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東京五輪改革 迷走「3兆円」のレガシー (5)

2023年03月01日 18時20分20秒 | 東京オリンピック
五輪マラソン札幌移転の攻防 V4予算1兆3500億円維持 会計検査院報告 開催経費1兆600億円
小池都知事の五輪改革 迷走「3兆円」のレガシー (5)






IOC マラソンと競歩の札幌開催 猛暑への危機感 
 2019年10月16日、国際オリンピック委員会(IOC)は、東京五輪陸上のマラソンと競歩を札幌開催に変更する代替案の検討に入ったと発表した。猛暑による選手らへの影響を考慮した措置としており、札幌は東京都内より五輪期間中の気温が5~6度低いことなどを理由としている。
 IOCは大会組織委員会や東京都、国際陸上競技連盟と協議を進める方針を示し、東京五輪の準備状況を監督する調整委員会を10月30日から都内で開催し協議するとした。「持久系の種目をより涼しい条件下で実施することは、選手と役員、観客にとって包括的な対応」と札幌開催の理由を述べた。
 五輪開幕まで1年を切り、IOCが会場変更を提案するのは異例の事態で、実現には難航も予想される。
 東京五輪大会のマラソン・競歩競技は、暑さ対策として、招致段階の計画からスタート時間を前倒しして、マラソンは午前6時、競歩の男子50キロは5時半、男女20キロは6時に変更した。しかし、10月6日に中東のドーハで閉幕した世界選手権では、高温多湿の猛暑を考慮して深夜スタートにしたのにもかかわらず、マラソンや競歩で棄権者が続出し、選手やコーチから強い批判を浴びていた。
 東京五輪のマラソンは、女子が来年8月2日、男子は同9日開催で、コースは新国立競技場を発着し、浅草寺、銀座、皇居などを巡る予定で、競歩は皇居周辺を周回するコースを予定していた。
 IOCのバッハ会長は「選手の健康は常に配慮すべき課題の中心で、マラソンと競歩の変更案は、IOCが懸念を深刻に受け止めている証だ。選手にベストを尽くせる条件を保証する方策である」と述べた。国際陸連のコー会長は「選手に最高の舞台を用意することは重要で、マラソンと競歩で最高のコースを用意するためにIOCや組織委などと緊密に連携していく」とした。
強く反発した小池都知事
 小池都知事は18日の記者会見で、強い不満を表明した。「アスリート・ファースト」に理解を示しながら、「開催都市と協議もなく、突如提案されたことに疑問を感じざるを得ない」として、「これまで準備を重ねてきた。東京で、という気持ちに変わりはない」と強調。30日から始まるIOC調整委員会で東京開催を主張する可能性を示唆した。 
 また小池氏は、15日に大会組織委員会の武藤敏郎事務総長から会場変更案の説明を受けた際、移転に伴う経費を「国が持つとおっしゃっていた」と明かした。これに対し、武藤氏は18日、都内で記者団に「そんなことは言っていない。国に頼んでみようかという話はした」と説明。菅義偉官房長官は同日の会見で「大会の準備、運営は都と大会運営委が責任を持ってするものだ」と述べた。
 マラソン・競歩の札幌開催経費の負担をどうするのかも焦点となった。
 9月15日に開催した五輪代表選手選考会を兼ねたマラソングランドチャンピオンシップ(MGC)は、大会本番の検証を兼ねて、本番とほぼ同じコースで行われた。
 男子マラソンでは、1位になった中村匠吾(富士通)と2位になった服部勇馬(トヨタ自動車、女子マラソンでは1位になった前田穂南(天満屋)と2位になった鈴木亜由子(日本郵政グループ)がマラソン日本代表に内定した。
 東京都はこれまで、マラソンや競歩など路上競技の暑さ対策として約300億円を投入して、コースの路面温度を抑える遮熱舗装工事を行い整備予定の約136キロのうち約129キロが完了している
 また東京都では、この大会で、沿道の50万人以上の観客向けに、暑さ対策として日よけテント設営や冷却グッズ配布などを行って本番に備えた。
 札幌移転計画が発表されたのは、東京都がこの検証結果を基に休憩所の増設など大会本番への方針を決めた直後で、関係者は「移転が決まれば従うしかないが、やりきれない思いもある」と落胆した。

