ソチ五輪の女子モーグルで、上村愛子さんは、なぜ、メダルを
取れなかったのでしょう。上村さんが3位にいて、最終走者がア
メリカのカーニー選手でした。カーニー選手は、滑走の途中、あ
きらかに姿勢を崩しました。転倒しそうな感じさえありました。
テレビを見ていて、これは、上村さんがそのまま3位で、ついに
銅メダルだと思いました。
ところが、採点が出てみると、カーニー選手のほうが、上村選
手を上回り、カーニー選手が3位、銅メダルとなったのです。
その結果、上村選手は4位に落ち、銅メダルに届きませんでし
た。
不可解な採点だと思いました。
すでにこのブログでも書いたとおり、上村さんが「いまはすが
すがしい気持ちです」と話したので、救われました。
しかし、それはそれとして、この点数、この採点の不可解さは
解明しないといけません。
翌日の新聞各紙に、大きな手がかりがありました。
まず、読売新聞です。
読売では、長野五輪の女子モーグルで金メダルを取った里谷多
英さんが、コメントを寄せていました。
里谷さんは「映像で見る限り、愛子はすごくいい滑りをしてい
た。勝ってもおかしくなかったと思う」とします。
そのうえで、
「表彰台に立った3人の滑りは、いまの主流。体の動きで板を
スライドさせて、常に上半身の下から足が外れないターンをする」
と分析します。
ポイントは、スキー板の「スライド」です。
スライドというのは、スキー板を、「ずらす」ということです。
スキーを「ずらして」曲がるのは、実は、古い技術です。
ですから、里谷さんは、続けて、
「スライドさせるターンというのは、本来のスキー技術として
どうかと思う部分はある」と疑問を投げかけます。
そのうえで
「(しかし、スライドさせるターンは)上体が安定していてぶれ
ないから、速く見える」
と指摘します。
では、上村選手のターンはどうだったでしょう。
里谷さんは
「一方、エッジで雪面を切るような愛子の滑りは主流とはいえ
ないが、スキー操作の技術を見れば世界一だ」
と言います。
ここでのポイントは、
「エッジで雪面を切る滑り」です。
これは、いわゆるカービングです。実は、このカービングは、
モーグルではない普通のスキー、いわゆるアルペンスキーでは、
当たり前の技術なのです。
ソチでも、たとえば、アルペンスキーの回転や大回転を見てい
ただくと、よく分かります。テレビで見ていると、選手は、スキ
ー板のエッジに沿って、スキーを回転させています。スキーのカ
ーブに沿って、スキーを
操作しているのです。
エッジを雪面に食い込ませる動き、エッジで雪面を切るように
回転するのです。この動きだと、スキー板は、スライドしません。
「ずれない」のです。
これが、「カービング」といいます。
アルペンの選手が、なぜこの「切れるスキー」「カービング」で
ターンするかというと、そのほうが、タイムが速くなるからです。
切れるスキー、カービングは、エッジ上にのって滑るので、レ
ールに乗って滑走するような感じになります。
スライドするスキー、ずらすスキーだと、斜面、とくに急斜面
で、スキー板がずずっと斜面下方に向かってずれていきます。そ
のぶん、スピードが落ちます。
だから、アルペンの選手は、斜面をカービングで滑ります。
これを、上村選手は、モーグルでやっていたわけです。
我々のような一般のスキーヤーはどうかというと、いま、スキ
ーショップにスキー板を買いにいくと、カービング対応のスキ
ー板しか売っていません。
いまは、カービングの時代なのです。
ですから、里谷さんも
「スライドさせるターンというのは、本来のスキー技術として
はどうかと思う」
と、はっきり指摘しているのです。
里谷さんのコメントは、大変鋭い。
「コブの大きさが変化する中盤で、1、2位のデユフールラン
ポワント姉妹は減速していたが、愛子にはそれがなかった」
カービングでエッジに乗り、スキー板をしっかりコントロール
しているから、上村さんの滑りは減速しなかったというのです。
ところが
「ただ、その分、(上村さんの)上体がぶれてしまった。審判は
上体がぶれるかぶれないかを見る傾向がある」
だから、上村さんは、スピードを落とさずにコブを滑り切った
のに、上体がぶれたからという、ただそれだけのことで、審判
が減点したというのです。
だから里谷さんは
「そこが採点競技の微妙なところだ」
とします。
それでは、モーグルの審判の採点の基準は、どうなっているの
でしょう。5、6年前、そう、前回のバンクーバー五輪の前に
は、上村さんの滑りは、モーグル界の基準とされていました。
それがいったい、どうなってしまったのでしょう。
その答えが、同じ日の日経新聞に出ていました。
「上村のターン なぜ低評価」という共同電です。
この共同電は、いま挙げた疑問によく答えてくれます。
まず、こう書きだします。
「採点競技のモーグルの評価基準は、随時、見直される。2
010年のバンクーバー五輪前には、得点の50%を占めるタ
