公を立ててさらに新3部作が続くのでしょう。たぶん、次の主人公はティサルワットかなぁ。

相変わらず三人称がすべて「彼女」なので、混乱が激しい。それによって、読者である自分自身がいかにジェンダーにとらわれているかということが暴き出されてしまう。という意図は、ものすごく良く成功していると思う。

今回はさらに性別よりも大きなものがボーダーレスと化してしまう。思えば、最初からこの3部作のテーマはそこにあったのかもしれない。

ヒト、属体、人工知能、艦、ステーション、果ては異星人までがボーダーレスになっていく。そこに線を引くのは、どこまで行っても主観的な「決め」でしかない。その意味では、狂言回しとしてのゼイアトの存在が素晴らしい。あの言葉は衝撃的だった。わかり切っているはずのことをわかっていないのだと思い知らされた。

ゴースト・ゲートの向こう側にいたものはちょっと肩すかしだったが、“彼女”が加わることによって、このテーマはさらに重層的になった。いわば、もう一人のブレクであり、ブレクの可能性のすぐ先に見えている存在としての役割を担ったわけだ。

おまけの短編は、あえて明示的には触れられていないが、彼は属体になる前、すなわち、ラドチに母星が征服される前のブレクなのだろうか。そうだとすると、ブレクは女性型だと信じていたのにハズレだったか。というか、そういう思考自体が、著者の罠にはまっている証拠なのだよな。

 


[SF] 王たちの道

2017-01-25 22:26:28 | SF

『王たちの道 1-3』ブランドン・サンダースン (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

 

新☆ハヤカワ・SF・シリーズの中で異彩を放つファンタジー作品。未完結ということで放っておいたのだが、積読が多くなってきたので消化開始。

するとこれが抜群におもしろい。もっと話題になっていてもいいのにと思ったが、出版形態からファンタジーとSFの狭間に落ちてしまって捕捉しづらいのか。

最初の方は確かに読みづらく、なかなか頭に入ってこない。もしかしたら、ここで放り投げてしまう人も多いかも。

謎の暗殺者が出てきて王を殺したかと思えば、急に奴隷の話や、良家のお嬢様の話が出てくる。そういった群像劇はいいのだが、さらに高度なハイ・ファンタジーなものだから、たちが悪い。つまり、歴史や風土、生態系に至るまでが細かく作りこまれた異世界のお話で、説明もなく独特な用語や固有名詞がバシバシと出てくる。

スプレンってなにー。スフィアって光るだけじゃないのー。っていうか、ファブリアル(SF風に言うとファブリケーターとか?)ってそんな3次元プリンターだか、元素製造機みたいなものが、なんでこんな中世文化の中にあるんだよ!

ところが、主人公が奴隷のカラディン、お嬢様のシャラン、王弟のダリナルの3人に絞られ、彼らの置かれた状況が見えてくると、どんどんと物語に引き込まれていく。

特にカラディンのパートが突出して面白い。守るべき者を守れずに挫折を繰り返し、奴隷にまで身を窶してしまった男は、とにかに酷い目に合い続ける。それでもなお、仲間を守ろうとして努力し続けるその姿には感動を覚えずにはいられないし、応援せざるを得ない。

彼がそこまで他人の生命を守ることに拘る理由として、彼の出自を外科医の子として設定したところも絶妙な選択だと思う。狂信的な宗教家でもなく、博愛的な理想家でもなく、合理的な医者の卵として、彼は仲間を見捨てることができない。そして、雪だるま式に増え続ける救えなかった生命のトラウマを抱え込む。

カラディンだけでなく、ダリナルや、シャランの師となるジャスナーの言動や、過去の言い伝えからの引用も実に興味深い。まるで、マイケル・サンデルの正義の話のようだ。正義とは何か、王道とは何か。

これはすなわち、タイトルの『王たちの道(The Way of Kings)』ということになる。曰く「死の前に生。弱さの前に強さ。行き先の前に旅」。この世界、ロシャルを襲おうとする危機と、それを警告する過去からの声は、世界を救うために“王たちの道”を目指せとささやく。

その危機というのがまた……。神話になるかSFになるか。怪しい匂いがプンプンする。

実はこの3人以外に、暗殺者のスゼスを始め、リスン、アクシスといった数人の人物が断章に出てくるのだが、彼らについては、3巻までではほとんど触れられることもなく、伏線は回収されない。きっと彼らは第2部以降の主人公となるのだろう。

なにしろ、3部作の第1作が3分冊となったものらしい。ということは、残り6冊。もしかしたら、続きは文庫化後かな。

 