「地獄」のドーハ世界選手権
 国際オリンピック委員会(IOC)が札幌開催の検討を始めた背景には、同じ高温多湿のドーハで9~10月に行われた世界選手権で棄権者が続出し、強い批判を浴びたことがある。スタート時間はマラソンが深夜11時59分、競歩は同11時30分。選手は急遽、錠剤型の体温計を飲み、深部体温を計測されながらレーズに臨む事態になった。
 女子マラソンはスタート時、気温32度、湿度74%。68人中、途中棄権は28人で完走率が60%を割ったのは大会初。天満屋の武冨監督は「2度とこういうレースは走らせたくない。昼やっていたら死人が出たのでは」と非難した。
 スタート時気温31度、湿度74%の男子50キロ競歩も完歩率は約61%。前回大会覇者、リオ五輪王者も含め、46人中18人が棄権。金メダルの鈴木も「50キロ持つか不安だった」と話し、東京五輪のコース変更を訴えた。「地獄だった」と表現した選手もおり、五輪への懸念が深まっていた。
 
IOCバッハ会長、札幌に「決めた」 五輪マラソン移転
 翌10月17日、バッハIOC会長は、カタール・ドーハで行われた各国オリンピック委員会連合(ANOC)の総会で、2020東京五輪大会のマラソン・競歩競技の開催会場について、「札幌に移すことを決めた」と発言した。
 札幌開催に向けて協議を行うということではなく、「決定」としたのである。
 バッハIOC会長は各国・地域の関係者を前に「IOC理事会は、東京の組織委員会と密に相談しながら、五輪でのマラソンと競歩種目を、東京から800キロ北にあり、気温が5~6度低い札幌に移すことを決めた」と明言した。そして「全てはアスリートの健康と体調を守るため。重要なステップだ」と胸を張って述べた。
 札幌開催に関して国際オリンピック委員会(IOC)の強気の姿勢がうかがわれる。
 これに対し、森喜朗組織委会長は「東京都は同意していないことをバッハ会長に申し上げた」としながら、「正直言って、相談してどうこう、ではない」と語り、札幌開催を容認する姿勢を示した。
 バッハ会長は、小池百知事に連絡する前に森喜朗組織委会長に相談し、了解をとっていたことが明らかになった。
 このことが小池都知事の強い反発を招くことになる。

 札幌開催を実現するには多くの難題を抱えている。
 コース設定からやり直す必要があるが、日本陸連幹部も「全く知らなかった」と驚きを隠せない。コース設定から仕切り直しとなると、陸上関係者からは「非現実的。1年を切った段階では厳しい」との声が上がる。札幌市では夏に北海道マラソンを開催しているが、運営面での準備期間は少なすぎるという深刻な懸念が生まれている。
 なにより開催都市、東京都と都民の国際オリンピック委員会(IOC)に対する反発が懸念される。これまで盛り上がってきた2020東京五輪大会の熱気を一気に冷やすことにつながりかねない。マラソン・競歩の札幌移転を契機に、都民のオリンピック批判が再び湧き上がる可能性も生まれてきた。

