植ちゃんの「金沢・いしかわに恋をしました!」

金沢に永住して金沢・石川が好きになりました!その魅力を紹介します。

金沢の秋 -17 金沢城 ② 完

2018-11-30 04:07:52 | 日記


金沢の観光スポットレポート その996(No.1435)

◇金沢の秋 -17 金沢城 ② 完

■写真は鶴丸倉庫





■写真は橋詰門続櫓





■写真は三十間長屋





■写真は二の丸広場





■写真は新丸広場を見る







■写真は旧第六師団司令部









■写真は玉泉院丸庭園とコマユミ

撮影日:2018.11.8~19

(つづく)

金沢の秋 -17 金沢城公園 ①

2018-11-29 04:32:54 | 日記


金沢の観光スポットレポート その995(No.1434)

◇金沢の秋 -17 金沢城公園 ①

〇金沢城公園の概要

金沢城の歴史は加賀一向一揆で支配権を握った本願寺が、天文15年(1546)に金沢御堂(尾山御坊)を建てた地に、天正8年(1580)、佐久間盛政が築城を開始、天正11年(1583)、加賀初代藩主前田利家が能登から入城し、本格的に城造りがなされました。
慶長7年(1602)に天守閣が落雷による火災により焼失し、その後は江戸幕府への遠慮から再建されませんでした。





■写真は石川門



■写真は三の丸広場













■写真は河北門











■写真は新丸広場の冬桜

撮影日:2018.11.8~12

(つづく)

金沢の秋 -16 兼六園 ⑤完 瓢池、真弓坂ほか

2018-11-28 04:25:56 | 日記


金沢の観光スポットレポート その994(No.1433)

◇金沢の秋 -16 兼六園 ⑤完 瓢池、真弓坂ほか

■写真は噴水





■写真は翠滝





■写真はひさご池









■写真は真弓坂のコマユミ

〇この秋、紺屋坂に11個の笠付きベンチが設置された、これで夏場の暑さもしのげるだろう。









■写真は紺屋坂

◇秋の兼六園 完

撮影日:2018.11.3~19

(つづく)

金沢の秋 -16 兼六園 ④梅林、長谷坂他

2018-11-27 04:18:34 | 日記


金沢の観光スポットレポート その993(No.1432)

◇金沢の秋 -16 兼六園 ④梅林、長谷坂他











〇修復間近の舟之御亭





■写真は梅林





■写真は時雨亭付近











■写真は長谷坂

撮影日:2018.11.3~19

(つづく)

金沢の秋 -16 兼六園 ③山崎山-2

2018-11-25 04:37:43 | 日記


金沢の観光スポットレポート その992(No.1431)

◇金沢の秋 -16 兼六園 ③山崎山-2





■写真は山崎山











■写真は山崎山下











■写真は山崎山台

撮影日:2018.11.8~12

(つづく)

金沢の秋 -16 兼六園 ③山崎山-1

2018-11-24 04:15:39 | 日記


金沢の観光スポットレポート その991(No.1430)

◇金沢の秋 -16 兼六園 ③山崎山-1

兼六園の中でも山崎山の紅葉は集中しており、山崎山台を含めて楽しめる。





■写真は成巽閣前





■写真は小立野口外のツバキ









■写真は山崎山小立野口付近











■写真は山崎山

撮影日:2018.11.8~19

(つづく)

金沢の秋 -16 兼六園 ②千歳台ほか

2018-11-23 04:10:40 | 日記


金沢の観光スポットレポート その990(No.1430)

◇金沢の秋 -16 兼六園 ②千歳台ほか

○兼六園の紅葉

兼六園には約210本のもみじ、桜約420本ほか合計約8,200本の樹木があり、毎年11月の中旬には紅葉が楽しめる。園内の建物や松などの樹木、曲水、池、灯篭などと、紅葉のマッチングが楽しみだ。







■写真は成巽閣付近



■写真は花見橋(11/19)







■写真は曲水付近の大島桜







■写真は成巽閣近くのイロハモミジ





■写真は十月桜



■写真は冬桜付近のサツキ

撮影日:2018.11.12

(つづく)

金沢の秋 -16 兼六園 ①桂坂、霞が池

2018-11-21 04:57:06 | 日記


金沢の観光スポットレポート その989(No.1429)

