街路灯の下を避け、コカ・コーラの自動販売機の横に、夏美さんは立っていた。ガクさんの横顔をほんのりと自動販売機の明かりが照らし出していた。
「なに?……なんやの?夏美ちゃん」
わずかの間の沈黙にじれたように、ガクさんは俯く夏美さんに問い掛けた。夏美さんの頭から用意していた言葉が消える。エプロンを外してくるのを忘れたことに気付き、端を握ると力が籠った。
ちらりと見上げると、ガクさんの微笑みが思った以上に近くにあった。胸が高鳴った。
「ガクさん、私のこと、どう思ってはります?」
宣言するつもりだったのに、質問していた。
「どうって……可愛い思うてるよ。妹みたいやなあって」
「妹さん、いてはりますの?」
「一人ね」
「その妹さんと私、同じように思うてはるんですか?」
一度言葉にしてみると、後に言葉が続いてくる。しかし、出てくる言葉はすべて質問だ。
「まったく一緒違うけど、おんなじような感じかなあ」
「……ガクさん……私がほんまに言いたいこと、わかってはるんでしょ?」
夏美さんは、思い切ってガクさんを正面から見つめた。次第に追い詰められていく気分から抜け出るためだった。ガクさんを問い詰める権利もなく、なじれる立場でもないことはよくわかっていた。
「うん。ようわかってるよ。……別に言わんかてよかったんやない?」
「ほんまにわかってはるんですか?」
「わかってる、て。僕のこと、好きなんやろ?それ言いたかったんやろ、ほんまは。せやから、僕の答え、言うたやないの。なあ、わかるやろ」
「はい。わかります。でも……」
「説明して欲しいんや、な!」
夏美さんは二度大きく頷いた。
「それはあかんよ、夏美ちゃん。人の気持の説明を求めたらあかんよ。それより、自分の気持の説明をせんと……。人がどう思うてくれてはるかより、自分がどう思うてるかの方が大切なん違う?自分の気持、きちんとわかってる?」
「わかってる、思いますけど…」
夏美さんの右手がやっとエプロンの端を開放する。しかし、やり場に困る。
「ほんまに、わかってるんやろか?人間は錯覚の動物やからなあ。錯覚したまんまでええやないか、言う人もいてはるけど、それにしても、説明くらいはできんとあかん、思うんや、僕は」
夏美さんは、いつの間にかガクさんの話にぼんやりと聞き入っていた。そして思った。“この人、私を一人前の女と思うてはらへんのやろか?”それとも、“興味ないんやろか?”。ふと、肩から力が抜け落ちてゆく。
「わかりました。そうですね。説明できるように、もう一度考えます」
そう言うと、空いた右手を伸ばしてガクさんの腰に手を回した。左手が追いかけるように伸びる。両手で捕まえたガクさんを引き寄せるようにして、抱きついた。きっと、最初で最後だろう、と思った。
「それだけですか?それで終わったんですか?夏美さんの恋」
燃えるような濃密な恋愛を想像していた僕は、肩透かしを食った気分だった。
「十分違う?柿本君、何を期待してたん?……片思いだって恋愛違う?愛し合ってるって言っても、実はどっちかの片思いのこと、多い思わへん?……受け止めるんやけど、受け入れてはせえへん…。ガクさんはそうなんや、思いながら、自分の気持を説明する訓練をしてたら、実は私が別れた宿六にしていたことも、同じやったんや!いうことに気いついたんよ。……ガクさん、ひょっとしたら、それが言いたかったん違うかなあ、思うて……そう思うと、やっぱり子供やんか、私。“妹”言われたら有り難い思わんとあかんくらい……」
夏美さんの失恋は、自己発見を伴うものだった。
「きつかったわあ、だから。突っぱねられたり、殴られたりする方がまだまし、て思うたもん。それやったら、対等やからなあ」
夏美さんの学生たちの会話を聞く態度が変わった。理解しようとするのではなく、自分の問題や課題として聞くようになった。
「この人たちと私は違うんや、思うたら、いつまでもそのまんまやろう?私かてきっと、人にそういう風に思われるようになってしまうやろう?人の気持を探ってそれに合わせるより、まず自分や。自分のこととして、色んなこと考えんとあかん。そう思うたんよ」
僕は正直、心の中で唸った。感嘆した。凄い人だと思った。そして、“きっと、小杉さんは巧みに支配されているんだ”と思った。それくらいのことはできる人だと思った。
* 月曜日と金曜日に更新する予定です。つづきをお楽しみに~~。
第一章“親父への旅”を最初から読んでみたい方は、コチラへ。
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第三章“石ころと流れ星” を最初から読んでみたい方は、コチラへ。
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