五輪マラソン札幌変更「決定だ」 コーツ調整委員長 知事に明言
 2019年10月25日、国際オリンピック委員会(IOC)のジョン・コーツ調整委員長は、東京都庁で小池百合子知事と会談し、東京五輪陸上のマラソンと競歩を札幌に変更する案について「決定だ」と断言した。
 さらにコーツ委員長は、男女マラソンのメダリストの表彰式を閉会式で行うとともに、東京以外の都市で実施された競技の選手たちが閉会式参加を前に東京でパレードをする案も示して、札幌への変更に理解を求めた。
 これに対し、小池知事は「一生懸命準備してきて、都民もがっかりしている。納得できる説明がない。いきなり最後通牒となっているのは、まったく解せない」」とし、「東京でマラソンと競歩を行うと気持ちに変わりはない。(30日から始まる)IOC調整委でしっかり議論していきたい」と反論した。
 しかし、コーツ委員長は、「(札幌開催は)は決定事項だ。東京が主張したらどうするという問題ではない」と断言した。
 小池都知事は、仮に札幌開催になった場合は、追加経費(都民ファースの試算では約340億円)は「都が負担する考えはない」と明言した。一方、コーツ委員長は、V3予算案に計上している予備費の存在を指摘した。
 ドーハの大会では、酷暑をさけて男子マラソンも女子マラソンも異例の深夜11時59分スタート、それでも女子マラソンがスタートした9月28日の深夜は気温32.7度、湿度73.3%という過酷な気象条件だった。女子マラソンの68人の出場選手の内、約40%の28人が棄権、ゴール後に39人が救護所に担ぎ込まれたというまさに「命がけ」のレースとなった。コーツ委員長は、ドーハと東京は気温や湿度という気象条件で極めて似ているとした。
 東京都は、午前6時のスタートをさらに1時間早めて午前5時にスタートするという案を検討しているとしたが、コーツ委員長は、午前5時ではまだ暗闇でマラソンコースの景色が伝わらないし、放送用のヘリコプターが飛べないとして「午前5時案」を一蹴し、酷暑対策から見ても「スタート時間を早めても意味がない」と述べた。
 また小池都知事は、「とにかくプロセスが納得できない。東京都はこれまで調整・準備を行ってきて、警備・交通規制、沿道、宿泊などあらゆる観点から検討してきた。(今年の7月に来日した)IOCのバッハ会長は東京都の準備状況を高く評価していた」と憤り示した。
 東京都は、これまで、マラソンや競歩など路上競技の暑さ対策としてコースの路面温度を抑える遮熱舗装工事を、都道約136キロを対象に進めてきた。すでに約129キロ、大半が完成している。 さらに、コースの給水所にポリ袋に砕いた氷を詰めた「かち割り氷」、ゴールには氷入り水風呂を用意する。かち割り氷は選手が走りながら体を冷やせるほか、水風呂はゴール後に熱射病の症状が見られる選手に対処するためである。観客の暑さ対策でも、日よけテント設営や冷却グッズ、手回し扇風機を配るなど検証を重ねている。
 こうした暑さ対策で、東京都はすでに約300億円を投じたとしている。札幌開催が実現すればこうした経費は水泡に帰すことなる。

