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ひでさんの思いつき日記

志度の畑の事・お出かけの記録・パソコンに関することなど
記録に残しておきたいような出来事を時々書いていきます。

屋島の家から志度のログハウスまでの道をストリートビューで撮りました。(NO.2)

2014-07-07 | パソコン

定年後に志度の畑をやり始めて、もう10年が過ぎました。屋島にある家内の実家から畑のある志度までの
行き帰りの足に必要で買った90ccのHONDAのバイクの走行距離が 15,000kmを超えました。
11号線よりも通行量の少ないバイパスを使って片道 約12kmの道のりですが、何回も通ると
当初よりも距離と時間は同じでも近くに感じるようになりました。
このところ途中でデジカメ写真を撮って ブログに載せたりしていて Googleのストリートビューの方が
きれいな画像が撮れることに気づき、まとめてみました。
Googleのストリートビューが2012年の7月だったので、季節的にちょうど良い画像が見られました。


以下の地図はGoogleマップからSnipping Toolで切り取って 途中のポイントに画像を入れた後半の分です。


この地域は石の産地が多く有り庵治石が有名で石の置き場らしきところを通ります。いつも通る近道にある畑には 朝早くから畑の手入れをしている人を見かけます。プロの畑はとても参考になり、どんな野菜を植えているのかとか生育状況を見るようにしています。

   


No.12の画像にある黒い石の彫刻が立派なもののように見えます。私の中学の頃の記憶で多度津町出身の彫刻家
速水史郎という人を思い出してインターネットで調べてみました。

   速水史郎(はやみしろう 1927年-)香川県多度津町生まれ多度津町在住の彫刻家。
   徳島大学工学部 卒業後、多度津中の理科教諭となる。49年に県美術展覧会初出品。
   54年、善通寺東中へ転勤し美術教諭に。
   73年に第1回彫刻の森美術館大賞展出品、以来野外彫刻展で多数受賞。
   卒業、和瓦の技法を用いた黒陶と石彫の作家である。
   特に石彫は、モニュメンタルな 作品やパブリックアートが多く、
   東京国立近代美術館、作品収蔵。
   全国に300点を超えるモニュメントを設置。

No.13の画像にあるのは民家の人が始めたモーニングのお店の看板で、一度立ち寄ってコーヒーをと
思ったりしますが、いつもあわただしくて通り過ぎます。


  屋島五剣山も見る方向で山の形状が
 大きく変化します。五剣山がきれいな形で
 見えるこの場所で何回か写真を撮りまし
 た。

 

  

 


右の画像は香川県立保健医療大学です。
外装に石を使ってある立派な建物ですが
学生の姿はあまり見かけません。
曜日と時間の関係かと思うのですが、ずいぶん人里離れたような辺鄙な場所なので遊ぶところはどこでしょう。

   

 

 

 

 

  


 

 大学を通り過ぎると牟礼トンネルです。
 このトンネルを出るとさぬき市志度で、
 平賀源内の出身地ということで入り口に
 イラストがあります。
 志度寺の近くに「平賀源内記念館」があり
 ますが
 行ったことがありません。
 インターネットで調べて WORD → 
 PDFにして
 画像にしました。

  

  資料の2pにリンクします。

 

去年の春にコンビニがセブン・イレブンに変り、Fujiiというスーパーの近くにドラッグストア「コスモス」もオープンしました。
高徳線の踏み切りをこえたところのお店も近くに移りました。美容室の人はいつも店先の花の手入れをしています。

  


 No.23の画像にある無人の桃の販売所
 7月くらいに設置されます。
 6月の末に2回 3個入り100円の桃を
 買うことが出来てラッキーです。
 かなり小ぶりな桃ですが 桃の味がするので十分です。
 その向こうに見える家の角を右折すると
 ログハウスのあるところに着きます。

  

 

 

 

 

 

 



以前にGoogleマップの航空写真でログハウスに付近を編集した画像がありました。
志度ICから近くです。近所の家から50mほど坂を上ったところにログハウスがあります。   


大阪から高速バスで行くときに バス停からログまでの地図を作っています。
いつもJR高徳線の踏み切り付近で出会う電車の写真を撮ります。
それと畑を教えてくれたTさんが好きな風景だと言っていた 屋島と五剣山が見える写真もよく撮ります。

   

        

   

        


屋島の家から志度のログハウスまでの道をストリートビューで撮りました。(NO.1)

