ちわきの俳句の部屋

メカ音痴おばさんの一念発起のブログです。
人生の後半を俳句にどっぷりと浸かって、…今がある。

ああ、ついに〝1月往ぬる〟でよ!

2021年01月31日 | 俳句

 今日ではや1月が〝往(い)にます〟ね!この「往ぬ」という動詞、私のPCでは一発で出ません。皆さんのはどうですか?「往来」とかを出して作りますが、なぜ出ないんでしょうか。

 私が高校で古典を教えていたとき、変格活用はその動詞を覚えるのが一番だというので、生徒に全部覚えさせていました。カ変は「来(く)」、サ変は「す」、ラ変は「あり・をり・はべり・います(そ)がり」で、ナ変は「去(往・い)ぬ・死ぬ」の2語だけだからと…。思い出されましたか?懐かしいでしょう!

 なのになぜPCでは出ないの?『広辞苑』にはあります。現代でも〝過ぎ去る〟とか〝帰る〟などの意味に使われるのですが、もともとは古語で、〝①行ってしまう。去る。いなくなる。②時が過ぎ去る。経過する。③世を去る。死ぬ。〟という意味でしたので、現代の用い方と大差ないです。

 ところが、私が学校以外でこの言葉をどこで聞いたのかというと、どうも広島でのようなんです。主人に聞いてみたら、使っていたと。〝はよ、いね!〟というように、ジャマな相手や嫌いな奴だったりすると、それを追い払うように命令口調で言っていたんですって。〝早くどこかへ消え去れ〟というような意味で。

 では、宇部ではどうかしらと、宇部弁の会の本を調べてみました。すると、〝へなら、そろそろいぬるでよ〟という使用例が書いてありました。そういえば年配の先生が仰っていたのを確かに覚えています。これは〝それなら、そろそろ帰ろうかね〟という意味なんです。

 ついでに『新明解国語辞典』を見てみますと、〝往ぬ〟は「関西方言」として①帰る②行くですって。関西の方いかがですか?

 とにかくPCでは変換しないというのが気にくわないです!だって純正の日本語なのに…

 ちょっと話が逸れましたね。この頃俳句の話がおろそかになってしまって、ゴメンナサイ!

 俳句の話はいつでも書けますが、ふと思いついたことはその場で書かないとすぐに忘れてしまいそうなんです。まあ、どうでもいい話なんですけどね…でも、読んでほしくって…

 次は昨日のことです。先日の小野田市須恵公民館での「古典講座~万葉集とちょこっと源氏物語~」を申し込んでいましたので、午後から出かけました。それで、午前中がまあまあの天気でしたので、2,3日溜まっていた物を洗濯しました。さて、脱水が済んで干そうとすると…あれ~これは、大変!とんでもないことになっていたんです。以前は時々あったんですが、最近は余りなくて、つい油断していました。何事かって?…洗濯物に白い紙くずがあちらこちらに…。もうお分かりでしょう。

 ティッシュペーパーが洗濯物に紛れていて、それをしっかりと攪拌して脱水したんですから…イヤになりますよ。今までは主人のズボンに入っていたりしましたが、今回はズボンは洗っていませんから。また、ティッシュペーパーがビニール袋に入ったままだと飛び散るのも少ないので大事にはならないのですが、袋がなくて、今回は紙がちりぢりになっていたんですね。

 特に冬物は起毛のものや黒色のものが多いとくれば、もうお分かりでしょう。本当に泣きそう!それで助っ人に主人を呼びましたよ。すると、〝乾いてからパンパンと振って叩いたら取れるじゃろ〟と、簡単にいいます。〝じゃあ、取り入れるときにやってくれるの?〟と言うと、黙って…手伝ってくれたのですが、何とも風が冷たくて、だんだん手も悴んできましたので、目立つものだけを取って干しました。でも、見ると物干し場が紙吹雪を撒いたように白くなって… アッ、写真撮り忘れました。残念!

 その時思ったことなんです。〝これ、まるでガン細胞が全身に飛び散ってるようだなあ〟と…。この白い点々としたものがガン細胞だとすれば、振り払ったぐらいでは取れませんよね。最初の紙だったらそれだけを取り除けば、すぐにキレイになって汚れずにすみます。しかし、気がつかずにこうも散らばってしまってはお手上げ!更に生地によっては紙の付き方が違います。殆ど付かないツルツルの生地もあれば、全部にまびりつくフワフワの生地も…。人だって同じかも。だからガン細胞に好かれる人は取っても取っても着いてくるんでしょうか。

 そんなことを考えていましたら、次のような句に出会いました。

  みこまれて癌と暮しぬ草萌ゆる         石川桂郎

 やっぱり癌がこの人と見込むんですね。もし見込まれたらもう最後…絶対逃れられません。だったら洗う前によく見て取り除けばいいんですが。気がつかないばっかりにこんなことになって…。これが手遅れということなんでしょう。ならば皆さん、必ず検診を受けて、自分の体は手遅れになる前に善処しましょう。私も…

 さて、講座が終わって帰る頃には天気が悪くなり、おまけに携帯がおかしくなっていましたので、docomoショップにも寄り遅くなって帰ると洗濯物はそのまま。ウ~ン、クヤシイ!次の日、即ち今日は一日中快晴という予報でしたので、私もそのままにしておきましたよ。

 それで今日の昼洗濯物を取り込みましたが…やっぱり振るっただけでは取れていませんでした。靴下は裏を返すと残っていたり、下着も縫い目の所に隠れていたり…と。これが昨日のように寒かったら気分も悪かったでしょうが、今日は朝からポカポカ陽気で…どうにか無事に済みましたのでホッと…

 ガンでも手術で取ったからもう大丈夫と安心しないで!何か体に変調が出てからでは手遅れになるかも…といつも気をつけましょう。兄は9年間もガンと闘いましたが、まるで〝モグラ叩き〟でした。モグラが頭を出すか出さないかの瞬間に叩きつぶさないと…ね。でも…力尽きて…

 またまた、変な話になりました。ゴメンナサイ!今度は絶対真面目に俳句の話をしますから…。

 写真は、先日の〝小野田へ初吟行〟での、「徳利窯」の写真です。実は私のスマホが充電切れで2枚しか撮っていませんでしたので、主人の写真を貰いました。小野田市の徳利窯のマンホールとかつての徳利窯の写真はお借りしました。スミマセン!

山口県小野田市のデザインマンホール徳利窯をモチーフ

小野田セメント徳利窯

 

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小野田へ初吟行で~す!

2021年01月28日 | 俳句

 今月ももうあと少しで終り…そうです、〝1月往ぬる2月逃げる3月去る〟といわれる駆け足の月ですものね。でも、去年に比べると随分ゆっくりしたひと月に感じましたが…なぜなんでしょう。

 ああ、そうでした。去年の元旦は600メートルの神代高原で〝初日を拝もう〟ということで、広島県の福山の方へ出かけていました。その次は馬酔木の新年会で東京へ行き、そのついでに横浜を散策して帰ったんでした。更にその後も早苗の新年会で広島へ行きましたし、地元でのいくつもの新年句会へは着物で出かけていましたものね。忙しかったはず。それであっと言う間に1月が終わったんでした。

 それが今年はコロナウイルスのために自粛、自粛で、初詣さえ満足にしていないんですもの。おまけにいつもにない大雪が降って動けない日が何日もありましたからね。

 東京では昨日やっとコロナの新しい感染者が1000人を割ったと…、ニュース速報で流されましたが、こんなことでとビックリです。緊急事態宣言の効果がやっと出始めたんでしょうか。それにしてはちょっと遅すぎるのではと思いませんか。

 27日の東京都での新たな感染者は973人、そのうちおよそ44%の432人はこれまでに感染が確認された人の濃厚接触者で、残りのおよそ55%の540人はこれまでのところ、感染経路がわかっていないということです。

 更に昨日確認されたうちの18人が死亡し、都内で1日に発表される死亡者数としては、過去最多。1日の感染確認は、26日は1000人を超えていましたが、25日までは2日連続で下回っていて、このところ1000人前後で推移しているという。これで都内で感染が確認されたのは、合わせて9万6507人になったそうです。

 山口県では26日に、新たに41人の新型コロナウイルス感染が確認されましたが、関係者によりますと、周南市の高校剣道部で15人という新たなクラスター(感染者集団)が発生したからだと。