五輪マラソン・競歩 札幌開催めぐり協議開始
 10月30日、東京・晴海で、国際オリンピック委員会(IOC)の調整委員会が、ジョン・コーツ委員長や森喜朗大会組織委員会委員長、小池百合子東京都知事、橋本聖子五輪担当相が出席して3日間の予定で始まった。
 会議の冒頭で、コーツ委員長は、「10月16日にIOC理事会はマラソンと競歩の札幌での開催を決定した。この決定は迅速に決まった。IOC理事会がなぜこの決定をしたか東京都民からの理解を得なければならない。コンセンサスが得られず、良好な関係が築けないままで、日本を離れる気持ちはない。IOCがなぜこの決定をしたのか理解してもらいたい」とした。これに対し、小池都知事は、「10月16日にIOCから東京五輪のマラソンと競歩に関して突然会場変更計画の発表がバッハ会長から発せられた。東京都や都民にとっては大変な衝撃で、都や都議会になんら詳しい説明のないままの提案で、開催都市とは何なのかとのとの怒りの声寄せられている。開催都市の長として都民の代表としてマラソンと競歩の東京での開催を望みたい」と述べ、「開幕まで9カ月と切って準備が総仕上げの段階で開催地の東京に最後まで相談のないままこのような提案が行われたことは極めて異例の事態」と強く反発した。IOCからの札幌開催についての連絡が、東京都が一番遅くなって「蚊帳の外に置かれ、しかもなんの事前の協議もなくいきなり「決定」とされたことに猛烈に反発した。
 これに対して、橋本五輪担当相は、「競技会場は、開催都市契約を締結した当事者のIOC、東京都、大会組織委員会の間で協議するものと考えている」として協議を見守る立場を表明した。また森組織委会長は、「大会まであと9か月という中で、納得できる結論を出すことが重要」とし、「ラグビーW杯で『ワンチームの精神』は日本国民に感銘を与えた。この動きを五輪につなげることが大事だ」として小池都知事を牽制した。
 コーツ委員長は、「すでにIOCの決定は進んでいる。国、東京都、大会組織委員会、IOCの四者で実務者会議を立ち上げて実務者協議を行うことを提案したい。実務者会議には選手が選手村から競技会場に移動する輸送部会とオリンピックの遺産をどう残すのかをテクニカルな議論する部会の二つの部会も設置したい」と述べ、11月1日に再びトップレベルで四者協議を行いたいとした。
 東京都は、実務者協議で、▼経緯の説明、▼マラソン東京開催の可能性、▼競歩東京開催の可能性、▼暑さ対策、▼東京開催を望む都民の声、▼会場変更、▼財政負担の7つの項目について議論をしたいとしている。
 一方、大会組織委員会は、札幌開催で新たに生じる経費をすべてIOCに負担を求めることとし、東京都には一切、負担を求めない方針と伝えられている。札幌開催のコースは札幌マラソンをベースにしながら、スタート地点を大通り公園にするという案をIOCに提案する方向とされている。また、パラリンピックのマラソンについては、国際パラリンピック委員会(IPC)は東京開催(9月6日)を確認している。
橋本聖子五輪担当相は、10月19日に札幌で、「ドーハの世界陸上で棄権したアスリートが考えていた以上に多かったことに関して、相当な危機感を持って決断した」とし、札幌開催に理解を示し、IOCへの信頼感を示した。スピード・スケートや自転車競技で世界を舞台に活躍したアスリートとして、酷暑での過酷なレースの開催に反発していたのであろう。また森組織委会長も「暑さ対策の一環からみれば、やむを得ない。受け止めるのは当然」として、IOCの決定を容認する姿勢だ。
 また札幌市は、2026年の冬季五輪大会の招致を目指していて、マラソンと競歩の札幌開催に前向きである。
 あくまで東京開催を主張する小池都知事は孤立し、札幌開催の包囲網はすでに出来上がっている。また五輪憲章では、競技会場の選定についてはIOC理事会の権限を幅広く認められていてのでIOCの決定を覆すのは難しい。札幌開催は既定方針として、経費負担や開催日、コース選定などの条件に絞られていると思われる。小池都知事の「苦渋」の決断が求められた。東京都にとっても、札幌開催を巡っての混乱が長引くことで、2020東京五輪大会全体に悪影響が及ぶことが最大の懸念材料となった。

マラソン・競歩札幌開催費は誰が負担する? 破たん寸前V3予算「1兆3500億円」
 東京五輪大会の開催経費は、東京都、国、大会組織委員会の3者で協議を重ね、2018年12月21日、総額を1兆3500億円(予備費1000億円~3000億円除く)とするV3予算を公表している。 
 V3予算では、1兆3500億円とは別枠で、「予期せず発生し得る、緊急に対応すべきき事態等に対処する」として1千億円から最大で3千億円の「予備費」を設けている。予測できない天変地異やテロ発生、大規模災害などに対処する経費とした。
 しかし、この「予備費」は、財源の裏付けがなく、東京都、国、大会組織委員会の誰がどれだけ負担するのかが決まっていない。曖昧な性格のままに放置されている。
 実は、この予備費とは別に、大会組織委員会は「調整費」として、350億円をV3で計上している。今後、新たな支出が発生してきた場合に対応する大会組織委員会の予備費である。
 しかし、酷暑対策費が膨らむことが確実になっていることや交通対策費や警備費も増えることなどで、大会組織委員会の財政状況は極めて苦しい。300億円以上といわれている札幌開催経費を負担することは不可能なのは明らかである。
 小池都知事は、10月15日に武藤事務総長から説明を受けた際、「国が持つ」と伝えられたという。一方、大会組織委員会の森会長は17日、「『IOCが持ってください』と、そういうことを言わないといけない」と述べた。一方、菅官房長官は18日、「東京大会は東京都が招致して開催するもの。その準備・運営は東京都と大会運営委員会が責任を持ってするものであると理解している」と述べ、コーツIOC調整委員長は、「大会予算の予備費で充当して欲しい」として、真っ向から食い違っている。
 小池都知事は、経費は「原因者が負担すべき」と主張する。2020東京オリンピック・パラリンピックの経費は東京都が開催地を含めて提案したらこそ負担するのであって、札幌開催の経費は積極的であれ、消極的であれ、それをやりたい人が負担すべきであると主張する。
 IOCの主張通り、仮に予備費から支出する場合は、按分はどうするかは別にして、国、大会組織委員会で負担することになる。
 2016年末に、海の森水上競技場、オリンピックアクアティクスセンター、有明アリーナの会場建設を巡って、小池都知事と森大会組織委員会会長、コーツIOC副会長との間で激しい対立が繰り広げられたのは記憶に新しい。
 マラソンと競歩の札幌開催を巡って、三つ巴の攻防戦の第二幕が切って落とされた。