ーンでは、スキーをずらさずエッジで雪面を掘り込む「カービ
ング」が最重視されたが、ここ数シーズンは、カービングとと
もに、吸収動作と、上体の安定が、3つの要素として、並列し
て評価されるようになった」
なるほど、そうなんですね。
前回のバンクーバーまでは、上村さんのカービング技術が、最
も重視されていたんですね。
だから、当時は、上村さんの滑りが世界の基準となっていたわ
けです。
実は、バンクーバーの少し前、2008年、2009年は、上
村さんは圧倒的な強さを誇り、ワールドカップでも、連戦連勝
という形でした。
そして、上村さんの滑るところを、欧米勢が、ビデオで録画し、
その滑りを研究して、取り入れたのです。
その結果、バンクーバー五輪では、欧米勢が上村さんの滑りに
追いつき、上村さんの優位がくつがえされてしまったのです。
だから、バンクーバーが1年早く開かれていたら、上村さんが
メダル、それも、金メダルを取っていたように思います。
上村さんのターンを指導したのは、フィンランドのラハテラ・
コーチです。ラハテラさんは、02年ソルトレーク五輪の金メダ
ルを取っています。
上村さんは、06年トリノ五輪で、大技を決めたのに5位に終
わり「どうすればメダルが取れるのかナゾです」という言葉を残
しました。このナゾに答えたのがコーチのラハテラさんです。
ラハテラさんは、モーグルで勝つには、ターンが大事だとし、
上村さんのターンを徹底的に鍛えるのです。
そのとき、まさに、先端の技術であったカービングを教えたわ
けです。
それが花開いたのが、07年、08年、09年で、先ほども書
いたように、当時、上村さんは世界で無敵でした。このころ、ア
メリカの女子モーグルの選手が「難しいコースなのに、アイコが
滑ると簡単に見えるわね」と話していたのを、テレビの中継で見
たことがあります。
当時、上村選手は、そのぐらい、素晴らしかったのです。
繰り返しますが、そのときにバンクーバー五輪が開かれていた
ら、まず間違いなく、メダルを取っていたでしょう。
しかし、ラハテラさんと磨いた上村さんのターンの技術、それ
がカービングの技術ですが、それが、バンクーバーの前に、欧米
の選手に盗まれてしまったのです。
なんという皮肉でしょう。
日経の共同電は、続けます。
「メダルを獲得したデユフールラポワント姉妹やカーニーら北
米勢は、スキーのエッジより、ソール(面)を使って小さくずら
す技術で、雪面に逆らうことなく滑り降りた。
上村のスキーは左右に弧を描いていたが、北米勢は体の近くか
らスキーが離れず、直線的なライン取りで高得点がついた」
この記述は、よくわかりますね。
上村さんのスキーは、カービングの技術によって、左右に弧を
描くのです。なぜ弧を描くかというと、スキーを、エッジに乗せ
て板のカーブに沿ってターンさせるからです。弧を描くというの
は、言葉を換えれば、スキーを鮮やかに回転させているというこ
とになるのです。
しかし、いつの間にか、上村さんのターンは、評価されなくな
った。ターンを評価する基準が変わってしまったのです。
日経の共同電は、この点について、大変興味深い解説をしてい
ます。
「国際スキー連盟FISは、シーズン前に、審判員に対し、最
新の基準を確認するためのクリニックを開く。昨秋(2013年
秋)の教材の一番手に使われたのが、12年1月、上村が休養か
ら復帰してすぐの映像だった」
なるほど。上村さんの滑りが、審判員の教材になったわけです
えね。ところが、それは、いい意味ではなかったのです。
「上村の後継気味のターンは、8段階の評価で、
最高(5・0点以下)
とてもよい(4・5点以下)
に次ぐ3番目の
よい(4・0点以下)
に分類するよう、指示された」
カービングは、足を雪面に蹴りだすため、どうしても、体が後
傾気味になります。ですから、このFISのクリニックは、上村
さんのカービングターンを、最高ではなく、3番目の評価にする
よう、審判員に求めたものだったのです。
だから、カービングを駆使する上村さんのターンは、カービン
グ(切る)からスライド(滑る)に切り替えた北米の選手に比べ、
もう、競技が始まる前から、審判にとっては、点数が低いものだ
ったのです。
日経の共同電は最後にこう締めくくります。
「上村は後傾姿勢を改善しつつあったが、審判員の先入観を払
拭するには至らなかった」
ここまで分析すると、あの試合で、なめらかに滑り切った上村
さんより、危うく転倒しかけたカーニー選手のほうが高得点を取
った理由がよくわかります。
カーニー選手のターンは、FISのクリニックに沿っていて、
滑る前から、審判が最上位の「最高」と考えていた。
ところが、上村選手のターンは、滑る前から、審判が3番目の
「よい」と考えていた。
これでは、上村選手が勝つ要素はありません。
里谷さんのいうように、「これが採点競技の微妙なところ」だと
いえばそれまでです。
しかし、釈然としません。
理由が分かってみると、なお、釈然としません。
続きは、次回に。