ちわきの俳句の部屋

メカ音痴おばさんの一念発起のブログです。
人生の後半を俳句にどっぷりと浸かって、…今がある。

季語は俳句の〝心臓〟だよ!

2019年06月30日 | 俳句

 今日で6月も終り…昨年のこの日のブログには、夏越しの祓の〝茅の輪潜り〟に中津瀬神社へ行ってきたと書いていました。やはり雨が降っていて、その中を行ったようですが、今年もやはり雨。

 一日中外へ出ず家に籠って溜まったものの整理をしました。それでやっと落ち着いて、俳句の話が書けそう…さあ~て、何を書きましょうか。では、先日の句会でちょっとビックリした話でも…。

 兼題が「蟻」のときでしたが、〈土起こす一鍬蟻の塔崩し〉(つちおこすひとくわありのとうくずす)という句が出ていました。

 〝この句なかなか勢いがあっていいと思うんだけど…。でもなぜ〈土起こす〉が必要なの?〟〝エエッ、だって畑の土を耕していたときに蟻の塔を見つけたんです。それで、一鍬でそれを崩したから…〟〝それホント?どこで蟻の塔を見たの?〟〝そりゃあ畑の草の中にありましたから…〟???

 さあ、この会話で分かりましたか?作者はどうも〝蟻の巣〟を〝蟻の塔〟と勘違いして詠んだようですね。このような問題は初心者によくあります。歳時記で季語を調べるとき、必ず親季語(主季題)には子季語(傍題)が載せてありますが、それぞれの言い方でみなニュアンスが違いますし、意味そのものも違う場合があります。一応同種のものだからとして一括してまとめてあるものを、時々音数の関係でどれを用いても同じだと思い込んで使う人がいるんです。

 この句の場合は、下五に用いようとしたために〝蟻の塔〟となったんでしょう。四音ならば〝蟻塚〟となったかも知れませんね。でも考えてみて下さい。そもそも「塔」とは、〝高くそびえ立つ建造物〟のことで、「塚」も〝土を高く盛った所〟という意味です。だから蟻の塔も蟻塚も、単なる蟻の巣という意味ではなく、〝蟻や白蟻が作った柱状、または円錐状の巣〟のことを言うのです。その大きさは直径10メートル、高さ2メートルに達するものもあるということですので、すぐ目に付くでしょう。私はカンボジアへ行った時に見つけてビックリしましたから…。日本では中部山岳地帯から北海道にかけて見られるらしいのですが、でも高さ60センチメートルほどの塚ということです。だからこの辺りですぐに見られるはずはなく、見るとすればせいぜい普通の〝蟻の巣〟ぐらいでしょうか。

 この話をすると、作者本人が一番ビックリしていました。このように季語というものは表現の仕方によっていろいろと変るものなんです。歳時記にあるからと言ってそのまま機械的に当てはめて使わないようにしましょう。俳句にとっての季語というのは、要するに〝心臓〟なんですよ。それによって俳句が〝生きるか死ぬか〟ということ。だから、よくよく考えて季語を選ぶようにしましょうね、みなさん!

 写真は、主人の陶芸展に出した作品です。たまには見てやって下さい。(笑) 結構な大作で高さ30㎝はあると思います。

 

 

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〝筆が走る〟?

2019年06月29日 | 俳句

 午前中はどんよりと曇っていて、午後からは予報通りに降りだし、梅雨らしくなりました。こんなじめじめした空気で洗濯物が溜まるのはイヤですし、気分的にも…。今月の原稿も書いて送ったので、一応ホッとしているんですけどね。でも、柳井吟行の事後投句の5句が明日までですから、今夜はちょっと頑張らなくっちゃ…。

 このところ俳句の話が疎かになっていますよね。期待されて訪問して下さった方、ゴメンナサイ!

 ところで、よく〝筆が走る〟とか〝筆が進まない〟とか言いますが、確かに今日は…と実感することは度度あります。最初からこれを書こうと決めているわけではないのに、書き出したらひとりでに次から次へと〝筆が走る〟んです。かと思うと、突然ピタッと止まって、二進も三進もいかなくなる、即ち〝筆が進まない〟ということも。

 昔…と言っても30年ほど前かしら、生徒の論文指導をしていたとき、何もしないのに次から次へとひらめいて…私もしかしたら才能あるのかも?なんて一瞬思ったことがありました。(笑) それは本当に不思議な体験でした。まさに突然〝神が降りて来た〟という感じ…。その証拠にその子の書いた論文は選ばれて全国表彰され、一緒に大阪まで表彰式に行ったんですもの。それが確か半年間のインターフェロン治療中だったような…

 かつてのインターフェロン治療の大変さは経験された方ならすぐに分かりますよね。全ての人間的機能が減退して〝やる気〟がなくなり、もちろん食欲も、何かを見て〝感動〟することも…今思えば、体がまるで〝鉛のよう〟で、ただ責任感(?)からくる最低限のことしかこなせなくなっている状態だったんです。そう!俳句もその時、何にも考えられないのにこれでもいいんだという、まるで開眼したような気がしましたもの。要するに〝頭が冴える〟という言葉がぴったりの状態。簡単に言えば、他のことは何にも考えられない…即ち邪念が全く消えてなくなり、ただひたすらそれしか見えない状態になったのでしょうか。インターフェロン治療は3回ほどしましたが、後にも先にもこんな経験をしたのはその時だけだったんですけどね。不思議でしょ!

 2016年、カープが躍進的に勝ち進み、その大きな原動力となった鈴木誠也選手に緒方監督が〝神ってる〟と言って、その年の新語・流行語大賞に選ばれましたよね。人にはそういう〝神ってる〟というときが突然現われるような気がしませんか?要するに人間の力だけではない〝何か〟が作用する時。その目に見えない〝何か〟を、私たちは神仏の力だと思うんじゃあないかしら。エエッ、そんな時はまだ一度もないって!そりゃあ~当然…だからこそ〝神ってる〟というんでしょう?

