植ちゃんの「金沢・いしかわに恋をしました!」

金沢に永住して金沢・石川が好きになりました!その魅力を紹介します。

◇加賀逆立狛犬-20 白山市編⑨完 八幡神社田中町、八幡神社倉部町、八幡神社島田町、山島八幡神社、米永菅原神社

2020-07-31 04:20:58 | 金沢・石川の観光


金沢の観光スポットレポート(No.1853)

石川県には金沢市、野々市市、白山市を中心として加賀逆立狛犬が115対あるという現在金沢市に37対、野々市市に13対、白山市には37対の逆立狛犬を確認でき、合計87対となった。

◇加賀逆立狛犬-20 白山市編⑨完 八幡神社田中町、八幡神社倉部町、八幡神社島田町、山島八幡神社、米永菅原神社



33)八幡神社田中町
・住所:白山市八田中町400
・狛犬建立:明治42年(1909) 由野伊三郎







■写真は八幡神社田中町



34)八幡神社倉部町
・住所:白山市倉部町1
・狛犬建立:不詳









■写真は八幡神社倉部町



35)八幡神社島田町
・住所:白山市島田町1-1 0
・狛犬建立:不詳









■写真は八幡神社島田町



36)山島八幡神社
・住所:白山市島田町1-1
・狛犬建立:不詳









■写真は山島八幡神社



37)米永菅原神社
・住所:白山市米永町1
・狛犬建立:不詳







■写真は米永菅原神社

(つづく)

□加賀逆立狛犬-20 白山市編バックナンバー

◇加賀逆立狛犬-19 白山市編⑧ 本村井神社、南郷八幡神社、竹松住吉神社、免橋神社

◇加賀逆立狛犬-18 白山市編⑦ 北島加茂神社、熊野神社漆島、前田八幡神社、正八幡神社菅波町

◇加賀逆立狛犬-17 白山市編⑥ 宇佐八幡神社、八幡神社小上町、神田神社吉田町、高田神社

◇加賀逆立狛犬-16 白山市編⑤ 宮永八幡神社、宮丸楢本神社、大鞆和気神社杉の宮、菅原神社八ツ矢

◇加賀逆立狛犬-15 白山市編④ 倉光日吉神社、村井新稲荷神社、舟越社・白峰神社、貴舩神社

◇加賀逆立狛犬-14 白山市編③ 井関諏訪神社、石川神社末社鹿原八幡神社、平松春日神社、大松神社

◇加賀逆立狛犬-13 白山市編② 春日神社七原、神田白山神社、鹿島神宮美川、末正春日神社

◇加賀逆立狛犬-12 白山市編① 佐野神社、粟嶋神社河内町、乙釼神社曽谷、乙劔神社坂尻

◇谷口吉郎・吉生建築めぐり

2020-07-29 04:15:58 | 金沢・石川の観光


金沢の観光スポットレポート(No.1860)

◇谷口吉郎・吉生建築めぐり

石川県ウーキング協会は7月26日金沢駅もてなしドーム発着で「谷口吉郎・吉生親子建築巡り」を開催した。

■写真は金沢駅もてなしドーム



■写真はコース地図



□谷口 吉郎
明治37年(1904)生まれ、金沢市出身。昭和期の建築家。東宮御所、帝国劇場、迎賓館和風別館、藤村記念堂、出光美術館など多くの設計を手掛ける。庭園研究者、東京工業大学教授。昭和54年(1979)75才にて逝去。

■写真は市立玉川図書館(谷口吉郎・吉生 1978年)



□谷口 吉生(たにぐち よしお)
昭和年12年(1937)生まれ、建築家。鈴木大拙館、谷口吉郎・吉生記念金沢建築館など多くの設計者。
日本芸術院会員。東京藝術大学客員教授。日本建築学会賞作品賞2度、吉田五十八賞、高松宮殿下記念世界文化賞など多数受賞。

■写真は西町教育研修館(旧繊維会館 谷口吉郎 1952年)