[SF] ヤーンの虜

2017-01-24 23:04:18 | SF

『ヤーンの虜 グイン・サーガ140』 宵野ゆめ (ハヤカワ文庫 JA)

 

表紙、誰だよこの婆ぁ。いや、婆ぁじゃなくってグラ爺ぃなのか。なんかイメージ違うな。

まだまだ続くグイン・サーガ。ケイロニアを取り巻く陰謀はアンテーヌへ飛び火。グインはシリウスをタルーアンの元へ再度預ける。シルヴィアはユリウス、パリスと共にパロ南部を放浪。その頃、グラチウスはクリスタルパレスで竜王に封じ込められた!

今回注目したいのは、第2話のタイトルにもなっている“ポーラースター”。なぜ、英語を使ったのか。なぜ、北極星ではダメだったのか。エネルギーは栗本薫が使っちゃったし、他に言い換えもできないのでまあいいとしても、これはいったいどうなのか。

それとも、ポーラースターって栗本薫も書いてたんだっけ? え、アニメ? 知らんがな。

もうひとつ、あとがきで“あの人”を復活させたのは五代ゆうの案(つまり、栗本ノートには無い)と明記されている。賛否両論あるが、これは事態が収拾してから再評価したい。

個人的に気になるのは、グインが北へ行ったり南へ行ったりしているのだけれど、日程的に合っているのかよくわからないところ。グラ爺ぃの件も時間経過が良くわからんし。いったいどのくらいのスパンで起こっているのか。とりあえず、季節はまだ雪解けの春でいいんだろうか。タルーアンの男たちが帰ってくるのなら秋じゃないのかとか。けっこう読み飛ばしているみたいで、なんだかよくわからなくなってきた。

次回はヤガのスーパー魔道ジジイ大戦だけれど、これも時間の流れが宵野版と時間の進み方が合っていないので、半年から1年ぐらいずれててもおかしくないんだけど、一体どうなっているのか。

ちょっと誰か進行表を作ってみてもらえないものか。

 


[SF] 豹頭王の来訪

2017-01-24 22:39:33 | SF

『豹頭王の来訪 グイン・サーガ139』 五代ゆう (ハヤカワ文庫 JA)

 

グイン書き継ぎプロジェクトの五代ゆう篇。

こっちはパロ篇があっちこっちに飛び火してずいぶんとっちらかっちゃている感じ。まぁ、栗本グインもあっちこっちに枝分かれして、ついには本編から主人公がいなくなる事態が発生していたので、これが正しい姿なのか。

即身成仏のジジイコンビが楽しいヤガの地下でのジジイ大戦は、確かに面白くなりそうなんだけれども、なかなか進まない。

そこから枝分かれしたスカール&スーティ篇では、驚愕の、というか、整合性に苦労してそうな新事実の発覚。ノスフェラスのあれは、墜落してぶっ壊れたのではなく、まだ動くらしい。本当か?

肝心のパロ脱出組へのグイン来訪では、五代新キャラのアッシャを巡っていろいろありそうだが、宵野バージョンのグインとなんだか性格がずれてきた気が。村娘の突撃はもうちょっとうまくあしらえよと思った。

こちらでも、レムス復活の道筋が見えてきて、今後の展開の予想ができるようになってきた。なるほど、そうなってたのか。確かに、あれに対抗するためには、ぜひともレムスに頑張ってもらわないといかんな。

レムスがんばれ、超がんばれ。

 


[SF] S-Fマガジン 2016年12月号

2017-01-19 21:28:27 | SF

『S-Fマガジン 2016年12月号』

 

特集「VR/AR」。表紙でバーナード嬢も叫んでいるが、“VR元年”だって!?

なんだか“電子書籍元年”を思い出す。あれも、PC98の時代から、パソコンだ、ゲームだ、ケータイだ、スマホだと、何度も元年を迎えつつも、まったくブームは来なかった。いや和暦で考えれば何度も元年は来るのか。

やっと、Kindleという黒船を迎えて電子書籍は活性化し、じわじわとユーザーを確保しつつあるものの、本家北米でも売上は頭打ちと言われ、日本では(コミック以外では)無視できる程度の売り上げと言われて久しい。

VRだって、元祖バーチャルボーイを忘れたわけではあるまい。セカイカメラだって、結局はどうなったよ。それを、化け物級にコンテンツパワーのある『ポケモンGo』が流行ったくらいで“VR元年”とはおこがましい。