 ほら、今日こんなことを書くつもりは全くありませんでしたのに、つい〝筆が走って〟…いや、〝筆が滑って〟ね。じゃあ俳句の話はまたにします。ゴメンナサイ!

 写真は、我が家の〝石榴(ざくろ)〟の花です。たくさん咲きましたが、今年も実がたくさんつくかしら。楽しみ!

 

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柳井の〝金魚ちょうちん〟

2019年06月28日 | 俳句

 雨が降る降ると言いながらも、今日もたいして降らずに蒸し暑い一日でした。

 午後からはフラダンスに出掛けましたが、もう冷房が入っていましたので踊っているときは涼しい!終って部屋を出た途端のムッとするような暑さ…でも、外に出ると風があって少しはましでしたが…。

 先日の柳井吟行の写真がもう少しありますので、それをどうぞ。これで柳井は本当に終りです。スミマセンね。

 さて、柳井の特産品と言えば、〝甘露醤油〟に〝柳井縞〟、それに有名な民芸品の〝金魚ちょうちん〟がありますので、それについて少しお話ししましょう。

 柳井津の〝金魚ちょうちん〟は、青森津軽地方の「金魚ねぶた」が江戸時代の後期にこの地にもたらされ、現在の形に発展したものです。柳井津の豪商たちが、回船で北方の文化や文物をいろいろ持ち帰ったのですが、その中の津軽の「金魚ねぶた」を真似て作り、それを子供たちの玩具として与えた人物がいるのです。それが染物業と蠟燭業を営んでいた熊谷林三郎氏。その後は夜店で販売したり、お盆の迎え提灯や精霊送りの提灯として使われるようになりました。しかし、戦争で販売が中止になって、戦後復活したものの一旦途絶えかかっていたものを、その後復活させようとする熱心な人々が現われて、今では柳井の特産品として好評を博しているのです。

 この「金魚ちょうちん」を約4,000個吊り下げ、そのうちの2,500個には灯が点されて行われる「金魚ちょうちん祭」は、幻想的な夏の柳井を彩る風物詩として欠かせないものになっています。以前一度私も観に来たことがありますが、今年も8月13日の夕方から盛大に繰り広げられるようですよ。興味のある方は是非どうぞ!

 ところで、先日の吟行会で「金魚ちょうちん」は季語になりますか?という質問が出て、主宰は〝ならないでしょう〟と答えられました。私もそう思います。「金魚」は夏の季語ですが、それは動物として。「提灯(ちょうちん)」は季語ではありませんが「盆提灯」とかなら秋の季語になります。しかし、ここのは民芸品の「金魚ちょうちん」ですから、お土産として年中売っていますものね。それでもどうしてもというのなら、「金魚ちょうちん祭」として使わないといけないでしょう。そうすると「祭」が季語になりますから。

 写真は、その「金魚ちょうちん」と金魚の折紙の笹飾りです。白壁の鏝絵にも金魚がありました。もう一つ珍しいものに古い小さなオルガンが「柳井市街並み資料館」に展示してありました。それには〝山葉風琴オルガン〟と書いてありましたが、その時面白い会話があったんですよ。〝かわいいオルガンやね~。これ何と読むのかしら?〟〝さんようじゃ~ない!〟〝ふ~うん、昔そういう会社があったのかしら…。それとも「山葉風琴」という名前かもよ〟などなど…。すると、Sさんがやって来て、〝何?これ?「ヤマハ」と言うんじゃないのか〟と。その瞬間のみんなの驚き。〝わあ、全く思いつかなかった!なるほどそうやね~〟と納得。私もその中の一人でしたが…。ああ、もっと頭を柔軟にしとかんといけんと、反省しきりでした。〝ところで本当なの?〟とSさんに聞くと、〝わしもでまかせ言うたんじゃから…責任は持てん〟と。いやはや…

 さて、どうなのでしょう?帰って早速「ヤマハ株式会社」検索してみると…以下のようにあり、間違いありませんでした。よかった!

 「ヤマハ株式会社」は1987(昭和62)年10月1日、その前身「日本楽器製造株式会社」から現在の社名に変更しました。 それは創業者山葉寅楠(1851(嘉永4)年4月20日生、1916(大正5)年8月8日没)が、静岡県浜松市で1台の壊れたオルガンの修理をきっかけにして創業を開始してからちょうど100年目の年でもありました。当社の商標「YAMAHA」はこの創業者の名に由来します。 1887年に浜松尋常小学校の壊れたオルガンの修理に成功したところからオルガン製作を決意し、1889(明治22)年浜松に合資会社山葉風琴製造所を設立しました。1897年(明治30)年10月12日には資本金10万円で日本楽器製造株式会社を設立し、初代社長に就任しました。

 

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〝金魚ちゃん〟と〝鯛焼くん〟

2019年06月27日 | 俳句

 今日のどんよりとして蒸し暑いこと!最高気温は25度ぐらいなんですが、湿度が高いともう気分が悪くてガマンできませんね。ついエアコンを入れたくなりますが…でもまだガマンします。

 降りそうで降らない空模様…かと思うと、昼頃はカア~ッと日が照ったりして、どうなってるの?予報は雷を伴った激しい雨が降るので、注意を…と言っていましたのに、ヘンな天気です。

 今日は、午前中主人の代理で株主総会へ、午後からは俳画教室で、画題は〝金魚〟でした。もちろん夏の季語ですよ。賛は〈風鈴屋すゞしさこぼしつゝゆけり  積穂句 〉です。

 教室では金魚のみの練習でしたので、私はそれに金魚玉を書き足してオリジナルに仕上げました。どうですか?水を描くと金魚が本当に泳いでいるように見えるでしょ。でも、最後に慌てて描いたので、金魚玉の縁をもっと濃淡付けて太く描けばよかったなあ~。つい中筆を使ってしまったのが失敗!まあ、いいです。私が描くのはこんな程度のものですから。

 ところで、次の二句…

  不自由なる中の自由や金魚玉

  金魚玉覗きをる子の寄り目かな

 私の第二句集『甘雨』に所収した句です。今時の四角い水槽は好きではないので、金魚玉を探すのですが本当に少なくなりましたね。あの丸い玉を覗くと金魚も寄ってきて…ほら、金魚が大きく見えたりして…。金魚の方が覗いてる人間の顔を観察していたりして、なんだか楽しんでいるようです。また、金魚玉に顔を近づけて見ている子が、金魚が近づくと寄り目になったりして…それを反対側から観察するのも面白い!ある時は猫が金魚を見つけて手を入れて…ということもありましたね。本当に昔は楽しかったなあ~。今はもう俳句の中だけで楽しんでいます。それもまた、いいですよ。みなさんもどうぞ!