□コース
もてなしドーム⇒①市立玉川図書館⇒②西町教育研修館⇒鼠多門・鼠多門橋⇒③県立伝統工芸館⇒国立工芸館⇒美術の小径⇒④金沢歌劇座⇒⑤鈴木大拙館⇒⑥室生犀星文学碑⇒犀川大橋⇒⑦谷口吉郎・吉生記念建築館⇒長町武家屋敷跡⇒金沢駅

■写真は7月供用開始の鼠多門・鼠多門橋



■写真はいしかわ生活工芸ミュージアム(県立伝統工芸館 谷口吉郎 1959年)



■写真は成巽閣前の参加者



■写真は金沢歌劇座



■写真は鈴木大拙館(谷口吉生 2011年)



■写真は室生犀星文学碑(谷口吉郎 1964年)



〇谷口吉郎・吉生記念金沢建築館

金沢出身の建築家。東宮御所や東京国立近代美術館の設計で知られる故谷口吉郎氏の生家跡に、建築文化を発信する「谷口吉郎・吉生記念金沢建築館」で、設計したのは鈴木大拙館、
ニューヨーク近代美術館などをデザインした長男で建築家の吉生氏。





■写真は谷口吉郎・吉生記念建築館(谷口吉生 2019年)



■写真は金沢駅

(つづく)



ユーチューブ「谷口吉郎・吉生の建築めぐり2020」アップしました。

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◇金沢の夏2020 寺町、泉野地区ほか

2020-07-28 04:09:58 | 金沢・石川の観光


金沢の観光スポットレポート(No.1859)

◇金沢の夏2020 寺町、泉野地区ほか

12年前より始めたウオーキング!目標は平均1万歩。今年の6月末までの1日平均は11,819歩。ウオーキングの途中で見つけた花ほかを紹介します。







■写真は犀川・桜橋









■写真は泉野地区





■写真は高尾台







■写真は長坂台

(つづく)

◇「加賀百万石回遊ルート」完成!

2020-07-26 04:15:07 | 金沢・石川の観光


金沢の観光スポットレポート(No.1858)

◇「加賀百万石回遊ルート」完成!

鼠多門・鼠多門橋の完成で、長町武家屋敷跡、尾山神社、金沢城公園、兼六園を結ぶ加賀藩ゆかりの歴史的なルートと、10月OPEN予定の国立工芸館、県立歴史博物館、21世紀美術館へ至る藩政期から現代までの歴史文化を満喫できる「加賀百万石回遊ルート」が完成しました。

7月22日より「加賀百万石回遊ルートスタンプラリー」やルート上の文化施設が割引や無料になる「SAMURAIパスポート」が1,000円で、金沢駅観光案内所と金沢中央観光案内所で発売しています。

〇 長町武家屋敷跡







〇 金沢中央観光センター





〇 尾山神社



〇 金沢城公園







〇 兼六園





〇 金沢神社





〇 県立歴史博物館



〇 国立工芸館



〇 県立美術館



〇21世紀美術館





◇加賀百万石回遊ルート「SAMURAIパスポート」のリポートします。ご期待ください。

(つづく)

ユーチューブ「加賀百万石回遊ルート」(速報)アップしました。

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◇植ちゃんの金沢いしかわに恋をしました(観光ブログ)200万ぺージ達成!

2020-07-24 04:44:26 | #金沢いしかわ#観光


◇植ちゃんの金沢いしかわに恋をしました(観光ブログ)200万ぺージ達成!

2010年12月観光特使の委嘱を受けての任務として「植ちゃんの金沢いしかわに恋をしました」(観光ブログ)を立ち上げ約9年7ヶ月、お陰様で200万ページを達成しました。
毎朝前日のアクセス数に一喜一憂して更新を続けてきました。今後ともアクセス、ご支援をお願いいたします。 

◇累計ページ数:2,001,041 累計IP数:591,376(人)

◎ユーチューブも始めました。



ユーチューブ 植ちゃんの「金沢のツボ」
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◇ 金沢城公園「鼠多門、鼠多門橋完成!2020」

2020-07-23 04:10:16 | 金沢・石川の観光


金沢の観光スポットレポート(No.1857)