マラソンと競歩の札幌開催 四者協議で合意 小池都知事「合意なき決定」として了承
 11月1日昼、東京・晴海でマラソンと競歩の札幌開催を巡って国際オリンピック委員会(IOC)、国、東京都、大会組織委員会で調整委員会(四者協議トップ級会合)が開かれ、札幌開催が合意された。
 会合の冒頭で、コーツ調整員会委員長から、4つの号事項が示され、▼会場変更の権限はIOCにある、▼札幌開催で発生する新たな経費は東京都に負担させない、▼既に東京都が大会組織委員会が支出したマラソン・競歩に関する経費については、精査・検証の上、東京都が別の目的で活用できないものは、東京都に負担させない、▼マラソン・競歩以外の競技は、今後、会場変更をしないとした。
 これに対して、小池都知事は「東京開催がベストだが、大会を成功させるこが重要なことに鑑みて、IOCの最終決定を妨げることはしない。『合意なき決定』だ」と札幌開催に同意することを表明した。
 この日朝、四者協議に先立って、バッハ会長は、小池都知事に直接メールを送り、マラソン開催地の札幌移転にともない、使用されなかった都内のマラソンコースを活用して、大会閉幕後、「オリンピックセレブレーションマラソン」を開催したらどうかという提案していたことが明らかになっている。
 小池知事はIOCからの突然のコース変更提案に、準備に心血を注いできた都民は失望しているとして、IOC側に「ぜひとも、誠意ある対応を示す必要があると繰り返してきた」と指摘。その上で「(バッハ会長から)真摯なメッセージを頂戴した」と評価して、今後、この新イベントについてIOCとともに具現化していくことに意欲を示している。
 バッハ会長の対応の巧みさが際立つ新提案で、これで札幌開催の合意に向けての流れが決まった。
四者会合で小池都知事は「地球温暖化の影響でこれから夏はさらに暑くなり、7月~8月の大会開催は、北半球のどこの都市で開催しても、暑さの問題が生じて無理がある。アスリートファーストの観点でIOCは五輪大会の開催時期をよく考える必要がある」と今後の五輪大会に向けてクギを刺した。
 これに対して、コーツ委員長は「『アジェンダ2020』ですでにオリンピック憲章を改正し、協議の開催地は開催都市以外や、場合によっては開国以外の開催も認められることになっている」と応じた。
 一方、10月30日、国際陸連などが札幌開催に向けて、マラソンと競歩の計5種目を3日間で開催する2案をまとめたことが明らかになった。いずれの案も男女のマラソンを同じ日に実施する計画である。
 変更案の一案は8月7日に男女20キロ競歩、8月8日に男子50キロ競歩を実施。マラソンは女子と男子を同じ日の8月9日に行う。
 二案は5種目を7月27~29日か7月28~30日に3日間で行う。男女マラソンは同日開催するが日にちは明示していない。二案の場合は新国立競技場で陸上競技のトラックが始まる7月31日以前の開催になり、同じ時期に東京と札幌の2カ所に分かれて陸上競技を行うことが避けられる。
 国際陸連は参加の各国・地域の連盟に対し、2案のどちらを望むかを10月31日までに回答するよう求めている。


