寝不足な、疲れ身体に寒さが深く凍みこむような、
忘れ雪が今にも降りだしそうな、晩やった。
南北に長いアーチ状屋根の、駅前商店街の西裏通りに、
知りあいの街医者がやってる病院が在りました。
自分ら、歩いてその病院の前に往きました。
錬鉄製内側両開き門扉、堅く閉じられ、
元々瓦斯燈だった両側の門柱灯、明かりが消えていた。
其れ、無理やりに電球を燈せるように改造し、時代遅れな感じがしていた。
門扉格子の隙間から覗くと病院、明かりが全て消えていました。
門扉の内側には時代劇映画の、江戸時代の牢屋の場面に観るような大時代がかった、
大きく重たそうな、見た目も頑丈な赤錆が浮いた錠前、掛かっている。
冷たい鉄格子を素手で握り、押したりしながら揺すると、
錠前と繋がれた鎖、鉄格子に当たり金属音。
仕方がないので裏の緊急通用門へと、暗い路地に入り、足元に用心しながら進む。
足音を忍ばせながら歩いてると、フトッ想います。
いッつも此処を訪れると、病院の医師にぃ迷惑をかけるときしかぁ・・・・・ット。
珍しく自分の心、忸怩たる想いに刈られます。
小さく ッチ! っとした心算の舌打ちッ。
暗さな細い路地に、思わずな響きかたいたしました。
此の日の昼間、ママぁと示し合わせ、午前中に眠気を堪えてバァさんの家に行きました。
初めて訪れたバァさんの家、ケッコウなおウチでした。
家の場所は何処とは言えませんケド、真夜中に、時化たオデン屋を独りでやってるとは誰も想わん、
ババァの独り住まいとは、マッタク考えられないような、ケッコウナお住居ヤッタ。
「ぁんたらチョウドよかったわぁ、ウチな急用で今タクシー呼んだトコやねん 」
「ぇッ、姐さんほんならドナイしましょぅ?」
「センセェにはサッキ電話したとこや、センセェも夜中の方がえぇゆうてましたさかい、今夜なッ!」
ッデ、自分が与り知らない人に遭う予定は、バァさんの急用で、真夜中に予定変更となった。
ママぁ、ヤッパシ最初から、バァさんがワイぉ誰かと遭わせると、トックニ知ってるみたいでした。
バァさんの家からクルマで帰るとき、運転しながらママぁに訊きました。
「ママぁなぁ、謀ったんかぁ?」
「謀ったッなんてアンタ、人聞きの悪いことゆわんときッ!」
「・・・・ッチ!」
「その癖ッ、直さなァカンでッ!」
「・・・・ッチ!」
「お前なぁ、もぉ勘弁してほしなッ! 」
ット、医者には似合わない、ケッコウナ濁声で。
「センセェ、ウチがわるいんですぅ 」
ット、ママぁ、普段の言動からは想像もできん、精一杯の謝り言葉ぁ。
自分が世話になってる倶楽部のママぁと、番外地のバァさん、そして自分。
三人連れだって深夜に、駅前商店街裏スジ通りに在る、某医院に着てます。
「ママッ アンタには借りがあるけどな、コイツにはないねん 」
っと、何処かの学校の不良教師が、苛立ちも露にしながら生徒をチョークで指差すように、
白いものが混じった無精ヒゲ面の、老いぼれ医者が火も点けていない煙草で、
ワイの胸目がけ、指し示しながら言った。
「此の前、もぅ堪忍してくれ言ったやろ、違うかッ!」
白衣の前のボタンを閉じないで、毛糸のチョッキを見せ椅子に座った先生、
下から見上げるようにしていたので、先生が掛けているロイド眼鏡、
レンズが天井の電燈の明かりを反射し、表情が読みにくかった。
だけど、ケッコウなお怒りなのは益々な濁声でッ!判る。
自分、なんとも応えようがなかった。ただぁ顎を堅くし、奥歯を噛み絞めるだけだった。
クレオソート消毒薬の臭いがする、そぅ広くもない診療室。
机が壁際に在り、その前に椅子がニ脚と血圧を測るときに腕をのせる一本脚の台。
反対側の壁際に、白いシーツを敷いた診察ベッド。
真向かい窓下には三方硝子張りで、中に包帯や注射器、素人が観ても解らない
