植ちゃんの「金沢・いしかわに恋をしました!」

金沢に永住して金沢・石川が好きになりました!その魅力を紹介します。

金沢の正月飾り③ 尾山神社、駅前、金沢城公園エリアほか

2019-01-17 04:23:31 | 日記


金沢の観光スポットレポート その1032(No.1470)

◇金沢の冬-16 金沢の正月飾り③ 尾山神社、駅前、金沢城公園エリアほか

全国各地それぞれの独特の正月飾りがあると思うが、なにげない風景も、他地域から見ると違うかもしれないとの思いで、金沢市内を取材してみました。

3)尾山神社、駅前、金沢城公園エリアほか





■写真は尾山神社





■写真は金沢市商工会議所



■写真はブランケット・カフェ



■写真は北陸デザイナー専門学校



■写真は大友楼





■写真は尾崎神社



■写真は金沢茶屋



■写真は英町「中村屋」



〇数の子飾り

金沢城公園の橋爪一の門に藩政期のしめ飾りを再現した「数の子飾り」が取り付けられた。しめ飾りは長さ5.4メートルで、子孫繁栄の願いを込めて数の子を模した形状をしている。藩政期の元日登城の様子を描いた絵図「加賀藩儀式風俗図絵」を参考に、野々市市のワラ工芸師吉岡克己さん(81)が仕上げた。しめ飾りは来年1月15日まで飾られる。





■写真は金沢城橋爪門一の門「数の子飾り」

金沢では紅白の餅を重ねる鏡餅。皆さんの地域で紅白の地域はありますか?





■写真は田井菅原神社



■写真は三統鏡餅

(つづく)

■撮影日:2019.1.3-10

金沢の正月飾り② 香林坊、片町エリア

2019-01-16 04:32:55 | 日記


金沢の観光スポットレポート その1031(No.1469)

◇金沢の冬-15 金沢の正月飾り② 香林坊、片町エリア

全国各地それぞれの独特の正月飾りがあると思うが、なにげない風景も、他地域から見ると違うかもしれないとの思いで、金沢市内を取材してみました。

2)香林坊・片町エリア

正月飾りは、その歳神様を心から歓迎するための準備として飾るものです。よく知られている正月飾りに門松、しめ飾り、鏡餅があります。





□正月飾りとは?

1)門松は、歳神様の依代(よりしろ)と言われており正月飾りのなかで、最も重要なものとされています。歳神様が迷わず降りて来るための目印となるものです。

2)しめ飾りは、新しい藁に裏白(うらじろ)、ゆずり葉、橙(だいだい)などをあしらって作ったお飾りをしめ飾りといいます。新しい藁は、古い年の不浄を払うという意味があり裏白は長寿、ゆずり葉は子孫の繁栄、橙は家系の繁栄を願ったものです。
 しめ飾りは神様を迎える清浄な場所を示すために飾るものですが、玄関に飾ることで、災いが外から入る事を防ぐといわれています。

3)鏡餅は、お正月を迎えるために飾る飾りというイメージの強い鏡餅ですが本来は、歳神様を迎えるために供えるお供物です。鏡餅が丸い形は円満を、2つ重ねるのはかさねがさねを表しています。つまり、円満に年を重ねるという意味です。(以上インターネットより)
金沢では紅白の餅を重ねる鏡餅。皆さんの地域で紅白の地域はありますか?





■写真は香林坊大和





■写真はホテルトラスティ金沢香林坊





■写真は金沢信用金庫





■写真はしいのき迎賓館



■写真は金沢市役所

■写真は東急スクエア



■写真は片町きらら



■写真は片町きららるり虎



■写真は長町武家屋敷跡鏑木商舗

(つづく)
■撮影日:2018.12.30-2019.1.3

金沢の正月飾り① ひがし茶屋街、主計町エリア

2019-01-15 04:13:02 | 日記


金沢の観光スポットレポート その1030(No.1468)

◇金沢の冬-14 金沢の正月飾り① ひがし茶屋街、主計町エリア

全国各地それぞれの独特の正月飾りがあると思うが、なにげない風景も、他地域から見ると違うかもしれないとの思いで、金沢市内を取材してみました。ついでに正月と正月飾りをネットで調べました。

1)ひがし茶屋街、主計町エリア

□正月とは?