 更に昨日27日、新たに18人の感染が確認され、5人は周南市の高校で発生したクラスター関連、これで一連の感染者は21人となります。他に周南市のサービス付き高齢者向け住宅のクラスター関連は1人増え計70人、宇部市の扶老会病院のクラスター関連は2人で計154人と。死者も1人増えて、県内の死者は12人となりました。

 一昨日山口県の村岡知事が、〝感染状況は「ステージ3(感染者の急増段階)」に移行しました。今以上の感染拡大を防ぐため、改めて、県民の皆さんの感染予防対策の徹底をよろしくお願いします〟とテレビで訴えていましたが、今後の動向が本当に心配です。

 ところで、毎月恒例の吟行会の初吟行を先日の20日に山陽小野田市周辺で行いましたが、そのときの様子を簡単に(?)報告しましょうか。

 この日も当然雲一つない吟行日和ですよ…ジンクスはなかなか破られませんね!とは、Yさんが…(笑) 9時30分に集合し、三密を避けて各自の車で出発です。今から行く小野田地区は硫酸瓶から焼酎瓶へと、かつては全国陶瓶生産量の7割を占めていたんだそうです。

 先ず行ったのが〝瓶垣(びんがき)〟。小野田地区の粘土が硫酸を入れる容器に適していたため、市内で大量に硫酸瓶が作られ、製陶業が栄えました。その硫酸びんの不用品などを積み上げて作ったのが瓶垣です。その近くに崩れた窯場の跡と煙突があって当時を偲ばせてくれました。

 次に向ったのが、〝旦の登り窯〟。天保末年(1840年頃)に富田(周南市)の陶工甚吉が旦に移り住んで窯を開いたのが始まりで、皿山と呼ばれました。特に戦時中は耐酸性陶器の一大産地として栄えたところです。ここの登り窯は10連もあって、そのため焚き口は4つ…サスガです。最後に立っている煙突はそれに見合うだけの高さが昔はあって、今のように低くはなかったはずでしょうが…、崩れてしまったんですかね。

 ああ、そうそう。この旦の登り窯は市の指定史跡となって保存されていますが、瓶垣の方は放置されたままですので荒れ果てています。ところが、私は2度ほど来たことがあって、その時より何だか手入れされているような…?と見ると、作業をされていた方が近づいて来られ、自分たちはこの一帯をキレイにして保存しようと整備しているのだと説明され、市の方へも保存を呼びかけるので署名してほしいと。確かに納得です。だって始めて見たときはウワッ!と思いましたものね。

 もう一つ今度は登り窯へ行ったときの話…。やはり硫酸瓶があちらこちらに転がっていましたが、その中に瓶の上部が割れ蓋のようになったのがありました。それを主人が開けて中を覗くと…キャア!小さな蛇が…冬眠中でした。みんなが一頻り覗いて、〝これ生きてるのよね?〟と、誰かが突こうとしたので、ダメ~!〝カワイソウだから起こしちゃダメよ!〟と…本当は怖かったからなんですが…絶対私蛇だけはダメなんですよ。

 この話には更におまけが付いていて…。瓶垣のところで、作業されていた方からその硫酸瓶を一つ主人が貰って、私の車のトランクに積んだんです。それで、もしかしたらあれにも蛇が冬眠していて、トランクの中が暖かくなったら這い出してくるかも…なんて脅かされて…また、またキャア!ですよ。

 最後は小野田セメントの〝徳利窯(とっくりがま)〟です。これは国の重要文化財で、県指定史跡。日本化学遺産でもあります。明治14年に創業した国内初の民間セメント会社旧小野田セメントで建造された、現存する唯一のセメント焼成用竪窯で大変貴重なものなんですよ。上部に煙突があり、赤煉瓦で作られた形が徳利に似ていることから徳利窯と呼ばれています。太平洋マテリアル(株)(旧小野田セメント)の工場敷地内にあり、いつでも見学できます…が、今回久し振りに行って見ましたら、保存のために大きな屋根が取り付けられていて、かつての様子とは全く違っていました。私には前に見たときの映像がしっかりと目に焼きついているのでいいのですが、初めて見る人はちょっとガッカリかも…。何でも昔のままがいいですね。しかし、史跡物の劣化と崩壊などで起る事故を防ぐ意味ではやむを得ないことなんだとは分かっていますけど…ね。

 この徳利窯の傍には小野田港があって、この日は遙か九州の豊後国(大分県)まで見えました。日は燦々と降り注いで眩しいくらいでしたが、やっぱり海風は冷たくて…、ああ、そうでした。この日は一年で一番寒いという〝大寒〟でしたもの、当然ですかね。

 12時になりましたので、見学を終えて昼食場所へ。その後須恵公民館の部屋を借りて句会です。16時30分に終了し、そこで解散。

 こういう、産業遺構の史跡などを俳句に詠むのはなかなか難しいものです。でも、みんなよく頑張りました。ご苦労様でした。

 

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わあ、Zoom初体験!

2021年01月24日 | 俳句

 一昨日からの雨が昨日も一日中、それもしっかりと降りました。今日の関東方面は寒波で雪になっているところもあるとか…。こちらは今朝も雨が…と思いましたら、今12時過ぎですが日が差してきましたよ。天気予報を見ると、やっぱり午後からは晴☀マークで最高気温12度、最低も6度と。明日は一日中マークで、気温も今日並のよう。よかった! 

 ところで、先日宇部の病院でクラスターが発生したことを書きましたが、昨日の23日現在、その濃厚接触者などにも感染が拡大して、一連の感染者は137人に上りました。

 ということで、ナント!宇部市のコロナウイルス感染者数が201人で、山口県内のトップに躍り上がったんです。アハハ…と喜んじゃあいられません。県内の累計感染者数もついに1000人を超えて1075人に。死者も8人になりました。これは米軍岩国基地の172人を除いたものです。この急激な感染の拡大は、一つは宇部のクラスター、それに加えて周南市のサービス付き高齢者向け住宅で61人(23日現在)のクラスターが発生したということが大きな原因ですが。

 ちなみに、県内の感染者数の第1位は宇部市で201人、第2位が岩国市の188人(米軍岩国基地172人を除く)、第3位下関市172人となっています。もうビックリでしょう。クラスターが発生するとあっと言う間なんですね。クワバラ、クワバラ!

 更に怖いことが…。息子の勤めている自動車学校にコロナウイルスに感染の疑いがある学生が通っていたと…。ギョエッ!です。それで…、それでどうなったの?…とちょっと家中に戦慄が走りました。

 先日よりクラスターとは違う宇部の学生の感染者が報告されていました。23日にも宇部市の1人と山口市の3人(20代の男子大学生)が陽性となりましたが、それはグループ8人で飲食やカラオケを共にしたからなんですって。この関連の大学生が通っていたらしく、最初のPCR検査でこの学生も陽性だったと。ところが、再度の検査では陰性だったので事なきを得たんです。しかし、そのためにその学生の指導官1名も検査を受けたということですが、結果は陰性で、みんながホッとしているのだと言っていました。

 もしこれで陽性だったとしたら、全職員の検査、更にはその家族にまで及ぶという事態が発生したかも…。ほらコワイでしょう。さすがにビビりましたよ。

 昨日はそんなこととはつゆ知らず、雨の中を山陽小野田市の須恵公民館で開催された「初心者向けZoom体験講座(スマホ限定)」に、10時から主人と出かけていました。

 これは、20日に毎月恒例の吟行会を山陽小野田市の周辺で行い、この須恵公民館が句会の会場だったんです。その時チラシを目にして、申し込んでいたんです。この講座は先着順10名で、20日が締めきり…ちょうど2名の空きがあってセーフ!という次第。

 さて、さて、スマホも満足に使いこなせていない私に…果たして出来るのでしょうか?まあ、主人がいることだし…と。最初説明通りに始めたまではよかったんです。先ずZoom設定でインストールまではできましたが、その先の情報登録で???やっと登録をしても、今度はパスワード???とうとう行きづまって、何を入れてもダメと。そこでパスワードをお忘れの方は…で、再設定をやってみたのですが、そこからはにっちもさっちもいかなくなり、とうとう最後まできませんでした。クヤシイ!

 受講者は皆それぞれ違うスマホですし、主人も違いますので聞いてもダメ。というわけで講師の先生にやって貰ったのですが…それも私と同じところで行ったり来たり。とうとう時間がなくなるということで、設定できた人同士でZoomを使ってのミーティング開始でした。でも、みんな似たり寄ったりの高齢者ばかりですもの。半分の人ぐらが出来たのかな?…主人も最後の所では?