◇ 金沢城公園「鼠多門、鼠多門橋完成!2020」

〇金沢城の整備方針

金沢城公園の整備事業の目的は①歴史的建造物を継承 ②兼六園と並ぶ金沢のシンボル公園化 ③文化、伝統、歴史を引き継ぐことの具現化が柱となり、その流れの一環で、金沢城の新たな名所となる、鼠多門復元、鼠多門橋再現工事が完成した。 



■写真は江戸期絵図(横山家蔵)



〇鼠多門

鼠多門は黒漆喰(くろじっくい)を施した鼠色の壁をもつ城門だったことが名称の由来とされる。



鼠多門は、金沢城の西側の廓である玉泉院丸に位置し、水堀を跨ぐ木橋(鼠多門橋)により接続される金谷出丸からの入り口として機能していた二階建ての櫓門。

■写真は鼠多門・鼠多門橋(金沢大学附属図書館蔵)





江戸時代前期ににはすでに存在していたことが判明しており、宝暦9年(1759)の大火でも焼失を免れ、修理等を経ながら明治期まで存在したいた。 明治4年(1871)の廃藩後は旧陸軍の直轄に置かれ、倉庫などに利用されていたが、明治17年(1884)に火災により焼失た。 



■写真は1階

〇鼠多門復元工事

2014年より復元に向けた発掘調査や絵図・文献等調査を行い、調査結果基づき史実に沿った木造による復元を行うこととし、2018年6月に着工、2020年7月18日に完成し、約140年ぶりに姿を現した。

石垣の上に2階建ての櫓を備えた構造で、石垣内に扉があり、屋根は鉛瓦、外壁上部は白漆喰塗りで、腰壁は黒漆喰が用いられた海鼠(なまこ)壁仕上げとなっている。内部は、県内産のヒバや杉などの木材を組み合わせる伝統的工法を取り入れた。門・橋の総事業費は約20億円。









■写真は2階







■写真は鼠多門の特徴黒漆喰(くろじっくい)海鼠壁





〇鉛瓦の制作工程

まず、木で屋根を作りその上に、厚さ1.8mmの鉛板を張り付けます。この鉛瓦の鉛には、少量(0.06~0.08%)の銅を添加してあり、銅を添加することにより強さや硬さ、それに酸に腐食されないための耐酸性を高めます。(伝統工法)



■写真は鉛瓦制作過程(2019.9.12と11.22)



〇鼠多門橋

鼠多門と同じく江戸時代前期にはすでに存在していたことが判明しており、明治10年(1877)に老朽化により撤去された。城内最大規模の木橋だった鼠多門橋は長さ32.6メートル、幅4.3メートルで再現整備された。



■写真は明治初期の写真(金沢市立玉川図書館蔵)



■写真は鼠多門橋側面図(石川県パンフより)

(つづく)



ユーチューブ「植ちゃんの金沢のツボ 蘇った!鼠多門・鼠多門橋」アップしました。

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◇金沢の夏2020 金沢の新盆とキリコ 

2020-07-22 04:17:18 | 金沢・石川の観光


金沢の観光スポットレポート(No.1856)

◇金沢の夏2020 金沢の新盆とキリコ 

〇お盆の由来

お盆の正式な呼び名は「盂蘭盆会(うらぼんえ)」といい、サンスクリット語の「ウランバーナ(逆さ吊りにされる苦しみという意味)」に由来します。子孫から長い間供養をうけていない先祖は逆さ吊りの苦しみを受けているため、そうした先祖の霊を慰めるため飲食を与えたのが発祥とされている。



〇金沢市内中心部は新盆が多い

新盆・旧盆のどちらに墓参りするかについては金沢市内でもわかれているようで、犀川、浅野川、JR北陸本線、中環状道路に囲まれた区域と、犀川以南、浅野川以北の旧市内地あたりでは新盆が多く、それより外側の新市内地域では旧盆にお参りに行く傾向が強いようだ。