正月とは本来、その年の豊穣を司る歳神様をお迎えする行事であり、1月の別名です。現在は、1月1日から1月3日までを三が日、1月7日までを松の内、あるいは松七日と呼び、この期間を「正月」と言っています。



■写真は懐華楼



■写真は民家



■写真は久連波



■写真は茶屋美人



■写真は不室屋



■写真は東山民家





■写真はしら井



■写真はひがし茶屋街門松



戦国武将・武田信玄が考案したとされる正月飾り「武田流門松」は3本の竹を水平に切っているのが特徴だ。
門松の竹は斜めに切るのがポピュラーだが、信玄に敗れた徳川家康が「竹(武田家)を斬る」という意味で始めたとの説もある。武田流は竹を真横に切り、宿敵・松平家(後の徳川家)を松になぞらえ、竹より下に飾る。

■写真は甲府武田風門松

□風林火山 甲陽戦国隊ホームぺージ

〇これより主計町



■写真はあさの川







■写真は主計町

(つづく)

■撮影日:2018.12.30-2019.1.6


2019年金沢初詣 尾山神社、田井菅原神社

2019-01-13 04:19:05 | 日記


金沢の観光スポットレポート その1029(No.1467)

◇2019年金沢初詣 尾山神社、田井菅原神社

1)尾山神社(おやまじんじゃ)



○尾山神社の概況

慶長4年(1599)に加賀藩藩祖前田利家を祭り創建された卯辰八幡社(現宇多須神社)を、明治6年(1873)に卯辰山から金沢城の出丸金谷御殿跡地(現在地)に移し、本殿、拝殿が建てられ、尾山神社とした。
尾山神社の神門は明治8年(1875)に完成したのですが、神門の和洋中の三様式が取り入れられた五色のギヤマンが綺麗です。

御祭神:前田利家、まつ
金沢市尾山町11-1

■写真は神門









■写真は拝殿



■写真は拝殿左手前の梅

撮影日:2019.1.3




2)田井菅原神社(たいすがわらじんじゃ)

〇田井菅原神社の由緒

ご神体は、田邊左衛門という者が菅原道真より賜った自画像と伝えられる。後の喜兵衛の代に田邊家は三代利常より代官を拝命。明治期に田邊邸内に神社が建てられ、明治13年(1880)、田井の生産神となった。

御祭神:菅原道真

■写真は鳥居



〇芭蕉の句碑

”風流の はじめや奥の 田植唄”芭蕉が元禄2年(1689)、奥の細道の旅に出ており、同年7月金沢に立ち寄っているため、金沢の地に芭蕉の句碑が見られます。
当社の石碑には、側面に明治21年3月下旬と建立年月を刻んでいます。従って、最初からこの地に、置かれたものではなく、当年に奉納という形で移されたと伝えられています。

■写真は芭蕉の句碑



■写真は狛犬



〇藩主献上鏡餅の再現

当家に所蔵されていた古文書に、享和2年(1802)、第12代藩主前田斉広(なりなが)公の封襲後初のお国入りによる新春の献上鏡餅のことについて記されたものがあります。鏡餅は次のとおりとなっています。鏡餅は、三点セットとなっており、真中は、床(とこ)飾り餅、向かって右側は、蓬莱(ほうらい)飾り、
左側は櫓(やぐら)餅で、大小52個の紅白の餅が使用されています。再現するには約2石2斗(約340キログラム)のお米が必要とされ、米俵に例えますと、約5個半にもなります。現在は、諸々の諸事情から蝋を溶かして作った再現品。

平成9年(1997)より、古例に則り、お正月に奉納しています。



■写真は拝殿と藩主献上鏡餅

撮影日:2019.1.6

(つづく)


金沢五社参り ② 宇多須神社、椿原天満宮(完)

2019-01-12 04:14:32 | 日記


金沢の観光スポットレポート その1028(No.1466)

◇金沢五社参り ② 宇多須神社、椿原天満宮(完)

4.宇多須神社(うたすじんじゃ)

養老2年(718)の創建。慶長4年に前田利家を密かに祀り、藩士が禄高に応じて祭祀料を負担した。尾山神社の創建に伴い元の祭神である高皇産霊神を遷座した。

本社は通称毘沙門さんと云う。佐和田川(今の浅野川)の辺の小丘から出た古鏡の裏面に卯と辰との紋様があったので卯辰神とし、養老2年(718)多聞天社と称して創建された。また藩祖前田利家公を卯辰八幡宮と称して祀ってあり代々藩主の祈祷所として崇敬篤かった。明治に入り現在の尾山神社として創建され遷座された。明治2年(1969)高皇産霊社と改め、同5年卯辰社と改称、同33年10月2日現在の宇多須神社と改め、同35年県社に昇格された。