 予定は11時30分終了。出来ない人はまだ右往左往していましたので、先生が課外授業をと言って、12時過ぎまで延長して下さったのです。結局〝かんたんスマホが一番手強かった!〟と言って、先生が嘆いておられましたが、それが私のスマホ。解散後にもう一度先生が四苦八苦して下さってもやっぱりダメ…遅くなって先生にも申し訳ないので諦めました。でも、私の手順が悪くて出来なかったのではないので、一安心。しかし、メカ音痴の私ですから土台無理な話だったんでしょうか。

 それでも今朝PCでGmailを開き、もう一度Zoomに挑戦。主人とやってみましたら…アラ、出来ましたよ!ミーティング参加で顔写真も写りましたし…でも、その後は?…まだよく分りません。とにかく昨日講座でやったところまではPCでは出来ましたからよかった!どうもこのdocomoのらくらくホンが良くないみたい!他のスマホで出来ることがこれではダメというのがよくあって、…やっぱりまた買替えるしかないのかしら。トホホッ…

 だって今年は何かと物入りが続きますもの。自動車の修理代にエコキュートの代金、おまけに相続した大分の土地を駐車場にするために整備費用がいると…大物が目白押しなんです。これ全部私がすると言ったので、私のお金でとは…主人の弁。運勢でも今年は〝金運は衰退してしまいそうです。できるだけ節約して、上手にやりくりしていくように心掛けましょう〟と出ていましたのに、完全に衰退ですよ。どうしましょう! 

 写真は、リハビリの病院で…〝パフィオペディラム〟です。これは、袋状の唇弁が特徴的なラン科植物で、洋ランの一属として知られています。普通蘭(ラン)の花は秋ですが、温室で栽培した蘭などは〝室咲(むろざき)〟といって冬の季語になります。

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今頃〝初句会〟なの?

2021年01月22日 | 俳句

 今日は朝から雨が一日中ショボショボと降って、すっきりとしません。気温は朝から10度もあって、今までの寒さに慣れた体には却って生暖かく感じられて、それが気持悪い!どんなに気温が低くてもいいから、やっぱり晴れた方がいいですよ。

 午後は、第2週が雪で延期になりましたので、今日が今年初めてのフラダンスです。ということは〝初稽古〟または〝踊初(おどりぞめ)〟ということになるのでしょうか。

 新年には何事にも新たな心で取組む…柔道・剣道などの武芸に限らず、謡曲・仕舞・舞踊・生け花・ピアノ・ヴァイオリン・バレエなどの習い事の、新年最初の稽古は、どれにしてもそれなりに祝意をこめて和やかに行うものです。しかし、今年はコロナの自粛のために中止になったり、あったとしても三密を避けて、今一つ華やかさも盛り上がりにも欠けた…もの静かな稽古だったでしょう。私たちは全く普通と変わりませんでしたが…

 19日にあった句会もこのO教室にとっては今年初めてでしたので〝初句会〟だったんですよ。

  初句会既に二十日も過ぎんとす         高浜年尾

 作者・高浜年尾(たかはま としお、1900年ー1979年)は、高浜虚子の長男。「年尾」の名は正岡子規の命名によるのだそうです。1959年に虚子より『ホトトギス』主宰を継承、1979年に死去、78歳でした。死後『ホトトギス』主宰は次女の稲畑汀子に引き継がれ、現在はその息子稲畑廣太郎が継いでいます。

 ところで、句会というのは、大抵どこの結社でもそれぞれのグループで月に1回句会を開くのが通例になっています。いつ頃からこのような形になったのかは知りませんが、どうも正岡子規が互選(膝回しと言った)による句会を始めて、この形式が定着し、現在一般に行われる互選形式の句会へと引き継がれていったということらしいです。

 だから、その開催日はまちまちなんですが、概ね結社誌の投句締め切りが月末ですので、それに間に合うように実施しているはずです。だとすると、早いのも遅いのもあって、この上掲の句のように初句会が〈二十日も過ぎんとす〉ということはざらにあることなんですが…ね。ホトトギスでは珍しかったのかしら。

 実は、私のF教室とD教室はこの25日と26日にありますので、それが初句会となります。しかし、こんなコロナ禍の中で、どの教室でも無事に初句会が持てたことは、私にとってはとっても幸せなことです。ああ、そういえば、第2土曜日にあるはずの二つの初句会は、雪のために通信句会にしました。あんなことは滅多にないんですよ。

 去年のブログを見ると、1月の初句会には全部着物で行ったと書いていましたもの。今更にビックリです。

 結社での初句会、普通は新年俳句大会とか言っています。馬酔木では全国に会員がいますので、一年に一回主宰にお会いできる機会だと、鹿児島からも北海道からも来られるんですよ。誌上でお名前しか知らない同人の方々にもお目にかかれるという…滅多にないチャンスですもの。

 私も東京まで行って始めて参加したときは、皆さまどなたも美しく着飾って来られていましたし、ホテルの華やかなシャンデリアの下でとても緊張していたことを覚えています。全く場違いな所へ足を踏み入れてしまったような…まるで夢の中をふあふあと浮遊しているみたいでした。遠い昔の話ですが。

 今年はコロナのお陰でどこも中止です。馬酔木は今年が創刊100周年で、盛大な祝賀会が予定されていたんですが…残念です。来年の新年会に持ち越されるということですが、その頃にはきっとコロナも終息していることと願わずにはいられません。神さまどうかよろしくお願いします。<(_ _)>

 写真は、小さな一輪挿しに生けたお正月の花。二ヵ所のトイレに飾っていますが、まだこんなにキレイ!捨てるのが勿体なくて…(^0^)

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〝きらら俳句教室〟第9回目で~す!

2021年01月19日 | 俳句

 昨日一日中降った雨は夜には止んで、今朝は寒かったのですが、天気予報は曇の最高気温9度。昨日より少しは暖かそう…。ラジオ体操へは当然行きました。

 午後からはO教室の句会。昨日ブログにも書きましたが、宇部の病院にクラスターが発生し、今日更に22人増えて計92人となっています。それで、また施設の使用に制約がかかるかもと心配しましたが、従来通りでしたのでホッとしました。

 この句会の報告はまたにして、今日は、16日(土)の〝きらら俳句教室〟第9回目の報告をしましょう。

 珍しくこの日は朝からザーザーと雨が降って、とうとう私の〝晴れ女〟もここまでかと思いながら家を出ました。ところが、…ほら、きらら浜自然観察公園に着く頃にはもう止んで…、ウフフッ…これなら吟行も大丈夫だわと教室へ。今日の参加者は12人、定刻の9時30分に開始です。

 今回の初めの話は、昨日が15日で、それを〝小正月〟とか〝女正月〟ということやその日に昔はいろんなことをして祝っていたことなどの解説。それが済むと、いつものコースでの吟行です。

 初めは曇っていましたが、風もなく温か。そのうちに青空が見えてきて日差しまでも…。もう何も言うことはありません。今日の吟行のメインは、池いっぱいにいる鴨たちです。これらを一括して〝水鳥〟ということ、プカプカ浮いて寝ている鴨たちは〝浮寝鳥〟ということなどは先月話しました。それで、〝先日の寒かった日の後にこのような暖かい日が来るのを〝三寒四温〟といって、冬の季語なのよ〟と道々話ながら。また、〝さしずめ今日のようなお天気だったら「四温晴」とか「四温日和」と詠んでいいかも〟とか…。

 出発するときにレンジャーのNさんから、〝特に今日はハシビロガモの行動が面白いので、よく観察してみて下さい〟という説明がありました。ハシビロガモの写真はお借りしました。スミマセン!

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 ハシビロガモというのは他の鴨と違って大きくて幅の広いくちばしを持つ大形の淡水鴨です。この鴨の特長は、単独やつがい、ときには群で泳いで円形にグルグル回って渦を作り、中央に集まったプランクトンを食べる様子が見られるということ。まるで巻き網漁の鴨版やね~と言うとみんな大笑い。

 さて、それを目当てに行きますと、ああ、いました、いました…でもグルグル回っているのはどこに???

