気軽に茶道をしてます。

日々のお稽古とともに、できるだけ手作りのお菓子で
お茶を楽しんでいる様子や、四季折々の変化もお伝えします。

「のりこぼし椿」が我が家にやって来ました。

2016-02-29 15:32:42 | 季節の花々
修二会(お水取り)、惣別火も今日までで、
本行で使われる「糊こぼし」等の準備も終わっており、
午後からは、二月堂の参籠所に移られて、
明日からは厳しい本行のはじまりです。

このおたいまつは、毎日1本二月堂に上げられ、
12日には11本のおおたいまつが、上がることになります。
今週末は暖かいそうで、良いかも・・・

先日、先生のお稽古に伺った折、
床に『のりこぼし椿』が活けられており、
うっとりとさせていただきました。
我庭にも一本あれば・・・
どんなにか皆様に喜んで頂けるでしょうか。

帰ってから、何回も口に出していたのを聞きつけ、
その度に、「どこに植えるの?、場所がないのに」と
嫌味を・・・

数日経ち、もうあきらめようと思っていましたが、
「車を出すから、パンフレットの住所に電話をして」っと
クリックで拡大(現在、木津川市へ)
   自作のパンフレットに、627品種掲載

この誘いに乗らないわけにはいけません。
植える場所はなんとでもなりますから。

車を走らせ、九年ぶりに伺いました。
御主人、奥様、柴犬と伝書鳩が迎えてくれました。
御主人山口三十治さんはベトナムの原種椿を交配した
『ハノイの夜明け』を作出された育種家なんです。

東大寺の開山堂の原種「のりこぼし椿」は、
桃紅色に白斑があり、弁数は5弁で、
雄蘂とは花弁基部で合着しています。
花形は、一重盃上咲きで、筒蘂が特徴となります。
東大寺開山堂
これによく似た「のりこぼし椿」を選ばなければ、
用意されていたのは、数鉢ありましたが、
この白斑が一番良く似ております。
接ぎ木されて4年経過したこの椿をチョイス、

お友達にも「初嵐」と「白玉」を頂いてまいりました。

帰って、早速植えようと思っていた場所、
踏み石と畑の間なのですで、この踏み石を持ち上げ
場所を譲ってもらうアピールをしようとすると、
突然、カナヘビが大小5匹ほどの巣が現れ、声が出ました。

声を聞きつけ、おっとり刀で駆けつけた、かの人は、
スコップを持ってきて、カナヘビの巣を避け、
畑の一部を掘り込み、植えてくれました。


今日は、お昼前から雨が降り始めており、
雨に濡れた、「のりこぼし椿」もいいものです。
今年は、飾れないと思っておりましたが、
 
一輪の蕾が・・・

最後の大炉稽古に『紅炉一点雪』を

2016-02-28 18:08:37 | お稽古
奈良は今週末3日とも、氷点下2℃前後とまだまだ寒く、
お水取り(修二会)が終わらないと、
奈良には春が来ないとされております。
今日は、如月のお稽古の最終日、大炉稽古も・・・
名残りおしいものです。
 

名残?とはいえませんが、早く春を招きたく玄関のしつらえは
紅炉一点雪』(こうろいってんのゆき)を、
『紅』つながりを考え、選んでみました。
 
2月初旬頃の最も寒い時期に、よく掛けられるお軸ですが、
碧巌録の南泉一円相の垂示の項に
「荊棘林を透る衲僧家、炉上の一点の雪の如し」からで、
 ”煩悩、執着のいばらの林を透りぬけて来た禅の僧ならば、
  真紅に炎を上げて燃えさかる鉱炉の上に、
  一片の雪が舞い落ちたとしてもシュンともいう間もなく、
すぐに消えてしまだろう”
有馬頼底さんは、この言葉を、
 ”おけいこの大変さをことばや顔に出さずに、
 淡々としてお茶に専念する人が本当の茶人である
”と