現在地:金沢市東山1-30-8
御祭神:高皇産靈神 武甕槌男命 大國主神 市杵嶋姫命 大山祇命
八重言代主命 少彦名神 宇迦之御魂命 豐受大神 崇徳天皇

■写真は宇多須神社鳥居



■写真は逆立ち狛犬



■写真は手水舎





■写真は拝殿と狛犬



撮影日:2019.1.6

5.椿原天満宮(つばきはらてんまんぐう)

永仁5年加賀国主富樫義親京都北野天満宮より丹波屋敷と称する山崎に勧請す。観応年間一向一揆により金浦郷田井村へ遷座され、金浦郷の総鎮守産土神となり、当宮を前田家祈願所とし城郭の鎮守と定める。
金浦郷総社田井天満宮、椿原神社、椿原天満宮と称え奉り旧金沢五社の筆頭たる御社格であった。明治6年郷社に、明治14年9月県社に列せられる。

現在地 金沢市天神町1-1-13
御祭神:菅原道真

■写真は椿原天満宮鳥居





■写真は逆立ち狛犬



■写真は拝殿



■写真は菅原道真公碑と梅



■写真は拝殿中と狛犬

(つづく)

撮影日:2019.1.6

金沢五社参り ① 神明宮、安江八幡宮、小坂神社

2019-01-11 04:22:09 | 日記


金沢の観光スポットレポート その1027(No.1465)

◇金沢五社参り ① 神明宮、安江八幡宮、小坂神社

〇金沢五社参りとは

金沢五社(かなざわごしゃ)とは石川県金沢市に所在する神社の内、江戸時代から神官が守護する宇多須神社、小坂神社、神明宮、椿原天満宮、安江八幡宮の吉田神道の五つの神社の総称である。五社ともに近代の社格制度では県社に列格された。この五社全てを参る事を「五社参り」と言い、江戸時代から盛んに行われた。

1.神明宮(しんめいぐう)

古来より“お神明(しんめい)さん”の愛称で親しまれ、金沢旧五社(藩政期より藩主・前田家の信仰特に厚く、中別当(なかべっとう)または社僧が奉仕しないで、神官だけが守護する五つの神社)の一社で、加賀
藩五代藩主・前田綱紀は当宮を氏神とするに至りました。

又当宮は全国七神明(他の六つは東京・芝神明、山形・湯殿山神明、大阪城神明、長野・安曇神明、京都・東岩倉神明、京都・朝日神明)、または三神明の一社と云われます。

正確な創建年は不詳ですが、少なくとも延文二年(1357年)には、現在の地に鎮座していたと云われている。

現在地:金沢市野町2-1-8
御祭神:天照皇大神、豊受姫神

■写真は神明宮鳥居





■写真は拝殿と狛犬



〇神明の大ケヤキ

境内には樹齢約千年と言われる金沢市指定保存樹第1号の大ケヤキ(樹高33m、幹周7.83m、枝幅25m)があります。この大ケヤキは「神明の大ケヤキ」と語り継がれ、地域住民から親しまれており、県内で最も大きなケヤキです。

■写真は神明の大ケヤキ



撮影日:2019.1.3

2.安江八幡宮(やすえはちまんぐう)

金沢五社(かなざわごしゃ)とは石川県金沢市に所在する神社の内、江戸時代から神官が守護する宇多須神社、小坂神社、神明宮、椿原天満宮、安江八幡宮の吉田神道の五つの神社の総称である。五社ともに近代の
社格制度では県社に列格された。この五社全てを参る事を「五社参り」と言い、盛んに行われた。

■写真は安江八幡宮鳥居





■写真は狛犬と拝殿



■写真は百万さんのモデルになった「加賀八幡起上がり♯”八幡さん”」







■写真は拝殿と拝殿右の”八幡さん”飾り



■撮影日:2019.1.3

3.小坂神社(こさかじんじゃ)

当社は養老元年(720)の創建の延喜式内加賀十三座の中の一社であり、社頭は一揆に依り焼失したが、寛永13年加賀藩主前田家に依り再興され、北効一円の春日社の総社として地域の人に親しまれ、藩主前田家もことある毎に当社に祈願したとされている。

現在地:金沢市山の上町42-1
御祭神:天兒屋根命 武甕槌神 比咩大神 經津主神

■写真は一の鳥居



■写真は二の鳥居









■写真は拝殿と逆立ち狛犬



■写真は貞享5年(1688)とされる本殿



〇芭蕉翁巡錫地の碑

芭蕉はここ小坂神社に参拝し、句会を開いたといわれる。小坂神社を登って行くと右側の木陰に昭和24年(1949)金沢蟻塔会建立の碑がある。正面に 「芭蕉翁巡錫地」と刻み側面には北枝の句「此の山の神にしあれば鹿と月」が刻まれている。