 その俳画教室でお友達になったOさんより、よく手作りの小物をもらうんですが、今回は金魚ならぬ〝鯛焼くん〟を頂きました。見て、見て!カワイイでしょ!と、事務室のSさんに見せたら〝わあ、あんこが出てる~。ほしい!〟というので、Oさんが次の時持って来てくれるって…、大喜びです。ブログも読んで下さってるというので、…こうやって友達が増えていくのは本当に嬉しいですよ。では、またね。

 

 

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〝着物でランチ〟だよ~ん!

2019年06月26日 | 俳句

 今日ついにこちらでも梅雨入りが発表されました。観測史上最も遅くて、平年より21日遅いんだそうです。でも、安心しました。このまま雨が降らずにいくと、いつかとんでもないゲリラ豪雨が襲って来て大変な被害が出るかも知れませんもの。それよりボチボチと降った方がいい…。

 さて、今日は午後から健康体操へ。出掛ける時予報通りポツポツと…でも何とか持ちこたえていました。次は歯科へ。昨日の予約を忘れていてすっぽかしたので、今日は何としてでもいかねばなりません。虫歯の治療です。イヤダ~!

 どうにかガマンして終り…〝これで今回の治療は終りですので、半年後にまた来て下さいね〟と言われ、ホッとしました。すると外は雨がしっかりと降り出していました。

 ああ、いろいろと書くことが溜まってしまいましたあ~、さて、さて何から始めましょうか。句会のことはまた後でまとめて書くことにして、今日は先日(22日)の〝着物でランチ〟について報告しましょう。

 今回は参加者が多かったので、2組に分れて行くことに。私たちは12時からでした。会場は山陽小野田市の「UCHI CAFE 灯(あかり)」、古民家風の建物で、いつも予約がいっぱいなのでなかなか行けない所なんですよ。私も初めてで、こんな所にこんな店があるなんて!と、ビックリしました。オープンテラスもあって、季候のいいときにはここでコーヒーなんかも洒落ているかも。

 写真は、お仲間のSさんにモデルになってもらいました。他の方はダメって…。残念!

 ランチのメニューは、スープ、といってもカップに入った味噌汁でしたが、それに野菜サラダ、ワンプレートのメインディッシュ、ライス、最後にコーヒーです。これでしめて消費税込みの1500円。まあまあでしょ!

 さて、メインディッシュには何種類の総菜が乗っていたでしょうか?とにかく一口サイズなんですが、全部食べ終わる頃にはもうお腹いっぱい!食後のコーヒーにデザートはいかがですかと店の人に聞かれたのですが、〝もう食べられな~い!〟と、みんなギブアップです。人参の頭が可愛くて…なんだろうと聞くと、ローズマリーですって。

 その後帰るにはまだ早いということで、近くにある紅葉で有名な蓮光寺へ。紅葉の頃はライトアップされていて、2,3度来たことがありますが、若楓の頃もまたいいですね。しかも人が誰もいませんので静かで…。

 その後、またお茶なんぞして、着付教室のある店に戻り、京都の織物問屋さんの話を聞いて…私はその後、〝夏至キャンドルナイト〟へ行くのでお先に失礼しました。朝からとっても充実した一日でした。オシマイ!

 

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柳井吟行・その2で~す!

2019年06月25日 | 俳句

 今日も最高気温26度の快晴…洗濯日和でした。でも明日から1週間の天気予報では毎日雨です。梅雨にでも入るのかしら…やっぱり梅雨もなくっちゃね~。

 今日も午後からは俳句教室。兼題は〝雲の峰〟で、夏の季語です。俗に〝入道雲〟といわれる積乱雲のことで、そのせりあがる様を山に譬えていうものです。

 この句会の話もちょっと置いといて、昨日の〝柳井へ吟行〟の残りの写真をご紹介しますね。お楽しみ下さい。…というほどの写真じゃないですが…。ゴメンナサイ!

 

 国森家の入口には〝馬つなぎ石〟、家の中には〝隠し階段〟や〝厨子二階〟、その家の太梁や土蔵造りの壁の厚さなど。油問屋でしたから店先の工夫も。普通は半蔀をあげるのに外側にするのを、ここは内側にあげてその上に奉公人の煎餅布団を仕舞ったんですって…。犬矢来は昔はなかったそうです。とにかく豪商ですから防火・防犯対策が大変だったとか。道のいたるところに〝かにが路上を横切ります…〟という標識がたっていました。この日は横切る蟹を見ませんでしたので、写真はなしです。最後の銀杏の木は、国木田独歩旧宅の庭に1本だけあって、独歩のいた頃を知っているんです。ちなみに、この吟行会の23日は〝独歩忌〟だったんですよ。

 以上、お疲れ様でした。最後まで見て頂いてアリガトウございました。感謝、感謝です。

 

 

 

 

 

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柳井へ吟行で~す!

2019年06月24日 | 俳句

 今日は暑い一日で、午後からは句会。兼題は「蟻」で、夏の季語です。なかなかおもしろい句が出ましたが、昨日のことを先に書きたいので、この句会の様子は次に回します。ゴメンナサイ!