2014-07-06 | パソコン

定年後に志度の畑をやり始めて、もう10年が過ぎました。家内の実家が屋島にあり、
畑のある志度までの往復にと買った90ccのHONDAのバイクの走行距離が 15,000km
を超えました。一往復で約25kmですから600回 ということは月に5回くらいの往復です。
それ以外に家内の車に乗っての往復もあるので、もっと志度の畑には行っています。


屋島の家から志度のログハウスまでバイクで行った時に撮った写真をブログに何回か書いてあります。
2014-7-3のブログ:志度の畑でタイミング良く 完熟のスモモを採ってきました。

 29日(日)の朝 屋島から志度にバイクで 行く途中 何枚かの
    写真を撮りました。
 家を出て、新川に沿って南下して 右折する橋の上から
 屋島が台形に見えます。
 川には白サギがかなりいて、写真におさめました。 
 屋島から志度に近づいてくると 五剣山の形が良く見える場所があ
 り、
そこで撮った写真とバイクのバックミラーに映った五剣山です。

     

2014-6-16のブログ:志度の畑でたくさんのジャガイモと梅を採り、追加でサツマイモを植えてきました。

   志度の4日目の朝はバイクで屋島から志度までの
   12km
  
   いつもの道で行きましたが、少し余裕があって
   途中の風景をデジカメで撮ったのを
   Photoscaoeで編集しました。

 

 

 2014-5-5のブログ:志度の畑は5月になって暑くなり、サツマイモと夏野菜の苗を植えてきました。

  屋島の家から志度の畑までは 約12kmほどの
  距離で バイクで行き来するのですが、
  もう田植えを終えた風景もあってデジカメで
  写真を撮りました。
 一枚の背景は屋島の隣りの五剣山です。

 

  今回は4日間有るので気分的に余裕があり、
 新川の橋から見える朝の屋島の写真を
 撮りました。
 河川敷には黄色の菜の花と
 紫色の花が咲いていてきれいです。
 帰りに志度湾の近くを通るとちょうど夕陽が
 沈む時で写真が撮れてよかったです。


2013-3-17のブログ:志度の畑には水仙が咲いて春の感じになっていました。

  屋島の家があるのは琴電 潟元駅から歩いて10分くらいの
  屋島西町で、
近くに屋島があり源平合戦に出てくる新川も近くで
  す。
橋の欄干にある那須の与一の像と扇の的のレリーフがありま
  す。

           

2013-3-4のブログ:今年も例年どおり志度の畑にジャガイモを植えてきました。

 屋島の家から志度の畑まで約12kmありま
 す。
バイクですので海沿いの交通量の多い
 11号線を
避けて山の方にある新しい道を
 走ることが多いの
ですが、今回 家の近く
 を少し遠回りになる新しいルートに変えて
 みました。
川に沿って南下したところで
 屋島と五剣山が並んで見えたので2枚の
 写真を
同じパノラマ写真にしました。

 屋島の家から志度の畑までの道順をYohooの地図で検索して 
 Snipping Tool
切り取って Wordに貼りつけPDF→JPG画像にしました。 


今回 Googleマップで同じルートの地図を Snipping Tool で切り取って画像にしました。

屋島西町の家から志度のログハウスまでの中間点までの地図と ストリートビューから取り込んだ画像に
関係のある画像を貼りつけた分です。


新川の橋を右折するのは少しだけ遠回りですが、バイクの時には
川沿いの広めの道を通ることにしています。

橋を渡って左折するとJR高徳線の踏み切りがあり
海が干潮の時にはこの付近にもシロサギが多くいます。     
川沿いを南下して行くと屋島の台形がきれいに見えます。

                       右が五剣山で両方の写真を橋から撮ります。

   

夕食に寄ることのある「淡海」を過ぎると大きな交差点があり、
高松東部運動公園の近くは登り坂です。 坂を下ると「郷屋敷」があり、ちょうど志度までの中間点です。

   


Google アートプロジェクトから浮世絵画家の作品を集めました。

2014-06-24 | パソコン

Google アートプロジェクト(Google Art Project)は、Googleのパートナー・ミュージアムが

所有する美術品を、高画質で鑑賞できるサービスで、アドレスは

http://www.google.com/culturalinstitute/project/art-project です。

最初の画面は以下のようなもので、コレクションは美術館の名称・アーテイストが画家の名前から

検索できるようになっています。

     

コレクションの検索欄に「MoMA, The Museum of Modern Art」(ニューヨーク近代美術館)と

入力すると 以下のように作品のリストが表示され それらの作品を見ることができます。

     