■写真は芭蕉翁巡錫地の碑

(つづく)

■撮影日:2019.1.6

金沢の冬-13 にし茶屋街、寺町周辺

2019-01-09 04:30:27 | 日記


金沢の観光スポットレポート その1026(No.1464)

◇金沢の冬-13 にし茶屋街、寺町周辺





■写真は犀川大橋(新橋より)



■写真は御影大橋(新橋より)



○にし茶屋街概要

金沢の情緒が色濃く感じられる3つの茶屋街の一つ。にし茶屋街は文政3年(1820)に集め町割りをし、今でも料亭が軒を並べて趣ある一角を作り上げている。現在4軒の茶屋が営業しており、19名の芸妓さんが
所属している。













■写真はにし茶屋街





■写真はつば甚



■写真は極楽寺



○寺町寺院群概要

寺町寺院群は、石川県金沢市寺町、野町にある寺院の総称である。藩政期に一向一揆に対する防衛策として、犀川流域にあたるこの地に寺院が集められた。忍者寺として知られる妙立寺を始め、70近くの寺院が立ち並び、市内の三つの寺院群の中で最大規模である。寺町、野町、弥生の各一部、22.0ヘクタールが「金沢市寺町台伝統的建造物群保存地区」の名称で国の重要伝統的建造物群保存地区として選定(2012年)されている。

■写真は松月寺



■写真は高岸寺



■写真は長久寺



■写真は立像寺



■写真は大蓮寺



■写真は雨宝院

(つづく)

■撮影日:2019.1.3

金沢の冬-12 長町武家屋敷跡周辺②

2019-01-08 04:29:11 | 日記


金沢の観光スポットレポート その1025(No.1463)

◇金沢の冬-12 長町武家屋敷跡周辺②



■写真は長町武家屋敷跡







■写真は大野庄用水

〇野村家概要

1583年(天正11年)金沢城に入場した藩祖前田利家の直臣として従ったのが野村伝兵衛信貞。明治3年の廃藩まで12代に渡って1000坪の屋敷を拝領した野村家(1200石)の屋敷跡。樹齢400年以上といわれる山桃の木や、曲水・落水・名石を配した庭園は見応えがある。残念ながら屋敷は取り壊されて、北前船の商人の豪邸の一部を移築したもの。2009年ミシュランの二つ星に指定された。







■写真は野村家



■写真は長町休憩館

〇足軽資料館

加賀藩では武士が約11,000人いたうち約5,800人が足軽であったという、他の藩では足軽は長屋住まいであるが、この資料館の通り敷地は足軽で約50坪、足軽小頭で70坪で一戸建てと優遇されていたと言える。清水家は平成2年まで、高西家は平成6年まで実際に住居として使われていた。その後、住人から金沢市に建物が寄贈され平成9年11月に現在の地に移築された。藩政時代の生活が想像できる貴重な建築物である。









■写真は足軽資料館

(つづく)

■撮影日:2018.12.30

金沢の冬-11 長町武家屋敷周辺①

2019-01-07 05:08:57 | 日記


金沢の観光スポットレポート その1024(No.1462)

◇金沢の冬-11 長町武家屋敷跡周辺①

〇片町きららのクリスマスツリーは12月27日に1万個の白色LEDと120本の縄と竹細工で雪吊りに代わり3月末まで設置される。





■写真は片町きらら





■写真は鞍月用水せせらぎ通り



○長町の由来

長町は前田八家の一つ長氏の屋敷があったこと、鞍月用水と大野庄用水に囲まれた長い町ことなどから名付けられたといわれている。
現在の長町武家屋敷一体は長氏、村井氏をはじめ上級武士から中級、下級武士などが住んでいました。現在では、当時の武家屋敷は殆ど残っていませんが、その中で中級武士だった野村家邸は当時の武士の邸宅の様子を伺うことができます。



■写真は長町武家屋敷跡



■写真は金沢職人大学校「長町研修塾」









〇今季から薦掛けの高さが路面から30センチの高さに統一され、強風対策として石垣に固定された。また、数か所に花が生けられている。







■写真は長町武家屋敷跡

(つづく)

■撮影日:2018.12.30

金沢の冬-10 ひがし茶屋街②

2019-01-05 04:35:37 | 日記


金沢の観光スポットレポート その1023(No.1461)

◇金沢の冬-10 ひがし茶屋街②

■写真は久連波



■写真は茶屋美人







■写真は不室屋



■写真は二番町



■写真はあさの



■写真は東料亭組合







■写真は二番町広見の民家(千両黄玉?と万両)