 さて、昨日は俳句結社「早苗」の日帰り吟行会で、柳井市へ。久し振りにJRの山陽本線に乗って行きました。宇部からの参加は3人。柳井駅に着くと、主宰を始めもうみんな集まっていて、総勢32人でした。

 昨年の九月にも来ていますので、あまり目新しくはありませんが、句を作らないといけませんので、句材拾いです。ボランティアガイドさんに案内されて11時、さあ出発。

 麗都路通りを真っ直ぐ柳井川の本橋へ。この通りにはオルゴールの館があって15分間隔でオルゴールが鳴るので、オルゴール通りとも呼ばれています。次に「街並み資料館」へ。ここはかつて銀行でしたが、当時の姿がそのまま遺っているところ、2階は「松島詩子記念館」になっています。そこを出て白壁の街並みを見て歩きながら、「国森家住宅」の見学です。この家は18世紀後半に建てられたもので、江戸時代中期の豪商の家造りの典型として国の重要文化財に指定されています。細部まで往時のままに保存されており、当時の商人の暮らしぶりを、垣間見ることができます。最後は、独特の製法による柳井の特産品「甘露醤油」の醤油蔵を見学しました。ここではみんなお土産などを買って…私ももちろん「甘露醤油」と「乾燥納豆」を買いました。

 その後会場を公民館に移してそこで昼食。食後吟行句2句の投句で…と普通は句会なんですが、今回は同人総会や他のこともあり、投句のみで、残り5句を事後投句して、それを選句することになりました。早めの解散で、私たちは汽車に少し時間がありましたので、「湘江庵」と「国木田独歩旧宅」を見に行きました。

 湘江庵は柳井の地名発祥の地となったところです。〝この地から湧き出る水を般若姫に差し上げたお礼に、姫が刺した楊枝が一夜にして成木になった〟という伝説があって、この庵に柳と井戸が遺っています。この井戸の水を飲むと美人になるとか…。

 国木田独歩旧宅は、青年時代の数年間を独歩が過ごしたところ。このころの体験をもとに『少年の悲哀』や『置土産』などが描かれました。

 4時41分発の下関行に乗ろうとホームで待っているとき、仲間のFさんがタブレットでカープの試合結果を検索すると、0-0の延長戦。オリックス戦も2連敗ですから今日は何が何でも勝たないと…フレーフレーカープ!

 実は、昨日は娘夫婦が広島へ応援。今日は私が行けないので、代わりにSさんの奥様と一緒に主人が広島へ応援に行っているんです。Sさんは私と一緒に柳井に来ていますから…夫婦交替です。オモシロいでしょ!

 それで気になって…ウソですよ(笑) とにかく試合結果が気になって、汽車に乗り込んで見ていると、アッという間に10回に9点入れられて…やっと3点返しましたが、そこでゲームセット。また、また負けました!10回に何が起こったのでしょうか…ちょっと信じられない展開です。応援に行った主人たちもきっとがっくりして…大丈夫かしら。

 私たちの方が先に戻りましたので、待っていると主人がブーブー言いながら腐りきって帰ってきました。〝前代未聞の負け方だあ~〟と。なんとも言いようがございませんけど、ご苦労様!すると、ご飯食べる気にもならずに帰ってきたと…じゃあ食べる?と聞くと、食欲ないと。でも遅くなって夜食を食べましたけどね。

 ああ、私もくたびれました。最近また足が痛くなって歩くのが辛いんです。リハビリサボっているからかも。イケマセンね~。

 写真はいろいろありますが、多いので少しだけ…残りはまた紹介しますね。

 

 

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令和の夏至キャンドルナイト

2019年06月23日 | 俳句

 昨日の22日は、「夏至」でした。二十四節気の一つで、太陽の黄経が90度に達したとき。北半球では一年中で最も昼が長く夜が短い日です。

  夏至ゆうべ地軸の軋む音すこし      和田悟朗

 「地軸」というのは、地球自転の回転軸のこと。これは地球を南北に貫く軸で、公転面に対して約66.5度傾斜しています。

 地軸と聞くと、私はすぐに地球儀を想像してしまいますが、この句の地軸はそんな安っぽいものではなく、私たちが生きているこの地球の本当の軸。昨夜の夏至で、これからは冬至に向けてほんのわずかずつ夜の方が長くなっていく…その回転するときの軋む音を身に感じでいるのでしょう。本当はそんなもの分かるはずではないでしょうが…分かるんです。心の耳で聞けば…ほら今も回っているでしょう?〝ギ~イッ〟と。大体この頃は梅雨に入っていますので、余計軋む気がしませんか?

 ところで、昨日の午後からは着付教室恒例の〝着物でランチ〟でしたので、出掛けました。とてもステキなところで、ランチもおいしかったです。写真も撮ってきていますが、それは次においといて、その後に出掛けた〝豆子郎のキャンドルナイト〟について紹介しましょう。

 ランチのとき〝今日は夏至なんですよ〟と言うと、みなさんもよく知っていてすぐにこの話題が出ました。〝行ったことあります?〟と聞くと、誰もいないと。一度は行きたいと思っているのよと、着付の先生も。それで私がこれから行くと言うと、〝着物着ているからちょうどいいわね〟と、羨ましそう。みなさんゴメンね、先を越して…

 場所は、山口市にある豆子郎(とうしろう)の里〝茶蔵庵(さくらあん)〟です。以前ブログの外郎(ういろう)で紹介した和菓子屋なんですが、夏至と冬至の日に開催される〝キャンドルナイト〟。約3000本のキャンドルを灯して幻想的な夜のひとときを提供してくれるんです。パンフで知ってはいましたが、さてどんなところか…

 戻る前に主人に電話して調べて貰いましたら、帰った途端〝予約がもう6月の10日には終って…行ってもダメだぞ〟と。〝エエッ、残念。でも行くだけ行ってみようよ。逃したら今度は半年後だもん。せっかく着物も着ているし〝…と諦めないのがワタシ。エヘッ…

 まだ日が落ちるのには早いがと思いながら行ってみると、もう正規の駐車場はいっぱい…でも臨時の駐車場に間に合いました。ヨカッタ!だって駐車場がないと、主人はすぐに帰ろうと言い出しますから…。まだ明るいのに人がゾロゾロ。

 ここは和菓子屋さんですが、茶房は予約で満員。仕方がないのでお土産の菓子でもと…、みるとテイクアウトの白玉あんみつ?これを買って庭で食べましたが、ウ~ン、水分がほしい!シロップがなくてあんこだけだったから…500円、ちょっと高い!