アーテイストの検索欄に「北斎」と入寮すると 以下のように作品のリストが表示され 

それらの作品を見ることができます。

     

 

 

  江戸時代に活躍した浮世絵画家調べて
  作品数の多い画家5人を年代順に
  まとめてみました

  

 

  江戸時代の画家の年表をインターネット

  調べて編集しました。

 

 


今回 Picasaウェブアルバムに江戸時代の浮世絵画家 5人の作品を

インターネットから取り込んで Picasaウェブアルバムに登録しました。

  ☆画像をクリックすると Picasaウェブアルバムにリンクします。

   

     喜多川 歌麿、(1753年頃? - 1806年10月31日)は、江戸時代の日本で活躍した浮世絵師。
      国際的にもよく知られる浮世絵師として、葛飾北斎と並び称される。
      繊細で優麗な描線を特徴とし、さまざまな姿態、表情の女性美を追求した美人画の大家であ
                     る。
       歌麿はそれまで全身を描かれていた美人画の体を省き、顔を中心とする構図を考案した。
       これにより、美人画の人物の顔の表情や内面を詳細に描くことが可能になった。
       歌麿は遊女、花魁、さらに茶屋の娘など無名の女性ばかりを作品の対象としたが、
       歌麿の浮世絵によってモデルの名前はたちまち江戸中に広まるなどし、
       歌麿の浮世絵は一つのメディアへと育っていった。

       1804年 豊臣秀吉の醍醐の花見を題材にした浮世絵を描いたことがきっかけとなり、
       幕府に捕縛される。
       これは当時、豊臣秀吉を芝居や浮世絵などにそのまま扱うことは禁じられていたことに
                         加え、将軍・徳川家斉を揶揄する意図があったとも言われている。
       この刑の後、歌麿は非常にやつれたとされる。
       しかし歌麿の人気は衰えず版元からは仕事が殺到したとされ、
       その過労からか二年後の文化3年(1806年)死去した。享年54。
 


   ☆画像をクリックすると Picasaウェブアルバムにリンクします。

   

     葛飾 北斎(1760年10月31日 - 1849年5月10日)は、江戸時代後期の浮世絵師。
       化政文化を代表する一人。
       代表作に『富嶽三十六景』や『北斎漫画』があり、世界的にも著名な画家である。
       葛飾派の祖となり、後には、フィンセント・ファン・ゴッホなどの印象派画壇の
                         芸術家を始め、工芸家や音楽家にも影響を与えている。
       浮世絵以外にも、いわゆる挿絵画家としても活躍した。
       黄表紙や洒落本・読本など数多くの戯作の挿絵を手がけた。


       数ある号の一つ「葛飾北斎」を名乗っていたのは
       戯作者の曲亭馬琴とコンビを組んだ一時期で、
       その間に『新編水滸画伝』『近世怪談霜夜之星』『椿説弓張月』などの作品を発表し、
       馬琴とともにその名を一躍不動のものとした。
       読み物のおまけ程度の扱いでしかなかった挿絵の評価を
       格段に引き上げた人物と言われている。
       嘉永2年4月18日、北斎は卒寿(90歳)にて臨終を迎えた。
 


   ☆画像をクリックすると Picasaウェブアルバムにリンクします。

   

     歌川 国貞、〈1786年 - 1865年1月12日〉は、江戸時代の浮世絵師。
       のちの三代目歌川豊国。
       面長猪首型の美人画が特徴。存命中と没後で評価が分かれる。
       豊国襲名後は工房を安定させ大量の作品を出版、
          作品の数は浮世絵師の中で最も多い。
       その作品数は1万点以上に及ぶと言われる。


       歌川広重と合作した「双筆五十三次」においては、
       三代目豊国が歌舞伎役者などの人物を描き、広重が風景を描いている。
       天保の改革により、美人画、役者絵にさまざまな制約が加えられたが、
       改革の抑圧が緩和すると、嘉永頃にはその反動で彫り摺りの技術は
       一層高度に極彩、細密なものとなり、目を奪う工芸美といえる
       浮世絵版画が作られるようになっていった。
       1865年に79歳で死去。
 


    ☆画像をクリックすると Picasaウェブアルバムにリンクします。

   

      歌川 広重、(1797年) - (1858年10月12日)は、浮世絵師。
           本名安藤鉄蔵。江戸の定火消しの安藤家に生まれ家督を継ぎ、
           その後に浮世絵師となった。かつては安藤広重とも呼ばれたが、
           安藤は本姓、広重は号であり、両者を組み合わせて呼ぶのは不適切で、
           広重自身もそう名乗ったことはない。