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 もっと近づいて行くと…ワアッ、回ってる!回ってる!…見ていると離れていた鴨たちも寄ってきて段々輪が大きくなっていきます。あら2羽でやってるのもいますよ。そうするとあれは番(つがい)なのかしら?しばらく様子を見ていますと、プランクトンを食べるのは一羽ずつ順番にやっているようです。スゴイ!鳥でも考えるんですね~。みんなで力を合わせる方が効率よく餌が食べられるということ、またそれを独り占めしないでみんなで公平に食べるということを…。また、また、良い勉強をさせて頂きました。感謝、感謝です!

 途中あちらこちらにあるカクレミノ(ウコギ科の常緑小高木)の若葉がとてもキレイでした。これは台風の時一度葉を落してしまって、それからまた若葉を出したからなんです。この木にはじゃんけんのグー(裂けていない)、チョキ(2裂)、パー(3裂~5裂)のような葉が付いていますので、私たちは〝じゃんけんの木〟とか〝グー・チョキ・パーの木〟と言ったりしていますが、季語にはなっていません。

 冬枯れですので他には目新しいものがありませんでしたので、早めに教室へ戻って作句です。勿論美味しいお茶も頂いて…ね。

 今回は最高点が2句あって、どちらもなかなかの句でした。まだ始めて一年足らずでこんな句が詠めるようになるなんて、スバらしい!…と、二人には花丸をあげましたよ。(^0^)

 その句は次の、〈水鳥をただただ眺め小正月〉と〈鳥の名をああじやこうじやと四温晴〉です。

 どちらの句も中七の表現がうまく季語に働いて、簡明にして味のある句になっています。特に前句は季重ねなんですが、メインが小正月という動かぬ季語を用いたのがいい。お正月という何もかもが改まった新年の厳粛さと華やかさが小正月にはありませんが、でもまだ地域に繋がった行事などを行ったりして、一年の始まりを祝うというめでたさはあります。さあ、このあたりで正月気分にも切りを付けて本格的な行動へ…。特に農業国であれば、今年の豊作を目指す心構えをしっかり据えて始めようとする時期なんですね。

 これからの一年をどういうふうに送るか…まだまだコロナ騒ぎは収りそうもないし…しかし、今日だけはそんなことは考えずにただただ大好きな水鳥たちを眺めて過ごそう…だって小正月なんだもん…と、作者はこんな気持だったのでは…。ちなみに、この句の作者Yさんは、きらら浜自然観察公園のボランティア活動をされている方で、下松市の自宅から高速道を使ってここまで1時間半はかかるところを、その都度通って来られているんですよ。最初の自己紹介の時ビックリしましたもの。頭が下がります。

 これで今年の〝きらら俳句教室〟も幸先の良いスタートがきれました。お二人さん、おめでとうございました!また、皆さまお疲れ様でした。(*^o^*)

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宇部にもとうとうクラスターが発生!

2021年01月18日 | 俳句

 今日は最高気温も6度までで予報通り朝から寒い!ラジオ体操へ行こうかと外を見てみると、ナント霙(みぞれ)が降っていました。というわけで、ラジオ体操は家で…。

 昼過ぎニュースを見ていましたら、ビックリ…宇部の病院でクラスターが発生して、新型コロナウイルスの感染者が68人出たと。ヒエッ、どこの病院なの?と、ドキドキしてしまいました。だって主人は今日の午前中には大学病院へ行っていたんですから。

 すぐにパソコンを開いて調べて見ました。あっ、この写真もしかして医大じゃない?と言うと、主人が〝何も普通と変わらなかったぞ。もしそうなら厳重に警戒して中へ入れんはずじゃろうが…〟と、パソコンを覗きに来て…違うことが直ぐに分かりました。それにしてもどこの病院なんでしょうか。これだけのクラスターが出るのならきっと大きな病院でしょうからね。それが分からなければオチオチと出歩けませんもの。

 やっと大体のことが分かりました。次のは中国新聞のニュースです。

 山口県で18日、新たに88人の新型コロナウイルス感染が確認された。県内の1日の感染者数としては過去最多。うち68人は宇部市の扶老会病院の患者と職員で、県は同病院を巡って県内13件目のクラスター(感染者集団)が発生したと発表した。同病院では先に職員2人の感染が確認されており、一連の感染者は70人と県内では過去最大のクラスターとなった。

 やっと病院名が分かってホッとしました。市中からはかなり離れたところにあって、私も名前を聞いたことがあるという程度の病院です。
 この病院では16日、病院に勤務する職員2人の感染が確認されたため、入院患者と職員など合わせて95人を対象に17日、PCR検査を行ったところ、入院患者48人と職員20人に感染がわかったということです。その68人はいずれも軽症もしくは無症状ですって。

 その68人の内訳は、(宇部市53人、山陽小野田市11人、美祢市2人、山口市1人、下関市1人)です。また、その年代はというと、職員では、20歳代(女性1人)、30歳代(男性2人、女性3人)、40歳代(男性2人、女性4人)、50歳代(男性1人、女性4人)、60歳代(男性2人、女性1人)の計20人。

 入院患者は、50歳代(男性1人)、60歳代(男性6人)、70歳代(男性15人)、80歳代(男性20人)、90歳代(男性6人)の計48人。

 実はこの病院は、うつ病や統合失調症、認知症などの治療に専門的にあたっている病院で、患者は殆ど男性のようですが、今回のクラスターの発生を受けて、外来診療と入院の受け入れを当面中止することを決めたと既に発表しています。

 今のところその病院にお世話になることはなさそうですので、その点では安心しました。しかし、職員の方々には申し訳ないのですが、皆さん通勤をされておられたのでしょうから、どこかで知らずに接触するという可能性は誰にでも充分あり得るでしょう。そう思うと、急にコロナが身近に迫ってきたという危機感で緊張してしまいました。

 これで山口県も一挙に923人となって、1000人を超えるのももう時間の問題となってしまいました。おお、コワッ!です。宇部市だって一挙に倍増して、これで山口県最多の岩国市(187人)に続く下関市(129人)と肩を並べて128人になったんですからね。本当にこれから先どうなるかなんて誰にも予想が付かないでしょう。

 でも、こんなことが日本中のあっちでもこっちでも日常的に起っているんですよね。もっと本気で一人一人が感染防止に取組まなくてはとつくづく思い知らされた次第です。

 それでは…と、16日(土)の〝きらら俳句教室〟の9回目の報告をしようと思ったのですが、それはまた長くなりそうですので、今日はここまでにしましょうか。

 写真は、娘の家に貰われてきた三匹の猫ちゃんたちです…一番年上のトト、若くて元気なムウ、いたずら子猫のチョコですって。そのうち猫屋敷になりそう…

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三寒四温の今日この頃…

2021年01月17日 | 俳句

 今日から寒くなるという予報なのに、今は太陽が燦々と差し込み午後の居間は快適!明日からに延びたのかしら?

 ところで、〝三寒四温〟とは、三日ほど寒い日が続くと。その後四日ほどは暖かい日が続くというように、周期的に起る気象現象をいう晩冬の季語です。まさにそんな感じの昨日今日なんですが、これを繰り返すことによって確実に春は足音を高めて近づいてくるのですよ。

  四温かなペン胼胝(だこ)一つ芽のかたち        成田千空

 私の指にもペン胼胝が出来ていました。40年近くの教師生活…そのうちの半分以上はテスト問題の作成などにガリ版を鉄筆でガリガリといわせながら、夜なべをして作っていましたから。特に国語は問題文が長いときてますので、それを切るのが一苦労。若い人たちにはあの辛さは分からないでしょうね。

  鉄筆の胼胝(たこ)を未(いま)だにつづれさせ

 この句は、私の第二句集『甘雨』に所収している、平成18年作のものです。季語は「つづれさせ」。コオロギ科の昆虫のことですから、秋の句になります。秋に鳴く虫の中でこの虫は最も普通のもの、人の一番近くで鳴いて秋を感じさせてくれます。リーリーと鳴くつづれさせこおろぎの声を聞いて、昔の人は〝肩刺せ、裾刺せ、つづれ刺せ〟と、冬の到来前に、衣の綴れを刺せと教えているのだと聞いたんだそうです。

 秋の夜長にガリガリとガリ版の原紙を切っている、外ではリーリーと虫が鳴いて…そんな若かりし頃の頑張った名残の胼胝です。余りにも力を入れすぎて原紙がビリッと破れたときのあの哀しさは到底忘れられません。退職して時が過ぎてもこの胼胝がそれを想い出させ…虫の声を聞くと今も無性に懐かしくなります。

 写真は…お恥ずかしい!私の年季の入った右手の人差し指と中指です。胼胝が分かりますか?昔はもっとでこぼこしていましたが…ホント白魚のような美しい指でなくて、ゴメンナサイ!