◇金沢の秋 -16 兼六園 ①桂坂、霞が池

○兼六園の概要

加賀百万石の文化を映す、歴史的文化遺産である。水戸偕楽園、岡山後楽園とならぶ日本三名園の一つ、兼六園。

兼六園は江戸時代の代表的な大名庭園として、加賀歴代藩主により、長い歳月をかけて形づくられてきました。金沢市の中心部に位置し、四季折々の美しさを楽しめる庭園として、多くの県民や世界各国の観光客に親しまれている。入場者数17年度入場者数279.9万人(前年比96.1%)であった。





■写真は桜ケ岡大モミジ二世(イロハモミジ)





■写真は桜ケ岡小マユミ











■写真は桜ケ岡の紅葉









■写真は霞ケ池



■写真は七福神山



■写真は霞ケ池灯篭側のヤマザクラ



■写真は宝来島





■写真は栄螺橋付近のモミジ

撮影日:2018.11.1~19

(つづく)

北国街道・富樫館跡 中世の歴史に触れる-2 喜多家 ②

2018-11-20 04:48:53 | 日記


石川の観光スポットレポート(No.1428)

◇北国街道・富樫館跡 中世の歴史に触れる-2 喜多家 ②

10月27日のボランティアガイド「まいどさん16期生」”よるまっし16会の勉強会で野々市市の「北国街道・富樫館跡 中世の歴史に触れる」に参加した。

〇前田利長書の掛け軸







〇前田利常書の掛け軸



■写真は座敷の間



■写真は帳場の酒ブランド



金庫の間の入り口は1段低くなっており刀など持って入れないようになっている。



■写真は金庫の間と内側からの天井



■写真は居間





■写真は茶室





■写真はみずやと燭台



■写真は2階からの庭



■写真は2階の帳箪笥



■写真は京都友禅の花嫁のれん



■写真は前田利治の書掛け軸



■写真は2階の天井





■写真は酒造場

参考資料:片岸恵治氏資料、インターネット(野々市市他)

撮影日:2018.10.29

(つづく)


北国街道・富樫館跡 中世の歴史に触れる-2 喜多家 ①

2018-11-19 05:32:45 | 日記


石川の観光スポットレポート (No.1427)

◇北国街道・富樫館跡 中世の歴史に触れる-2 喜多家 ①

10月27日のボランティアガイド「まいどさん16期生」”よるまっし16会の勉強会で野々市市の「北国街道・富樫館跡 中世の歴史に触れる」に参加した。



〇国指定重要文化財 喜多記念館

喜多家はもとは高崎姓を名乗った越前武士で、江戸中期に禄を離れ加賀に移住しました。その後野々市で灯油の製造販売を生業とし、屋号を油屋といい幕末からは酒造業を営んだ旧家です。
明治24(1891)年野々市の大火で罹災し、現住居の新築にあたって金沢市材木町の醤油屋の主屋を買い求め移転、同年11月に完成しました。



構造手法から推測すると19世紀中ごろに造られたようです。平面は通り土間式で、土間沿いは前面に板敷きの帖場(みせ)、奥に5間通しの広い「おえ」があります。
土間境は間仕切りを作らず、上がり框(かまち)だけで開放的になり、広い空間を演出しています。

■写真は外観







通りに面した外観は、細い縦格子や庇(ひさし)の「さがり」、二階の妻にみられる腕木に支えられた袖壁など、加賀の町家の典型的なものであり、また建物自体も上質で、石川県で遺存する町家の中では年代も古い貴重なものです。

〇喜多家概要
・概 要:間口八間 桁行22.4m、染間16.1m 二階建、切妻造、桟瓦葺(元は板葺)
・重要文化財:1971.12.28 指定
・喜多家の元所有者は加賀長者番付にのった醤油商「たいや惣兵衛」のものと伝えられる。

■写真は通りにわ



〇囲炉裏の灰形

おえの間上り縁に囲炉裏があって、敷かれた灰に灰形が描かれ、枯山水の庭にも見えます。加賀藩で盛んな茶の湯から灰形の造形につながったといわれ、その灰形は茶事をいそしむ人でもうなるほどの技である。



囲炉裏には自在鉤が吊るされ、その上に大きなケヤキの鉤(そらかぎ)が吊るされている。

■写真は囲炉裏の灰形



〇立涌模様(加賀暖簾)