床には「春嬉と紅梅」を掛け

棗も『春秋棗』の「紅梅」を
クリックで拡大
『紅』つながりになっておりますでしょうか。

お稽古は二人、早めに来られ、
二階でサッと着物に召し替えられ、始まりました。
棚のお薄点前ですが、やはり勝手が違うようです。
椿餅も喜んでいただき、

楽しくお稽古を終えることができました。

でも私には仕事が残っております。
広口釜のお湯を取り去り、乾かします。

残り火も無くなり、広口釜も乾き切りました。

来年まで、お道具はお休みで、仕舞わなければ、
そして大炉から灰を取り去り、
きれいにお掃除もしなくてはいけません。
それから、灰も・・・
まだまだお仕事が残っていますね。

愚痴を言ってはダメですね。
茶道を嗜むものとして
紅炉一点雪』の深い意味を考え直さなくては。

お雛様に見守れながら点茶盤で

2016-02-27 10:09:37 | お稽古
昨日のお稽古は、朝はお一人、昼からお三人さんで、
点茶盤にてさせていただきました。

玄関には、赤膚焼の飾り雛、さらに
貝合わせの中にも、お雛さま。

稽古場の床には、孫のお雛様がでーんと!
 
軸は、『春嬉』
花は、ピンクの馬酔木に源氏車椿を
  
お雛様ずくしのしつらえで、お迎えいたしました。

ひとときを 童女にかえる 雛人形
           園田世志乃
若き日に戻ることができましたでしょうか?

立礼は、正座が苦手な方もお茶のお稽古ができます。
正座をする事が苦痛になるとお稽古を楽しめません。
特にお稽古始めの方は一つのお点前に
時間がかかってしまいますよね。

立礼はありがたいお点前です。
もちろん私にも
立礼稽古 足が弾むや 雛の先
               愚句

主菓子は、『椿餅
先日は黒米でお餅を作りましたが、
今日は白い道明寺の餅にしております。
彩としては、「白」と「緑」はやっぱり良いですね。

干菓子は、『黒砂糖の琥珀糖』『梅』
  
お雛様に見守られ、
楽しくお稽古を終わることができました。

お雛様を床に

2016-02-26 19:23:54 | しつらえ
玄関は、『糊こぼし』で華やかですが、

赤膚焼の雛飾りに、もうひとつ飾りました。
それは「貝合わせ
蛤の内側にも、かわいらしいお雛さまが、
そして白梅、今の季節にピッタリですね。

そして、お稽古場にはお雛様がドーンと
孫のおかあさんのものですが、かわいらしいですね。
 

雛あられ 春の色だけ 早く減り』 
   本田 しおん、15歳(18回伊藤園おーいお茶新俳句大賞から)
27回伊藤園おーいお茶新俳句大賞の応募も始まっており、
この句の作者はどんな女性になられたことなのでしょうか。

雛あられ 両手にうけて こぼしけり
               久保田万太郎
こんな時もありましたね。
今や小学生で、言葉を選ばないといけません。
やり返されるようになりました。

そういえば、先日ですが、家で預かることがあり、
私にも少し時間があったので、
久しぶり(秋以来?)にお稽古をしました。
 
驚くばかりの成長が見られます。
さっさっと、手が動き、所作も・・・
教えたことをちゃんと覚えてくれており、
こんな孫を見ると、何かしらあげたくなりますね。
相方に、いつも睨まれておりますが、やめれませんね。

「菜の花忌」を思い出す

2016-02-25 16:21:15 | 日記
修二会のことを少しでも知りたいと思い、
一冊の本を手に取りました。それは
司馬遼太郎さんの『街道をゆく24』近江・奈良散歩。
なかを読み返しておりますと
連行衆の第三座『咒師』のところで、
咒=呪、”インドのまじないことばという意味で”と続き
昭和20年代・・・「上司海雲」さんという名が、
志賀直哉が去った高畑サロンを引き継ぎ、書も一流、
観音院サロンを主催されるほどの文化人だそうで、
親しみを込めて「観音院さん」とよばれており、
今年の咒師は、上司永照
先日の講演「阿留辺畿夜宇和」の講師は上司永照さん
同じ苗字で、・・
なんと、観音院さんのお孫さん?なんですね。

