ちわきの俳句の部屋

メカ音痴おばさんの一念発起のブログです。
人生の後半を俳句にどっぷりと浸かって、…今がある。

〝一病息災〟から〝多病息災〟へ

2019年01月12日 | 俳句

 今日も昼頃は日が差してきて、このまま天気がよくなるのかしらなどと期待したものの…やはり後は曇。TVのニュースで東京は初雪ですって。そうだ、今日は本来馬醉木の新年句会で東京に行くはずだったのですが、今年はいろいろとあって欠席しました。昨年は句集出版の披露などもあり、そのお礼かたがた出席したのですが…。

 どうも私たち(?)田舎人にとっては東京へ行くのはとても疲れることなんです。行かないと決めた年は本当にのんびりと新年が迎えられますもの。精神的にすご~く違うんです。これもやっぱり田舎者だからでしょう。東京に行くたびに〝こんな所には到底住めない〟と思います。決してひがみとかではなく…、根っからの田舎者なんですよ。今の暮らしには何の不満もありませんし、よくアンケートで満足度を問われることがありますが、いつも〝ほどほど満足〟と答えています。私何でもこの〝ほどほど〟というのが大好き!

 昔から〝無病息災〟より〝一病息災〟の方が却って長生きすると言われていましたよね。それが先日何かで読んだのですが、今では〝多病息災〟の方が長生きするんですって。もちろん一概に言えることではないと思うのですが、一理はあるような気がします。私も最初は〝一病〟でしたが、歳とともに〝二病〟〝三病〟と増えていきました。それと同時にいろいろと医学的な知識も増えました。例えばどういう症状の時にはどう対処すればいいのかとか、どういう分野の病院へ行けばいいのかなどということです。病気しない人は結構何も知らないことが多いですね。

 先日〝帯状疱疹〟に罹って大変だったという友人の話を聞き、つくづくそれを実感。私はどういうものか知っていましたので、罹ったときすぐに気付き、助かりました。たまたまその日が日曜日で休診、夜でしたが迷わず休日診療へ。その時の先生が、〝よく気がつきましたね。この病気は早いほどいいから…〟と。これは命には別状のない話ですが、かつては命にかかわることがあって、それは私の判断で命拾いしましたから…。そういうことが何度かあると、〝ああ、私は病気のお陰で生かされているのだわ〟と思ってしまいます。

 〝病は気から〟とも言いますが、私はいつも病気には〝お陰様で元気よ〟と言って、病気とは喧嘩せずに共存しようと思って生きています。若いとき、手術の輸血による血清肝炎になり…以来いろんな病気に罹りました。昨今C型肝炎が取り沙汰されるようになってからよく人に言われます。〝悔しいでしょ〟と。でもその時輸血をしなかったら私は手遅れできっと生きていなかったでしょうし、そう思うと〝生かされた〟という気持ちの方が強かったですね。それで恨むという気持ちは全く…。だからでしょうか。みんな私を病気知らずの元気バリバリで生きているのだと思っているようです。

 今日は何も書くことがないなあ~などと思って書き始めたらこんな病気の話になってしまって…俳句の話を期待して訪ねて下さった皆様ゴメンナサイ! でも俳句だって〝生きていてなんぼのもの〟でしょう?詠むことも読むことも出来なくなったら人間最後ですもの。みなさま一緒にガンバリマッショ! 

 今日の写真は、我家の〝大枯木〟です。この家に引っ越したとき大木が2本ありました。その1本は黐(もち)の木で、それはご近所に迷惑になるからと根元からばっさり伐ってもらいました。その時にこの榎(えのき)も枝などは伐ってもらったのですが、もうこんなに伸びて…。ここはたくさんの木があって一見森のようなので気に入った土地でしたのに…。杉の木から柿の木、梅の木、栗の木と…もう何本伐ったことでしょう。伐る度に切なくなるのですが…でも私たちが歳を取って手入れ出来なくなると思うと、やはり伐るしかないのでしょう。淋しいですよ。

 

 

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