成功例にしたところで、コンシューマー向けは『ポケモンGo』くらいなもので、あとは法人利用か大規模アミューズメント向けだ。それならば、別に今年が元年というわけでもなく、昔から細々と続いていたレベルだろう。

3D映画だって頭打ちだというのに、電脳コイルのような、みんながVR/ARメガネをかけているような社会は、まだまだ当分来ないのではないかと思う。しかし、オリンピックまでに日本でバブル並の景気浮揚があれば、もしかしたらあり得るのかも。

SFネタとしてのVR/ARはすでに手垢のついた、誰でも使える初歩の魔術といった感じ。ただそれだけでは、こけおどしにもなりませんな。

第4回ハヤカワSFコンテストの結果については、受賞作3作のエントリーを書いたのでそちらを参照のこと。

 


「雲南省スー族におけるVR技術の使用例」 柴田勝家
そこまでして何を見ているのかと。アレか、アレなのか。あと、運動不足で健康状態がどうなってるのかも気になる。

「シミュラクラ」 ケン・リュウ
すれ違いに泣きたくなるような話。

「キャラクター選択」 ヒュー・ハウイー
国防総省が探していたキャラクターとは、というお話か。“なぜ”の部分はいろいろ深読みが出来そう。

「ノーレゾ」 ジェフ・ヌーン
誰もがペルソナをかぶり、その維持に汲々としている。ということですかね。

「あなたの代わりはいない」 ニック・ウルヴェン
主人公はゲームの中のNPCだと思うんだけど、鐘が3つ鳴る前に“跳べ”たら、いったい何が起こるんだろう。

「最強人間は機嫌が悪い」 上遠野浩平
いったい何をしたかったのかよくわからん。

「八尺様サバイバル」 宮澤伊織
なに、シリーズ化したのこれ。マンネリ化せずに結末つけられるの?


#今回は読み終わってずいぶん経ってから書いているので、正直言って、細かく覚えとらんなぁ。

 


[SF] 最後にして最初のアイドル

2017-01-18 21:11:18 | SF

『最後にして最初のアイドル』 草野原々 (電子書籍のみ)

 

第4回ハヤカワSFコンテスト特別賞受賞作にして、SFコンテスト史上最大の問題作。

神林長平に「本作が最終選考の場にあるのは何かの間違いではないか」と言わしめた挙句、電子書籍のみ120円(税抜き)という破格の値段で配信された。なお、『伊藤計劃トリビュート2』に収録された模様。マジか。

ラブライブの二次創作だとか、初出はpixivだとか、ちょっと良からぬ方向のシロモノなのかと思いきや、なんとまぁ想像以上にステープルドンでびっくりした。タイトルだけのパクリなんかではなく、本質的なオマージュだった。つまりこれはラブライブの二次創作であると同時に、『最後にして最初の人類』の二次創作でもあるわけだ。

さすがに文章には書き殴りレベルの雑さがあるが、それが内容とよくマッチしていて勢いに繋がり、迫力と疾走感さえ与えている。そこまで考えて、敢えてこうした文体を選んでいるかのようだ。

第1期、第2期などのアイドル用語をうまくSF的に解釈し、アイドルの本質をSF的に解き明かすことに成功しているという、まさに怪作。

電子書籍で120円というチープな値付けも、この世界観を成立させる要素になっていて、早川書房の英断を讃えたいと思う。

思えば、かつて、ケータイ小説なるものがあった。『あたし彼女』は散々ネタにされつつも、ひとつの文学の可能性を見せてくれたのだった。この『最後にして最初のアイドル』は、それを越える文学の、あるいは“SF小説”の新たな可能性を開いたのかもしれない。

この調子だと、やる夫がSFコンテストに投稿してもおかしくないぞ。乗るしかない、このビッグウェーブに。

 


[SF] ヒュレーの海

2017-01-18 20:39:43 | SF

『ヒュレーの海』 黒石迩守 (ハヤカワ文庫 JA)

 

第4回ハヤカワSFコンテスト優秀賞受賞作。その2。

冒頭から何やら意味不明のコンピュータ用語やらプログラミング用語やらが飛び交い、その世界設定の説明を少年少女の問答でやってしまおうというところでくじけそうになった。

僭越ながら、当方、ソフトウェア開発でお金をもらっているゆえ、それぞれの単語の意味は分かる。しかし、それが本気と書いてマジと読むレベルの怪しげなルビとして使われる度に、専門用語を初めて知った子供が意味も分からずに口にするようないたたまれなさを感じてしまった。まるで、カンマの存在を初めて知ったチャーリイ・ゴードンが嬉々として「,」を打ちまくるかのようだ。