 暗くなるのを待つ間、ギャラリーで「榊山敬代日本画展」を観ました。タイトルは〝Fancyと一緒〟といって、妖精なんですが、今年の七夕で誕生から10周年なんだそうです。最初の紹介を観て、ビックリしました。〝エエッ、10歳の子が描いたの?〟と。この絵の中の子が10歳なんですって…作者は若い髪の長い美しい人…浴衣を着て説明されていましたが、この妖精とダブって見えました。写真をというと絵はいいけど自分は…と断わられました。残念!

 やがて辺りは薄暗くなり、どこもかしこもキャンドルのやさしい色に包まれた…夏至の夜でした。シアワセ!

                   R1,06.22 「花」という字でした。

  その後7時過ぎにはひきあげ、食事をして帰宅。ああ、疲れました。早く着物を脱がなくっちゃ…最高気温は27度で蒸し暑かったのですが、でも今日は風があって外はそれ程でもありませんでした。オシマイ!

 

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〝教師冥利〟でしょうか?

2019年06月22日 | 俳句

 このところ晴れが続いてますが、とても蒸し暑いときがありますので、快適とまでは…

 今日も午前中は晴れて、午後からは曇り、一時的には雨も…という天気予報です。最高気温が27度、きっと昼間は蒸し暑くなるのではと予想すると、これはヤバイ!だって午後からは〝着物でランチ〟の日ですから、心配!何を?もちろん着物ですよ(笑)

 着付教室はもう卒業したんですが、なかなか着る機会がないので、イベントのときには声を掛けて貰って、娘と参加しています。ところが、娘はカープの試合を観に今日は広島へ。だから一人で出掛けるんですが、いつも二人で参加しますので、ちょっと不安。(笑)

 昨日の俳句教室の兼題は〝月見草〟。87歳の新人さん…もうビックリですよ。名前は知っているが、実物の月見草の花を知らないから、種物屋さんに行ってみた。すると、そこの息子さんが教えてくれて、近くに生えていた月見草を抜いてくださり、それを持って帰って植えたと。その花が句会前にやっと咲きましたと言って、写真を見せてくれました。この熱心さ、どうです。みなさん見習わなくては…

 帰る時には、「…句会にいれていただき、いろいろな事がみな新鮮で…」と、感謝の手紙もいただきました。こんなに喜んで貰えると、本当に〝教師冥利〟に尽きます。その彼女の句は、〈名は聞けど未だ出合へず月見草〉でした。〝でも教えて貰って出合えたんでしょう〟ならば〈教へられやつと出会ひし月見草〉でもいいですねと言うと、ナルホド!みなこうやって一歩一歩成長していくんですよ。心配いりませんからね。さあ、思い切って…。

 俳句は難しいものと決して思わないで下さい。高度な一流の俳人を目指すのでなければ、…いやゴメンナサイ!もちろん目指しても構いませんよ。(笑) でも、最初からそれを目指して入門する人は殆どいませんもの。やっているうちに自然といつの間にかに…というのが普通でしょうから、まずは入門して始めることが肝心。そうすれば、今までの人生がより豊かになること、請け合います。私も今まで何十年も生徒に教えてきて、〝何も知らない自分だったわ。何をしていたの?〟と今にして思い知らされましたし、自然がこんなに豊かで素晴らしいものだったということも、言葉というものがこんなに生きるものだということも…み~んな、俳句を始めてからです。また、それで結ばれていく人の絆が今の私を支えています。

 私の病歴を知っている人は〝先生、どうしてそんなに元気なんですか?〟と驚きますが、これはみんな俳句とみなさんのお陰よと答えています。人に何か、喜んでもらえることをしてあげられること…それが自分に返ってきて、自分の喜びとなり、幸せにもなるんです。いつも〝お陰さまで〟の気持ちでこれからも生きていきたい…いつまでになるかわかりませんけど…でも、それでいいのでは? エエッ、俳句の話がなんでこんな話になったんでしょ!ゴメンナサイ。しかし、〝今を精一杯〟というのは本音です。

 今日は今から着物に着替えて出掛けます。写真は、我が家の紫陽花を剪って活けてみました。一花より豪華!当り前ですね。

 

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エエッ、また地震!

2019年06月21日 | 俳句

 この18日は、なぜか早くから寝てしまい、新潟・山形での震度6強の地震が発生していたということを早朝になって知りました。もうビックリです。エエッ、また~という感じで…

 だっていつもブログの送ってくる〝一年前の記事〟を見ると、大阪北部地震があったということを書いていますから、去年の同じ日に6弱で地震が起こっているんですよ。その時は確か小学生の女の子が早めに登校して、学校のブロック塀が倒壊、その犠牲になって騒がれました。それ以後学校のブロック塀の見直しが全国的に始まって、こちらでも強化されたりやり替えられたりしましたから。

 その後も9月6日には北海道の胆振東部地震が6強と…あの時は山の地割れのスゴさ…それを新聞の写真やテレビで見てビックリでした。日本が地震王国だということは分かっていますが、こうも次々と震度6以上の地震が起こると怖くなってしまいます。

 でも、私はまだ震度4以上は経験したことがありませんので、そのスゴさは実感としては分かりません。私が山口県に住むようになってここを震源地とする地震はなかったと思いますから。テレビのニュースで見る度お気の毒と…本当にもう他人事みたいですよね。スミマセン!でも、今回の地震は震度が大きいわりに被害が…特に死者がいないというニュースでホッとしました。(後日の新聞で負傷者が28名と…ゴメンナサイ!) でも、こういうのをまさに〝不幸中の幸い〟というんでしょうか。