■写真は金沢市泉野地区



〇金沢のお盆の風習「キリコ」

金沢ではお盆にお墓参りをするときに 「キリコ」という箱のようなものを持って行きお墓の前に吊します。 中にロウソクを立てられるようになっている。最近は簡略化した板状のきりこが多くみられる。この「キリコ」を吊すという習慣は金沢周辺だけのようで、キリコの表には「南無阿弥陀仏」裏には「進上で名前住所」を書くようになっており、誰がお参りしていただいたが、墓主に分かるようになっている。

■写真は野田山墓地江戸期からの墓地が多い地区







■写真は室生犀星の墓





■写真は小堀遠州の孫新十郎の墓



■写真は小堀遠州の娘(新十郎の母)の墓



■写真は深美家の墓

〇前田利貞は前田利家の六男、母は側室・逞正院





■写真は前田利貞家の墓





■写真は田守家の狛犬墓石

(つづく)

◇金沢の夏2020 寺町寺院群 後編

2020-07-20 04:33:46 | 金沢・石川の観光


金沢の観光スポットレポート(No.1854


◇金沢の夏2020 寺町寺院群 後編

〇寺町寺院群概要

寺町寺院群は、石川県金沢市寺町、野町にある寺院の総称である。藩政期に一向一揆に対する防衛策として、犀川流域にあたるこの地に寺院が集められた。忍者寺として知られる妙立寺を始め、68の寺社(2020.1現在)が立ち並び、市内の三つの寺院群の中で最大規模である。寺町、野町、弥生の各一部、22.0ヘクタールが「金沢市寺町台伝統的建造物群保存地区」の名称で国の重要伝統的建造物群保存地区として選定(2012年)されている。





■写真は西方寺





■写真は妙立寺(別名 忍者寺)







■写真は本長寺









■写真は宝勝寺



■写真は犀川

□撮影日:2020.6.25

(つづく)

◇金沢の夏2020 寺町寺院群 前編

2020-07-19 04:14:21 | 金沢・石川の観光


金沢の観光スポットレポート(No.1853)

◇金沢の夏2020 寺町寺院群 前編

〇寺町寺院群概要

寺町寺院群は、石川県金沢市寺町、野町にある寺院の総称である。藩政期に一向一揆に対する防衛策として、犀川流域にあたるこの地に寺院が集められた。忍者寺として知られる妙立寺を始め、68の寺社(2020.1現在)が立ち並び、市内の三つの寺院群の中で最大規模である。寺町、野町、弥生の各一部、22.0ヘクタールが「金沢市寺町台伝統的建造物群保存地区」の名称で国の重要伝統的建造物群保存地区として選定(2012年)されている。

■写真は泉野菅原神社











■写真は六斗広見近くにある茶室「蓬莱庵」ほか



■写真は高峰譲吉ゆかりの国泰寺





■写真は金剛寺











■写真は三光寺の住職作の彫刻

□撮影日:2020.6.25

(つづく)

◇金沢の芭蕉句碑巡り2020(後編) 兼六園、小立野周辺、小坂ほか、金石

2020-07-17 05:51:36 | 金沢・石川の観光


金沢の観光スポットレポート(No.1852)

◇金沢の芭蕉句碑巡り2020(後編) 兼六園、小立野周辺、小坂ほか、金石

芭蕉は元禄2(1689)年の7月15日(新暦8月29日)に金沢に入り24日まで滞在したと伝えられ、道中の日程を見てみると9日も滞在したのは金沢と大垣だけとなっている。

■写真は金沢の芭蕉碑巡り地図



7)兼六園山崎山(兼六園内)

天保期お三大家と呼ばれたひとり桜井梅室の筆による句碑は元々は卯辰山麓にあったもので、明治16年(1883)に現在地に移された。この句はあまりにも有名で、この俳句の書かれた句碑がなんと市内に3ヶ所もある。



・芭蕉句碑は弘化3年(1846)建立

「あかあかと 日はつれなくも 秋の風」

■写真は兼六園山崎山の句碑



8)上野八幡神社
・住所:金沢市小立野2-4-1
・ご祭神:応神天皇

上野八幡神社は源氏の名将の後胤にて空山と号し、能州天平寺に在り、前田公の信任厚く、石動山法務取締役を命ぜらる。前田公が天正12年(1584)金沢城に移城せらるるや、空山も医王山を経て現地に往し、天平寺守護神八幡神を祀る、山伏頭医王寺として奉仕し明治2年(1869)復飾す。



