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神なる冬

カミナルフユはマヤの遺跡
コンサドーレサポーターなSFファンのブログ(謎)

[映画] ゼロ・グラビティ

2013-12-26 21:47:36 | 映画

『ゼロ・グラビティ』

 

久々の3D字幕で観賞。3D字幕は字幕の距離感がおかしくなって目が疲れるのだが、90分ちょっとという短さもあって、あまり気にならなかった。

一緒に見に行った友人は終了後に放心状態だったようだけど、個人的にはいろいろ文句を付けたいところが多かった。

まずは、ライアンとマットが離れてしまう場面。あれはどう考えてもおかしいよね。ロープに張力がかかって止まるか、返って反動で引き戻されてもいいくらいなのに。あれは、マットが地球の重力に引かれて落ちていったと考えればいいのか。でも、ISSは軌道速度が出てるわけだから、あれで落ちるようであれば、ISSも落ちているはずなんだけど。

つぎに、ライアンの人物設定。“ドクター”と呼ばれていたけど、あれはメディカルドクターを示すのか、博士号のことなのか。とにかく、彼女の無重量状態での意識の振り方や、注意力の無さは壊滅的。工具は固定しないし、外にまだひとりいるのに自分だけ助かったら胎児の態勢でひきこもっちゃうし、ISS内でパックドリンクを手にする余裕があるのに露骨に火を吹いているヒーターを無視するし、水上に不時着したときの基本的な常識も無いし……。いくらパニックになっているといっても、よくあれで宇宙飛行士になれたものだ。宇宙飛行士に憧れても、様々な理由であきらめた人たちに謝って欲しいくらいだ。

そして、音楽。宇宙空間での音の表現や、登場人物の聞こえ方に基づいた再現性などには素晴らしく気を配っており、そこは素直にすごいと思った。しかし、それにしては、というかそれだからこそ、危機のシーンで異様に盛り上げるようなBGMがかかるのは勘弁してほしかった。宇宙空間の静けさと、呼吸音、そして、マットが掛ける陽気な音楽だけでよかったんじゃないか。

ただし、3Dで見る軌道上からの地球の眺めは素晴らしかった。夜の都市明かりや、極地のオーロラ、そして、夜明け。これは3Dで見たかいがあったし、3D料金にもお釣りがくるレベル。

さらに、ダメダメ女の主人公が、マットの帰還(?)後から、なんとか頑張ろうとする姿は感動的であった。あの駄目さ加減は、この伏線だったのかもね。

最後に、うるさい人は無重力なのか無重量なのかを気にするようだけれども、英語で言うと、zero gravityとweightlessnessはあんまり区別がないようで。まぁ、軌道上にもgravityはあるわけで、物理学的意味でも邦題のzero gravityは間違いなんだろうけどさ。

で、結論的に言うと、映像は素晴らしかったけど、宇宙をなめんなよ!

 


[映画] 劇場版 魔法少女まどか☆マギカ 新編 叛逆の物語

2013-10-28 23:55:26 | 映画

『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ 新編 叛逆の物語』

 

10/26 土曜日。『魔法少女まどか☆マギカ』の新作映画が公開された。前作までのTVリテイク版ではなく、完全新作である。

ネット上の予告編やtwitterなども完全無視で、できるだけ事前情報を入れないように臨んだために、危うく公開日を忘れるところだったが、めざましテレビのおかげで前日に気が付いたので、無事に予約することができた。その時点で午前0時からの初上映は予約で満席でしたがね。

そもそも、自分が『まど☆マギ』の存在を知ったのは、TV放送第3話の話題がネットで盛り上がったのがきっかけだったので、例の衝撃のシーンの内容を知ってから見てしまったという悔いが残っている。

逆に、何も知らずに見ることになった3.11後の10話から最終話までの怒涛の一挙放送の衝撃は今でも忘れることができない。

そのため、今回の映画についても、できるだけ事前情報を入れずに見るということにこだわったのだが、これでやっとネットのネタバレにおびえずに暮らすことができるようになった(笑)


