『人類補完機構全短篇(1) スキャナーに生きがいはない』 コードウェイナー・スミス (ハヤカワ文庫 SF)
名前だけなら超有名なSF小説の筆頭がエリスンの『世界の中心で愛を叫んだ獣』であれば、名前だけなら超有名なSFシリーズの筆頭が《人類補完機構》だろう。
言っておくが、あのアニメで有名になったのではないぞ。有名だからこそ、あのアニメで使われたのだ。
しかし、この《人類補完機構》に関連する短編は複数の短編集に分散されたり、文庫には未収録があったりして、なかなか全貌が把握できなくなっていた。これをひとつにまとめようというのがこの企画の趣旨。
実際、読んだ記憶のある短編もあれば、読んだはずなのに記憶にない短編も、まったく読んだはずのない短編もいろいろ混じっていた。
自分も良くわかっていなかったのだが、やっとこれで《人類補完機構》の成立と目的が理解できた。成り立ちがこんな話だとは露とも知らなかったよ。大学生くらいの自分に向かって、「そもそも《人類補完機構》とはな……」って感じで講義してやりたいくらい。
さらには序文において、スミスが当時は正体不明の覆面作家であったことや、いくつかの作品は夫人との合作であり、さらに、夫の死後に妻が完成させた作品もあったことなどが記されてる。これも全然知らなかったので、また大きな驚きだった。きっと妻が最大の理解者であり、最大のファンだったのだろう。この関係にはちょっと憧れる。
ひとつひとつの短編で見れば、冒険あり、ロマンスあり、たわいのない一発ネタありで、質の面でも大きくばらついてはいるが、ひとつの歴史物語としてみれば非常に興味深く読めるようになっている。
戦争によって人類が滅びかけた地球に、戦争前に地球を脱出したはずの女性が偶然降り立ち(墜落し!)、人類再生の象徴となるところから《人類補完機構》は始まる。そこから人類は復興し、光子帆船により大宇宙へ乗り出す。特殊な改造人間だけが生きて帰れる平面航法が見つかり、さらにそれが一般人へと解放される。その時代時代に繰り広げられる悲劇や喜劇。これは確かに未来の歴史絵巻だ。
さらには、浅倉久志、伊藤典夫、ふたりの訳がすばらしい。特に、タイトルの訳には痺れる。表題作の「スキャナーに生きがいはない」はもちろん、「星の海に魂の帆をかけた女」、「青を心に、一、二と数えよ」と、どれもタイトルだけでワクワクさせてくれる。しかも、その原題のイメージをそのままに日本語に意訳している。
「青を心に、一、二と数えよ」の原題なんて「Think blue, count two」だ。直訳すると「青を思い浮かべて二つ数えよ」だ。どうやったらこんなに美しい表現が思いつくのだろう。
タイトルの和訳でたびたび炎上する映画業界も、こういうセンスを見倣って欲しいものだ。
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