 ぼんやりしていましたら今日は俳句教室です。兼題は「月見草」、夏の季語です。アメリカ大陸原産で江戸時代以後に渡来したアカバナ科の夜開性帰化植物です。

  月見草ここで折れてはおしまひよ      飯島晴子

 飯島晴子については以前にも書いたと思いますが、とにかく強烈な印象の句が多すぎて、…でも私は〝こんな句を詠める人に出合いたかったなあ〟と、いつも思ってしまいます。残念ながらもうこの世には…それも自死という手段で…。平成12年、79歳でしたからご存命なら今98歳かしら。今の世ですから十分可能性のある年齢ですよね。

 とても気になる作家でしたので、『飯島晴子の百句』(奥坂まや著・ふらんす堂)を買って読んでみました。忙しくてまだ読み終えていませんので今度また感想を書きますね。その最後の頁の2句に、〈葛の花来るなと言ったではないか〉〈大雪にぽつかりと吾れ八十歳〉がありました。上の句とともに遺句集『平日』に所収されています。言葉自体は易しいのですが、どの句も晴子の心の叫びのような気がして見過ごせないものがあります。もう書いていたらきりがありませんし、今日は今から忙しいのでここまで。

 だから写真はありません。ゴメンナサイ!

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〝8020〟目指して!

2019年06月18日 | 俳句

 今日も晴天、明日も晴天と、この前一日降った後はまた晴れが続いています。最高気温は25,6度…とまあまあかしら。でもこの調子でいくと今年もまた〝水不足〟にならないかと心配なんですけどね。

 午後は歯科の予約がありましたので、出掛けました。先週から久し振りの歯科通いが始まりましたが、こればっかりはいつまでたっても慣れません。受診するのも一種の覚悟がいるんです。(笑) どこもどうもなければ行きたくない!行くのは、痛いとか、治療したところが取れたとか、どうしても行かなくてはいけないときだけです。

 今回は歯ではなく口の中、特に舌がやけどをした時のようにすぐピリピリとする、それもたいして熱いものを食べたのではないのにですよ。この症状はこの1,2ヶ月ぐらから感じているのですが、おまけによく舌や頬を嚙んですぐ口内炎ができてしまう…こういう異変を感じていてやっと意を決して検診に行ったんです。(大ゲサ!) いろんな検査をしてもらいましたが、特別に異状はなしと。舌にカンジダ菌があるとピリピリするらしいので、それも調べてもらってその結果を今日は聞きに…これも検出されなかったと。結局分からないということでうがい薬でしばらく様子をみることになりました。

 これだけならどうっていうことないんですが、1年以上も行っていませんので、やっぱり虫歯ができていると言われ、今日はその治療が始まったのです。これが恐怖…1本だけじゃないし、今度はもう神経までいっているようで…コワイ!コワイ!

 歯科というのは何をどうされているのかさっぱり分からないし、あのキーンという音が近づくたびに緊張してしまいます。みなさんはどうですか?歯は大切にしないといけないとは重々承知していますがね~。

 待合室に人生〝8020〟を目指そうというキャッチフレーズが貼ってありますが…先生曰く〝あなたは虫歯はあるけど、全部自分の歯で入れ歯はないから大丈夫よ!〟と。〝アリガトウございます〟とは言いましたが、この歯科というのも死ぬまで通わないといけませんよね。これからはますます増えるでしょうし、他の病院通いもあれこれ…これが歳を取るということなんでしょうが…先行き暗~いですね。でも生きている限り頑張らなくっちゃ!もっともっと大変な人がいるということを考えて…ね。

 ところで、この「8020(ハチマルニイマル)運動」というのは、1989年(平成元年)より厚生省(当時)と日本歯科医師会が推進している「80歳になっても20本以上自分の歯を保とう」という運動です。20本以上の  歯があれば、食生活にほぼ満足することができると言われています。そのため、「生涯、自分の歯で食べる楽しみを味わえるように」との願いを込めてこの運動  が始まりました。楽しく充実した食生活を送り続けるためには、妊産婦を含めて生まれてから亡くなるまでの全てのライフステージで健康な歯を保つことが大切です。ぜひ「8020」を目指してください、というものです。

 この第三週目は教室や句会がありませんので、のんびりして本を読んだり、昼寝をしたり…だらけています。だから書くことが無くって困ります。今日も大したことがなく…写真はその歯科医院にあった、ちょっとオリーブに似た木に咲いていた花です。最近よく見かけるようになりました。先日の空港にもありましたね。

 花の名は「フェイジョア」。これはフトモモ科の常緑果樹で、グアバなどのバンジロウ類の近縁種です。原産地はパラグアイ、ブラジル南部、ウルグアイ、アルゼンチンで、山野に自生しています。国内では1970年代に需要が高まり、一時は栽培面積150ha、生産量400tを数えたこともあるそうですが、一時期だけで衰退し、このところ珍しい庭木としてまた復活しているようです。

 

 

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俳句の〝恥はかきすて〟ですよ!

2019年06月16日 | 俳句

 今日はカラッとしたいい天気になり、洗濯日和でした。洗濯物を干しに外へ出ると、日差しが頬に痛いぐらいに感じられてまこと夏らしい!久し振りに草取りもしました。

 好きなようにさせてほうって置いた十薬を、そろそろ花も終りに近いので抜きましたよ。昨日の雨で土が軟らかくなっていて、オモシロいように抜けましたが、根はやはり残りますので、またしばらくすると生えてくるでしょうね。でもまあ、毎年のことですから、あまり気にはならなくなりましたが…。

 今日は書くことがありません。どうしましょう…

 あ、先程見ていた「ふらんす堂通信」の中にいい言葉がありました。どなたの言葉かは分からないのですが、ナルホド!と「共鳴」…

 「俳句の伝え方は理解ではなく共鳴。自分の中の音叉が響いて相手の音叉にも響くんだよ。音叉の音をしっかり鳴らせるためには、まず言葉に実感が籠り、思いに対して正直で、そしてその言葉に体重が乗っていなければならない」さらに「自分が感じたことは、リズムと季語に担わせて届ける」と。

