いまジャーナリストとして

 いま私たちの目の前に、次々と現れるニュースをどうとらえ、どう判断するか・・・ジャーナリストの日誌。

イギリスとポピュリズム・・・国民投票がポピュリズムに陥るという危うさが示されました。

2016年06月30日 16時54分18秒 | 日記

 イギリスのEU離脱は、国民投票が究極のポピュリズム
になる可能性があることを、鮮明に示してくれました。

 「ポピュリズム」とカタカナで書くと、なにか軽い感じが
しますが、日本語に訳すと、「大衆迎合主義」となります。
 大げさな言葉に見えますが、大衆迎合主義としたほうが、
その危険さをよく表現します。
 もっといえば、「衆愚政治」です。
 
 大衆迎合主義というのは、結局のところ、政治家が、自分
の考えを持たず、大衆受けする政策だけを打ち出すことです。

 こういう政策を打ち出せば受けるだろう。
 こういう政策を実施すれば人気が高まるだろう。
 ーーそういう考えで政策を立て、実行する。
 それをポピュリズム、大衆迎合主義というわけです。

 もちろん、今回のイギリスの国民投票で、キャメロン首相は、
ポピュリズム、大衆迎合の手法を取ったわけではありません。
 キャメロン首相は、EU残留というより、EUの一員として
やっていこうと考えていた政治家です。
 しかし、イギリス国内に、EUは嫌いだ、イギリスは独自にやっ
ていくべきだという声が強くなり、キャメロン首相も対応を迫られ
ました。
 そこで、キャメロン首相は、国民投票をして、EU残留が
多数を占めれば、EU離脱の声も鎮まるだろうと考え、国民投票
を実施したわけです。
 その際、国民投票でEU残留派が勝つのが当然という前提
がありました。
 
 ところが、いざ、国民投票をしてみると、離脱派が多数を
占めてしまったのです。
 
 これは、キャメロン首相は、大誤算だったでしょう。
 国民投票でEU残留を決め、EU離脱の動きを封じ込める
というのが、首相の狙いだったのですから。
 自ら国民投票を実施したキャメロン首相にとっては、まった
く予想外の結果になってしまいました。

 キャメロン首相は、決してポピュリズム、大衆迎合の手法を
取ったわけではないのですが、結果的には、ポピュリズム、
大衆迎合のわなにはまってしまいました。

 太平洋戦争が始まったのは1941年12月ですが、その直
前、たとえば、1939年とか1940年に、日本で国民投票
をし、戦争するべきかとうかを問うたとすれば、たぶん、開戦
すべきだという票が、圧倒的多数を占めたのではないかと思い
ます。

 政治の役割というのは、そういうときに、戦争は双方に大規模な
被害が出るから、するべきではないーーと、本来、国民をリード
することです。
 政治家が、全体の気分やムードに流されてはいけないのです。

 イギリスの場合、EU離脱派の政治家が国民投票を仕掛け
たというのなら、キャメロン首相をはじめEU残留派は、
「ポピュリズムに流されてはいけない」と訴えることができました。
 しかし、今回は、そのキャメロン首相が自分で国民投票をやっ
てしまったのです。そしてその結果、意図せざるポピュリズム
に、自ら陥ってしまいました。

 ポピュリズムといえば、韓国の朴槿恵大統領が、そうです。
 大統領になったあと、何をすれば国民に受けるか、何をすれ
ば人気が出るか、そればかりを考えているように見えます。大統領
自身の考え、大統領自身の政策というものが、見えてきません。
 最たるものは慰安婦問題です。
 慰安婦問題を取り上げれば、国民に受けるだろう。
 反日さえやっていれば、間違いない。
 そう考えて、来る日も来る日も、そして、海外に行ってまで、
慰安婦問を訴えました。
 その結果、韓国の反日は、もう、少々のことでは、歯止めが
かからなくなってしまいました。
 業を煮やしたアメリカのプレッシャーもあって、昨年末、
その大統領も、安倍首相と、慰安婦問題で「最終的」な合意
に達しました。
 ところが、韓国政府が、その合意を、国内で説明しようとする
と、国内の各種団体からものすごい批判の声が出て、収拾がつ
かなくなってしまいました。
 韓国の反日は、韓国政府のポピュリズムであおられてしまい、
もう、だれにも止められなくなっていると思います。
 国の政治的リーダーがポピュリズム、大衆迎合の政策を取る
と、そのリーダーでさえ、手に負えないような異様な動きになっ
てしまうのです。

 イギリスが離脱を決めた国民投票のあと、投票した人々から、
しまったこんなはずじゃなかった、これなら残留に投票するん
だったという声があがっています。
 それは、投票した人も、意図せざるポピュリズム、大衆迎合
のワナにはまってしまったことを示しています。
 離脱に投票した人の何割かは、もしかすると、ただ政府に抗議
してみたかったというだけのことだったのかもしれません。
 それが、こんなことになってしまいました。

 ポピュリズム、大衆迎合というのが、いかに危ういことか。
 それを、今回、イギリスの国民投票は、はっきり見せてく
れました。
 それだけが、ただひとつの成果だったかもしれません。