福島の公聴会、強行採決の舞台づくりだったのか・そこに「秘密法」の本体を見る

2013-11-27 09:56:11 | 日記

       秘密保護法案・原発情報開示.「不透明」

                  福島公聴会・全員が反対、慎重意見

これは、11月26日、福島県の地方紙、「福島民報」一面トップの見出しである。

広辞苑で調べた。公聴会とは「国または地方公共団体の機関において、一般的関心、および目的を有する重要な議案について利害関係者・学識経験者などから意見を聴く」となっている。

さらに、付け加えれば「聞くと聴くとは大違い」という言葉があるように、聞くは「自分の意志がなくとも自然と耳に入ってくるもの」。聴くは「理解しようとする、自分の意志をもって耳に入れるもの」と言われている。7名の陳述者の意見を「聴いたのか」。この「公聴会の重み」は何だったのか。

福島の公聴会終了後、委員会筆頭理事である中谷元・元防衛庁長官が「法案全体の意義について理解を得られたのではないか」と述べている。

冒頭の見出しにもあるように、出席した陳述者は、与党の推薦者も含め全員が疑義をとなえ、法案に対する不信と不満を述べている。しかも、公聴会陳述者は、わずか4日前に招聘の通知を受けたというのである。

そして、翌日、福島公聴会を開催した衆議院特別委員会は強行採決を行い。しかも、同日の本会議で可決をしてしまった。

「福島県の公聴会は、採決のためのアリバイづくりか。舞台づくりであったのか」。

あまりにも、福島県民、国民をバカにした行為ではないか。

さらに、付け加えれば、福島県選出の森担当大臣は、県民の理解は十分に得られたのかとの問いに対し、「われわれ県民は今後30年、40年、廃炉作業にかかわらないといけない。むしろ県民だからこそ、テロなど不測の事態から子供たちを守るために必要な法律であることをわかってほしい」と。

またぞろ、ここでも「子どもを守る」を持ち出している。そのようなことで、この重要法案が正当化されるというのか。憤りを感じるのは私だけであろうか。

さらに、さらに付け加えたい。

特別委員会の強行採決の場に、なぜか安倍首相の姿はなかった。27日の毎日新聞の社説に次の記事が載っている。「首相のいる場で、強行する姿を国民に見せてはまずいと退席のタイミングを与党は選んだ」と。

それなら納得。同時にそのような形で、成立を強行する姿勢に「秘密法」の本質を表しているというものだろう。

悪法「秘密保護法」が成立した。自民党・公明党・そして、みんなの党による責任は、後世に伝え、残さなければならない。

そして、私たちである。

法案に反対したからと言って「拘束されることはなかった。声を上げることもできた」。

しかも、昨年暮れの総選挙、夏の参議院選挙において、「今日あることは語られ、予測できた」。にもかかわらず、私たちは自・公政権を生み出してしまった。

その責任は、主権者である、「私たち国民にもある」ことを強く認識しなければならないのではなかろうか。

3年後には、参議院選挙が行われる。あるいは衆参同時選挙も想定される。

この期間、自公政権への監視と、憤りを持続したいものである。

 

 

 

 


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