           また、ゴッホやモネなどの画家に影響を与え、世界的に著名な画家である。
           歌川広重の作品は、ヨーロッパやアメリカでは、大胆な構図などとともに、
           青色、特に藍色の美しさで評価が高い。この鮮やかな青は藍の色であり、
           欧米では「ジャパンブルー」、あるいはフェルメール・ブルーになぞらえて
           「ヒロシゲブルー」とも呼ばれる。
           ヒロシゲブルーは、19世紀後半のフランスに発した印象派の画家たちや、
           アール・ヌーヴォーの芸術家たちに大きな影響をあたえたとされ、
           当時ジャポニスムの流行を生んだ要因のひとつともされている。
           安政5年没。享年62。死因はコレラだったと伝えられる。
 


    ☆画像をクリックすると Picasaウェブアルバムにリンクします。

   

           歌川 国芳、〈1798年1月1日〉 - 〈1861年4月14日〉は、江戸時代末期の浮世絵師。
             画想の豊かさ、斬新なデザイン力、奇想天外なアイデア、確実なデッサン力を持ち、
             浮世絵の枠にとどまらない広範な魅力を持つ作品を多数生み出した
                                               絵師である。
             師・豊国没後の1827年頃に発表した大判揃物『通俗水滸伝豪傑百八人』という
             『水滸伝』のシリーズが評判となる。
             “武者絵の国芳”と称され、人気絵師の仲間入りを果たした。
             『東都名所』などの西洋の陰影表現を取り入れた名所絵にも優れており、
             美人画や役者絵、狂画にも多くの力作を残している。

             水野忠邦が失脚した後、国芳は待ってましたとばかりに江戸の人々の度肝を
                                               抜く武者絵を世に送り出していった。
             国芳の描いた『宮本武蔵と巨鯨』は、浮世絵3枚分に描かれたまるで
             大スペクタル絵画である。
             武蔵の強さを表現するのに相手が人間では物足りない。
             桁違いの鯨と戦わせることでヒーロー武蔵の強さを伝え、
             国芳を称える声が満ち溢れた。
             実は国芳は当時なかなか手に入れることができなかった西洋の銅版画を集め、
             遠近法や陰影の付け方の研究に励んでいた。
             国芳が56歳の時、新たなシリーズの製作に取り掛かった。
             それは47人の志士が揃う忠臣蔵である。
             国芳はこの作品を新しく学んだ西洋画の技法で描いた。


Picasaウェブアルバムに美術館の印象派・ポスト印象派の絵画を載せました。

2014-06-11 | パソコン

Google Art Project(世界の美術館めぐり)について 2012年の7月に

初めてブログに投稿しました。 「インターネットで世界の美術館めぐりができます。」

2013年の3月には 「Google Art Project  ニューヨーク近代美術館」

2014年の4月には 「京都文化博物館で印象派の絵画」をブログに書きました。


今回 Picasaウェブアルバムに印象派の画家 5人(ピサロ・シスレー・マネ・モネ・ルノワール

の作品をインターネットから取り込んで Picasaウェブアルバムに登録しました。

☆画像をクリックすると Picasaウェブアルバムにリンクします。

   

ジャコブ・カミーユ・ピサロ(Jacob Camille Pissarro、1830年~1903年)は、19世紀フランスの印象派の画家。 
ピサロは印象派展には第1回展からグループとして最後の第8回展まで、毎回参加しており、
計8回の印象派展に欠かさず出品した、ただ一人の画家である。

    

アルフレッド・シスレー(Alfred Sisley, 1839年~1899年)は、フランス生まれのイギリス人の画家。
シスレーの油彩作品の大部分は、パリ周辺の風景を題材にした穏やかな風景画で 他の印象派の画家の多くが、後に印象派の技法を離れたなかで、シスレーは終始一貫、印象派画法を保ち続け、もっとも典型的な印象派の画家といえる。

    

エドゥアール・マネ(Édouard Manet,1832~ 1883年)は、19世紀のフランスの画家。 
西洋近代絵画史の冒頭を飾る画家の一人で、後に「印象派」となる画家グループの中心的存在であった。
マネは画家仲間のみならず詩人、作家との深い親交があり、ボードレールはエッチング、
ゾラとマラルメは油彩による肖像画がマネによって描かれている。