 同じ時代を生きてきたものにしか通じないことってたくさんありますよね。何も言わなくても、昔のテスト問題を作る話になれば…それだけで蘇りますもの。

 さて、今日は26年前に阪神・淡路大震災が起った日。この日は推薦入学の試験日で、私はその準備で早めに登校し、ニュースなど見る余裕もなかったので全く知りませんでした。試験が済んで午後は採点していたんだっけ…別室での作業をしながら刻々と入ってくるニュースにただただ驚くばかり…。その被災の様子がだんだんと分かってくるに従って、死者の数も最初は数十人から何百人へと…そのうち千人を超えていき、最終的には6434人になりましたよね。次の東北大震災の時はもう言わずもがなで…

 こういう経験は人生の中で滅多にするものではありません。しかし、被災された方々には申し訳ないのですが、一部の地方で起ったことで体験していない人は沢山いるのです。ところが、今回の新型コロナウイルスの感染騒動は日本の隅から隅まで全国へ…更には世界各国へと、このウイルスの洗礼を受けていない国はほんのわずかという未曾有のパンデミックなんですから。

 この記憶は私たち高齢者には勿論のこと若者までに行き渡っていることですので、きっと地球の歴史に永久に刻まれる大事件なんです。

 今日17日に東京都が確認した新型コロナウイルスの感染者は1592人。日曜日としては先週の1494人を98人上回り過去最多となり、重症の患者も昨日から2人増えて138人となっているそうです。これで都内の感染者は、5日連続で1000人を上回ったと。

 山口県でも16日、新たに37人の新型コロナウイルス感染が確認され、1日当たりの感染数では過去最多となっています。正月3日までは少し落ち着いていましたが、以後断続的に増え続け、とうとう17日には延べ833人にも。

 宇部市も12月22日に1人出て(計59人)から年明けの6日までは一人も出ていなかったのですが、7日以後毎日1人か2人と感染者が出て、計71人に。県などは12月22日には474人だったんですからね。わずか1ヶ月足らずで350人以上増えているのです。他の県でも似たり寄ったりかそれ以上でしょうから、このまま全国の感染者が毎日7000人以上増加してゆけば、わずか10日で累計40万人を超えますよ。ああ、この数値はどこまで昇っていくのでしょうか。2月末からのワクチンの接種が本当に心から待たれるところですね。

 昨日は、午前中きらら俳句教室、午後からフォーユーの教室とダブルでしたし、一昨日も句会でしたので疲れました。やっと今週は少し余裕が出来ますので、今日は朝からフォローしている方々の記事を拝見したり、コメントを頂いている方への返信などで午前中がつぶれてしまいました。今やっと今日のブログを書き終えて…もう二度と先日のような失敗をしたくありませんので、ここで一旦下書きとして投稿しておきます。それから新たに写真を探して取り込みをし、完成させようと思っていますので、よろしく…。 

 写真は、年末に玄関のプランターに植えた葉牡丹。赤と白を3個づつ植えたのですが、すぐにこの白だけが葉をみんな食べられてしまって…カワイソウ!

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河豚を食べて今年の福を呼ぼう!

2021年01月14日 | 俳句

 今朝は先日までの身を刺すような冷たさが全く感じられませんでした。ラジオ体操へ行くにもルンルン気分、こんなにも違うんですね。最高気温は15度…最低でも5度ですってよ。あの寒波が襲ってきたときを思えば、ホント極楽、極楽です。

 今日の午後は俳画。画題は〝輪飾〟で、今回は結構色を使いました。黄色、黄土、若草、青草、朱、えんじに墨です。天気もよかったので、窓を開けても気持がいいくらい。その後リハビリの運動をした後などはじっとりと汗ばんだりして…人間の体って正直です。帰るときは車内の温度も16度を指していましたものね。

 ところで、この新型コロナウイルスの感染者が新年明けてからうなぎ登りに増えて、とうとう7日に政府が東京と埼玉、千葉、神奈川の1都3県を対象に、新型コロナウイルス特別措置法に基づく緊急事態宣言を再発令。更に 13日には、栃木、岐阜、愛知、京都、大阪、兵庫、福岡の7府県にも再発令しました。これで合わせて計11都府県に緊急事態宣言が拡大されましたが…、どうしても私には時機を逸した感が否めませんけど。

 だから、最初の再発令から今日で1週間となりましたが、全く効果の兆しは見えておらず感染者数は膨らむ一方。今日14日にも全国で新たに感染したのが6605人(前日比+731)、死者も66人が報告されていました。これで累計感染者は31万人を超えましたし、死亡者数も4341人ですって。菅義偉首相が「1カ月後には事態を好転させる」と強調しているようですが、重症者数も過去最多の920人となり病床の逼迫状況は悪化の一途を辿っていますから、これで本当に大丈夫なんでしょうか。何だか気休めのように聞こえます。

 こういう時期に私事で何なんですが……いや本当に気が引けるんですが、12日から13日に義母を連れて湯田温泉へ行ってきました。本来ならば新年に100歳のお祝を兼ねて予定していたのですが、GoToトラベルが中断されましたので、延期したんです。だったらもっと落ち着いた頃に延期すればいいじゃあないかと、きっとお思いでしょうが、それが出来ない事情がありまして…。14日までに泊らないとプレミアム宿泊券がただの紙くずになってしまうんですよ。だって6万5000円というのは年金暮しの私にとっては大金ですもの。捨てるわけにはいきません。だから…立腹なさらないで下さいませね。

 さてさて、湯田温泉の何が目的で行ったのかというと、〝活き〆とらふぐ×ヒレ酒〟がキャッチフレーズのとらふぐ料理を食べるためなんです。こちら山口県、特に下関ではふぐのことを〝ふく〟といって、濁らずに呼びます。その訳は、ふぐというと「不遇」に繋がり、ふくならば「福」につながるからというのが一般的な解説ですが、その「福」にあやかって、おばあちゃんの益々の長寿を願おうということなんです。だって、いくら山口県がふぐの本場だといっても、とらふぐはやっぱり高価なので庶民には滅多に口には入りませんからね。

 確かに…これは美味しかった!ヒレ酒も初めて飲みました。唐揚げにふぐちり鍋も…最後の雑炊はとうとう食べきれずに…勿体な~い!あれこれ余り詳しく書くと、食べに行かれない方々に申し訳ありませんので、ここは写真のみで…

 とにかく器も何もかもがふく(福)づくしですから…これで義母の今年は大丈夫だと安心していす。刺身と鍋は4人前ですよ。お世話をしてくれたのが、カワイイAちゃん、19歳の学生さんで、アルバイトなんですって。もちろんブログに載せてもいいかしらと許可を貰いましたよ。ヒレ酒に最初燐寸で火を付けてくれたときはビックリ!焼けた河豚の鰭がとても香ばしいお酒でした。

 空の皿は唐揚げですが、余りに美味しくてぱくりと…誰のか残ってな~い?と聞いてももう手遅れでした。ご飯は契約農家のお米で、黒釜炊き。それをこだわり卵で雑炊に。これも写真が…ナイ!

 最後のデザートは杏仁豆腐…これも見た目よりは美味しかったですよ。最後のは次の日の朝食。ゴチソウサマでした。

 最後に…一ついい話を。温泉に入って、顔を洗っているとき、おばあちゃんが〝ここにはあれはないんかね?〟〝あれって何?〟〝ほら、温泉に来たら皮がボロボロ取れて顔がスベスベになるものよね〟と。〝アハハハ…角質をとるピーリングジェルのことね。ほらここにあるわよ〟と。これ、100歳の人が言うんですよ。更にここ湯田温泉は美人湯ときていますからね。女性は幾つになってもキレイでいたいもの。おばあちゃんの元気で若いのは、私たちに負けないくらいの食欲といつも美しくありたいという気持。これが若さの秘訣!皆さんも見習って下さいね。宿の人もビックリしてました。耳も目もいいんですねって…。昔、双子のきんさん、ぎんさんが100歳で有名になり、その後NHKで〝百歳バンザイ!〟というテレビ番組がありましたよね。2011年で終わったそうですが、あの番組がもし続いていれば、我が家のおばあちゃんは絶対出られたのに~ザンネン!です。

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〝しずり雪〟は音がスゴイ!