この世界観を塩澤編集長のように「造語の格好よさ」と見るか、小川一水のように「正直かなり滑っていた」と見るかで、評価は両極端に分かれそう。

少年少女が“外”に出てから物語は急に動き出してスピード感は出るのだが、そこまでがあまりに退屈だった。どうせ科学的というより魔術的な世界であるのだから、説明段階をブッ飛ばしていきなり本題に入っても良かったのでは無いかと思う。

作品世界の解釈については、選評で神林長平が指摘しているような、我々が生きている世界の未来としての延長線上に地続きに繋がってるような感触がまったくしなかった。

シミュレーション仮説なんて、今となってはありふれたアイディアなのに、それを補強するような材料は提示されなかった。どちらかというと、作品世界の現実であるBR自体が、我々の現実世界におけるシミュレーションのような感じを受けた。まさに、ゲーム空間だとわかっているときのリアリティの無さというか、アニメじゃない感の無さというか。

文体もストーリーも完全にラノベ的フォーマットに思えたし、ハヤカワSFコンテストに期待しているものはコレジャナイ感が随所に溢れていて、とても残念だ。

普段は「ラノベの定義は文体でもストーリーでもなくレーベルに過ぎない」という主張を支持するのだけれど、どう読んでもこれはラノベでしかなかった。まあ、“リアル・フィクション”って、もともとラノベと区別がつかないもののだから、それで良いのか。

 


[SF] 世界の終わりの壁際で

2017-01-17 23:22:33 | SF

『世界の終わりの壁際で』 吉田エン (ハヤカワ文庫 JA)

 

第4回ハヤカワSFコンテスト優秀賞受賞作。今回は大賞がなく、優秀賞がふたつに特別賞がひとつ。

3本とも読んでみたが、個人的な感覚では、小説の完成度ではこの作品だけが頭ひとつ抜けている。もちろん、特別賞のアレは小説の完成度なんて気にしないレベルの破壊力を持っているのだけれどね。

巻末の選評を読む限りにおいては、神林長平の意見が一番近い。逆に、東浩紀は何言ってんだというレベル。神林氏の言う通り、これで内容に合っているではないか。

確かに、途中までの展開から読者の想像力を越えたところまで魅せてくれたかというと、そこまではいかない。そういう意味では、ハヤカワSFコンテストの存在意義を考えると、いくら完成度が高くても優秀賞どまりなのは納得がいった。

極移動による“世界の終わり”を生き延びるため、“壁”に囲まれた“シティ”が生まれた。奇妙な人工知能のブラックボックスを入手した少年は、壁の中にさらわれた少女を取り戻すために戦いを挑む。カギとなるのは、格闘ゲーム《フラグメンツ》。

しかし実際のところ、世界の終わり級の天変地異が予想される場合、このような壁の中と外に完全に分けられた隔離都市ではなく、地震や津波を一時的にやり過ごすためのシェルターがたくさん作られると思うんだよね。隔離都市と言えば、核汚染のような、短期間にはやり過ごせないような場合だと意味があるのだろうけれど。日本沈没レベルまで想定して箱舟化しようとしているとしても、デカすぎて返って効率が悪いような気がするしなあ。まさか、宇宙まで飛ぶとか。

そんなこんなで、いろいろと設定上に突っ込みたいところが見えるけれども、少年の真っ直ぐさ、個性的なキャラクターたちの魅力で読ませる。読者にどんどんページをめくらせる力を強く感じた。

扱っている素材もテーマもいいのに、古き良きSFジュブナイルの予定調和な範囲で終わってしまっているのが唯一惜しいところだと思った。もっと救いのない終わり方でも良かったような気がする。だいたい、エンディングで津波はどこ行ったよ。

30年以上前のあの小説の前日譚ですと言っても通じそうなくらいの変わりの無さなのだが、逆に言うとそれはSFジュブナイルとしての安定感でもある。三人称でありながら、地の文に主人公の心の声が染み出してくる感じは、現代ラノベよりもジュニア文庫の香りがするくらい。

小説家になろう出身とのことで、勝手に若者だと思っていたのだけれど、S-Fマガジン掲載の「受賞の言葉」に“若い方に身近な”という表現があって、実はおっさんなのかも。

その「受賞の言葉」によると、このような評価は予想済みな模様。この作品はSFを読まない人向けを意図したらしいので、SFファン向けにリミッターを外した作品も、今後に期待したい。