■写真は上野八幡神社

小立野の金沢大学工学部の横にある神社で、鳥居をくぐりすぐの右手に芭蕉句碑がある。金沢小立野連中の建立で、元は宝幢寺の境内にありましたが明治にこの地に移したと言われている。



・芭蕉句碑は明治16年(1883)建立

 「山さむし 心の底や 水の月」

■写真は芭蕉句碑



9)田井菅原神社
・住所:金沢市天神町1丁目3-16
・ご祭神:菅原道真



ご神体は、田邊左衛門という者が菅原道真より賜った自画像と伝えられる。後の喜兵衛の代に田邊家は三代利常より代官を拝命。明治期に田邊邸内に神社が建てられ、明治13年(1880)、田井の生産神となった。

■写真は田井菅原神社



・芭蕉句碑は明治21年(1888)3月下旬建立

「風流の はじめや奧の 田植唄」

この句碑は、最初からこの地に、置かれたものではなく、当年に奉納という形で移されたと伝えられている。

■写真は芭蕉句碑



10)高野山真言宗 宝泉寺(ほうせんじ)
・住所:金沢市子来町57
・宗派:高野山真言宗

宝泉寺は真言宗のお寺で創建は慶長11年(1612)前田家の祈願寺で本尊の摩利支天は、前田利家の守本尊だったと言われている。

■写真は宝泉寺



■写真は宝泉寺からの金沢城公園、兼六園

卯辰山への東山からの登り口子来坂を上がった途中が宝泉寺の入り口になり階段がある。その階段を上った所のすぐ左の植え込みの中に石碑があり、柳陰軒址と刻まれている。
俳人鶴屋句空の草庵「柳陰軒」があった場所で、芭蕉が21日に訪ねたと言われています。ここで詠んだという句が横に刻まれている。



・芭蕉句碑は建立不詳

「ちる柳 あるじも我も 鐘を聞く」

■写真は芭蕉句碑



番外)小坂神社
・住所:金沢市山ノ上町42-1
・ご祭神:天兒屋根命 武甕槌神 比咩大神 經津主神 饒速日命

当社は養老元年(720)の創建の延喜式内加賀十三座の中の一社であり、社頭は一揆に依り焼失したが、寛永13年(1636)加賀藩主前田家に依り再興され、北効一円の春日社の総社として地域の人に親しまれ、藩主前田家もことある毎に当社に祈願したとされている。又、幣社富士社は玉姫病気祈願所とされ、以来病に霊験のあるお社として崇敬を集めている。芭蕉はこの小坂神社に参拝し、句会を開いたと言われている。



■写真は小坂神社



・「芭蕉巡錫地記念碑」建立は昭和24年(1949)

■写真は芭蕉巡錫地記念碑



11)野蛟(のづち)神社
・住所:金沢市神谷内町ヘ1
・ご祭神:高皇産靈神 猿田彦神 事代主命 野椎神



今をさる約1250年前(天平3年4月3日)に創立と言われる古社の一社です。当時神谷内を中心とした付近一帯に疫病が流行し、毎日のように住民が病に倒れ、亡くなる人もでたそうです。そうした時白髪の老人が現れ、「自分の言う通りに従えば、衆人一切を救ってしんぜよう。」と言うので、住民は老人の教える通りに行った処、不思議にも病気が治ってしまった。この老人は「ヌヅチの神である、永く祭祀(イツキマツルこと)せよ。」と言い残し“龍(アマレリ)”に乗って天上雲間に消えた。そこで住民は、その地に神社を創立して祀ったのが起りであると伝えられている。

