(画像はイメージ 無関係)
【人の心読み】
「此れ、チョット 」
背中でママぁの呼ぶ声がした。自分、首だけで肩越しにふりかえった。
開け放たれた扉のロッカー室から光を背にママァ、躯を斜めにし、一歩踏み出すような感じやった。
背後の明かりが暗い店内フロァーに漏れ射していた。
手招きする指に挟んだ煙草の火、黒い空間に円を描くようだった。
「ぁんた、チョット 」
自分、スツールから降りるとき、チョット足元が覚束なくなってヨロメキそうになった。
営業用玄人風着付けの和服姿から、普段着の帰り支度(それでもバチバチの玄人姿)やった。
「ナンやあんた、酔ぉてますんか?」
「いぃやぁ、ベッチョない(大丈夫)ですわ 」
ワイの顔目がけてママァが紫煙、吐きつけてきた。
ゲルベゾルテ(独逸煙草)独特の、キッツイ匂いのする紫煙がワイの顔を覆った。
「ホンマか?」
「ぅん、ドナイもないですわ、棲み処(カ)にはキッチリ帰れますよって 」
「・・・・アンタぁが酔うてるん、珍しいぃな 」
影な輪郭の中で、二つの眼ん球にダウンライトの灯りが映っていました。
ママァが瞼を瞬くと、映った光が小さく閃いた。
下から掬いあげるような、ナニもかも御見通しなんやで。
ットな、上目使いの鋭い眼差しヤッタ。
自分、あの頃、此の人には随分と苛められていました。
色々と為になる、世間の物事の決まりを教え込まれていました。
コンナ夜更けた時間。マシテ仕事の疲れなど微塵も感じさせない小柄なママァの躯。
そんなチッコイ躯の何処から、人を威圧させる迫力が湧いてくるんだろうと。
今でもママァを想いだせば、懐かしいような不思議な感覚になります。
「アイツ(ツネ)のマブ(色、ヒモ、アクタレ)。エエ加減な奴なんやで、判ってるんか?」
ワイの胸を押し退け、細い顎振ってカウンター示し、囁き言葉で言いよりました。
「ぅん。判ってますわ 」
「アンタもタイガイにせなアカンで、あのァホっ!嘘ばっかしなんやから 」
「ママ、昔から知ってるさかい、ベッチョないですわ 」
「ァンタ・・・・・・・・ホンマニ判ってるんか?」
「タブン 」
自分。タブンんで目線が虚って泳ぎ、厨房奥の壁際まで飛んでしまった。
狭い厨房内で、古参の牢名主みたいに鎮座していた。
ママァと買い換えようかと相談していた、旧式の壊れかけていたデッカイ業務用冷蔵庫。
何回となく塗り直した黒ペンキ塗装、所々剥げ落ち錆が浮いてた。
逝かれ寸前のコンプレッサー作動音、地面這う唸り音、発ててた。
ママァ、コッチ見る視線揺るがせもせず、鰐革ハンドバック弄りました。
和風の小さな手元バックみたいな西陣織の財布、取り出した。
「此れ、持っとき 」
「要らんわっ! 」
「トットキっ!」
ワイの胸板突き刺すようにしながらやった。
「ママ、コンナンしてもろた時に限ってワイ、タイガイろくでもないことに為ってますわ 」
「ナニがや?」
「・・・・・・・判ってますやろぉ? 今までに散々ぅ 」
「ァホっ!要らんこと言わんときアンタ、保険や想ぉてたらえぇねん 」
「ホケンってママァ、ナニ考えてるんでっか 」
「ゴチャゴチャ言いさらさんかてえぇねん、ドウせあんたかて極めなアカン想ぅてるんやろ、違うんか?」
「ッチ!・・・・判ったわもぉぅ 」
自分でも想わずに、舌ぁ鳴ってました。
「ホレ、素直になりなさい 」
「預かっとくだけやで、ママ 」
「道具ぅ、用いたら承知せぇへんさかいにな、絶対アキマヘンで!」
「・・・・・・・(ッチ!)」
「返事はッ!」
「ハイ (クソババァ!) 」
強い女は、ワイなんかが如何仕様もなく、世間の物事読むんが巧いもんですわ。
自分もぉぅ、ツクヅクやった。
【店の妓ツネ嬢】(6)