立涌は水蒸気が立ち涌いて登っていく様子を表している文様で、平安時代以降、公家を中心に使われだした。

■写真はおえの間と立涌模様加賀暖簾

参考資料:片岸恵治氏資料、インターネット(野々市市他)

撮影日:2018.10.29

(つづく)

北国街道・富樫館跡 中世の歴史に触れる- 1②旧北国街道

2018-11-17 04:17:35 | 日記


石川の観光スポットレポート (No.1426)

◇北国街道・富樫館跡 中世の歴史に触れる- 1 ②旧北国街道

10月27日のボランティアガイド「まいどさん16期生」”よるまっし16会の勉強会で野々市市の「北国街道・富樫館跡 中世の歴史に触れる」に参加した。

〇水毛生(みもう)家住宅

水毛生家は、表構えは切妻妻入りとなる農家の形、内部の間取りは町屋の形となっている。通りに面するミセノの屋根は、江戸時代特有の、板葺屋根造りの緩い勾配になっている。野々市市指定文化財



■写真は水毛生家住宅





■写真は旧北国街道の住宅



〇道路元標碑

明治6年(1873)各府県庁所在地の主要道路に起点元標がたてられた。石川県の元標は尾張町に設置され、この起点を基準に県内各町村の距離が測定された。旧野々市村は大正9年(1920)、当時の役場があったこの地に建てられた。

■写真は道路元標



〇富樫館跡

富樫館は石川郡野々市町本町にある平城です。実際のところは守護所だったので、造りは居館だったはずです。となれば戦向きではなかったと思われます。
この城の築城年代は定かではありませんが、建武2年(1335年)に富樫高家が加賀国守護に任ぜられた際に野々市に守護所を設けて、そこに居住したと考えられるので、この富樫館もそのときに築かれたと思われます。



■写真は富樫館跡



勉強会の後の楽しみの一つは野町アパホテル「七草」でランチ会を開催した。





■写真はランチ税込み1,000円

□野々市市の富樫館の発掘ホームページ

参考資料:片岸恵治氏資料、インターネット(野々市市他)

撮影日:2018.10.29

(つづく)

北国街道・富樫館跡 中世の歴史に触れる- 1①

2018-11-16 04:30:53 | 日記


石川の観光スポットレポート (No.1425)

◇北国街道・富樫館跡 中世の歴史に触れる- 1 ①

10月27日のボランティアガイド「まいどさん16期生」”よるまっし16会の勉強会で野々市市の「北国街道・富樫館跡 中世の歴史に触れる」に参加した。

〇富樫館跡の石碑

富樫館跡は富樫氏代々の居館跡で、守護所として当時の加賀の政治・経済の中心地となった所でした。館はこれまで江戸時代の絵図や文献によって住吉地内であったと伝えられていましたが、特定するに至っていませんでした。しかし、平成6年度の発掘調査で、館の堀の一部が確認され、館は石碑から約400m離れた場所であることが確認されました。
石碑は1967年(昭和42)6月に金沢工業大学と富樫卿奉賛会が「富樫氏累代の居館したところ富樫城とも言い九艘川と新兵衛川を外壕した区域である」として建立しました。

■写真は富樫館跡の石碑



■写真は北鉄宏大前駅近くの山川館跡看板



〇大乗寺旧祉(跡)

大乗寺は、当初富樫家尚により密教寺院として創建された。永仁元年(1293)越前永平寺三世にもなった徹通義介(てっつうぎかい)が招かれ、加賀国最初の曹洞宗の寺となった。
その後弟子の瑩山紹瑾(けいざんじょうきん)に継承され、やがて紹瑾は現羽咋市に永光寺(ようこうじ)を開き曹洞宗の拠点とした。永光寺を継承した明峰素哲は南北朝初期に大乗寺に戻り、押野庄地頭富樫家善の支援を得て曹洞宗禅道場整備を進め、多くの門弟を育成した。その後2か所移転をし、江戸期期に現在の野田山に移転した。