■写真は野蛟神社



句碑は俳人闌更の建立で、もとは北国街道のわきにあったものを明治初年頃ここに移した。

・芭蕉句碑は宝暦12年(1762)建立

「うらやまし うき世の北の 山ざくら」

■写真は芭蕉句碑



12)潮聲山 本龍寺
・住所:金沢市金石西3-2-23
・宗派:浄土真宗大谷派

井波町瑞泉寺にゆかりのある寺院ということで、建物の彫刻もりっぱなものです。本龍寺には銭谷五兵衛の墓や芭蕉の句碑などがあり、金石で代表する寺院です。



■写真は本龍寺



芭蕉は一笑の追悼会の翌日(金沢を離れる前日)の23日に宮の腰(現在の金石)を訪れました。金沢の俳人達に誘われてこの宮の腰に来たようです。

現在金石の本龍寺にこの宮の腰(金石)で芭蕉が詠んだ句碑がある。

・芭蕉句碑は昭和24年(1949)建立

「子鯛さす 柳すゞしや 海士がつま」

■写真は芭蕉句碑



■写真は銭屋五兵衛墓所

(芭蕉句碑巡り2020 完)



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◇金沢の芭蕉句碑巡り2020(前編-)片町、寺町寺院群

2020-07-16 05:31:20 | 金沢・石川の観光


金沢の観光スポットレポート(No.1851)

◇金沢の芭蕉句碑巡り2020(前編-)片町、寺町寺院群

〇松尾芭蕉「奥の細道」

松尾芭蕉は「奥の細道」の旅へと元禄2年(1689年)3月27日に江戸を出発し。全行程476里(約1904Km)、156日間。東北、新潟とまわり北陸、大垣までの道程で、同行者は門人の河合曽良です。

今回は金沢市内の11+1の芭蕉句碑、記念碑を巡ります。

■写真は奥の細道地図



芭蕉は元禄2(1689)年の7月15日(新暦8月29日)に金沢に入り24日まで滞在したと伝えられ、道中の日程を見てみると10日以上も滞在したのは金沢と大垣だけとなっている。

また、24日から小松(4日間)、山中温泉(7日間)滞在し大聖寺から8月7日に福井県丸岡に向かった。石川県には21泊22日の旅程で山形県に続いて長く逗留した。



1)芭蕉の辻(片町2丁目)

倶利伽羅峠を経て7月15日に金沢入りした芭蕉は京屋吉兵衛方に泊まり、翌日に宮竹屋喜左衛門方に宿を移しています。この宮竹屋があったのが現在の片町スクランブル交差点あたりです。
「芭蕉の辻」と刻まれた標注がある。スクランブル交差点そばの植え込みの中にあり目立たないので、ほとんどの人はそれに気が付かずに通り過ぎていると思う。



■写真は片町交差点の芭蕉の辻の標注



2)犀川河畔

片町から犀川大橋を渡りすぐ左折し、犀川沿いにある句碑。この句碑は犀川大橋のたもとから移設された。



・昭和33年(1958)建立。

 「あかあかと 日はつれなくも 秋の風」

小松砂丘の筆による句碑は3つあり、1つは兼六園の山崎山の上り口に、2つ目は犀川大橋近く川のほとりのベンチそばに、3つ目は成学寺の境内にある。

この句は夕日が赤々と照り残暑が厳しいのだが吹く風は秋の気配を感じさせると言った意だと思います。



■写真は犀川河畔芭蕉句碑



3)高養山 成学寺(じょうがくじ)
・住所:金沢市野町1-1-18
・宗派:浄土宗

天保4年(1647)松平又右衛門夫人が、三代藩主利常に請うて梵宅上人を招き、もと玉
泉寺の寺領に亡夫の菩提所として建立したのが起こり。境内には「あかあか・・・・・」の金沢で一番古い句碑がある。
江戸初期の建築様式が見られる本堂は貴重な建物で、成学寺の塀の上にのった風神、雷神の石像がユニークです。





■写真は成学寺



・芭蕉句碑は宝暦5年(1755)建立。金沢では最古。

「あかあかと 日はつれなくも 秋の風」

宝暦5(1755)年芭蕉翁追悼のため俳人堀麦水とその門人らが建てた句碑。金沢の句碑では一番古い。

■写真は芭蕉句碑



4)長遠山 本長寺(ほんちょうじ)
・住所:金沢市野町1-2-8
・宗派:顕本法華宗
観光客で賑
わう忍者寺(妙立寺)の向かって右隣にあり、宝暦12年(1762)の大火で焼失後、学僧・日鑑らにより再建された。