修二会のこれからの予定です。
二十七日からは、『惣別火』で、外出できず
精進潔斎された後は、白鼻緒の草履を履いて歩かれ、
「てしま」というござ(敷物)にしか座れません。
この週末最後の寒気が押し寄せ、最低気温は-4℃ですが、
暖を取れるのは、自分の火鉢だけにしか当たれず、
2月の晦日の午後には、二月堂の参籠所に移られます。
 

司馬遼太郎さんは、菜の花を好まれており、
作品にも「菜の花の沖」も書かれていることで、
忌日を『菜の花忌』と呼ばれていることを思い出しました。
その日がいつだったのでしょうか・・・?
2月12日、もう過ぎてしまいましたね。
今年はなんと没後20年、早いものです。

東京都内では没後20年を迎え、この20日に、
「司馬作品を語りあおう−−今の時代を見すえて」をテーマに
「第20回菜の花忌シンポジウム」
司馬遼太郎記念財団主催で行われたそうです。

大阪ではといいますと
司馬遼太郎さんは、最後まで大阪を離れらえず、
東大阪市民でおられたそうです。この自宅含め
安藤忠雄さん設計の『司馬遼太郎記念館』が建てられており、
ここで、「司馬遼太郎没後20年記念講演会」が開かれます。
日時:3月1日(火)15時、
場所:司馬遼太郎記念館(東大阪市下小阪3)
講演:「二十一世紀に生きる君たちへ 安藤忠雄」
料金:入館料込み1500円。先着順です。
問い合わせ:電話(06・6726・3860)
     FAX(06・6726・3856)

玄関に『糊こぼし』を

2016-02-24 07:34:17 | お稽古
二十日から始まった東大寺二月堂の修二会
本行入り前の『試別火』という修業中ですが、
昨日二十三日に、『花ごしらえ』という
仏前にお供えするツバキの造花を手作りされ、
その数四百個の造花が次々と出来上がっております。
毎日新聞より
このツバキの造花には、こんなお話があります。
その昔『お水取り』に使う造花の椿を作っていた時に、
その赤い紙に糊を誤ってこぼしてしまい、
白い斑点のある赤い椿になってしまい、
その造花のツバキが二月堂の南西にある開山堂の庭に咲く
椿の花、『良弁椿』に似ており、『糊こぼし椿』と呼ばれ、
糊こぼし椿
以後この造花のツバキも、
花の芯は、タラの木で作り、
雄しべの黄色は、くちなしの実の色素で、
色付けし、芯に黄色い紙を巻きつけます。
花びらの赤色は、白の和紙を紅花色素で色付けし、
そして今まではこの赤色の和紙だけだったのが、
白色の和紙も交えて張られるようになりました。

玄関に、昨年同様『糊こぼし』を飾っております。
  
玄関が華やかになりました。
きっと、ほんのいっときでしょうが、
別火坊も華やかな雰囲気に包まれた事でしょう。

「柊南天」の小さな黄色い花が

2016-02-23 13:27:35 | 季節の花々
立春を過ぎ、庭の隅にある柊南天(ひいらぎなんてん)に、
小さな蕾が鈴のように付き始めており、よく見ると
柄のある蕾が花茎に均等についております。

数日後には、黄色がかった小さな蕾もちらほら、
雨水を過ぎると、
一雨毎に寒暖の差が激しいですが、雨の中
その蕾に、数輪ですが黄色い花が咲きだしました。
 
今朝からは曇り空の中、こもれ陽とともに、
ぶどうのような匂いがしました。
 クリックで拡大
小さな花なのに、なんて可愛いいんでしょうか。
春告ぐる 黄の花房を ひそと抱く 
        柊の葉に 陽のやはらかし

                  紫苑
花辞典によると、
花弁は6枚で、先が浅く2つに裂けており、
萼片は9枚で、雄しべ6本と雌しべ1本からなり、
開花時、雌しべに触れると、その外側にある雄しべが
雌しべの方向に動く様子が観察できるそうで、
昆虫が雌しべのブドウのような匂いにひきつけられ訪れると、
自然に雄しべが動き、昆虫の体に花粉を付着させます。
そしてほかの花へと花粉が運ばれるのだそうです。