■写真は浅野川大橋より上流方面

(つづく)

■撮影日:2018.12.30

金沢の冬-9 ひがし茶屋街①

2019-01-04 04:30:20 | 日記


金沢の観光スポットレポート その1022(No.1460)

◇金沢の冬-9 ひがし茶屋街①

○ひがし茶屋街の概要

ひがし茶屋街は文政三年(1820)に加賀藩がこの近辺に点在していたお茶屋をここに集めて町割りしたもので、今でもキムスコ(木虫籠)と呼ばれる美しい出格子がある古い街並みが残り、昔の面影をとどめています。灯ともし頃にもなれば、今でも軒灯がともる茶屋から三味線や太鼓の音がこぼれてきます。現在6軒の茶屋が営業しており、16名の芸妓さんが所属しています。
2018年私の調査ではひがし茶屋街付近(国道沿いも含む)には、新幹線金沢開業後ショップ(茶屋、旅館、理美容など含む)は増え続け128店があり、まさしくエンターテイメント歴史エリアである。



■写真はしら井



■写真はいつも並ぶ店クロケットVILEDR



■写真はさくだ





■写真は開店前から並ぶ自由軒





■写真は志摩



■写真は山屋



〇縁起のいい万両



■写真は味の十字屋



■写真は懐華楼



■写真は藤とし

(つづく)

■撮影日:2018.12.30

金沢の冬-8 主計町周辺ほか

2019-01-03 04:20:56 | 日記


金沢の観光スポットレポート その1021(No.1459)

◇金沢の冬-8 主計町周辺ほか

○主計町(かずえまち)概要

1869年(明治2)に開かれた茶屋街。ひがし・にしともに、大店の旦那衆の社交の場として栄えた。国の重要伝統的建造物群保存地区に指定。
浅野川大橋から中の橋までの浅野川南岸に、美しい格子戸の料亭が立ち並んでいる。五木寛之の小説にも出てくるなべ・割烹太郎がある。現在4軒の茶屋が営業しており、12名の芸妓さんが所属している。





■写真は主計町(中の橋方面より)





■写真は暗がり坂



■写真は主計町事務所



■写真はあさの川







■写真は主計町(浅野川大橋方面より)





■写真は金沢蓄音機館



■写真は久保市乙剣宮





■写真は佃の佃煮



■写真は金沢文芸館





■写真はにぎわう近江町市場

(つづく)

■撮影日:2018.12.30

金沢の冬-7 兼六園 ②

2019-01-02 04:13:21 | 日記


金沢の観光スポットレポート その1020(No.1458)

◇金沢の冬-7 兼六園 ②

兼六園には現在、特別名木18本、名木60本があり、国所有、県所有、その他の県所有がある。兼六園の管理・運営は石川県が行っている。(金沢城・兼六園事務所)





■写真は霞が池と唐崎の松(特別名木、国所有)

屋根修繕の終わった内橋亭







■写真は内橋亭



よく蓬莱島の亀の尻尾がこの石塔と言っているが、間違いでその池沿いにある石がそうである。(佐野烈さんの講座より)

■写真は蓬莱島の石塔

翠滝は布滝といわれているが、滝上面の形や三段になっているのも工夫の一つ。(佐野烈さんの講座より)





■写真は翠滝

(つづく)

■撮影日:2018.12.15

明けましておめでとうございます。

2019-01-01 05:11:41 | 日記


明けましておめでとうございます。
おかげさまで開設8年で、累計アクセス1,396,917ページ、年間アクセス595,014ぺージを達成しました。
本年も金沢の魅力を取材し発信しますので、アクセスよろしくお願いいたします。

平成31年元旦

■写真上は大雪の兼六園(2018.1.12)中は猛暑の金沢城公園(2018.8.5)、下は白山日帰り登山(2018.10.8)



■写真は年間アクセス推移

金沢の冬-6 兼六園 ①

2018-12-31 04:54:20 | 日記


金沢の観光スポットレポート その1019(No.1457)

◇金沢の冬-6 兼六園 ①

兼六園にはないが、万両のほかに千両、百両、十両、一両がある。縁起がいいといわれている。時雨亭近くにもある。



■写真は随身坂口の万両









■写真は修繕の完了した舟の御亭





■写真は梅林の南天





■写真は栄螺山の満天星





■写真は蝋月つばき



■写真は時雨亭の白ワビスケ椿







■写真は夕顔亭

このモミジは春に濃い赤、夏は緑、冬には鮮やかな赤になり落葉する。兼六園の銘木で国所有。



■写真はノムラモミジ二世(イロハモミジ)

(つづく)

■撮影日:2018.12.3