で、見た感想ですが……やっぱり衝撃的だった。何を言ってもネタバレになりそうなので、できるだけ核心に触れないように書こうとは思うが、(劇場では映画の放映前に、いつもの注意事項に加えて、ネタバレ禁止の注意があります!)これ以降は劇場で見るつもりの方はスルーしてください。とにかく、衝撃的で予想以上に凄かったとしか言いようがない。


衝撃の内容をもう少し詳しく言えば、それは、少女たちの友情をテーマに、よくもこれほどまでに残酷なシナリオを書くことができたものだということだ。

“新編”は、あまりにも過酷で救いの無い旧作に心を切り裂かれたファンにとっての救いになるはずだった。

5人の魔法少女が、楽しげに、かわいらしく、かつ、華麗に絶対的な悪と戦う。それは日曜の朝に放送してもおかしくないような、たとえ背後にどんな哀しい運命を背負っていながも、友情を武器に助け合いながら、励まし合いながら、けなげに戦う少女たちを描くものであって欲しかった。

映画の序盤は、まさにそんな雰囲気の始まりだった。これこそ、ファンが望む『まど☆マギ』だったのだろう。

公式、非公式に関わらず、百合カップルとしてラブラブな魔法少女たちはもちろん、ぬいぐるみ的なキュゥべえやべべ(=シャルロッテ!)も姿通りにあくまで愛らしく、ナイトメアとのどことなくほんわかした戦いが描かれた。

しかしながら、なぜか付きまとう違和感。どこかがおかしい。何か言葉に出来ない不安が満ち溢れる。

そして、その違和感が説明されたとき、とても納得がいった。そうか、この違和感は正しかったのだと。そして、その理由に気付けなかった自分を責めた。すべては最初から明らかだったではないか。これは並行世界でもループでもなく、まぎれもなく続編なのだから。

そして、そういう終わり方もいいかなと思った。とても哀しく美しい友情世界の完結だと思った。

それなのに……やりやがったな、虚淵!(笑)


ファンが望む世界を作り上げ、さらにそれを奈落へ突き落す衝撃の展開。よくもまぁ、物語の上とはいえ、こんな“精神的に”残酷な展開を考えつくものだ。

“そこ”が閉ざされた世界であることが発覚した時、それは庵野がエヴァ旧劇場版で描こうとした「現実へ帰れ」というメッセージなのだと思った。円環の理にとらわれたファンよ、現実に帰れと。

そして、そのメッセージの載せ方は、衝撃的であっても旧エヴァのような無理矢理感は無く、自然な物語として受け止めることができ、また、ほむら達の成長の物語にもなりえる素材であり、とてもうまく考えたものだと思った。その時点では。

しかし、制作陣がそこで満足すると考えるのが間違いだった。浅はかだった。これが『まど☆マギ』なのだよ。これでこそ、『まど☆マギ』なのだよ。


描かれるのは少女の願いの大きさと絶望の大きさ。そして、それが招く悲劇。無敵のインキュベータでさえもが恐れ、支配しようとして逆に支配される程の強大な力。

映画の最後にアップで大写しされた、キュウべえでさえも怯える視線が見つめる先にあったものは何だったのか。

しかし、この先に物語は無い。おそらくは。何度も繰り返し表示された「完」「終劇」「Fin」「End」といったテロップが、物語の断絶を強く主張する。

……というか、この先を見たいか、お前ら?
そこには、やっぱり救いは無いと思うぞ。


ところで、マミさんを喰い殺すほどの力を持った魔女、シャルロッテの正体(新編ではべべ)は百江なぎさという小学生だった。この事実が、もっとも悲しい出来事なのではないか。そこまでの魔力を持つにいたった経緯を思えば……。

 

 


[映画] ワールド・ウォーZ

2013-08-17 22:13:55 | 映画

『ワールド・ウォー Z』


[c]2012 PARAMOUNT PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED. 