    

クロード・モネ(Claude Monet, 1840~1926年)は、印象派を代表するフランスの画家。
「光の画家」の別称があり、時間や季節とともに移りゆく光と色彩の変化を生涯にわたり追求した画家で、
モネの代名詞ともなっている『睡蓮』の連作はジヴェルニーの自宅の庭にある睡蓮の池をモチーフに、
全部で200点以上制作されている。

    

ピエール=オーギュスト)・ルノワール(Pierre-Auguste Renoir、1841年~1919年)は、
フランスの印象派の画家で、後期から作風に変化が現れ始めたので、
まれにポスト印象派の画家とされることもある。 風景画、花などの静物画もあるが、
代表作の多くは人物画で、晩年は豊満な裸婦像などの人物画に独自の境地を拓いた。


Picasaウェブアルバムにニューヨーク近代美術館で見つけた ポスト印象派の画家 

5人(セザンヌ・ルソー・ゴーギャン・ゴッホ・スーラ)の作品をインターネットから取り込んで

Picasaウェブアルバムに登録しました。 

☆画像をクリックすると Picasaウェブアルバムにリンクします。

    

ポール・セザンヌ(Paul Cézanne、1839年~1906年)は、フランスの画家。
当初はモネやルノワール等と共に印象派のグループの一員として活動していたが、1880年代からグループを離れ、伝統的な絵画の約束事にとらわれない独自の絵画様式を探求した。
セザンヌはモネら印象派の画家たちと同時代の人物だが、ポスト印象派の画家として紹介されることが多く、20世紀の美術に多大な影響を与えたことから、しばしば「近代絵画の父」として言及される。

      

アンリ・ジュリアン・フェリックス・ルソー(Henri Julien Félix Rousseau、1844年~1910年)は、
19世紀~20世紀フランスの素朴派の画家。20数年間、パリ市の税関の職員を務め、
仕事の余暇に絵を描いていた「日曜画家」であった。一見稚拙に見える技法を用いながらも、
彼の作品は完成度と芸術性の高いもので、いわゆる「日曜画家」の域をはるかに超えており、
19世紀末から20世紀初めという時期に、キュビスムやシュルレアリスムを先取りしたとも言える独創的な絵画世界を創造した。

       

ウジェーヌ・アンリ・ポール・ゴーギャン(Eugène Henri Paul Gauguin、 1848年~ 1903年)は、
フランスのポスト印象派の最も重要かつ独創的な画家の一人。
ポール・セザンヌに「支那の切り絵」と批評されるなど、同時代の画家たちからの受けは悪かったが、
没後西洋と西洋絵画に深い問いを投げかけたゴーギャンの孤高の作品群は、
次第に名声と尊敬を獲得していった。

イギリスの作家サマセット・モームの代表作「月と六ペンス」の主人公の画家のモデルであった。

    

フィンセント・ファン・ゴッホ(Vincent van Gogh、1853年~1890年)は、
オランダ出身でポスト印象派の画家。

彼の作品は感情の率直な表現、大胆な色使いで知られ、ポスト印象派の代表的画家である。
フォーヴィスムやドイツ表現主義など、20世紀の美術にも大きな影響を及ぼした。
第1次世界大戦後には、ゴッホ作品の評価が確立し、1920年代-30年代の最高価格は4000ポンド台となり、
ルノワールに肉薄するものとなった。第2次世界大戦後は、近代絵画全体の価格水準が高騰するとともに、
ゴッホ作品も従来の十倍ないし百倍となり、ルノワールと肩を並べた。
1970年代には美術市場に君臨するようになった。

    

ジョルジュ・スーラ(Georges Seurat , 1859年~ 1891年)は、
新印象派に分類される19世紀のフランスの画家。

スーラは、印象派の画家たちの用いた「筆触分割」の技法をさらに押し進め、光学的理論を取り入れた結果、点描という技法にたどりついた。
スーラは完成作を仕上げるまでに多数の素描や下絵を制作して、入念に構想を練った。

また、点描の大作を仕上げるには相当の時間を要したことと思われる。
こうした制作方法に加え、
31歳の若さで没したこともあって、作品の数は多くはない。


Picasaウェブアルバムに写真の登録をしました。(鎌倉の四季・夏)

2014-06-10 | パソコン

パソコン教室で習ったPicasaウェブアルバムを使ってみようと思ったのですが、

良い写真が見つかりません。

TVで鎌倉のことを放映している時に、会社の出張で鎌倉に行った時に頂いた

写真集のことを思い出して これをPicasaウェブアルバムに載せてみました。

写真集のタイトルは 鎌倉の四季 」で 勝原範夫さんの作品です。 1990年

     