2021年01月11日 | 俳句

 今日は最高気温6度、最低気温も0度と、少し寒波が和らぎましたし、午後からは日も差してきたのですが、でもまだ雪は溶けずにかなり残っています。その日差しに屋根の雪がだんだん溶けてきてズルズルと地面に落ちてくるときのドサッという音がスゴイ!んですよ。知らない人は、今の物音は一体何?とビックリしてしまいます。

 これは〝垂る(しずる)〟といって、木や竹などの枝葉に積った雪がずり落ちることなんですが、〝しずり〟で冬の季語となっています。屋根に積った雪がずり落ちるときも同じで、その雪のことを〝しずり雪〟といいます。

  しずり雪誘ひさそはれ淵に落つ          阿波野青畝

 この句は、屋根ではなく池か湖などの淵(水の淀んでいる深いところ)に枝を伸ばしている木々から溶け出した雪がまるで誘われるようにズルズルと落ちていく情景でしょう。

 この句のしずり雪は淵に落ちて水となってしまいますからいいのですが、屋根のしずり雪は地面に落ちても溶けないうちに次々と重なっていきますので、とても固くて重いです。だから周辺の雪が完全になくなった後も、そのしずり雪の所だけがまるで根雪のように残ったりします。気温が低いと氷になったりして…厄介なんです。

 ちなみに、このしずり雪のことは、2018年2月13日のブログにも、タイトル〝しずり雪〟で書いていますので、よろしかったら覗いてみて下さい。

 ところで、昨年末から「健康に関する調査」で歩数計を付けて毎日記録を取っているということを書きましたよね。

 しかし、年末から5日までは病院のリハビリが休みでしたので、運動不足を解消するために歩けるときは出来るだけ歩こうと頑張ったんです。それで元旦の母のところも3日の娘の所への訪問も歩いて行きました。そのお陰で、1日…8816歩、2日…3887歩、3日…10066歩、4日…4720歩、5日…3586歩。6日…7905歩と、平均すると一日の目標5000歩を順調にクリアーしていたんです。ところが、ところが…この雪でしょう。この雪のお陰で、この5日間はよくて2000歩、家の中ばかりの時は1000歩足らずですよ。(*_*) マイッタです!

 コロナの自粛で外出が少なくなった上に、雪で歩かなくなれば、私のような高齢者の足腰はいよいよダメになります。せっかく順調に運動ができて喜んでいた途端ですからね。でも、雪国の人はこれが普通なんでしょう。なら雪掻きとかして運動不足にはならない?それとも他に何か方法があるのかしら。もしあったら教えて下さい。

 それではもう道路は雪が溶けていますので、私は今からでも少し歩いて来ましょう。

 ……と全部書き終えて、さあ写真をと取り込んだんですよ。するとどこでどう操作を間違ったのか、ギャッ!です。また、また記事が行方不明になって、消えてしまいました。もうガックリ!

 最近は気をつけていましたので、しばらくはこんなことがなかったのですが…ああ、泣くに泣けません!でも、やっと思い直してもう一度書き直しました。でも随分短くはなりましたが…。クスン…

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雪国の疑似体験?!

2021年01月09日 | 俳句

 夕べは余りにも寒くて夜中に目が覚めてしまい、その後は眠れなくなってしまいました。起きてまだ薄暗い窓を見るとやっぱり昨日よりは真っ白に…。

 とにかく炬燵と暖房のある部屋に行き、PCを見ているうちに明るくなりましたが、トイレに行こうと廊下へ出ると、何というこの寒さ。これは最近にない寒さです。見れば最低気温-4度だったんですって。

 今日の最高気温も1度と。でもこの程度なら北国の方々には楽勝なんでしょうね。雪にも寒さにも慣れていない私たちには基本的な生活が狂ってしまいますよ。

 とにかく雪は昨日の朝からずっと降っていましたから、もちろん昨日の朝のラジオ体操もないし、午後からのフラダンスも先生から変更しますとの連絡が…。更に今日の二つの句会も昨日のうちに取りやめましたから、昨日からの二日間は私は炬燵のお守だけです。雪はまだ時々チラチラとしますし、たまに日が差してきたとしてもかなり積っていて、気温が低いので溶ける様子はありません。雪国ではこんな暮しが日常なのでしょうから、本当に頭が下がります。

 次の写真の上2枚は8日の雪です。これと見比べてみれば今日の雪がよく分りますよね。

 ところで、東京都の昨日の新型コロナウイルスの感染者は2392人で、2000人を超えたのは一昨日の2447人に続いて2回目と。今日もまた2000人超えのようですね。まるで津波のようなこのコロナの猛威にはもう誰もがお手上げの状態でしょう。私もブログに書くのさえイヤになりますもの。やっと新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく「緊急事態宣言」の再発令が、7日に東京、神奈川、埼玉、千葉の首都圏4都県が対象で、期間は8日から2月7日までの1カ月間と決定されましたよね。でも、どう考えてみても政府のやり方は全てが後手後手のような…。私などには聞いたり見たりするだけでどうしようもないのですが、…それでもニュースを見る度にやりきれませんからね!

 これはやっぱり年末から新年に掛けての人出によるものではないでしょうか。そして、私の一番恐れていたことがやっぱり起りました。それは何かというと、その緊急事態宣言を受けてのGoToトラベル全国一斉停止の措置です。それが1月11日から2月7日まで延長になったと…。

 そのメールが入ってきましたので、すぐに12日予約のホテルをキャンセルしました。このホテルは宿泊7日前からキャンセル料30%が発生していたのですが、これは無料になって、ホッとです。が、私には他に問題があるんです。既に「やまぐちプレミアム宿泊券」をお正月のために購入していましたので、その使用が1月14日のチェックインまで…延長はなしなんです。使わないからといって払い戻しもなし。困った、困った!ですよ。

 それではと、この宿泊券で行けるところ、それも近いところで探しました。おまけに12日しかダメ…ときていますから、空いているホテルがなくて本当に困ったんです。泊るだけのビジネスホテルではイヤですし、とにかく温泉ならどこでもいいからと、また湯田温泉へ行くことに。今回は何だか〝骨折り損のくたびれもうけ〟という感じで、ほとほとコロナに振り回されてしまいました。

 去年は、東京の馬酔木新年俳句大会へも行きましたし、その後友人達と横浜も散策しましたから、まずまずのスタートでした。2月は初めての石垣島へも行きました……ああ、この頃からコロナの騒ぎが大きくなって、私は足を骨折したんでした。それからはもう皆さまご存じの、コロナ、コロナの自粛生活でしたものね。

 今年は出だしから一つもいいことがありません。この調子だとまた一年間コロナ、コロナで過ぎていきそう…。ああでも、ワクチンが2月末から始まると言っていますので、それに大きな期待を持ってもいいものでしょうか?しかし、これにもちょっと不安が…。

 今朝隣家へ回覧板を持って行くついでに写真を撮ってきました。これを見ると本当に雪国のようでしょう。長靴が埋まるぐらいでしたから。測ってみますと15センチかな。深いところは物差しが見えなくなりましたので20センチ以上はあったかも。木陰で雪のない道路にシロハラとアオジ(?)が逃げずにウロウロ…餌を探していました。鳥たちもこの雪でビックリしたでしょうし、餌探しも大変でしょう。私も買い出しには行けませんので、冷蔵庫の整理ですよ。どうも明日もこのようだと…ウヘッ

 今日の宇部はホントに雪国みたいになりました。車もかくのごとし。これでは雪を払って乗る気もしないし…。ああ、雪掻きはきっと大変でしょう!おまけに外の水道管が破裂して、雪が溶け出したら水が溢れてきた…これも大変でした。〝糸屋の娘は目で殺す〟と歌ってましたが、我が家はたった二日の雪でダウンですよ! アハハハ…

 

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今日は〝七種粥〟を食べてコロナを追っ払いましょう!