尚、柊南天の名は、
葉っぱにのようにノコギリの歯のような刺があることからで、
この棘が、古くから邪気を払うされており
南天は、その読みが「なんてん=難を転ずる」に
通じることから縁起が良いとされております。
この二つの植物の名前を併せ持つ『柊南天』は、
名前からも極めてありがたい木であり、
花と果実、緑の葉や紅葉したの葉と、
見た目にも、一年中楽しめますね。

椿餅(つばいもちひ)のつばいは

2016-02-22 12:55:51 | 主菓子とお干菓子
今日の自宅稽古はお昼からになり、
先日「第三回珠光茶会」に伺ったた折、黒米の椿餅を頂き、
初釜残りの黒米があることに気がついておりました。
閑を見つけ、思い切って『椿餅』を作りました。
前日に、黒米1合ともち米2合を別々に水に漬けておき、
土鍋に、混ぜ入れ、

炊きあげました。

少し水が多く、柔らかすぎましたが、
漉し餡を間に入れ、手の平で俵状に。

残りは、冷凍しております。
庭から椿の葉っぱを摘み、洗ったのち、
その葉二枚で挟み込み、完成です。
 
良い色が出ておりますでしょうか。
果皮に健康に良いアントシアニン系の紫黒色素のためです。

椿餅(つばいもちひ)は、通常は、白い餅生地ですが、

クチナシやシナモンで色づけされたものもあり、さらに
椿の葉の裏表の使い方が異なるお店もあるそうです。

椿餅(つばいもちひ)』の由来は、
軽食代わりとして食べられた日本最古の餅菓子と言われ、
紫式部の「源氏物語」34帖 若菜上にでております。

光源氏41歳、3月の夕暮れ、六條院春の御殿で
光源氏のお召しにより若者達が蹴鞠に興じておる折、
 ”干飯や餅の粉を甘葛や干柿の糖分で固め、
  椿の葉二枚で挟んだ菓子。
  多く蹴鞠の後、食する。”と記され、
南北朝時代に記された源氏物語の注釈書『河海抄』によると、
 ”椿の葉を合わせて餅(もちい)の粉に甘葛(あまずら)
  をかけて包みたる物”
と説明されているようです。

甘味料が甘葛煎から砂糖に替わったことにより、
餅の中に餡が入るようになり、今に至るわけです。

そもそも『椿』の字の成り立ちは、
春、花が咲く=春+木の合字の国字になります。
それをツバキと訓むのは、
葉に光沢がある「艶葉木(ツヤバキ)」または
葉に厚みがある「厚葉木(アツハギ)」が由来だそうで、
                  (諸説あり) 
またツバキと呼ぶ漢字は
「海石榴」、「海柘榴」、「海榴」とも書かれますが、
石榴・柘榴は中国では「ざくろ」を意味します。
その昔、日本特産のツバキが中国に渡ったとき、
中国のザクロに似た花と実をつけたので
「海を渡ってきたザクロ」海柘榴の漢名があてられたとも。
                   (諸説あり)
歴史を好きな方は、ご存知でしょう。
奈良桜井の三輪にある海石榴市(つばいち/つばきいち)という地名を。
万葉歌にも詠まれた古代市の要衝の跡地で、
古代の男女の社交場?『歌垣(うたがき)』の舞台ともなり、
海柘榴市の 八十の衢に 立ち平し 
      結びし紐を 解かまく惜しも

            万葉集(2963)
さらに万葉集には、
三諸(みもろ)は人の守(も)る山 本辺(もとべ)は
 馬酔木花開き 末辺(すえべ)は椿花開く・・・
」と

このように三輪の周辺に『椿(海石榴)』の木が多く、
「聖なる木」として、名の由来になったのではないでしょうか。

修二会(お水取り)、戒壇院別火坊にて試別火はじまる

2016-02-21 14:13:00 | 日記
二十日から奈良に春を告げる東大寺のお水取り、修二会
752年より途絶えることなく続けられ、
今年でなんと1265回目となり、
前行の試別火(ころべっか)が雨の中始まりました。
心身を清めて精進生活のなかで、つまりこの日から
俗世を離れ、清浄な火を使うことから「別火」と呼ばれており、
試別火の間、練行衆は仏前に供える造花を支度したり、
声明(しょうみょう)を稽古したりされるそうです。
27日からは、私語や土の上に降りることも許されない厳しい行
惣別火(そうべっか)へと続き、