この写真集の中から 夏の写真をスキャナーで取り込んでPicasaウェブアルバムに載せました。

下の画像をクリックすると写真集にリンクしています。

     

当時の写真ですから まだデジカメではありません。

菖蒲・蓮・桔梗・百合・紫陽花・百日紅・夾竹桃などの夏の花がきれいです。


今年も会社のOBが集まってパソコン勉強会と懇親会を行いました。

2014-06-06 | パソコン

6/5(木)の午後に芦屋市民ホールの会議室で

2000年から続いている会社のOBでのパソコン勉強会を行いました。

講師には2009年から藤原先生にお願いして、今年も「Windowsフォトギャラリー」

で写真の加工・編集などを教わりました。

昨年と同じ教材でしたが、皆さん新しい知識として勉強になりました。

他にウィルスの事やWindows8の事などについての質問も多く出て

予定の2時間をオーバーしてしまいました。

次回は3時間でやってくれとの要望です。

 

 


芦屋市民センターで2時から4時半までの勉強会の後、JR芦屋駅に近い「かごの屋」まで

移動して恒例の懇親会を行いました。

毎年 参加のメンバーが減って来ていて寂しくなっていますが、

今年もパソコンの話題からいろんな話題で 楽しく歓談が出来て良かったです。

飲み会の始まる前と 食事が終わった後に店の人に頼んで写真を撮ってもらいました。

      


2000年から始まったこのパソコン勉強会についてのブログを調べました。

2013-6-27 今年も会社のOBが集まってパソコン勉強会と懇親会を行いました。

2012-6-24 今年も会社の頃のOBが集まって勉強会と懇親会をしました。

2011-9-7  元の会社のOBが集まるパソコン勉強会を振り返ってみました。

2011-6-30 今年もパソコンの勉強会と懇親会を「カフェたんぽぽ」で行いました

2010-6-19 パソコンの勉強会 10年 続いています

2010-6-17 パソコンの勉強会と懇親会をカフェたんぽぽで行いました

2009-10-31 今年は恒例の勉強会と懇親会をタンポポで行いました


宮崎アニメの予告編をYouTubeから取り込んで Picasaウェブアルバムにまとめました。

2014-01-19 | パソコン

2013-9-15のブログ「宮崎 駿監督の引退会見を機会にスタジオジブリの

アニメ作品の予告編を集めてみました。」で宮崎アニメのベスト10ということを書きましたが、

今回1作目の「ルパン三世」から昨年の「風立ちぬ」までの15作品をYouTubeから取り込んで、

Picasaウェブアルバムに登録しました。

           

 ★予告編のタイトルをクリックするとPicasaウェブアルバムにリンクします。

   画像をクリックしてもリンクできるのもあります。   ★説明文を画像の横に配置することをやってみました。


ルパン三世 カリオストロの城は、

 モンキー・パンチ原作『ルパン三世』のアニメ劇場映画第2作。

 宮崎駿の映画初監督作品。1979年12月15日公開。

 公開時のキャッチコピーは、

 「前作をしのげないのなら 2作目を作る意味がない」、

 「巨大な城が動き始める! 影の軍団が襲ってくる!」、

 「生きては還れぬ謎の古城でついにめぐり逢った最強の敵!」


『風の谷のナウシカ』は、1984年3月11日公開。 

 宮崎駿監督の長編アニメーション映画第2作。

 『アニメージュ』に連載していた宮崎の同名漫画を原作とする。 

 宮崎自身が監督・脚本を手がけた。高畑勲・鈴木敏夫・久石譲ら、 のちのスタジオジブリ作品を支えるスタッフが顔を揃えている。 

 キャッチコピーは「少女の愛が奇跡を呼んだ」。  


 

『天空の城ラピュタ』は、スタジオジブリ制作の宮崎駿監督の作品。

 1986年8月2日公開。 宮崎にとって、原作となる作品が存在しない 初のアニメオリジナルの監督作品である。
 スタジオジブリ制作映画の1作品目となる。

 次第に高年齢向けになっていくアニメに対して、
 小学生を対象に古典的な冒険活劇として企画され、
 それが結果的に大人の鑑賞に耐えうる作品になるというのが
 宮崎の方針であった。
 配給した東映による観客満足度調査は97.7%と高く、
 物語は幅広い年齢層に支持された。