四者協議トップ級会合 2019年11月1日 筆者撮影


四者協議トップ級会合 コーツ調整委員長と小池都知事 2019年11月1日 筆者撮影


四者協議トップ級会合 コーツ調整委員長 2019年11月1日 筆者撮影


四者協議トップ級会合 小池都知事 2019年11月1日 筆者撮影



際立った森組織委会長と武藤事務総長の手腕」
 IOCの札幌開催案を受けて、森組織委会長は東京都内で記者団に「暑さ対策の一環からみれば、やむを得ない。受け止めるのは当然」と述べ、いち早くこれを容認する姿勢を示した。
 IOCより札幌開催の一報を聞いて、森組織委会長は、武藤事務総長と二人だけで善後策を協議したという。最大の問題は小池都知事をどう納得するかが焦点だった。小池都知事が経費負担にこだわっているのを察知して、当初は予備費で札幌開催経費をまかなうという意向を示したIOCを説得して、全額IOC負担とし、東京都には一切負担させないことで小池都知事を納得させる戦略をとった。
 その一方で、IOCが負担するという札幌開催の経費増加分は、選手や大会関係者の旅費や宿泊費など一部で、大会運営費はもともと予算化されている上、札幌開催の方が東京開催よりコンパクトになる可能性大きいため、きわめて限定した額にとどまる見通しを持ったと思われる。コース整備も札幌マラソンのコースをフル活用したり周回コースにすることで最小限に抑えられる。また、東京都がすでにマラソン開催の準備に支出した経費の補填についても、道路の遮熱舗装などは、マラソン開催だけの目的ではなく、東京の街全体の暑さ対策を進めるインフラ整備費、「レガシー経費」とされた場合は、五輪開催経費の対象にはならないため、すでの東京都が支出した300億円のほとんどは対象にならないと可能性がある。元財務次官の切れ者の武藤氏であれば、簡単に見抜くことができたであろう。残されたのは、都民の反発や不満、落胆といった感情をどう抑えるかである。こうした感情が反オリンピックにつながるがIOCにとっては大きな痛手だろう。バッハ会長は、2020五輪大会終了後、東京都が準備したマラソンコースを利用して「オリンピック・セレブレーション・マラソン」を開催することを提案して、都民の感情に配慮する「切り札」を切った。
 札幌開催を巡る騒動では、森会長と武藤事務総長の沈着冷静な老練な手腕が際立った。IOCに札幌開催経費を負担させることでで東京都を納得させる根回しを行ったと思われる。大会組織委員会とIOC、タッグを組んで、周到に小池都知事の包囲網を張ったのである。今回の一件で、大会組織委員会はIOCの一層の信頼感を得てポイントを挙げた。

マラソンと競歩は真夏の東京開催を断念せよ 「アスリートファースト」の理念は何処へ行った?
 マラソンと競歩の札幌開催に強く反発する小池都知事は、これまで開催準備を進めていく際のコンセプトとして、「アスリートファースト」を何度も強調してきた。
 地球温暖化の異常気象が原因なのか、ここ数年の東京の真夏の酷暑は異常である。
 そもそも東京の8月に五輪大会を開催しようとするのが無謀な計画だろう。
 マラソンは、本来はスピード、走力、持久力を競う競技で、「暑さ」の「我慢比べ」を競う競技ではない。東京の真夏でレースはまさに「命がけ」のレースを選手にしいることになる。こうした競技運営は「アスリートファースト」の理念とはまったくかけ離れている。IOCの意思決定のプロセスや経緯は大いに批判されてしかるべきだ。しかし、五輪大会は「アスリートファースト」でなければならいだろう。小池都知事は酷暑の東京でのマラソンや競歩開催に固執して「アスリートファースト」の理念は放棄するのか。
 今回の札幌移転について、IOCの強引な進め方については、強く批判されてしかるべきだろう。今後の五輪の運営について禍根を残した。
 しかし、そのことは別にして、筆者は、マラソン・競歩の札幌開催は大賛成である。東京開催を支持する専門家もいるが、選手に「命がけ」のレースを強いて、なにがスポーツなのかまったく考えていないことに唖然である。
 経費が問題なら、札幌大会は本来の東京大会のコンセプトである「コンパクト」な競技会にすればよい。マラソン・競歩だけでなく水質汚染や水温が問題化しているトライアスロンやマラソンスイミングもきれいな海で泳ぐことができるように会場変更すればよい。東京以外で開催することになぜ抵抗するのだろうか。
 どうしても東京でマラソン・競歩を開催したければ、開催時期を秋や冬の期間にずらして行えばよい。競技を集中させなければならいない理由はなにもない。あるのは、一極集中にこだわり巨大な利益を守ろうとする商業主義だろう。
 オリンピックの肥大化や行き過ぎた商業主義が批判されてから久しい。競技の開催地や開催時期も分離することで、「アスリートファースト」の理念の下で「世界一コンパクト」な大会を目指すべきである。