■写真は本長寺

・芭蕉の句碑は大正4年(1915)建立。



 「春もやゝ 気しき調ふ 月と梅」

■写真は芭蕉句碑



5)木一山 願念寺(がんねんじ)
・住所:野町1-3-82
・宗派:真宗大谷派

創建慶長年間、万冶2年(1659)現在地に移転。小杉一笑(いっしょう)の菩提寺。

小杉一笑は金沢における蕉風の先駆をなした俳人。元禄2年(1689)7月金沢入りした松尾芭蕉は一笑が前年の霜月6日死去したことを知り慟哭(どうこく)。22日ここ願
念寺で催された追悼会で、芭蕉は「塚も動け・・・」とその悲しみを詠んだ。 この前々年(貞亨4年)近江の人尚白が撰した「孤松集」に一笑の句が194句も入集されている。



・芭蕉句碑は昭和42年建立(1967)。

「つかも動け 我が泣く声は 秋の風」 (芭蕉句碑)

■写真は願念寺芭蕉句碑



「心から 雪うつくしや 西の雲」 

■写真は願念寺一笑辞世句碑



6)鶴雲山 長久寺
・住所:金沢市寺町5-2-20
・宗派:曹洞宗

慶長13年(1608)白山に建立。高畠石見守定吉の後室長久院のために栖覚寺を郊外に
ある大豆田高畠氏の下邸に建て長久寺と改めた。その後二回移転し、延宝4年(1676)に野田寺町覚源寺の遺祉である現在地に移り長久寺建立。





■写真は長久寺



・芭蕉句碑は昭和63年(1988)建立。

「秋涼し 手毎にむけや 瓜茄子」 

■写真は芭蕉句碑

(つづく)



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◇加賀逆立狛犬-19 白山市編⑧ 本村井神社、南郷八幡神社、竹松住吉神社、兔橋神社

2020-07-15 04:12:31 | 金沢・石川の観光


金沢の観光スポットレポート(No.1850)

石川県には金沢市、野々市市、白山市を中心として加賀逆立狛犬が115対あるという現在金沢市に37対、野々市市に13対、計50対が確認できた。今回から白山市を紹介します。

◇加賀逆立狛犬-19 白山市編⑧ 本村井神社、南郷八幡神社、竹松住吉神社、免橋神社



29)本村井神社
・住所:白山市村井町1-1
・狛犬建立:不詳







■写真は本村井神社



30)南郷八幡神社
・住所:白山市専福寺町1
・狛犬建立:明治41年(1908)







珍しい左の逆立狛犬!



■写真は南郷八幡神社



31)竹松住吉神社
・住所:白山市竹松町1
・狛犬建立:明治43年(1910) 八野甚吉郎









■写真は竹松住吉神社



32)兔橋(うばし)神社
・住所:白山市橋爪町丙1
・狛犬建立:不詳









■写真は兔橋(うばし)神社

(つづく)

◆加賀逆立狛犬-白山市編バックナンバー

◇加賀逆立狛犬-12 白山市編① 佐野神社、粟嶋神社河内町、乙釼神社曽谷、乙劔神社坂尻

◇加賀逆立狛犬-13 白山市編② 春日神社七原、神田白山神社、鹿島神宮美川、末正春日神社

◇加賀逆立狛犬-14 白山市編③ 井関諏訪神社、石川神社末社鹿原八幡神社、平松春日神社、大松神社

◇加賀逆立狛犬-15 白山市編④ 倉光日吉神社、村井新稲荷神社、舟越社・白峰神社、貴舩神社

◇加賀逆立狛犬-16 白山市編⑤ 宮永八幡神社、宮丸楢本神社、大鞆和気神社杉の宮、菅原神社八ツ矢

◇加賀逆立狛犬-17 白山市編⑥ 宇佐八幡神社、八幡神社小上町、神田神社吉田町、高田神社

◇加賀逆立狛犬-18 白山市編⑦ 北島加茂神社、熊野神社漆島、前田八幡神社、正八幡神社菅波町

◇加賀逆立狛犬-19 白山市編⑧ 本村井神社、南郷八幡神社、竹松住吉神社、免橋神社

◇加賀逆立狛犬-20 白山市編⑨完 八幡神社田中町、八幡神社倉部町、八幡神社島田町、山島八幡神社、米永菅原神社

◇加賀逆立狛犬-18 白山市編⑦ 北島加茂神社、熊野神社漆島、前田八幡神社、正八幡神社菅波町

2020-07-13 04:08:35 | 金沢・石川の観光


金沢の観光スポットレポート(No.1849)