 

  『となりのトトロ』は、スタジオジブリ制作の日本の
  長編アニメーション作品。
  1988年4月6日公開。観客動員数は約80万人。
  配給収入は5.9億円と『風の谷のナウシカ』を大きく
  下回ったが、
キネマ旬報の「日本映画ベストテン」
  第1位などの作品賞を獲得。

  昭和30年代前半の日本を舞台にしたファンタジー。

  田舎へ引っ越してきた草壁一家のサツキ、メイ姉妹と、
  “もののけとよばれる不思議な生き物「トトロ」との
  交流を描く。


  

  『魔女の宅急便』は、1989年(平成元年)公開。 
  原作は角野栄子の児童書『魔女の宅急便』(第1巻)。

 監督は宮崎駿。 宮崎が監督を務めたスタジオジブリの
 長編映画としては
 初の、他者の原作による作品であり、
 宮崎が『ハウルの動く城』の監督に
就くまで
 15年間にわたって唯一の作品であった。

 配給収入21.5億円と前作『となりのトトロ』の3倍以上を記録した。


 『おもひでぽろぽろ』は、岡本螢・刀根夕子の漫画および、
 それを原作としたスタジオジブリ制作の作品。
 監督・脚本は高畑勲。
 東京の会社に勤める岡島タエ子は東京生まれの東京育ち。
 27歳のある日、結婚した姉の縁で、姉の夫の親類の家に
 2度目の
 居候をしに出かける。
 山形へ向かう夜汽車の中、東京育ちで田舎を
 持つことにあこがれた小学生時代を思い出し、
                     山形の風景の中で
 小学5年の自分が溢れ出す。


 『紅の豚』は、スタジオジブリ制作の作品。
 1992年718日公開。監督は宮崎駿。
 前作の『魔女の宅急便』に続いて劇場用アニメ映画の
 興行成績
 日本記録を更新した。

 世界大恐慌時のイタリア・アドリア海を舞台に、飛行艇を
 乗り回す
 海賊ならぬ空賊と、それを相手に賞金稼ぎで
 生きるブタの姿をした
 退役軍人の操縦士の物語。

 第一次世界大戦後の動乱の時代に生き、
 夢を追い求める男達の生き様を描く。


 『耳をすませば』は、柊あおいの漫画作品、それを原作とした
 近藤喜文監督、スタジオジブリ製作の作品。
 読書が大好きな中学1年生の少女、月島雫。
 雫は愛読書の図書貸し出しカードに天沢聖司という名が
 度々あることに
 気がつき、知らない彼への思いをめぐらす。
 そんなある日、電車の車内で
 出会った猫に導かれ、
 地球屋という不思議な店に迷い込む。

 主題歌の「カントリーロード」をムービーメーカーで追加した。 


 

 『もののけ姫』は、宮崎駿によるスタジオジブリの作品。
 1997年712公開。

 森を侵す人間たちとあらぶる神々との対立を背景として、
 狼に育てられた「もののけ姫」と呼ばれる少女サンと
 アシタカとの出会いを描く。

 宮崎が構想16年、制作に3年をかけた大作であり、
 興行収入193億円を記録し当時の日本映画の興行記録を塗り替えた。


 『千と千尋の神隠し』は、スタジオジブリの長編アニメーショ
 ン映画。
 監督は宮崎駿。 2001720日公開。
 興行収入300億円を超えた近年稀に見る異例の大ヒット作品
 である。
 10歳の少女、荻野千尋はごく普通の女の子。
 夏のある日、両親と千尋は引越し先の町に向かう途中で森の
 中に迷い込み、
そこで奇妙なトンネルを見つける。
 嫌な予感がした千尋は両親に「帰ろう」と縋るが、

 両親は好奇心からトンネルの中へと足を進めてしまう。
                     仕方なく後を追いかける千尋。


  『猫の恩返し』は、森田宏幸監督によるスタジオジブリの
 映画である。
 2002年に公開。
 『耳をすませば』の主人公である月島雫が書いた物語という
 柊あおいが描き下ろしたコミック『バロン 猫の男爵』を
 原作とする。