 まあ、誰がどう言おうとも、俳句は文芸の一つ、即ち〝言語によって表現される芸術〟と考えれば、自己満足で終ってしまうものではないでしょう。だって芸術とは〝鑑賞の対象となるものを人為的に創造する技術〟を言うんですから。その表現手段が、言語であったり、音であったり、色彩であったり…などと考えれば、鑑賞されうる対象を創らねばならないということでしょうか。

 だから、作品というのは、どんなものにしろ人に見て貰わなければ独り立ちをしないものなんです。ところが、始めるとき自分の作品を人に見せるのが恥ずかしいと、殆どの人がいいます。特にいい大人ほど…。この羞恥心を捨てない限り上手くはならないんですがね~。

 私は入門された人には必ず言います。〝恥ずかしがらないで下さいね。あなたは今一年生に入学した子供と一緒。だから字が書けなくて当り前。子供は一生懸命勉強して書けるようになるでしょう〟と。この関門を抜けられると、次は少しでも上手になりたい…そのうち誉められるようになるともっとうまくなりたい…と、どんどん成長していきます。それが人間というものでしょう。たとえそれが何であっても、例えば料理、花壇、野菜とかささいなものであっても、自分で作ったものを誉められるということは意欲の湧くものですからね。ホント!

 昔のことわざにもあるでしょう〝旅の恥はかきすて〟と。入門する道を旅と思えば同じこと。さあ、頑張りましょう!

 何とか書けました。(いつの間にか朝になりましたが…) 今日の写真は、〝柿の実〟。もうこんなに大きくなりました。下のは柿の三兄弟?

 

 

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季語のあれこれ…

2019年06月15日 | 俳句

 今日は一日中雨でしたが、夕方からは曇になりました。明日はお天気になるのかしら?でも気温はちょっと低いぐらいでいいのですが、こうも湿っぽいと洗濯物とかがね~。まだこちらは梅雨入り宣言は出されていませんから、これから本格的になるのでしょう。

 今日は定例の宇部馬醉木句会でした。ここでは兼題はありませんので、さまざまな季語が出ます。75句のうち同じ季語というのは、「花菖蒲」が3句、「麦の秋」「青蔦」「夏燕」「豆の飯」「葭切」「梅雨の入」「草とり」がそれぞれ2句、後は全部違う季語でした。まあ、歳時記の中では夏の季語が一番多いんですから当然かも知れませんが…。

 現代の歳時記では一般に、四季と新年の五季ごとに分かれ、更に季語の内容から「時候」「天文」「地理」「生活」「行事」「動物」「植物」という分類がなされています。その季語の数は現在5000以上と言われていて、春、秋、冬は同等、新年が一番少なくて半分以下、夏は1.5倍と一番多く、それも動物・植物が多いのです。

 また、季語はその成り立ちによって三種類に分けることができます。まず一つは「事実の季語」で、雪は主に冬に降るから冬、梅の花は春に咲くから春、という風に自然界の事実にしたがって決められているもの。次に「指示の季語」があり、「春の雨」「夏の山」「秋風」というように、事物の上に季節を表す語がついて直接的に季節を示しているものです。最後に「約束の季語」があって、これは実際には複数の季節を通して見られるものであっても、伝統的な美意識に基づく約束事として季節が決まっているもので、例えば「月」(秋)や「蛙」(春)、「虫」(秋)、「火事」(冬)などといったものがそれなんです。しかし、中には同じものでも、桜は春に咲くから春と「事実の季語」ですが、「花」というのは桜のこととして春の「約束の季語」にもなります。

 これだけある季語をどれも一度は詠んでみたいと思ったりしたことがありますが、今ではもう殆ど見かけなくなったものや地方色の濃い祭や行事など、全く知らない物は当然詠めないだろうと思っています。しかし、最近は情報機器が発達していますので、現場に行かなくてもテレビやパソコンなどの映像で容易く見ることができるようになりました。が、それはやはり見たというだけで臨場感の伴わない絵葉書的俳句になってしまいそう…。でも昔から〝講釈師見てきたような嘘を言う〟とあるように、見てもいないのにさも見てきたかのように言うのが得意な方もいらっしゃるかも知れませんし…。さて、どうなんでしょうね。

 今日の句会にも北海道旅行しての句が出ていましたが、折角の実感をうまく表現できていないものがあって、惜しいと思いました。そこはやはりその実感をどう表現したら読者に伝えられるかということを本人が苦心するしかありませんが…。私の場合ならそういう時は、とにかく句の善し悪しは考えずに、手当たり次第その現場でたくさん詠んでおきますね。要するに〝質より量〟なんです。そして、帰ってからあれやこれやの場面を思い出してそのエキスを抽出し、それを核にしてゆっくりと練り上げていくのがいいですよ。そのためには写真やパンフなど手に入る資料をしっかり持って帰ること。せめて一箇所につき最低10句は詠んでおかないと…さあ、みなさん頑張りましょ!

