ゆっくりかえろう

散歩と料理

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最後の晩餐

2011-10-18 | フィクション

 米を炊くときの水加減は 昔から言われていることがある
 鍋に水を入れ水面から米までは指の第一関節までの深さだという
 米の1.2倍が水の量だと書いてある本を見かけるが
 新米と古米は水加減が違うから これは当てにならない

 本来は洗ってしばらく置いておいた米(洗い米)と同量が判りやすい
 洗った米は水で膨れて体積が増えるので 古米も新米も同じように扱える

 これだと米の量が1.2合だとか 2.4合でも水加減は難しくないと
 先輩に教えてもらった
 米は洗ってすぐは炊いてはいけない
 最低30分は置いて ふやかさないとうまく炊くことが出来ない

 水は豪華にミネラルウォーターを使う
 燃料はカセットコンロ 鍋は普段つかいのゆきひら鍋
 きっちり閉まるふたがないと ご飯は炊けない

 火加減は昔から言われるのは
 「はじめちょろちょろ なかぱっぱ 赤子泣いても蓋取るな」
 のとおり 始めは強火で 沸騰して吹きこぼれたら中火におとし
 やがてかすかに焦げた匂いがしてきたら 火を止めてしばらく蒸らす

 蓋は取ってはいけないというが 一回くらいなら中を見るのに
 とっても大丈夫

 人によっては最初から最後までとろ火で炊いたり 中火で通したりする
 やり方もある

 火を切るタイミングは 蓋を押さえていて ぴちぴちと振動が伝わってきて
 かすかに米がはじけているような振動が伝わってきたらそろそろ
 火を止めるすこし前で やがて香ばしい焦げた匂いがしたら火をとめる 

 鍋でご飯を炊くなんて何年ぶりだろう
 学生時代 コッフェルで炊飯して以来か

 昔に比べて米を食べなくなった今は そのありがたみや
 美味しさは忘れがちだ

 だからもう一度火で炊いてみたかった

 昼からライフラインは切れたままだ
 停電が続き ガスも不通 水道さえ止まったまま水も出ない

 
 夕べのこと

 「なあおい もしも明日 死ぬ運命だってわかったら 何が食べたい」
 夕べは同僚二人との飲み会で 何気なく訊いてみた

 会社の同期の三人は 仲が良くてよく食事を共にする

 「俺はねえ 横浜中華街の○○飯店の満漢全席を腹いっぱい食いたいなぁ」
 安田は得意そうに言った

 「おまえ満漢全席って 意味を知っているのか」
 安田はどちらかといえば 安うまグルメ派で とにかく腹いっぱい食べれば
 幸せという 食べ放題マニアだ

 「こないだテレビでやってたぞ 食べ放題のバージョンアップだろ?」
 やっぱりそうだ テレビの情報なんかななめで聞いていて 食べる場面だけ
 しっかり憶えてやがる
 でもこいつ流に約せばそういうものかもしれない と僕は苦笑した

 「あのなあ 満漢全席というのはだな・・・」

 安田は僕の前で手を振って
 「もういいお前の話は長い 食べ放題なら何でもいいの 俺は」

 「だってあれは 準備するのに何日も いやもっとかかるもんだぜ」
 少し僕も嫌味だったかもしれないけど あしたすぐに食べられないって
 言いたかっただけなんだけど

 「じゃああきらめる 駅前のホテルのバイキングでいい とにかく腹いっぱい!」
 駅前の 昔で言うなら地方の旅籠みたいな存在の ホテルチェーンのひとつだ
 会社の忘年会や新年会はいつもここを使う

 お互い安月給だから僕もそうだが 中華→食べ放題といえばここしか浮かばないのが
 悲しい

 「じゃあおまえは?」
 もう一人のメンバー高山に聞いてみる
 彼は同期のなかでは出世頭で 僕達より少し偉くて 部下も一人いる
 でも同期は同期 三人でいるときは 上も下もない

 「ああ 俺か 俺はトゥールダルジャンがいい」
 「お前も現実的じゃないねー 判っていってるのかよ」
 

 「あー うるさい 嫌味なやつだなー お前」
  高山は高級レストランに憧れている
 といっても食べ物のことはほとんどわかっていない
 たぶんテレビで見た情報なんだろう

 「俺も 駅前のレストランのフレンチフルコースでいい!」
 怒らせてしまった

 「じゃあおまえはどうなんだ?」
 「そうだそうだ!」

 二人は興奮して訊いて来る
 「僕はだな 白いご飯!」
 僕は即答する

 「ああん?」
 二人とも怪訝な顔をする
 「白いご飯だぁ?」 「お前はおかしいんじゃないのか?」
 「さんざんおれたちの事をバカにしやがったくせに」
 「最後の晩餐にたべたいものが 白いご飯だとぅ?」

 「なぞなぞやってんじゃないぞ ぼけたこといってんじゃないぜ」
 「しっかりしろよな ボケるにははやいぜ おい」

 「ははははは そうだそうだ」
 「だいいちこの平和な世の中で 何があるというんだよ」
 「戦争か 隕石襲来か それとも宇宙人が攻めてくるのか?」

 「わが国は強いんだぜ 負けやしないさ」
 「地球防衛軍もいるぞ ははははは」
 
 飲み会は僕のせいで なんだかへんな終わり方をして
 おひらきになった

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 その翌日 起きてテレビをつけてみると 世間はちょっとエライことになっていた
 かねてより仲の悪かったN国とS国が戦争状態にはいった

 わが国はS国と同盟を組んでいたので N国との戦争に巻き込まれた
 N国がわが国に宣戦布告をした

 昼ごろN国は わが国に向かって ミサイル攻撃をしてきた
 核兵器はもっておらず 最悪の事態にはならないとみんなが思ったが
 現実はそんなに甘いものではなかった

 ミサイルは弾頭に普通の火薬が入った爆弾を積んでいて 威力の弱いものだと思われたが
 狙いは原子力発電所をピンポイントで狙ってきた

 狙われた原子力発電所は どれも火を噴き 真っ先に給水施設がやられた
 施設はゆっくりと熱を帯び 核融合に向かってまっしぐらに進んでいった

 わが国はパニックになった 国民も政治家も軍隊さえ浮き足立ってしまった
 あちこちの原発が火を噴いた もう手のつけようがない
 逃げようにも逃げられない 沢山の人が飛行機に 船に鉄道に殺到したが
 パニックになった人々の操る交通施設はまともに機能しなかった

 この国には 逃げるところがなかった
 全国くまなく原発があって 今からでは避難しても助かると思えなかった

 

 そろそろご飯が炊ける頃だ
 充分蒸らしてから 蓋を開けてみた
 いいにおいがあたりにたちこめ
 白い湯気が熱とともに視界を真っ白に染めた

 僕は茶碗の用意をして ご飯を高く盛り 玉子を溶いて醤油を入れて
 ご飯にかけた

 両手をあわせ合掌

 「いただきます!」

 顔が熱を帯び頬がひりひりしてきた そろそろ熱風が届く頃か
 北の空が真っ赤に染まってきれいだけど 夕陽だと思ったそれは
 おおきなきのこの形をした雲だった

 生きてるあいだに せっかく炊いたご飯をたべきりたいな 

 



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