ゆっくりかえろう

散歩と料理

ブログ中の画像・文章の無断使用を禁じます。

音 3/4      

2011-09-08 | フィクション

  「昨日はどうだった?」
 「しっかり見てくれた?」
 僕は返答に困りました
 簡単に済むと思っていた返事が すごく難しい事になっています

 昨夜見た光景をそのまま話すのは難しい
 夢を見ているように話が噛みあいません

 「大変失礼なことを言って申し訳ないんだけど」
  僕はよほど慎重に切り出しました

 「彼の食事の様子のことが 問題なんだろう」
 「なんで?」
 彼女は不思議がります
 
 「彼の食事の様子や 獣のような食べっぷりのことだろ?」
  言いにくいことでしたが 覚悟を決めていました

  すると・・・・「人の行儀や作法をとやかく言うのはよくないわ」
 「それに彼に何の問題もないと思うけど」

  あれが気にならないというのだろうか?
  だとしたらよほど寛容なのか 或いは庇っているのか

  しかしどう考えてもおかしい
  彼女は”気にしてない”のでも”気にならない”のでもなく
  ”気がついていない”ようなのです
 
 「あのローストビーフを食べるときの様子が・・・」というと

 「えっ?私 ローストビーフなんか食べたかしら?」
  彼女は首を傾げます

  不審に思って続けて聞いてみます
 「昨日の前菜はなんだった?」

 「さあ何だったっけ?」
 「よく覚えてないわ」

 「そんなはずはないだろう 昨日食べたもののことじゃないか」

 「彼と食事するときは なぜか頭がぼうっとして 食事中の出来事はほとんど思い出せないの」
 「まるで夢の中みたいに」
  
 キツネにつままれたような話 それにしてももっと不思議なのは 彼女がそのことに
 無頓着だということ まるでぽっかり記憶が抜け落ちている そしてそのことに
 考えが行かないように 何かがコントロールしているような感じ

 「そんなことより 聞いて欲しい事があるの」

 (そんなことってこれより大事な話があるのか?)僕は心配でたまりません

  「彼が食事中に 私のことをジロジロ見るのよ」
  彼女は話し出した

  「あんまりしつこいんで 何故そんなに私のことを見るの?って聞いてみたの」
  「そしたら彼が言うのよ 好きな人が食べているところを見るのが大好きなんだ」
  「超 美味しそう なんて思うんだよ」

  「ねえ 男ってそういうもんなの」「亮二にいちゃんもそうなの?」
  
  僕は返答に困りました。あの野獣と同じようにされちゃ堪らない 
  でもそれをいうと彼女が傷つくかもしれない。
  それはできませんでした

  そこで「一般論だよ」と前置きしてから
  「好きな人とは何かも共有したい 食べ物も持ち物も全てにおいて全部という人と」
  「そこまでは嫌 最低限個人の領域を持っていて たとえ愛する夫であっても 絶対領域には入らせない」

  「なるほど それで亮二にいちゃんはどっちなの?」
  (僕のことなんていいじゃないか 一般論だっていってるのに)と思いながら

  「僕は人が食べてるところを見る趣味はない 食べ物に興味はあっても食べてる人に興味はない
  だいいち食べてる人に失礼だし 人が口をつけたものなんて 美味しそうとは思わない」

  「そう」
  「よかった」
  彼女は安心したようにつぶやきました。

  「私もおんなじよ」
  また彼女は前髪をかき上げて その手でそのままうしろ髪を撫で付けるのでした

  
  



最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。