三月一日から二月堂にて大たいまつで有名な修二会本行へと。

      昨年の二月堂、ご香水を頂いた時の写真です。

なお別火は二月堂ではなく、戒壇院別火坊で行われ、
この『戒壇院』は「空前絶後、唯一無二、四天王像」として
以前JR東海のCMで紹介されておりましたが、
日本仏教の黎明を告げるための『授戒』を授けに
来日された鑑真和上により建立されております。
この授戒とは、仏徒として生きることを釈迦に誓う代わりに、
三師七証の高僧に導かれて、宣誓する受戒の儀式だそうです。

戒壇院は別火の行になんとふさわしい場所なんでしょうか。
天平時代の四天王像、迫力ある眼差しのこの守護神は、
本行へとむかう連行衆たちの心の中まで、
見据えおられるのでしょう。

練行衆は11名で、東大寺とその末寺の僧から選ばれます。
次のような役割で、
四職(ししき)
和上(わじょう)  練行衆に戒を授ける(3月1日と8日)
大導師(だいどうし)最高責任者として修二会を指揮
咒師(しゅし)   密教的修法(神道的作法も)を行う
堂司(どうつかさ) 修二会の進行役
平衆(ひらしゅ)
北衆之一(きたのしゅのいち) 平衆の統率役、総衆之一
南衆之一(みなみのしゅのいち)平衆の次席
北衆之二(きたのしゅのに)
南衆之二(みなみのしゅのに)
中灯(ちゅうどう)      書記役、中灯之一とも
権処世界(ごんしょせかい)  処世界の補佐役
処世界(しょせかい)     雑用役

今年、2016年の練行衆のなかに、先日お話を伺った
上司永照・持宝院住職さんのお名前もあり、
『阿留辺畿夜宇和』の講座の中で
23回目の参籠だとおっしゃっておられましたが、
なんと・・・上から三番目『咒師』をされております。

上司さん曰く、祈りの目的は「風雨順時
つまり
 「人に慎みがあれば春はまた来てくれる。
  季節が季節として巡ってくることの大切さを
  感じられる行にしないといけない


付録)
修二会を英語でFire Festivalは間違いで、
本当の名は、「十一面悔過(けか)」と言い、二月堂のご本尊
「十一面観世音菩薩」に人々に代わって懺悔し、
平和と豊穣を祈りささげる法会です。
その始まりは、実忠和尚の天界の天人たちの行法を見て、
これをぜひ下界に持ち帰りたいと願いに願い、生身の、
温かく鼓動のする観音さまが来られたことからだそうです。
別名の『お水取り』は、川で魚とりに夢中になり遅れて参上した
うっかりな若狭の国の神さまからのお詫びのお水だそうです。

丸卓を使って大炉点前、『下萌』を作りました

2016-02-20 11:56:54 | 主菓子とお干菓子
今日の自宅稽古は、朝と夕方にお一人づつの予定。
昨日夜遅く帰宅したため、雨の朝で部屋が暗いのか
なかなか床から離れません。
 
大慌てで、準備に取り掛かりますが、
朝のルーティーン、スムージー作りは欠かせません。
庭に育つ葉物、大根葉も少なくなり、今日は小松菜に、
林檎、バナナ、レモン果汁、牛乳のスムージーを一杯。
それから百合根餡と白餡で、主菓子作りに取り掛かります。

春日野の 下萌えわたる 草の上に
      つれなく見ゆる 春の淡雪

             (新古今和歌集)
下萌』と名付けました。
 
玄関前、お稽古部屋などの掃除をすませ、
大炉での棚手前もこの季節にしか味わえないもの、
こんな感じのしつらえにしました。
 
お床の代わりには、
 
炭を熾して炉に入れ、
沸騰させた湯の入った釜を掛けて
後は、来られるのを待つだけ・・・

時間を過ぎても、見えられず、慌ててスマホチェック。
私のミス、稽古時間変更メールが入っておりました。

頂いた時間、
『真の炭』の自宅稽古に、有難く使わせていただきました。