地紋、裏がえし

菅沼天虎様のブログ「菅沼天虎の紙屑談義」6月2日エントリーの「裏返し地紋?」に関連し、同じような事例の券が手元にありましたので御紹介いたします。

images (表)(画像を再度クリックすると、画像が大きく表示されます)

これは昭和39年の正月に、上田丸子電鉄(→上田交通、→上田電鉄)が発行した、別所温泉にあります常楽寺北向観音への参拝用往復乗車券です。

images (裏)(画像を再度クリックすると、画像が大きく表示されます)

裏面には新年からのカレンダーが掲載され、新年を祝う雰囲気の醸し出されている記念乗車券となっています。

images (画像を再度クリックすると、画像が大きく表示されます)

地紋は「JPRしてつ」地紋のもので、かつて東北や新潟・長野の私鉄で採用されていたものです。印刷会社の名前はよくわかりませんが、殆どの会社が晩年には日本交通印刷の券になっていますので、少なからず関係しているものと思われます。
少し見にくいですが、拙ブログにて以前御紹介いたしました、松本電鉄の「JPRしてつ」地紋券をリンクさせていただきますのでご覧ください。

きっぷの部分を拡大しますと地紋がよくわかりますが、「JPR」や「してつ」の文字が思いっきり裏がえしになっています。
なんで裏がえしになっちゃっているのかよくわかりません。

あと、この券に記載された文言の中で、ちょっと気になることがあります。
上田交通西丸子線のバスは、昭和36年6月に災害のために運休し、そのまま昭和38年10月に正式に廃止されてしまった旧西丸子線(下之郷~西丸子間)の鉄道代行要素が強いバス路線となっていたからでしょうが、「電車区間のみ有効」としながらも「但し西丸子線はバス有効」という表現は、なんとなく曖昧ですね。

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コメント ( 3 ) | Trackback ( 0 )
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コメント
 
 
 
N印刷の券ですね・・・ (菅沼天虎)
2007-06-06 01:54:48
トラックバックありがとうございます。
この独特の「してつ」地紋は、長野県のN印刷の地紋です。
同社の乗車券印刷からの撤退は早く昭和50年代前半と思われます。現在も盛業中ですが、日本交通印刷のようにHP等で業務内容を公開しておりませんので、申し訳ございませんがイニシャルのみの公開とさせて戴きます。
私の知る限りでは同社の独特な地紋の券は、ご紹介された上田丸子電鉄、松本電鉄の他に、秋田中央交通、庄内交通、羽後交通、沼尻鉄道、蒲原鉄道、新潟交通などでも見られます。

地紋が逆に印刷されている点については色々と調べてみたのですが、孔版印刷の一種にスクリーン印刷なる技法があり、この場合スクリーンを誤って逆にセットしてしまうと裏返しの印刷となってしまいますので、ひょっとするとこの技法も用いて誤って印刷してしまったのかも知れません。

西丸子線の表現については仰る通りだと思います。数年前に同線の遺構を訪ねた事がありますが、下之郷駅に残るホームの他、県道82号線の依田川橋の隣に橋台が残っており、開業時の社名である上田温泉電軌の名前が残る石碑が建っておりました。
 
 
 
抜けてしまいました。 (菅沼天虎)
2007-06-06 01:57:52
独特な地紋の券の見られる会社に、越後交通と佐渡汽船を抜かしてしまいましたので、追加します。
 
 
 
菅沼天虎さま (isaburou_shinpei)
2007-06-07 18:19:51
コメントありがとうございます。
上田丸子電鉄はバス券などの軟券にこの地紋を使用していたようで、硬券は日本交通印刷券が殆どだったと思います。あと、千曲バスもそうでしたね。
 
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