JR東日本 姉ヶ崎駅発行 普通列車グリーン券100kmまで

1990(平成2)年3月にJR東日本内房線の姉ヶ崎駅で発行された、100kmまでの普通列車グリーン券です。


   


若草色JRE地紋のA型大人専用券で、東京印刷場で調製されたものです。
現在の普通列車用のグリーン券は利用区間の記載がされていますが、当時は急行券類と同様にキロ程表記となっていました。

この券は1989(平成元)年4月1日に消費税3%が施行された後の券で、それまでグリーン料金に10%の通行税が内包されていたために、料金の近くに「通行税1割を含む」とか「通行税10%共」と記載されていましたが、この券には記載されていません。
そもそも通行税は「ぜいたく税」で税率も高く設定されていましたが、通行税が廃止された代わり、今度は消費税3%が内包されたため、実質的にグリーン料金は値下げされたことになります。


この券を購入した頃はまだ、駅によっては硬券での普通列車グリーン券が発売されており、普通列車のグリーン車を利用するときは、駅窓口で硬券のグリーン券があるかどうか確認してから利用したものでした。たまに、窓口氏によっては親切心から「混んでいると座れないから乗ってから車内で買った方がいいですよ」と言われたこともありましたが、硬券をコレクションしているので窓口で購入したい旨を申し上げると「それでは」という感じで出て来ました。

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〇自 東京駅発行 ドリーム1号指定券

1982(昭和57)年7月に、〇自 東京駅で発行された、国鉄バスの夜行高速自動車便のドリーム1号大阪ゆき指定券です。


   


若草色こくてつ地紋のA型大人専用券で、東京印刷場で調製されたものです。

当時の東名高速バスドリーム号はみどりの窓口の他、東京駅の自動車線駅である「〇自」東京駅などで発売されており、〇自 東京駅では常備の硬券が設備されていました。


国鉄高速バスでは、乗車時にバスの入口で改札を受け、降車時に乗務員が回収する方法が採られており、国鉄バスは下車時の集札が厳格で、かなりの確率で貴重な硬券の乗車券や指定券が回収されてしまい、殆ど手元に残っていませんが、たまに乗務員氏によっては「内緒」で使用済の券を戴くことが出来ました。

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樽見線 (簡委)美濃本巣から130円区間ゆき片道乗車券

1984(昭和59)年10月に国鉄樽見線(廃止。現・樽見鉄道)美濃本巣(現・本巣)駅で発行された、130円区間ゆきの片道乗車券です。


   


桃色こくてつ地紋のB型金額式大人専用券で、名古屋印刷場で調製されたものです。
この様式は簡易委託駅用のもので、受託者との精算を簡易化するためでしょうか、小児断片の無い大人専用券となっています。

名古屋印刷場管内の近距離乗車券は、他の印刷場が金額式となっても一般式や矢印式などの券が多く設備されていましたが、昭和59年4月の運賃改定以後は金額式に統一されたようで、この様式はその時に出現した様式になります。しかし、樽見線はその年の10月には樽見鉄道に転換されてしまっておりますので、この様式が設備されたのは1年に満たない期間だけであったように記憶しています。


同駅は、国鉄樽見線が開業した1956(昭和31)年に美濃本巣駅として開業し、近隣にある磐城セメント(現・住友セメント)岐阜工場への側線を有する貨物取扱駅でしたが、1984(昭和59)年に樽見線は第三セクターの樽見鉄道に転換されると樽見鉄道の本巣駅になり、同社の本社および車庫を有する駅となっています。

当時の美濃本巣駅は貨物取扱駅ではありましたが、昭和40年代には出改札業務が行われなくなり、駅員配置駅ではありましたが、運転取扱のみとなっており、出札業務は簡易委託化されていました。

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東京急行電鉄 定期券購入票

日付の記載がありませんが、2019(平成31)年3月に、東京急行電鉄世田谷線の世田谷線管区乗務員が発行した定期券購入票です。


   


白色無地紋のB型券半硬券となっています。

この券は世田谷線の定期券を購入する旅客が、上町を除く途中停留場から窓口のある三軒茶屋駅もしくは下高井戸駅に行く際に発行されるものです。
世田谷線は全線均一運賃のため、窓口のある駅ではホームに入場する際に改札掛員に運賃を支払い、途中停留場では乗車時に乗務員に運賃を支払うシステムになっておりますが、定期券は窓口のある上町・三軒茶屋駅および下高井戸駅でしか発売していないため、いずれかの駅もしくは鉄道線三軒茶屋駅で購入することになります。