 

原作があまりにすばらしかったので心待ちにしていた映画。

しかし、蓋を開けてみれば、ブラッド・ピットが何を思ってこの小説の版権を買ったのかわからないくらい、原作とは無関係なただのゾンビ映画だった。

 

この映画のゾンビは走る系。映画の『…28日後』からゾンビは走るようになったと言われているけれど、確かにゾンビが走るのは怖い。ゲームのバイオ・ハザードだって、雑魚ゾンビが走り出すようであればクリアはおぼつかいないだろう。しかし、ゾンビはゆらゆら動いているからいいのであって、これだけ走るゾンビが相手じゃ、怖いというより、絶望感しかない。本気で世界滅亡は近いな。

しかし、音で注意を惹くまではゆらゆら揺れている描写もあったので、そこはオリジナルなゾンビに近いシーンもあった。

とはいえ、原作の面白さは対ゾンビ戦術のバリエーションや、人々がどのようにゾンビに対抗し、ゾンビの存在する世界を受け入れていったのかというところにあったのに対し、この映画ではその部分はほんのとばくちに過ぎず、すべてはこれからで終わってしまう。

どちらかというと、この映画では新たなゾンビ像を描くとともに、家族の元へ帰る男の物語に終始してしまっている。ならば、『ワールド・ウォーZ』をわざわざ原作に持ってくる必要も無かったんじゃないかと思う。

また、ブラッド・ピット演じる主人公はUN職員としてウィルスの正体を探りに探索に行くわけだが、彼の立場も良くわからない。もっと疫学の重要性に焦点をあてた啓発性みたいな部分があっても面白かったんじゃないかと思う。結果的には、アイディア一発勝負だったわけだけれど、なんで致死性じゃなきゃいけないのかとか、いろいろ理屈が曖昧。どちらかというと、四肢欠損や盲目、聾唖あたりに持っていった方が、イスラエル女兵士のエピソードと直接つなっがったし、致死性でなければならない強引さもなくなったんじゃないかとか。

 

なんだかマイナスポイントばかり上げているけれども、総体的にはスリリングなゾンビ映画で、2時間という時間をまったく時間を感じさせなかった。あれ、もう終わりなのかというのが感想。まだ半分ぐらいなのかと思ってた。

とにかく、走るどころか飛びかかる、よじ登る、人間ピラミッドを作ると、アクティブで手におえないゾンビ像が絶望的。あんなの、クラシックで常識的なゾンビ対策では対処できません。もう無理。

ただし、物語としては新鮮な感動も深遠なテーマも見られないので、ゾンビ好きなひとのためだけの映画なのかもしれない。ゾンビ映画だというのは宣伝で隠しているっぽいんだけどな!

 


[映画] パシフィック・リム

2013-08-10 23:32:22 | 映画

『パシフィック・リム』


[c]2012 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND LEGENDARY PICTURES FUNDING, LCC

 

久し振りに映画館で映画。やっぱり、身体中に響く重低音が心地よい。見たのはギレルモ・デル・トロ監督の『パシフィック・リム』。これは期待以上に正真正銘のハリウッド版怪獣映画だった。

かつて、『ゴジラ』が『GODZILLA』になったような気持ち悪さはなく、怪獣好きが作った怪獣映画っぽい。なにがすごいって、CGのくせして、形も動きも着ぐるみっぽい。これが由緒正しい怪獣。

しかし、これをハリウッドで現実化すると、生々しさが強すぎて、怪獣というよりはエイリアン。ビルをなぎ倒すほどに馬鹿でかいし、知能もそこそこ。いろいろな特徴を見れば怪獣に違いは無いのだけれど、印象はどうしてもエイリアンになってしまう。

この怪獣と戦うのが、我らが巨大ロボット。二人(時には三人)が心を合わせていないと操縦できないあたりは、努力と根性と友情が好きな日本アニメ、トクサツの設定そのもの。

コックピットの中で実際にパイロットが動く動作をそのままロボットに伝える方式は、どうみても『ジャンボーグA』だ。この操縦方法は『勇者ライディーン』、さらには『ヱヴァンゲリヲン』にまで受け継がれている、これまた由緒正しいスーパーロボット。

さらに、隠し武器は鞭のように撓る形態から変形する剣。これまたどこかで見た設定のような……。

ここまで日本リスペクトだと、主人公メカがいかにもアメリカン・フットボーラ―なのが残念。そこはもうちょっと角とか髭とかつけようじゃないか。

主人公メカのジプシー・デンジャー以外のメカも個性的でかっこいい。オーストラリアのストライカーはもうちょっと今風。逆にロシアのチェルノ(この名前、大丈夫なのか?)はレトロ風。そして、中国のタイフーンは三人兄弟が動かす三本腕の深紅なメカ。機体に烈風赤紅とか、命とか、どちらかというと日本風な漢字が書いてある。書体も簡体字じゃなくて日本語フォント。

