三枝君の声に、その隣でうつ伏せになっていた女の子が、身体を反転させる。
「大変やったんから、本当に~~。柿本君」
京子だった。酒のせいか、声がしわがれている。口の端を気にしながら起き上がる。
「自分が何を言い、何をしでかしたか。柿本君、覚えてないでしょう?」
思い出そうとした瞬間、頭頂部に痛みがあることに、僕は気付いた。高校生の時、教師に拳骨でグリグリされた後に似ていた。何をしたというのだろう、と不安がこみ上げてきたが、それよりも、タオルケットの下が自分だけ裸なのが気になった。ボクサーパンツにしていてよかった、と思った。
「な、何?……覚えてへんなあ…」
そう言いながら、三枝君に指先でタバコをねだる。彼の笑顔に少しほっとしながら、自分が起き出した布団の上に座っている和恵を見る。彼女もまた微笑んでいる。京子の言葉ほど大変なことをしでかしたわけではなさそうだ。彼らは酔っ払いの面倒を見た、僕の頭は転んでどこかにぶつけた、という程度のことだろう……。
「小杉さんの理論に抵抗してみせたまではよかったんやけどなあ~~」
小杉さんに食いかかった記憶と、息苦しいほどのもどかしさが蘇ってくる。それからどうしたというのだろう……。
「小杉さんがいつも言うてはる“組織は必ず陳腐化する。どんな奴も役人化していく。だから、時々掻き混ぜんとあかん。組織を壊さないようにしながら”という話、覚えてる?」
皺くちゃのハイライトを一本手渡し、火を点けてくれながら三枝君が語ってくれた内容には、微かにだが記憶がある。が、記憶よりも鮮明なのは、その時感じた怒りだった。
「なんとなく、覚えてるけど……。聞いててむしゃくしゃしてきて……」
何に対してどうむしゃくしゃしたのか、三枝君に問われたら、きっと又もどかしさを覚えることになるのだろう。そう思うと、一度吸ったタバコを立て続けに吸わざるを得なかった。
「いやいや、その時は君、小杉さんを睨んでたけど、まだ怒るところまではいってへんかったんや。何か言いたそうやったけどな」
「あ、そう。……何が引き金になったんやろう?」
瞬く間に吸いきったタバコをもみ消し、タオルケットを足に巻き込んで、僕は三枝君の方に身を乗り出した。
「“組織を時々掻き混ぜながら正しい方向へ導くためには、指導陣は組織の外にいないとあかん。少なくとも意識の上では。”…これも小杉さんがよく言うてはることなんやけど、そう言わはった時かなあ、目の色が変わったんは。なあ、京子」
「そやったかなあ。私も酔っ払ってたから、よう覚えてへんけど。……でも、小杉さんに“なんですか?!それ?!”言うて立ち上がろうとしたんは、その後違う?」
二人を交互に見つめていた京子は、三枝君の言葉に真顔で答え、そのまま僕の方を見た。その目には、ほんのわずかの喜びの色があるように、僕は感じた。
「そうか!そやった!“熱情で先頭を走る奴に指導者は務まらへん。直情は、人に使われるエネルギーなんや”言うた時やったなあ。立ち上がる勢いが半端やなかったから、“そういうのを直情言うんや!”言いながら、小杉さん、君の頭を上からゴツンてやったんやったわ」
言われて僕は頭を撫でてみた。てっぺんの辺り一ヶ所が、触れるだけでピクンと痛んだ。
「でも私、ありがとうって言わなあかんのよ、柿本君に」
京子が手をひらひらさせて、僕の注意を喚起する。悔しい想いに捕われそうになっていた僕の心が緩む。
「え?!なんで、なんで?」
「桑原君のことや私のことを、いっぱい応援してくれたんやもん。……それも覚えてへんの?」
「……全く!」
「でも、変なこともちらっと言ってたわよ。女の子を利用するなんて、とか、人の気持を利用する人は信用できん、とか……」
桑原君のことを話さなくては、という意識と京子のリクルーター疑惑への疑問が錯綜していたようだ。しかし、記憶のないことにコメントするのは危険だ。
「でも、小杉さんは君のこと評価したみたいやなあ。根っこに熱情があって、それを冷静さでくるんでいられるのがいい、とか、庶民の生活に興味があって、それが実践できるのもいい、とか言うてはったで」
その言葉に、しばらく黙っていることを選んだ僕の怒りにまた火が点いた。
* 月曜日と金曜日に更新する予定です。つづきをお楽しみに~~。
第一章“親父への旅”を最初から読んでみたい方は、コチラへ。
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もう2つ、ブログ書いています。
1.60sFACTORYプロデューサー日記(脳出血のこと、リハビリのこと、マーケティングのこと、ペットのこと等あれこれ日記)
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