石川県には金沢市、野々市市、白山市を中心として加賀逆立狛犬が115対あるという現在金沢市に37対、野々市市に13対、計50対が確認できた。今回から白山市を紹介します。

◇加賀逆立狛犬-18 白山市編⑦ 北島加茂神社、熊野神社漆島、前田八幡神社、正八幡神社菅波町



25)北島加茂神社
・住所:白山市北島町1-1
・狛犬建立:明治29年(1896)新谷夛吉







■写真は北島加茂神社



26)熊野神社漆島
・住所:白山市漆島町1
・狛犬建立:大正11年(1922)









■写真は熊野神社漆島



27)前田(まいだ)八幡神社
・住所:白山市向島町782
・狛犬建立:大正2年(1913)福島伊之助









■写真は前田(まいだ)八幡神社



28)正八幡神社菅波町
・住所:白山市菅波町1
・狛犬建立:明治36年(1903)高森











■写真は正八幡神社菅波町

(つづく)

◇加賀逆立狛犬-17 白山市編⑥ 宇佐八幡神社、八幡神社小上町、神田神社吉田町、高田神社

2020-07-12 10:46:35 | 金沢・石川の観光


金沢の観光スポットレポート(No.1848)

石川県には金沢市、野々市市、白山市を中心として加賀逆立狛犬が115対ある
という現在金沢市に37対、野々市市に13対、計50対が確認できた。
今回から白山市を紹介します。

◇加賀逆立狛犬-17 白山市編⑥ 宇佐八幡神社、八幡神社小上町、神田神社吉田町、高田神社



21)宇佐八幡神社
・住所:白山市横江町1
・狛犬建立:不詳







■写真は宇佐八幡神社



22)八幡神社小上町
・住所:白山市小上町1-1
・狛犬建立:昭和3年(1928)









■写真は八幡神社小上町



23)神田神社吉田町
・住所:白山市吉田町881
・狛犬建立:明治30年(1897)新谷多吉









■写真は神田神社吉田町



24)高田神社
・住所:白山市福正寺町1
・狛犬建立:明治42年(1909)福島利右衛門









■写真は高田神社

(つづく)

◇加賀逆立狛犬-16 白山市編⑤ 宮永八幡神社、宮丸楢本神社、大鞆和気神社杉の宮、菅原神社八ツ矢

2020-07-10 04:17:37 | #金沢いしかわ#観光


金沢の観光スポットレポート(No.1847)

石川県には金沢市、野々市市、白山市を中心として加賀逆立狛犬が115対ある
という現在金沢市に37対、野々市市に13対、計50対が確認できた。
今回から白山市を紹介します。

◇加賀逆立狛犬-16 白山市編⑤ 宮永八幡神社、宮丸楢本神社、大鞆和気神社杉の宮、菅原神社八ツ矢



17)宮永八幡神社
・住所:白山市宮永町138
・狛犬建立:昭和4年(1929)相森







■写真は宮永八幡神社



18)宮丸楢本(ならもと)神社
・住所:白山市宮丸町1
・狛犬建立:大正6年(1917)相森







■写真は宮丸楢本神社



19)大鞆和気(おおともわけ)神社 杉の宮
・住所:白山市四ツ屋町1353-1
・狛犬建立:昭和11年(1936)







■写真は大鞆和気神社杉の宮



20)菅原神社八ツ矢
・住所:白山市八ツ矢町178
・狛犬建立:大正3年(1914)









■写真は菅原神社八ツ矢

(つづく)