このような時、電車に乗車した時に乗務員に定期券を購入する旨を告げて運賃を現金で支払うと「定期券購入票」が交付され、定期券を購入する時に本票を窓口に差し出すと、支払った運賃が全額払い戻しされるしくみになっています。
この処理は、運賃相当額を一旦預かって払戻しすることになるためだと思いますが、現金のみの扱いとなり、IC乗車券は使用できません。


この券は実際に定期券を購入する時に交付を受けたもので、手元に残したかったため、払い戻しを放棄してしまったものです。

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同和鉱業小坂鉄道 小坂から東京都区内ゆき片道連絡乗車券

廃札券ですが、同和鉱業小坂鉄道の小坂駅から東京都区内ゆきの片道連絡乗車券です。


   


青色JPRてつどう地紋のA型一般式大人・小児用券で、山口証券印刷で調製されたものです。

同線は1994(平成6)年10月に旅客営業を廃止しておりますが、この券が廃止まで設備されていたものかは不明です。
同駅には東京都区内までの片道乗車券の他に常備の往復乗車券も設備されておりましたが、値段が高かったために購入はしておりませんでした。


   


裏面です。
東京都区内下車前途無効とだけ書かれています。


敢えて東京都区内までの片道および往復券を設備していた理由は不明ですが、同和鉱業は現在DOWAホールディングスに社名が変わっておりますが、小坂鉄道が旅客営業をしていた当時も本社機能が東京都内にありました(当時は東京駅八重洲口)ので、本社への出張のための需要が多かったため、国鉄運賃分の手数料収入を見込んで設備されていたのかも知れません。

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東小金井駅発行 20円区間ゆき片道乗車券

1968(昭和43)年1月に、中央本線東小金井駅で発行された、同駅から20円区間ゆきの2等乗車券です。


   


桃色こくてつ地紋のB型地図式大人専用券で、東京印刷場で調製されたものです。

当時の同駅から20円区間となりますと、上り方面は吉祥寺駅で下り方面は国分寺駅になります。
通常であれば、地図上の発駅を示す四角囲みはもう少し小型のものが一般的ですが、この券は活字を並べたものを四角囲みしているようで、地図に対してかなり大きく見えます。この区間になりますと全く路線の分岐は無く、複雑な地図である必要がないので、何とかなっているような感じです。


国分寺駅では以西の線路が分岐しています。そのまま直線方向に延びる線路が中央本線で、左下に延びる線路は、1973(昭和48)年に廃線となった中央本線の下河原支線(通称、下河原線)になります。

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京阪神急行電鉄 北千里から5区間ゆき片道乗車券

1968(昭和43)年9月に京阪神急行電鉄(現・阪急電鉄)千里線の北千里駅で発行された5区間ゆきの片道乗車券です。


   


若草色京阪神急行電鉄自社地紋のB型区間式大人専用券で、半硬券のような厚みの券紙が使用されています。
この券は日本初の自動改札機に適応した様式で、珍しい硬券式の自動改札対応券です。


   


京阪神急行電鉄の自社地紋を拡大してみました。社紋を囲むようにして「けいはんしんきゅうこうでんてつ」と書かれた帯が回されています。


   


裏面です。
茶色いストライプが磁気情報部分で、現在のように裏面全体が磁気となっているものとは異なっています。



京阪神急行電鉄は、千里ニュータウンの開発に伴い、1967(昭和42)年3月1日に千里線の南千里~北千里間を延伸開業し、1967(昭和43)年3月、終着の北千里駅には世界初の自動改札機10台が設備されています。

当時の自動改札機は、パンチカード方式による定期券用自動改札機と磁気(バーコード)方式の普通乗車券用自動改札機の2種類が設置され、世界最初の自動改札システムとして営業運用が開始されています。その後、日本鉄道サイバネティクス協議会による磁気記録方式が標準規格化されたことを契機に、サイバネ規格に準じた磁気カード式定期券自動改札機が開発され、1972(昭和47)年に2種類の自動改札機は定期券と普通乗車券共用の磁気方式の自動改札機に変更されています。