 今日の写真は、紫陽花の残りの二つです。最初のは普通の白の紫陽花、後のは〝黒軸紫陽花〟といって、軸が真っ黒の珍しい紫陽花です。

 

 

 

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安住敦の句

2019年06月14日 | 俳句

 昨日は俳画教室でした。画題は〝紫陽花〟(あじさい)、もちろん夏の季語です。「ユキノシタ科の落葉低木」と説明にありましたが、ちょっと不思議!あのユキノシタとは、咲く時期が同じというぐらいで、他にはどこにも似たところがありませんから、とても同じ科だとは思えませんけどね。それに一方は草なんですが、紫陽花の方は木ですものね。

  歳月やはびこるものに鴨足草(さいげつやはびこるものにゆきのした)

  あぢさゐの藍をつくして了りけり(あじさいのあいをつくしておわりけり)

 どちらも安住敦の句です。安住敦(あずみあつし)は、1907年東京生れ。1930年同僚に誘われて短歌を学びますが、同時期にやはり誘われて上司の富安風生が主宰する「若葉」に入会し、俳句を風生に師事。以後8年間短歌と俳句をともに続けたんだそうです。戦後は久保田万太郎を擁して「春燈」を創刊し、自分は編集人として奮闘。1963年万太郎が没した後は、「春燈」主宰を継承しました。

 1966年、『春夏秋冬帖』で日本エッセイスト・クラブ賞受賞。1972年、句集『午前午後』他で第6回蛇笏賞受賞。1972年、紫綬褒章受章。1982年、俳人協会会長に就任(1987年まで)。1984年より朝日俳壇選者(1986年まで)。1985年、勲四等旭日小綬章受章と、いろいろと活躍した後、1988年7月8日、肺炎により死去しました。享年81歳。

 ところで、私は安住敦というと、どんな句よりもすぐに〈しぐるるや駅に西口東口〉(『古暦』春燈社、1954年)の句を思い出してしまいます。なぜかというと、それは東京へ行ったときの実感でしたから本当に納得したんです。こちら田舎の新山口でも北口と南口と二つありますもの。まして東京駅のようなところでは二つどころの騒ぎではないでしょうし、それが地下鉄などの駅だとしても、いくつか出口があるでしょう。一つ間違うととんでもない方に出てしまって…、以前間違って真反対の方へ出てしまって往生したことがありました。その時つくづく東京は田舎者の来るところではないと懲りましたもの。

 さて、この句は「しぐるる」が季語ですから、初冬の通り雨の中を何処かへ行こうとしているのでしょう。家に帰るのならば出口を迷うことはないのですから、多分初めての駅なのかも。もしかしたら待合せ?先般の〝あしかび会〟で、近江八幡駅集合としていたら、なかなか全員が集まらないので、聞いてみるとやはり北口と南口で間違っていたようで…。だからどんな駅でも出口は確認しないといけませんね。敦の句も調べてみたら、これは東京の「田園調布駅」だったとか…。私は行ったことがないので分かりませんが、ここには間違いなく西口と東口の二つがあるようですね。

 写真は、我が家の〝紫陽花〟です。少しずつですが、いろんな種類が咲いています。別の種類がまだ二つほどありますが、ボケていましたので、撮り直しますね。それにしても我が家には赤系は育たないようで、いつの間にか青か白になります。2枚目はその中の貴重な一つ。

 

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比喩表現であっても季語?

2019年06月12日 | 俳句

 今日の午前中は曇り、午後晴れ。それで午後からの健康体操へ行くのに見れば車内温度は33度と…でも街頭にあった温度計では26度でした。フォーユーの体操会場は3階の大ホール。エアコンは28度以上にならないと入れて貰えませんので、たとえ暑くってもガマンなんです。でも、今日は風がよく通ってとても快適に運動ができました。ヨカッタ!

 ところで、以前比喩の〝寝釈迦〟は季語にならないということを書きました。これは我が結社での話であって、他所では比喩であっても季語と認めるところもありますので、一概に全てがダメということではありません。ご了解を。それぞれ考え方や目指す方向が違っていれば当然やり方も違うでしょうから、それはそれでいいと思います。

 先日現代俳句の方の句集をいただき、拝読させてもらいましたが、やはり全く違いますもの。もちろん共鳴する句はたくさんありましたが、さっぱり分からない句もたくさんありました。まあこれは仕方のないことかも知れません。同じ結社でもそういうことはありますから。

 初心の頃というのは何も分からずに入門するので、出会った師や友人や本などにとても影響を受けますが、だんだんやっているうちに自分の詠みたいものが見えてくるようになります。すると、今の詠み方では満足できないようなことも起こるでしょうし、言葉やリズムなどもありきたりではイヤになってくるかも。それで破調に詠んだり、難しい漢語を用いたりと…あれこれ模索して悩みます。その結果で自分なりの結論に到達すればいいのではないかと、私は思っています。

 しかし、そこまで自分では努力せずに人の句の批評ばかりする人がいますが、それはおかしいのでは…。でもそのような人も実際にいるんですよね。私もまだまだ勉強不足ですから、偉そうなことは言えませんが、今自分が到達しているところまでのことは一応分かります。それで、俳句を勉強しようと頑張っている人には、私の知っていることは全て教えてあげたいと思ってしまうのです。やはり、これは〝教師根性〟なんでしょうか?いつか言われたことがあります。初めて会話した人に〝あなた、もしかしたら先生してた?〟と。そうだと答えるとやっぱり!と言われてしまったことがありましたもの。30年以上もやっていると染みついてしまうんでしょうかね~。

 さて、先日の兼題の〝更衣〟にも比喩表現で更衣を詠んだ句がありました。〈更衣緑へ変る棚田かな〉という句。これは棚田が緑に変ってまるで更衣をしたようだと思って詠んだと、作者。

 ではここでちょっと考えてみて下さい。棚田が緑になるのはいつ?それは〝草萌〟の頃なので、春の初めでしょう。だったら6月頃の〝更衣〟とは全く合いませんね。もし、この情景をどうしても詠みたいと思うのなら、例えば〈いつせいに棚田草萌え更衣〉とかすると、〝草萌え〟が季語になり、枯れ色から緑へまるで更衣をしたようだという比喩になります。しかし、更衣という季語の〝冬物から夏物へ〟という本意が完全に無視されることになるんです。このように〝更衣〟ということを、季節に関係なく〝衣を替える〟即ち、変化するということだけの見立てで詠むというのは、やはり季語として認めたくはありませんね。みなさんはいかが思われますか?

 写真は、〝ヒペリカム〟というオトギリソウ科の半常緑低木。別名〝小坊主弟切〟(こぼうずおとぎり)といわれて、小坊主の頭に似た赤い果実がなるのがとてもカワイイです。これはまだ季語ではありませんが、〝弟切草〟は秋の季語ですので気を付けて!

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