土曜の夜は帰省した義母を囲んで
レストランで会食。
義母の7人の子供達も 全員集合し
それぞれの家族も揃い計30人の
賑やかな会食の時間となった。

シニアのアパートで義母が一人暮らしをしていた頃
こうして7人の兄弟姉妹が
一度に集まる事は まずなかった。
バッキー家は 皆 仲がいい方だとは思うけど
7人となると
気の合わない者達もおり
他州に住む者たちとは
だんだんと疎遠にもなって来る。

たとえ疎遠になっても
家族は家族だけど
こうして時間を共にする事で
結びつきは強くなる。

こうして 皆の集まりを目にし
まるで そうする為に
義母が今の暮らしに入ったとさえ 思えてしまう事だ。

義母の介護のお手伝いをする為
カリフォルニアに行った4年前、、、
義弟カップルと同じ屋根の下で暮らす中
パートナーに不信感を抱き始めた私は
彼の告げ口を家族にし
そこから兄弟姉妹が対立する事になった。

あの時 私は 義母を救う為、、、と
それを強く信じ
正しい事をしていると思っていたけど
問題がこじれて来て
自分のしている事が分からなくもなって来ていた。

ある日 ヨガをしていると
結びついた7つの金具が
一つの大きな輪を作っているイメージが広がり
ハッとした、、。
亡くなった義父は
7人の子供たちが一つの輪になることを望んでいる、、、と
そう 思った。
それ以来 見方、、というか
捉え方が変わって来た。
兄弟姉妹それぞれが持つ母親への愛情を
評価するなど誰が出来よう。
