いまジャーナリストとして

 いま私たちの目の前に、次々と現れるニュースをどうとらえ、どう判断するか・・・ジャーナリストの日誌。

石巻のいま(1)・・・大震災で被災した石巻を取材しました。想像を絶する被害です。

2011年05月30日 15時46分30秒 | 日記

 石巻を取材してきました。 
 2011年5月27日の夜に仙台に入り、28日の土曜
日、レンタカーを借りて、塩釜、松島、石巻、仙台空港を
回ってきました。
何回かに分けて、その様子をお伝えします。
 まず、第1回目は、石巻港です。

      *******

 石巻は、もともと、漁業の街です。
 港が街の中心です。
 
 ところが、震災からもう2か月半たつというのに、石巻
港は、ほとんど、手がついてないのではないか--いうほか
ありません。
 石巻港の写真をごらんください。

 漁船が、津波で打ち上げられたまま、まだ、
港の道のそばに転がっています。


 漁船の隣りには、やはり津波に巻き込まれた自動車が横
倒しになったまま残っています。
 写真でもよく分かると思います。
 陸の上で、船のそばに自動車が転がっているというのは、
ありえない景です。


 港に、石巻漁協がありました。
 しかし、漁協の建物は、破壊されたままです。

 
 
 港の中心部には、青い建物があります。港のシンボルの
ような感じになっていたのでしょう。

 この青い建物は、かろうじて立ったまま残っていますが、
その周辺は、ごらんのように、荒れ果てたままです。

青い建物がポツンと立っているだけに、その周辺の被災
状況がよけいによく分かります。

 電柱も倒れたままです。



 残った建物も、内部は津波にごそっと持っていかれ、
骨組みだけになっています。




 荒涼とした風景になっています。


 岸壁に向かいます。
 しかし、港の道は、あちこちで陥没して段差が出来てい
ます。そこを、津波が持ってきた海の砂が10センチから
30センチの厚さで覆っており、非常に歩きにくい。
 靴の中まで、その汚泥につかりながら、岸壁まで行きま
した。


 岸壁に近づくと、強烈なにおいがします。
 せっかく獲った魚が、放置されて、あちこちで腐ってい
るのです。
広い港なので、風もよく吹きますが、それでも、ものす
ごいにおいです。
 港のような広い場所でなければ、さらにすごいにおいに
なっているでしょう。海産物の倉庫や水産加工の拠点、
魚の店など、被災地の港では、これはもう、大変な問題に
なっていると思います。

 破棄せざるをえなかった魚と、そのにおいに、ものすご
い数の鳥が集まっていました。ウミネコでしょう。港に残
った汚泥の上、腐った魚の上にとまり、くちばしでつつい
ています。白い羽根が目立ちます。



 
 
 私が近づくと、一斉に飛び立ちます。

 
 ちょうどヒッチコックの映画「鳥」のような寒々とした
光景です。

 岸壁から自分の車のほうに戻ると、陸上に転がる船の横
にクレーン車が着いていました。さきほど載せた写真の船
です。

 こんなクレーン車で船が持ち上がるのだろうかと思って
見ていると、持ち上げたのは、船ではありません。クレー
ン車が持ち上げたのは、フォークリフトです。


 船の横にフォークリフトが何台か並んでいて、これは復
興作業に使うのだろうと思っていたのですが、なんのこと
はない、このフォークリフトそのものも、被害にあって、
クレーン車で移動するところだったのです。漁協や水産会
社で、魚を移動するために使ったフォークリフトだったの
でしょう。
復興作業は、まだ、そんな段階です。

 この日は土曜日でしたが、港には、ほとんど人が見えま
せん。作業の車も、あまりありません。
 たまにトラックが通り過ぎるぐらいです。

 これは、ほとんど手つかずなのではないかと思わざるを
えませんでした。
 まだまだ時間がかかりそうです。
 港から市街地に移動する幹線道路には、かき集めたがれ
きとゴミが、山となって積まれています。

 やはり、すごいにおいです。
 近寄ると、ここにも、獲った魚の木箱や、発泡スチロー
ルの箱が、山と積まれています。これがにおいを出してい
るのです。




 なんというか、港全体が、まだ呆然としているような、
そんな状況です。
 脱力感が漂っています。
 
 こんな状況を見て、安易に
 「がんばれ」とか
 「がんばってください」とか、
 とても、言えません。
 
 ただただ、復興を祈るのみです。
 
     ******
 
 石巻には、日本製紙の最新鋭工場があります。
 そこに移動しました。
 その途中で、海岸沿いの石巻の市街地を通ります。
 そこで見た津波の被害は、すさまじいものでした。
 次回は、その様子を報告します。