難しそうな医療器具なんかが並べられている、ガラス扉の背の低い戸棚が座ってます。
人が三人も居れば、息苦しいような部屋の広さ。
「此のコぉ(ワイのことです)巻き込んだんわ、ワテのほうですぅ、せんせぇ 」
「姐さん、ウチの方が悪いんでっせッ! 」
「ナニ言うてるんや、ワテがアンタに頼まなんだら、こないに為ってませんがな 」
「ナンやねんなぁもぉぅ!ッ、ホンナラなにかいコイツはなんやねんなッ?」
医者がワイぉ、火が点いた煙草で指差し言うと、三人の視線が自分に纏まって注がれた。
「ぇッっとぉ・・・・・」
「ソッそぉですなぁ・・・」
ママぁと、バァさん、揃って言いよどんだ。
先生、立ち上がると部屋隅の、白いホーローの洗面器で丁寧に手を洗う。
「まぁえぇ、ッデいつ引き取ってくれるんや?」
「センセェ、もぅ少しぃアキマセンやろかぁ?」
「無理や 儂(ワシ)かてこれ以上は巻き込まれとぉないねんッ! 」
ッデ医者さま、煙を吐きながら、入り口のカーテンを身体で押し開き、出て行った。
「姐さん、これ渡そぉかぁ?」
ママぁ、ハンドバックから分厚い、茶色ッポイ封筒を取り出しながら言います。
「アカンって、今そないなもん出したら、センセェよけい怒りますがな 」
自分、タブン中身は札束やろ、っと想像しました。
封筒の厚みは、自分がこの前ママから預かったときの、札束の厚さぐらいでした。
暫くして、廊下の方から話し声が聞こえ、自分の名前が呼ばれる。
廊下の奥の方の、病室のドアが少しぃ開いていたので、歩いていき問います。
「入ってもよろしいか 」
「なんぉ遠慮しとるんや、入らんかい 」
ドアを開いて、薄暗い部屋の中に入りました。
そして、部屋の暗さに目が慣れると、暗い部屋の天井の、電燈の豆電球の明かりで視えるのは、
観たくもないものでした。だから自分、息を呑んでしまいました。
言葉がでません。なにかを喋ろうにも、マッタク出てきませんでした。
ナンでこんなんが、此処に居るんやッ! 胸の中で叫んで考えました
白ペンキ仕上げの鉄パイプで組まれた患者用のベッドが、小さく見えるような物、横たわっています。
其れはまるで、牛のような四脚の獣が横たわっているようなと、異様な感じがするくらい、大きかった。
ベッドの傍らに佇み、脈を診ている医師が、子供みたいに見える大きさやったッ!
自分、如何してやっ?っと訳が判らなかったし、暫くは既視感に襲われてしまってた。
暫く前にこのくらいの大きさの生き物、観たことがあったから。
再びこんな所で遭うとは、想いもしなかったッ!
「セッ!せんせぇ、ナンですのんこれッ!」 自分、ヤット出てきた言葉でした。
「なんや?珍しいぃんか 」
返事もできんかった。再び息が苦しくなって、言葉に詰まりましたから。
ベッドに近づこうと、脚を踏み出したら暈が襲ってきそうやった。
イッソノコト、その方がえぇかもッ!っとでした。
だけど、化け物ッ!っと自分、再び想います事が、ナンだか懐かしく為っていました。
最後に、化け物ッ!ぉ観たのは、闇夜の線路際で観たのが最後やった。
先の戦争の終わりに、シベリア抑留経験がおありのセンセェ、
化け物の耳元辺りで寒い国の、異国言葉をお喋りします。
暗い空気に染み渡るような、小さな「ダァ・・・・・ダァ・・」
ッと、化けの物が喋るの、自分には確かにそぉぅ聴こえました。
すると大きな影が緩慢に動き、豆電球の明かりで照らされても、コッチを見上げる青い眼ぇ、
背中が冷たくなってくる感じで攻められ、思わずに身震いするほど綺麗な青さッ! ヤッタッ!
自分、奈落の底に堕ちる感覚って、こんなんかぁ?
逃げようとして、やはり逃げ場がないと悟るのは、
それはぁ、如何にもなぁ・・・・・ッとでした。