横浜スローライフ -- My slow life in Yokohama

位置情報、地理情報に関するサービス、その他日常生活から思ったことを気ままに記す不定期のんびり日記

同窓会名簿

2007年11月17日 21時31分22秒 | スローライフ
 今日、大学の同窓会名簿が送られてきた。戦後間もない卒業生から、平成19年3月の卒業生までの名簿であるが、研究室が1学年10名程度なので、あまり分厚くはない。
 昭和60年卒業の私の名前も、もちろん載っている。しかし、連絡先住所は空欄で、電話番号は名古屋に住んでいた当時の古いものであるし、勤務先名が二つ前の会社のままだ。ミステリーは、なぜ私の横浜の住所にこれが無事届けられたか、ということであるが、会員のマスターDBは更新されず、一方郵送用のDBが実務上の必要から更新されているのだろう。

 そんなことを思いながら、パラパラといろいろな世代の住所や就職先を見ているのだが、実に実にバリバリ地元(名古屋)志向なのだ。地元の公務員、教員、マスコミ、そして名古屋本社の企業が大半を占めていて、全国ブランドの企業はあまり見られないし、ましてや外資系の就職先はほとんど見られない。 

 私は大学進学時に東京の学校に行きたいと思っていたが、経済的な事情により地元の学校に進学した(後にも先にも受験した大学はこの一校だけ)。そんなこともあり、あまり地元志向は無かったのだが、こういうのはかなり少数派だ。

 今でこそ名古屋は元気な地域として認知されるようになっているが、それは優秀な人材も含めて地元志向で、独自の経済圏を構築して運営しているからなのかもしれない。ただ、しばらく名古屋で働いていて思っていたのは、わくわくするような刺激も、ヒヤヒヤさせられる焦燥も無い、仕事にとってはかなり退屈なエリアであるのだ。そこそこ働けば、それなりに出世し、安定した暮らしが得られ、浮き沈みもなく、大過なく人生を過ごすことができるのが名古屋である。

 私はやはり”変わり者”なので、そういうのが苦手で、常になにか新しいアイデアで挑戦していくような歩みこそ人生だと思っている。名古屋での仕事では、得られたものも大きいが、どことなく疎外感があり、結局収まりきれなかった。その後働いたアメリカ資本の会社の方が、自分に余程合っていた。そして横浜に定住するようになって、ようやく地域的にも自分にフィットする場を見つけたと思っている。だから、ここ横浜を大切にしている。

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