昭和少年漂流記

破壊、建設、発展と、大きく揺れ動いた昭和という時代。大きな波の中を漂流した少年たちの、いくつかの物語。

第三章:1970~73年 石ころと流れ星   18

2011年05月20日 | 日記

三枝君の声に、その隣でうつ伏せになっていた女の子が、身体を反転させる。

「大変やったんから、本当に~~。柿本君」

京子だった。酒のせいか、声がしわがれている。口の端を気にしながら起き上がる。

「自分が何を言い、何をしでかしたか。柿本君、覚えてないでしょう?」

思い出そうとした瞬間、頭頂部に痛みがあることに、僕は気付いた。高校生の時、教師に拳骨でグリグリされた後に似ていた。何をしたというのだろう、と不安がこみ上げてきたが、それよりも、タオルケットの下が自分だけ裸なのが気になった。ボクサーパンツにしていてよかった、と思った。

「な、何?……覚えてへんなあ…」

そう言いながら、三枝君に指先でタバコをねだる。彼の笑顔に少しほっとしながら、自分が起き出した布団の上に座っている和恵を見る。彼女もまた微笑んでいる。京子の言葉ほど大変なことをしでかしたわけではなさそうだ。彼らは酔っ払いの面倒を見た、僕の頭は転んでどこかにぶつけた、という程度のことだろう……。

「小杉さんの理論に抵抗してみせたまではよかったんやけどなあ~~」

小杉さんに食いかかった記憶と、息苦しいほどのもどかしさが蘇ってくる。それからどうしたというのだろう……。

「小杉さんがいつも言うてはる“組織は必ず陳腐化する。どんな奴も役人化していく。だから、時々掻き混ぜんとあかん。組織を壊さないようにしながら”という話、覚えてる?」

皺くちゃのハイライトを一本手渡し、火を点けてくれながら三枝君が語ってくれた内容には、微かにだが記憶がある。が、記憶よりも鮮明なのは、その時感じた怒りだった。

「なんとなく、覚えてるけど……。聞いててむしゃくしゃしてきて……」

何に対してどうむしゃくしゃしたのか、三枝君に問われたら、きっと又もどかしさを覚えることになるのだろう。そう思うと、一度吸ったタバコを立て続けに吸わざるを得なかった。

「いやいや、その時は君、小杉さんを睨んでたけど、まだ怒るところまではいってへんかったんや。何か言いたそうやったけどな」

「あ、そう。……何が引き金になったんやろう?」

瞬く間に吸いきったタバコをもみ消し、タオルケットを足に巻き込んで、僕は三枝君の方に身を乗り出した。

「“組織を時々掻き混ぜながら正しい方向へ導くためには、指導陣は組織の外にいないとあかん。少なくとも意識の上では。”…これも小杉さんがよく言うてはることなんやけど、そう言わはった時かなあ、目の色が変わったんは。なあ、京子」

「そやったかなあ。私も酔っ払ってたから、よう覚えてへんけど。……でも、小杉さんに“なんですか?!それ?!”言うて立ち上がろうとしたんは、その後違う?」

二人を交互に見つめていた京子は、三枝君の言葉に真顔で答え、そのまま僕の方を見た。その目には、ほんのわずかの喜びの色があるように、僕は感じた。

「そうか!そやった!“熱情で先頭を走る奴に指導者は務まらへん。直情は、人に使われるエネルギーなんや”言うた時やったなあ。立ち上がる勢いが半端やなかったから、“そういうのを直情言うんや!”言いながら、小杉さん、君の頭を上からゴツンてやったんやったわ」

言われて僕は頭を撫でてみた。てっぺんの辺り一ヶ所が、触れるだけでピクンと痛んだ。

「でも私、ありがとうって言わなあかんのよ、柿本君に」

京子が手をひらひらさせて、僕の注意を喚起する。悔しい想いに捕われそうになっていた僕の心が緩む。

「え?!なんで、なんで?」

「桑原君のことや私のことを、いっぱい応援してくれたんやもん。……それも覚えてへんの?」

「……全く!」

「でも、変なこともちらっと言ってたわよ。女の子を利用するなんて、とか、人の気持を利用する人は信用できん、とか……」

桑原君のことを話さなくては、という意識と京子のリクルーター疑惑への疑問が錯綜していたようだ。しかし、記憶のないことにコメントするのは危険だ。

「でも、小杉さんは君のこと評価したみたいやなあ。根っこに熱情があって、それを冷静さでくるんでいられるのがいい、とか、庶民の生活に興味があって、それが実践できるのもいい、とか言うてはったで」

その言葉に、しばらく黙っていることを選んだ僕の怒りにまた火が点いた。

 

     月曜日と金曜日に更新する予定です。つづきをお楽しみに~~。

第一章“親父への旅”を最初から読んでみたい方は、コチラへ。

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第二章“とっちゃんの宵山” を最初から読んでみたい方は、コチラへ

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第三章“石ころと流れ星”を最初から読んでみたい方は、コチラへ。

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もう2つ、ブログ書いています。

1.60sFACTORYプロデューサー日記(脳出血のこと、リハビリのこと、マーケティングのこと、ペットのこと等あれこれ日記)

 2.60sFACTORY活動日記(オーセンティックなアメリカントラッドのモノ作りや着こなし等々のお話)


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