これらは怪獣の出現する太平洋の周辺国(まさしくパシフィック・リム)ってことなのだろうが、日本のイェーガーがいないのはどうしたことか。ストーリー上、マコが日本人なので、さらに日本人を出すわけにはいかなかったんだろうな。それが日本風漢字として残っているんだったりして。

漢字と言えば、マコの回想シーンに出てくる東京(のはず)の街並みの看板が微妙な日本語ばかりでおかしい。「萌と健太」っていうのは覚えているのだけれど、ほかには何があったっけ。このへんてこりんな街並みは、2chの並行世界スレで見るような不安感を醸し出している。あれは記憶の世界という演出だったのだろうか。

ハリウッドでここまで日本リスペクトな映画が作られるとは思っていなかった。それだけ、デル・トロが日本びいきだということなんだろう。こういう映画こそが、クールジャパンの誇りと思いたい。

 


[映画] キック・アス

2013-05-05 23:11:21 | 映画

『キック・アス』


今さらながら、やっと見た。というか、やっと見られた。

TSUTAYAは嫌いだからあんまり行かなかったために、ビデオがレンタルされてるのを知らなかったのだ。これ、TSUTAYA限定だったのかよ!

そもそも、日本での販売自体がカルチュア・パブリッシャーズで、要するにTSUTAYA系列なのか。

こんな面白いものを独占しているなんて、文化に対する損失の罪で、TSUTAYAの経営陣は死刑だな。しかも、あいつら、これを“コメディー/お笑い”に分類してるんだぜ。あきらかにオタク文化を嘲笑ってるだろう。

これはぜんぜんコメディーじゃないよ。泣けるアクション巨編だ!

 

噂通り、すげーおもしろかった。俺的には『ターミネーター』も『バック・トゥー・ザ・フューチャー』も越えて、ベスト1になった。

内容についてはすでにいろいろなところで言い尽くされているので、もう何も付け足すことはない。

“どうして誰もヒーローになろうとしないのか?”

そうだよ。腑抜けだからさ。それでもヒーローを待っている。そして、ヒーローになる時を待っている。こんなおじさんになっても、まだ。

 

なんと、噂の続編『キック・アス2』は2013年公開だ。自主製作から大手(UNIVERSAL?)製作に替わる分、どうなるのか不安半分だけれども、日本にも早く来い!

 

 



[映画] リンカーン 秘密の書

2013-05-05 13:56:03 | 映画

『リンカーン 秘密の書』

公式サイトへ

 

TSUTAYAの更新特典でレンタル。他にも見たいのがあったのだけれど、どうせなら新作をということで。

第16代アメリカ合衆国大統領エイブラハム・リンカーンはヴァンパイヤ・ハンターだったというぶっ飛び設定のアクション映画。あの偉人に対して、よくこんな設定が許可されたな。

とはいえ、リンカーンと言えばやたらと背が高く、若いころにはプロレスまがいの試合に出たこともあるということで、ヒーローにはある意味最適。この映画の斧を使ったアクションシーンもなかなか。

しかし、当時の奴隷制度を、ヴァンパイヤとしもべ(もしくは家畜)の関係に例えるのはどうなのだろう。特に、昨今の在特会を巡る差別と反差別と反“反差別”の議論を見ていると、どうしても引っ掛かりを覚える。

つまり、奴隷制度賛成者はヴァンパイヤと同じで、力によって(残忍に!)退治されても構わないという主張につながらないか。それは、新たな差別ではないのか。それが、まさしく反“反差別”の主張ではないのか。

いみじくも、南北戦争とゲティスバーグの演説、それによる奴隷制度の終結を描くのであるならば、ヴァンパイヤの殲滅ではなく、共存を探る道も描かれるべきではなかったのか。