2021年01月07日 | 俳句

 今日は7日。天気予報通り寒い!見れば最高気温は5度ですって…ホントにこれで?でも最低気温は-3度…これは納得です。一日中雪だるまのマークで、9日頃までこのような寒波が続くんですって。トホホッ

 今朝のラジオ体操。外を見るとまだ雪は降っていませんでしたがどんよりと薄暗くって…、〝こんなに空が真っ暗なのに体操あるの?〟と主人に聞くと、〝雨以外は雪でも大風でもあるさ!〟と。

 先ほどの暗さは雪雲だったらしく、家を出ようとするとホントに雪がちらちらと降り出しました。ではと、〝毛糸帽ダウンコート手袋マスクマフラー〝で出発です。他にもコートの下には〝セーター〟を〝重ね着〟して、〝着膨れ〟て…。どうです!これらは全部冬の季語ですよ。他にもまだたくさんありますが、途中で見かけた自転車通学生のしていた〝耳袋〟も。

 歳時記を見ていましたら珍季語発見!〝鬚袋〟…ひげぶくろと言って、あごひげを寒さから守るため、ひげを入れる布製の袋ですって。想像しただけで笑いそう…。また、今はもう靴下に取って代わりましたが〝足袋(たび)〟。そういえば小さい頃は赤い色の足袋を買って貰って履いていました。当然下駄でしたがね。足袋は季語、でも靴下は〝毛糸の…〟とか言わないと季語になりません。そういえば履き物に関する季語は殆どありませんね。ああ、夏に〝白靴〟と〝田下駄〟。〝ゴム草履〟や〝浜草履〟も夏だという意見がありましたが、確かに季語性はあると思います…でもどうでしょうか? 草履だけでは季語ではないので、他の季語と一緒に使った例句はたくさんありましたけどね。そうするとブーツなども寒いときに履きますから季語でもいいような気がしますが、今のところ防寒というよりファッション性が高いからか季語になっていません。

 考えて見れば、防寒対策のものは全てが季語になってもおかしくないと思います。時代が変わり生活様式も変わり、車社会となっては死んでいく季語がたくさん出てきても仕方がないことでしょう。でも、淋しいものです。しかし、それを覚えているのはもう私たち前後の年代まででしょうからね。クスン…

 ところで、今やコロナ時代の日常の必需品となった〝マスク〟。季語としてのマスクは冬季の乾燥した寒気から喉や鼻を守るためや感冒などの病原体の侵入を食い止めるもので、コロナ感染を防ぐためのマスクは季語にはならないのですよ。以下の2句は風邪のためのマスクなんです。

  眼はうごき眉はしづかにマスクの上 山口誓子

  美しき人美しくマスクとる     京極紀陽

 確かに去年のコロナ騒ぎでは、一年中外に出ればどこでもマスクでしたから、〝目は口ほどに物を言う〟ということわざ通りの生活をしていたかも。しかし、美しき人が美しくマスクを取ったあかつきには…〝○○歯〟だったり…ということはない?(笑) いやいや、やっぱり美しい口元でなくてはね。しかし、今のコロナ時代のマスクならあり得るかも…よ。アハハハ… 

 ところで、今日は7日ですから、〝七日〟や〝人日(じんじつ)〟といい、これも季語。また、〝七種(ななくさ)〟でもあります。これは五節句のうちの最初の正月七日に食べる粥のことで、〝万病を防ぎ、一年の邪気を払う〟とされた行事。更に、〝せり・なずな・ごぎょう・はこべら・仏の座・すずな(蕪)・すずしろ(大根)〟を〝七草〟といって、全てが新年の季語になります。※ただし、七種の草は粥に使う時だけで、普通は冬か春の季語ですからご承知を。

 今流行の〝アマビエ〟もコロナ菌の撲滅に蘇った妖怪ならば、古来日本に伝わる〝邪気払い〟の伝統的行事の一つ、〝七種粥〟も食べて!今まで日本人が厄災を取り除くために行ったあらゆる行事を、それが迷信であったとしても、それらを結集して新型コロナウイルスと戦いましょう。この七種粥のことを〝(なずな)〟とも言っています。

  なづな粥泪ぐましも昭和の世    沢木欣一

 沢木欣一(さわききんいち)は、1919年(大正8年)~2001年(平成13年)の富山県出身の俳人。旧姓高等学校時代から俳句を志し、東京帝国大学に入学した次の年に招集を受け、学徒出陣を余儀なくされたため、自分の5年間の俳句を遺書のつもりで、後に妻となる恋人の細見綾子に託し て出征されたのだという。

 昭和19年、既に戦局は末期となり、悲惨な戦場にあって、死と向き合う過酷な日々の中で心の支えは俳句であったらしい。「当時のうら若い青年にとって 俳句は心の平衡を保つ最上の武器であった」と、後に書いていおられるそうです。
 昭和20年8月、日本は無条件降伏し、やっとの思いで引き上げて来た故国は焼け野原。誰しもが生きる為に必死であっただろうという、そういう中での昭和21年5月、沢木欣一は 俳句雑誌「風」を創刊。
 そして昭和の終焉にあたって詠まれたのがこの句。欣一にとっては昭和を振り返ることは己の青春を振り返ることで もあったに相違ありません。〝なづな粥を食べていると、あの悲惨な戦争の昭和の世を生き延びたことを思わずにはいられず、ひとりでに涙が出てくることよ〟と、〈泪ぐましも〉の「も」(詠嘆を表す助詞)の一語に込められた思いは計り知れない気がします。

 日本があの敗戦のどん底から見事に立ち直って、驚異的な高度経済成長(昭和30年代〜昭和40年代の名目経済成長率が世界1位の15.4%だった。昭和30年度の8兆5000億円だったGNP(国民総生産)は昭和45年度には70兆円となり、15年間に8.5倍以上の規模となり世界第2位の経済大国となる)を遂げて昭和は終り、平成に引き継がれて今日に至っています。それが出来た日本ですよ。この〝コロナと戦った時代〟も、一日も早く〈泪ぐましも〉という過去の想い出にするために、私たちも一丸となって頑張りましょう。

 この七種粥に入れる菜を刻むのを、〝薺打つ〟や〝薺はやす〟といいますが、その時のはやし言葉は、「七草薺唐土(とうど)の鳥が日本の土地へ、渡らぬ先になずな七種はやしてほとと…」といった類が多く、害となる鳥を追い払って豊作を願う気持ちが七草にはこめられていたようです。その〝唐土の鳥〟はさしずめ中国武漢のコウモリが仲介したという新型コロナウイルスなんですよ。鳥インフルも然り!

 さあ、〝唐土の鳥〟をシャットアウトすべく、七草をはやして七種粥を作り、皆さん一緒に食べましょう!

 七草は、熊本県のくまモンマーク・JA阿蘇小国郷のものを買いました。いつも我が家は朝ではなく夜食べるんですよ。これを書いていた昼頃は日が差していたのですが、あっと言う間に雪が降りだし、2時過ぎにはこの写真のように…。この様子では、今夜から明朝にかけてが心配です。

 

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はや三日も過ぎて…時の流れに身を任せ…

2021年01月04日 | 俳句

 なんとはや3日が過ぎました。ところで「三日(みっか)」というのは、正月のうちでも特別な〝三が日〟の最後の日になりますので、元日の厳粛さや二日の楽しさとは違った感慨で詠まれる新年の季語なんですよ。

  静かに身を養ふに似て三日過ぐ 松崎鉄之介

 今年の三が日は、確かに新型コロナウイルスのために〈静かに身を養ふ〉ような日々を過ごしました。一族が集まることもなく、初詣も行かないか、行ったとしても人出のあるときは控えるという…。

 しかし、二人だけ(息子はどこかへ…)の静かな元旦もたまにはいいのでしょうが、ちょっと淋しい…。そこで、15時過ぎに退屈しのぎと食べてばかりの運動不足の解消におばあちゃん家へ年始に行くことに…

  元旦やいつもの道を母の家   星野立子

 しかし、義母の家の往復だけでは、歩いて10分足らずの距離ですから、帰りにどこかお参りをして帰ろうということに。普通なら琴崎八幡宮が初詣の定番なんですが、ここはきっと多いでしょうから回避して、反対方向の出雲大社宇部教会をお参りして帰ることにしました。

 途中、お地蔵様と荒神様、不動様がありますので、それも拝んで行くことに。これで曲がりなりにも2社は済みますからね。

 このお地蔵様は「中村地蔵尊」といって、天和2年(1682)、福原広俊公(15代)が、大阪にて求められ、一晩の間に出来上がった名工の作であると伝えられます。長い間ずうっと地元の人々によって守り継がれてきた、いつもたくさんの花で溢れている霊験あらたかなお地蔵様なんです。