■写真は大乗寺旧跡石柱





■写真は大乗寺跡看板



■写真は現在の大乗寺



〇布市(ぬのいち)神社

創立は寛弘6年(1009)富樫家国が邸内に祠堂を営み三柱の神像を安置したのに始まり、文治5年(1190)9月13日に富樫泰家が住吉三神を祀り併せて先祖忠頼の木像を奉斎して護国神社と称したと伝える。長享年間富樫家の滅亡のため社運が衰微したが、元和元年(1615)前田利常が調査の結果、寛文9年(1668)宮田1500歩を附せられたという。
明治初年(1889)村社に列し、同12年5月富樫郷住吉神社と改称し、大正3年(1914)6月19日無格社八幡社及び照日八幡神社の二社を合祀し布市神社と改称し、同4年11月6日神饌幣帛料供進神社に指定された。

・御祭神:応神天皇 天照大神 底筒男命 中筒男命 上筒男命 富樫忠頼
・住所:野々市市本町2丁目14-16



聖護院道興は文明18年(1486)「風おくる 一村雨に 虹消えて のヽ市人は たちもをやます」を詠んだ。



■写真は聖護院道興の句碑



■写真はイチョウ



■写真は灯篭









■写真は狛犬

参考資料:片岸恵治氏資料、インターネット(野々市市他)

撮影日:2018.10.29

(つづく)

第32回日本新工芸石川会展(しいのき迎賓館)

2018-11-15 04:10:11 | 日記


金沢のイベントレポート (No.1424)

◇第32回日本新工芸石川会展(しいのき迎賓館)

しいのき迎賓館で10月31日~11月5日まで開催された「第32回日本新工芸石川会展は自然や時代のありようをテーマとし、工芸素材の美しさを最大限に生かそうとしながら、新たな創意と手法で現代に臨まれる個性的な作品を生み出そうとしている日本新工芸家連盟石川会が主催する作品展。



〇ギャラリーA「美と生活の調和をテーマに」









■写真はギャラリーA



〇ギャラリーB「生活工芸を中心に」













■写真はギャラリーB



■写真はしいのき迎賓館の生け花

撮影日:2018.11.3

(つづく)

百万石まちなかめぐり もみじ2018(しいのき迎賓館)

2018-11-13 03:48:00 | 日記


金沢のイベントレポート (No.1423)

◇百万石まちなかめぐり もみじ2018(しいのき迎賓館)

■写真はしのき迎賓館





〇もみじクラフトフェア「秋の空」
手仕事体験や映画上映、クラフトや食べ物の販売など、テーマごとにわかれたテントをめぐろう!
会場:しいのき緑地
3日(土・祝) 12:00~20:00
4日(日)   10:00~17:00



〇もみじカフェ
秋にピッタリな温かい食べ物などを販売する飲食コーナー
会場:しいのき緑地
3日(土・祝) 12:00~20:00
4日(日)   10:00~17:00

■写真は懐かしいいアナログオーディオコンサート



〇もみじアート教室
アメリカ楓通りで拾った葉っぱを自由に切り貼りして、絵を描こう!
会場:しいのき緑地
3日(土)、4日(日) 10:00~17:00

■写真は和菓子作り







■写真は緑地でくつろぎ食べる



■写真はカメラ市(懐かしいカメラがいっぱい)







■写真は金沢市役所庁舎前広場のフランンス風創作庭園

撮影日:2018.11.3

(つづく)

金沢の秋 -15 石川県立歴史博物館、出羽町

2018-11-12 04:18:28 | 日記


金沢の観光スポットレポート その987(No.1422)

◇金沢の秋 -15 石川県立歴史博物館、出羽町

○石川県立歴史博物館の概況

石川県立歴史博物館の赤レンガ建物3棟はかつて陸軍兵器庫、戦後は金沢美術工芸大学に使用されていた。昭和61年(1986)年石川県立郷土資料館(金沢市広坂)が本多の森公園(金沢市出羽町)の赤レンガ建物3棟に移転し、石川県立歴史博物館として開館した。2015年4月には加賀本多博物館が第3棟に移転リニューアルオープンした。

■写真は歴史博物館1号館



■写真は歴史博物館2号館

〇玄関前の辰巳用水石管に水を流しているのを初めて見た。





■写真は辰巳用水石管展示





■写真は人形作りのグループか?



■写真は1号館



■写真は歴史博物館横の歩道











■写真は出羽町NTT前の紅葉

撮影日:2018.11.3

(つづく)