というわけで、確かにおもしろいのだけれど、その寓意はかなり危険度が高いのではないかと心配するのであった。

もっとも、この映画を見てヒャッホーする分には、まったく意味のない心配ではあるのだけれどね。

いや、ラストのオチからすると、それこそ憂うべきものだというべきなのか。


それから、この映画を観た後でリンカーンの伝記を読むと、きっとおもしろいよ。実在の人物がどういう役柄を押し付けられたのか、対比を取ってみるとあまりのミスマッチさに笑えること請け合い。


注:ここで言及している「反“反差別”」とは、反差別活動の方法論に対する批判であって、差別肯定主義のことではない。

 

 


[映画] LOOPER

2013-01-17 23:37:15 | 映画

LOOPER/ルーパー - goo 映画


(C)2012 LOOPER DISTRIBUTION, LLC. ALL RIGHTS RESERVED

 

タイムトラベルとサイキック。個別のネタはオーソドックスなのだが、そういう組み合わせをするのかと感心した。予告編を見ただけでは、この結末は想像がつかないだろう。だって、サイキックの話が出てこないからな!

まず最初に、LOOPERの役割を聞いたとき、そんな仕事をする奴はいないだろうと思った。なにしろ、自分の寿命が決まってしまうのだから。しかし、その後の描写の中で、生きるか死ぬかの子供時代が示唆されると、その中では確かに、LOOPERが救いの道に見えるのかもしれないと納得した。そのあたりの葛藤が、もう少しちゃんと描かれていたら良かったかもしれない。

青年のジョーは、寿命を生きた壮年のジョーを自分の分身に思えないのは当然だ。なぜなら、青年ジョーは、まだ何もいい思いをしていないのだから。一方で、壮年ジョーは青年ジョーを守る必要がある。なぜなら、好むと好まざるとにかかわらず、自分の過去であるからだ。

現在の状況が未来から来た男の過去に影響する。未来から来た男にとって、過去は“可能性”に過ぎない。これはちょっと《センス・オブ・ワンダー》を感じる設定だった。しかも、これを伏線としてちゃんと描写してある。スタッフがちゃんとわかっている証拠だ。

しかし、青年だろうが壮年だろうが、主人公のジョーがなかなか感情移入しにくいキャラだったせいで、ドキドキ感がいまいち。

そして、ラストシーンで、なぜ彼がそうしたのかということを考えると、なかなか腑に落ちない。あれだけ利己的な男が、なぜ。

そもそも、壮年ジョーの目的が、黒幕を少年時代に殺す(ターミネーターですな)ことではなく、妻を殺させないということなのであれば、ラストシーンの解決策は彼自身が気付いても良かったと思うのだけれどね。

俺としては、倫理よりも論理の方から彼ら二人の行動を読み解こうとしてしまい、いまいち納得できないのだけれど、あれは単なるナルシズムとヒロイズムによる自己犠牲と解釈している人が多いんだろうか。

でも、いろいろ考えると、あれはまだ見ぬ未来の妻を救ったのでも、世界が悪魔に支配されることから救ったのでもなく、目の前の子どもを悪魔にすることから救うためだったと思うんだよね。その考えの中に、未来の愛する人などいなかったはず。

そんな感じで、論理としては理解はできるけれども、いまひとつカタルシスの無い結末で、不完全燃焼な気がする映画だった。

 


[映画] トロールハンター

2012-12-17 22:32:30 | 映画

トロール・ハンター - goo 映画

(C)2010 Filmkameratene AS Alle rettigheter forbeholdes. All rights reserved.

 

暇だったので久しぶりにレンタルビデオ店へ。

映画公開時にSFマガジンで紹介されていたのを思い出して借りてきたのがこのディスク。

うーん。はっきり言って、期待を裏切られた感じ。お馬鹿映画としても、俺的に笑いのツボが外れていて、ぜんぜん笑えなかった。ついでに言うと、ノルウェーの自然がどうこうっていっても、北海道と変わらんし。

熊の密漁を題材に大学生たちが取材ごっこをする。大学生たちは行方不明となり、残されたのがこのビデオという設定。

専門家による分析の結果云々かんぬんというものものしい但し書きが最初に表示され、なかなか凝ったつくりになっているし、トロールもユーモラスと恐怖のはざまでおもしろい造形だった。