 次の「不動様・荒神様」は、文政10年(1827)、ある修験者が置いていったという不動様と、別の所にあった荒神様が一緒にまつられていて、このため川津あたりには火事がないといわれています。祠のそばに、長さ1m位の珍しいカンカン石(サヌカイト)があるとの説明がありましたが、気がつきませんでした。今度よく見てみましょう。

 最後にお参りした「出雲大社 宇部教会」は、島根県のあの縁結びで有名な出雲大社の分社です。御守りも売っています。2月には節分、8月には盆踊りなど沢山のお祭りがあって、地元の氏神様です。こちらに出雲大社が創建されたのは、1928年(昭和3年)のことで、宇部市ではおそらく知らない人はいない、渡辺翁こと渡辺祐策(1864年-1934年)が厚狭郡楠木町吉部にあった神社に、宇部市内に神社を遷してほしいとお願いをされたことが始まりなのだそうです。

 参拝していたのは私たちと後もう一人だけで、淋しい限り…17時過ぎ家路へ向かう頃はあちらこちらに灯が点って、元旦らしくない1日が暮れようとしていました。

 二日は、「買初」をしました。これも新年の季語。新年最初にする買い物のことですが、初商いと関連して、初売りや買初めは二日とされています。そういえば、私は子供の頃から、父が商人でしたのでお年玉を貰うのも使うのも二日でないとダメでしたもの。〝元旦から金を使っていたら、その年は一年中金が出て行くぞ!〟と、父に叱られたのも懐かしい想い出です。

  買初の弾み心につかまりぬ   稲畑汀子

 私の買初めは、先ず今年の家計簿、それからロングコートとバッグ。主人は帽子と靴です。ショッピングセンターはまあまあの人出でしたが、過密になるほどではありませんでした。

 三日は、近くに住んでいる娘の家へ…というより昔の我が家をリホームした家ですので自分の家に帰るような気分ですが、そこを訪問しました。以前娘が飼っていた猫が行方不明になり、悲しんでいたところを新しく猫を貰ってきて、また飼い始めたのです。それがあっと言う間に3匹となって…その猫を見せて貰うための訪問でした。

 しかし、これはまた長くなりそうですので、次に回しましょうか。  

 ところで、東京都の新型コロナウイルス感染者が、30日の944人から大晦日に一挙1337人になったというニュースにはビックリ仰天でしたね。年の瀬の慌ただしい日本を震撼させましたが、年が明けた1日は783人、2日814人で、この3日の新たに感染が確認されたのは816人でしたから、少しはホッとしました。が、重症者数は前日より7人増えて101人となり、緊急事態宣言解除後初めて100人を超え、100人を超えたのは5月2日以来になるということ。

 日に日に報道される感染者の数にビクビクしながらの暮し…特に都会の方々には同情をしてしまいます。さて、この年末からお正月にかけての影響はもうしばらくしてから出るのでしょうか。だって年末のあの異常な数は、きっとクリスマス前後の喧噪の影響が出たのではと、私は思いましたから。

 宇部市は12月22日に1人出てから後はいませんが、山口県は12月30日に11人と出ています。しかし、それ以後は今のところ1人もいないようですので安心していますが、これもまだ先はどうなることやらですね。

 以上、この文は昨日書いて、写真が間に合わなくてUpせずに寝てしまったもの。どうぞお許しを!

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〝ごまめの歯ぎしり〟で新年が明けました!

2021年01月01日 | 俳句

   新年明けましておめでとうございます

 ちなみに、この牛の焼き物は、天目釉をかけた主人の作品です。

 とうとう令和3年が明けました。さあ、吉と出るか凶と出るか…例年の初詣にも行かず、家籠もりの炬燵もりのお正月です。

 義母と義弟、娘夫婦、我が家は息子と3人…それぞれがそれぞれでの初めての新年を祝いました。(…と思いますが…)

 息子は昨夜遅く帰ってきて、朝が苦手ときてますから…私たち二人で祝うわけにもいかず、待って待ちくたびれて…今年も出だしは順調とまではいえません。が、どうにかたたき起こして、午前中に新年の挨拶から屠蘇を…、いただきま~す!

 おせちは、〝老舗のおせち 東京正直屋 「吉祥」 三段重 【和洋中】 【2~3人前 全36品】〟で、初めてでしたが、冷凍ですからまあまあこんなものかな。以前尾道から取り寄せた、冷凍ではない生おせちが美味しかったのですが、注文が遅くなったので売切れ!これもコロナで急遽日程の変更をしたためなんですけどね。

 一通り屠蘇とおせちが済むと、シメは雑煮です。今の我が家の雑煮は〝ちわき流〟。結婚してからは広島へ行くたびに婚家のK流雑煮…牡蠣と鶏肉に水菜たっぷりの雑煮でした。結婚前は父が作る雑煮で、シンプルそのもの。野菜を入れるのは水っぽくなるからダメと、昆布、スルメ、シイタケ、鶏肉で出汁を取り、後は紅白蒲鉾だけでした。元旦を実家や婚家で迎えなくなってからは、私流のやり方で雑煮を作って、子どもたちに食べさせましたが、果たして印象に残っているのでしょうか?

 まず植物性は蕪と人参、動物性は鶏肉にぶり(他の魚でも)の切り身、あればエビ。それに彩りの青物、例えば春菊とか…以上をすまし仕立てで作ります。今年は鴨ロースがあったし、甘エビとヒラソがありましたので、それを入れて…ハイ、美味しく出来ました。写真が…ナイです。ゴメンナサイ!

 さて、今年の年賀状の私の俳句は、〈古女(ごまめ)噛むここが我慢のしどころと〉 です。季語は「古女」で、新年。この「ごまめ」は、五万米とも書きますが、一般的には田作(たづくり)といったり、小殿原(ことのばら)ともいいます。鯷(ひしこ)というカタクチイワシの幼魚を乾燥させたものを炒って飴煮にしたもの。

 田作りという語源は田の肥料にしたことから、豊作を祈念して五万米といい、武家では、小さいながらもお頭がついていることから小殿原(ことのばら)とよんだのだと。古女の語源は分かりませんでしたが、ごまめには一年を忠実(まめ)にという意味もあるらしいですから、年を取った女は〝まめ〟によく働くということからなのかも。さしづめ私も〝古女〟ですものね。アハハハ…

  田づくりを噛む田づくりのごとき顔         鷹羽狩行

 〈田づくりのごとき顔〉とはどんな顔なんでしょうか。しげしげとごまめの顔を眺めたことがありませんので…? それともまるで田を耕す農民のような顔をしているとか? ウウ~ン、それはないような気がしますが…。下の写真はお借りしたものですが、いかがですか?よくよく見ると体のわりに目が大きいですよね。そのことを言ったのでしょうか。

 さて、私の句は、皆さまお分かりと思いますが、〝ごまめの歯ぎしり〟ということわざを根底に置いたものなんです。このことわざの意味は、〝実力のない者が、やたらと憤慨して悔しがる〟ということ。この新型コロナウイルスに対してではなく、その対応のマズい国家主席並びにその取り巻きのオエライさん方々への憤慨です。いくら悔しがってごまめを噛んでもどうにもならないことなんですが…。でももう一踏ん張り我慢して、この非常時を乗り切らなければ、この一年間我慢してきたことが水の泡になるじゃありませんか。それでは泣くに泣けませんものね。

 先日の参議院議員の羽田雄一郎さん…きっとあの世で悔しがっておられることでしょう。今からPCR検査を受けに行く途中の車の中で、「俺、肺炎かな?」という言葉を最後に意識を失い、そのまま何の治療も受けずに53歳で亡くなられるなんて。それも発熱があって検査を受けようと頼んだのにすぐには対応してくれず、3日後になってやっとということらしいですもの。天下の議員さんでもそうなんですから一介の庶民ならもっと対応が悪いのではないでしょうか。そうやってすぐに対応して貰えなくて、自宅待機中に亡くなった方もいるとか…。本当にコワイですよ。何とかして欲しい!みんな我慢を強いられているのですし、文句も言わずに自己防衛に必死で努めているんですからね。

 夕べ片付けが済んで一服していると、イヤに指がヒリヒリする…見れば、皸(あかぎれ)?いや胼(ひび)かも。手にいくらハンドクリームを付けてもすぐにカサカサになるんですもの。子供の時以来今までなったことがないというのに。これもコロナ禍の一つですね。

 また、また、暇に任せて書いてしまい、新年から長くなりました。読んで下さった方々、どうも有り難うございました。これからの一年間もまたよろしくお願いいたします。

コメント (8)
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