難航 札幌移転 経費分担
 のマラソン・競歩の札幌開催は、東京都が費用負担しないことを条件に受け入れる形で合意した。IOCは「アスリートファースト(選手第一)」を理由に押し切ったが、肝心の費用分担の議論は先送りされるなど課題は山積している。開幕まで9カ月を切ったが、難問は抱えたままである。
 急遽決まった札幌移転に伴う追加費用の試算はIOCも組織委は行っていない。都議会最大会派の都民ファーストの会が先月25日に示した「340億円超」との見積もりも「根拠があいまい」(組織委関係者)との見方が多い。
 都外開催の経費負担については2017年5月、国、都、組織委の協議で枠組みを決めている。①大会後に撤去する観客席などの仮設施設の整備費(約250億円)は都が負担②国や民間が保有する施設の改修費(約250億円)を組織委が支出③警備や輸送などの運営費など約350億円は「五輪宝くじ」の収益を充てる。今回は国際オリンピック委員会(IOC)の一方的な措置として、都は費用負担を拒んだ。
 コーツ調整委員長は、四者協議で、東京都には札幌移転経費を負担させないとしたが、誰が負担するのかは明らかにしていない。国際オリンピック委員会(IOC)が負担するとは一切、言及していないのである。
 IOCは、一貫して大会組織委員会予算の「予備費」をあてにする姿勢を崩していない。
 「予備費」は、「1兆3500億円」とは別枠で、災害など予期せぬ事態に対応する費用として1000億~3000億円がV3予算で計上されている。しかし財源は決まってなく、組織委にチケット販売などによる増収分があれば充当するが、なければ都か国に負担が回る仕組みである
 コーツ氏は今後の費用分担の協議相手として札幌市と北海道も対象もげる。ただ鈴木直道・北海道知事、秋元克広・札幌市長とも「大会運営経費は組織委負担が原則」として都外の他の自治体同様、雑踏警備など通常の行政の範囲内の支出にとどめる姿勢だ。組織委内では今回はIOCの判断による移転のため、IOCがチケット販売に伴う取り分(総収益の7・5%)を充てることを望む声が上がっており、既に水面下での綱引きが始まっている。
 大会組織委員会としては、「1兆3500億円」の枠組みを死守しなければならいない中で、大会経費を押し上げる可能性のある札幌移転という難題を抱えた。
 国際陸上競技連盟はマラソン・競歩競技の5種目の開催予定を、これまでの5日間開催から3日間に短縮し、経費を抑制する方向で協議を始めたが意見の集約には時間がかかりそうだ。まだまだ迷走は終わらない。

マラソン札幌開催で費用合意 運営費は組織委とIOC、道路整備は道と市
 11月8日、大会組織委員会と北海道、札幌市の協議が開かれ、移転経費について、競技運営に必要な費用は組織委と国際オリンピック委員会(IOC)、道路整備など行政に関わる経費は道と市が持つことで合意した。
 東京大会は都外にある会場でも仮設施設の整備費は都が負担が、マラソンと競歩の経費は東京都は負担せず、組織委とIOCが受け持つことが決まっている。組織委の武藤敏郎事務総長は鈴木直道・道知事や秋元克広・札幌市長に方針を伝え、記者団に「都が負担するはずだったものを道や市が支払うことはない」と述べた。組織委はIOCに、応分の負担を求めるとした。