しかし、どう考えても、致命的にシナリオが悪い。

取材テープ(という設定)なのだからシナリオをどうこういうのはおかしいかもしれないが、物語としてぜんぜん面白くない。

熊ハンターは早々にトロールハンターだということがわかってしまうし、政府が隠しているトロールの秘密はほのめかしだけでまったくわからない。

起承転結とか、序破急とか、序文本論結論とか、ともかく、まったく物語が感じられないし、魅力的ではない。これなら川口浩探検隊の方が、よっぽど物語性が高い。

クライマックスの巨大トロール退治も、それが政府にとってどういう意味を持つのか、ハンターにとってどういう意味を持つのかさっぱりわからない。なので、カタルシスもないし、恐怖も感じない。

取材テープのつぎはぎ(という設定)だったとしても、もっとおもしろい物語を映し出すことは出来たと思うんだけれど、まったく惜しい限り。

まあ、あんまりおもしろくなくて眠たくなってしまったので、いろいろ見落としただけかもしれないけれどね。

 

 


[映画] ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q

2012-11-17 19:29:58 | 映画

ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q - goo 映画 


(C)カラー


公開日に予約して見てしまいました。前日はテレビで『破』を見て予習もばっちり。

 

しかし、これは……。

 

完全に予想も想像も外れた新展開。前日のTV放送に入っていた『Q』の冒頭部分でも頭の中は疑問符だらけだったが、さらに疑問符がポコポコ沸き出し、しかも前作までの謎はまったく解明されないという、まったくもって期待を裏切る内容。

序破急+完結編なので、一度『Q』で話が落ち着くと思っていたのだが、まったくそんなことはなく、繰り返しの『序』、その形式を破った『破』に続いて、まさしく『急』にふさわしい急展開。そして、『Q』にふさわしい疑問符の連発。

ネタバレを書こうにも、何を書けばいいんだかわからんくらい。

 

とりあえずの感想としては……。

・ヤマトをパクったナディアのパクリ(笑)

・あとはガンバスター?ほかいろいろ。

・カヲルくんBL意識しすぎ

・逆にアスカとマリは百合かよ

・マヤちゃんは相変わらず男嫌い

 

いやー、目を皿のようにして見入っての2時間だったけど、本気で何が何だかわかりませんよ。

 

とにかく、『破』のラストから直接つながっていない。その間に何があったのか、詳細は明らかにされず、最後はまたしても“つづく”。

ここまで来ても風呂敷を広げ続ける製作陣は、本当にこの物語をファンの納得する形で完結させることができるのだろうか。『破』を観た時には、これでやっと完結すると思ったんだけど、今は完全に懐疑的になってしまった。

 


[映画] 天地明察

2012-10-15 22:47:20 | 映画

天地明察 - goo 映画

(C)2012『天地明察』製作委員会

 

こちらは、久し振りに時間が空いたので映画でも……と言われて、グループで観に行った。

冲方丁のベストセラーを原作とした時代映画。江戸時代に日本で最初の「日本の暦」を作った渋川春海の挫折と成果を描いた作品。

前日にまどか☆マギカなんてものを見たので、映画としては静かで、正直言って退屈な感じだった。盛り上がりに欠けるというか、なんというか。

北極出地のエピソードや、水戸光圀との関係など、場面場面では面白い部分もあったりしたのだけれど、全体的にはどうにも。

それではどうだったらよかったのかというのはよくわからないけれど。

渋川春海を主人公にしたドキュメンタリーでもよかったんじゃないかと思ってしまったので、ドラマ性の部分に心を惹かれなかったのかなとか。要するに、ドラマ部分が史実に負けているような感じ。それって脚本としては致命的なんじゃないか。冲方丁の原作って、こんなに退屈だったっけ?

映画の最後に、「史実とは異なる点があります」との表示があり、何が史実では無かったら一番興醒めかと言ったら、やっぱり同日に亡くなったというくだりだろう。あれが史実でなければ詐欺レベル(笑)

あと、武藤ちゃんが、膝悪いのに力持ちの役で頑張ってました。