この自動改札システムは、アメリカに本部のある世界最大の電気・電子技術者による学会「IEEE」より、社会に貢献した重要な歴史的偉業として「IEEEマイルストーン」に認定され、同学会から贈られた銘板が北千里駅に展示されています。
この認定は、自動改札機の基本的な機能である定期券を高速で処理する判定理論の研究から、現在の鉄道駅においても多数利用されている磁気式の乗車券・定期券併用自動改札機の実用化に至る1965年~1971年の間の取り組みが高く評価されたことによるもので、オムロン・大阪大学・阪急電鉄・近畿日本鉄道の4者が認定されています。


阪急電鉄では、自動改札機実用化と南千里~北千里間延伸開業50年を記念し、2017(平成29)年3月に記念イベントが開催され、会場では記念入場券の発売も行われたようです。


   


発売された記念入場券です。入場券3枚とレプリカ乗車券がセットになっています。

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松本車掌区乗務員発行 車急式急行券

発行年が記載されていませんが、1983(昭和58)年10月に松本車掌区(現・松本運輸区)乗務員が発行した、小淵沢から200kmまでの普通急行券です。


   


桃色こくてつ地紋の車急式軟券となっています。

キロ程で記載されているのでわかりづらいですが、新宿駅までと申告して購入しています。小淵沢では小海線からそのまま急行アルプス号に乗車していますが、この時は車急式の急行券目当てで、予め急行券を購入せずの乗車をしています。

車急式の急行券は、発券時の省力化を目的として車内補充券とは別に携帯していたもので、車内検札に来る車掌もしくは乗客専務車掌は大抵持っていました。日付と発駅を記入およびチェックし、発売金額のところで切り取って発券するものですが、車掌氏によっては赤鉛筆や赤ボールペンを使用している掛員も多く、どのような仕上がりで発券されるのか、「個体差」がありました。


乗車駅の配置についてですが、駅間に点(・)が打たれているので、一見すると駅名は横に並んでいるように見えますが、よく見ると駅順に縦に並んでおり、なぜこのような並びになってしまったのか、少々不思議な券です。

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鐵道省 昭和駅発行 国道・鶴見ゆき片道乗車券

1943(昭和18)年8月に、鐵道省(国鉄の前身。現・JR)昭和駅で発行された、國(国)道・鶴見ゆきの片道乗車券です。


   


桃色GJRてつだうしやう地紋のB型相互式大人・小児用券となっています。


現在の昭和駅はJR東日本鶴見線内にある単式ホーム1面1線の無人駅となっていますが、1971(昭和46)ごろまでは有人駅であったようです。
これは、かつては同駅から東亜石油の精製所へ続く側線が分岐しており、運転扱いを行なっていた関係であると思われます。

同駅は鶴見臨港鉄道時代の1931(昭和6)年3月の開業で、当初は社線の駅でありましたが、この券が発行される1か月半前の1943(昭和18)年7月に国有化されて鐵道省の駅となっています。


   


裏面です。昭和驛(駅)發(発)行と発行箇所名が記載されています。

この券の券番は5766となっておりますが、同駅が国有化されたのは先ほど申し上げた通りこの券が発行される1か月半前の1943(昭和18)年7月でありますので、ここの券は国有化された時点で設備されたものと考えられます。
国有化後わずか49日という短期間のうちに5766枚が発行されたことになるわけで、1日あたりに換算すると120枚程度売れていたと考えますと、当時の昭和駅では、国道駅もしくは鶴見駅で下車する需要がそれなりにあったと言えそうです。

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JR東日本 〇ム 信濃境から580円区間ゆき片道乗車券

2016(平成28)年3月に、JR東日本中央本線「〇ム 」信濃境駅で発行された、580円区間ゆきの片道乗車券です。


   


桃色JRE地紋のB型金額式大人・小児用券で、千切り軟券様式のものです。

金額式券ですので、コレクション用としては最低運賃のもの(ここでは当時、180円区間ゆき)を購入すれば良いのですが、この券は実使用したため、580円区間ゆきになっています。


同駅では実使用であってもスタンパーを捺さないで渡されまして、そのまま乗車し、着駅で持ち帰りたい旨を申告すると、改札駅員氏は信濃境駅の常備軟券が3日後の3月31日を以って発売を終了することを御存知であったようで、「なにも捺さない方がいいでしょ?」とそのまま頂くことができました。
コレクターとしては、大変ありがたいことです。

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