大会開催経費 1兆3500億円を維持 組織委員会予算 V4発表
 2019年12月20日、2020東京五輪大会組織委員会はV4予算を発表し、大会組織委員会の支出は 6030 億円、東京都は5973億円、国は1500億円、あわせて1兆3500億円で、V2、V3予算と同額とした。
 収入は、好調なマーケティング活動に伴い、国内スポンサー収入が V3 から 280 億円増の 3480 億 円となったことに加え、チケット売上も 80 億円増の 900 億円となる見込みなどから、V3 と比較して 300 億円増の 6300 億円となった。
  支出は、テストイベントの実施や各種計画の進捗状況を踏まえ、支出すべき内容の明確化や新たな 経費の発生で、輸送が 60 億円増の 410 億円、オペレーションが 190 億円増 の 1240 億円となった。一方、支出増に対応するため、あらかじめ計上した調整費を250 億円減とした。競歩の競技会場が東京から札幌に変更になったことに伴い、V3 において東京都負担とな っていた競歩に係る仮設等の経費 30 億円を、今回組織委員会予算に組み替え、組織委員 会の支出は、V3 から 30 億円増の 6030 億円となった。東京都の支出は30億円減5970 億円となった。
 焦点の、マラソン札幌開催の経費増については、引き続き精査して IOC との経費分担を調整して決めているとした
 また、東京 2020 大会の万全な開催に向けた強固な財務基盤を確保する観点から、今後予期せずに 発生し得る事態等に対処するため、270 億円を予備費として計上した。
 大会組織委員会では、今後も大会成功に向けて尽力するとともに、引き続き適切 な予算執行管理に努めるとした。
 2019年12月4日、会計検査院は、2020年東京五輪大会の関連支出が18年度までの6年間に約1兆600億円に上ったとの調査報告書をまとめて公表した。これに東京都がすでに明らかにしている五輪関連経費、約8100億円を加えると、「五輪開催経費」は「3兆円超」になる。(詳細は下記参照)
 「1兆3500億円」と「3兆円」、その乖離は余りにも大きすぎる。大会開催への関与の濃淡だけでは説明がつかず、「つじつま合わせ」の数字という深い疑念を持つ。
 12月21日、政府は、来年度予算の政府案が決めたが、五輪関連支出は警備費や訪日外国人対策、スポーツ関連予算などを予算化している。東京都も同様に、来年度の五輪関連予算を編成中で年明けには明らかになる。国や東京都の五輪関連経費はさらに数千億単位で増えるだろう。さらにマラソン札幌開催経費や1道6県の14の都外競技場の開催費も加わる。
 「五輪開催経費」は、「3兆円」どころか「4兆円」も視野に入った。



V4予算


V4予算(大会組織委員会)


2020東京五輪大会に一石を投じた都政改革本部調査チーム
小池都知事の五輪改革 迷走「3兆円」のレガシー (1)


小池都知事vs森会長 対立激化 小池氏「海の森」見直しに動く 舛添前知事 競技場整備に大ナタ 五輪巨大批判でバッハ会長窮地に
小池都知事の五輪改革 迷走「3兆円」のレガシー (2)


海の森、アクアスティックセンターは建設、バレー会場先送り 開催経費「2兆円」IOC拒否 組織委「1兆8000億円」再提示 組織のガバナンス欠如露呈
小池都知事の五輪改革 迷走「3兆円」のレガシー (3)


東京都 海の森水上競技場などの競技場整備見直しで413億円削減 V2予算1兆3500億円に 東京都「五輪関連経費」 8100億円を公表
小池都知事の五輪改革 迷走「3兆円」のレガシー (4)


五輪マラソン札幌移転の攻防 V4予算1兆3500億円維持 会計検査院報告 開催経費1兆600億円
小池都知事の五輪改革 迷走「3兆円」のレガシー (5)


“もったいない” 五輪開催費用「3兆円」! どこへ行った「世界一コンパクトな大会」
大会経費総額1兆6440億円  V5公表
小池都知事の五輪改革 迷走「3兆円」のレガシー (6)


東京五輪経費1兆4238億円 招致段階から倍増 最終報告
小池都知事の五輪改革 迷走「3兆円」のレガシー (7)



2020年1月1日
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廣谷 徹
Toru Hiroya
国際メディアサービスシステム研究所
代表
International Media Service System Research Institute(IMSSR)
President
E-mail
thiroya@r03.itscom.net
imssr@a09.itscom.net
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