 日本国内の興行収入は64.6億円で2002年の邦画1位。

 何となく日常を過ごす、ごく普通の女子高生・吉岡ハルは、
 ある日、トラックに轢かれそうになった何かをくわえた猫を助ける。
 助けられた後、その猫は日本語で礼を述べ、二足歩行で歩き去る。
 実は、彼は猫の国の王子・ルーンだった。次の日、猫の国から、
 王子の命を救ったお礼の品が届けられるが、
 猫じゃらし、マタタビ、ネズミといった、猫しか喜びそうのない代物ばかり。
 文句を言うハルに、それならば猫の国へご招待致しますと使者は答えた。

  主題歌の「風になる」をYouTubeから取り込んで、ムービーメーカーで追加した。



 『ハウルの動く城』は、イギリスの作家の小説
 『魔法使いハウルと火の悪魔』を原作とした。
 2004年1120日公開。監督は宮崎駿。

 スタジオジブリの宮崎駿監督の長編映画としては
 『魔女の宅急便』以来、15年振りとなる他者原作の作品と
  なった。


 『崖の上のポニョ』は、スタジオジブリ制作、宮崎駿監督の長編アニメーション映画。
 2008719日公開。


 宮崎の長編監督作品としては2004の『ハウルの動く城』以来4年ぶり、


 原作・脚本・監督のすべてを担当するのは2001公開の『千と千尋の神隠し』以来7年ぶりの作品。


 海沿いの街を舞台に、「人間になりたい」と願うさかなの子・ポニョと5歳の少年・宗介の物語。

     


『コクリコ坂から』は、佐山哲郎の原作、高橋千鶴の漫画、およびそれを原作とした作品。

乗った船が遭難し、行方不明となった船乗りの父と、仕事のためにアメリカに渡ったカメラマンの母を持つ小松崎海は、
母の留守中、小松崎家を懸命に切り盛りしていた。

そのころ、海たちが通う港南学園では、新聞部部長の風間俊と生徒会長の水沼史郎が起こす騒動によって、
生徒と教師が翻弄されていた。こうした一連の騒動を海は冷ややかに見つめていたが、
制服廃止運動の敗北の責任を風間が一身に負わされるのを見て、
いつしか海は風間を擁護する声を上げるようになる。

風間もまたひたむきな海にひかれ、2人は交際を始める。

          


 『風立ちぬ』は、宮崎駿が『モデルグラフィックス』誌上にて発表した連載漫画であり、
 その後、スタジオジブリによりアニメーション映画化された。


 実在の人物である堀越二郎をモデルに、その半生を描いた作品であるが、
 堀辰雄の小説『風立ちぬ』からの着想も盛り込まれている。


 そのため映画のポスターには両名の名を挙げており、
 「堀越二郎と堀辰雄に敬意を込めて」と記されている。


 宮崎の父は、幼いころに関東大震災に遭い、その後零式艦上戦闘機や月光の風防などを製造する会社の経営に携わり、
 のちに前妻を結核で亡くしている。


 これらをモチーフとすることで、本作の主人公像が作られていった。
 航空技術者として活躍した堀越二郎が、
主人公のモデルとなっている。

 航空技術者としての活動とともに、オリジナル要素であるヒロインとの恋愛シーンも盛り込まれている。

               


Picasaウェブアルバムに美空ひばりの歌をWindowsムービーメーカーで編集して登録しました。

2014-01-16 | パソコン

2014-1-9のブログ「Youtubeからダウンロードした歌謡曲をPicasaウェブアルバムに再登録しました。

で太田裕美・石原裕次郎・加藤登紀子・中島みゆき・五輪真弓の歌をPicasaウェブアルバムに

登録したことを書きましたが、今日 美空ひばりの歌をYouTubeからCraving Explorerでパソコンに取り込んでいた分を Windowsムービーメーカーで編集して
Picasaウェブアルバムに登録しました。


 

その1:YouTubeに4曲がメドレーであった分を区切って曲名を入れたりしました。  

    「波止場だよお父っちゃん」・「あの日の船はもう来ない

   「哀愁波止場」・「ひばりの佐渡情話」 の4曲です。

(★画像をクリックするとPicasaウェブアルバムにリンクします。)        

      


その2:美空ひばりの最終の舞台に近いころの 3曲です。  

    「みだれ髪」・「裏町酒場」・「裏窓」  

(★画像をクリックするとPicasaウェブアルバムにリンクします。) 

   


 

その3:美空ひばりが20歳の頃に歌った「港町十三番地」と五輪真弓の歌「恋人よ」と

    多くの歌手も歌っている「無法松の一生」の 3曲です。  

 

  (★画像をクリックするとPicasaウェブアルバムにリンクします。) 

                                                                                                                             


Youtubeからダウンロードした歌謡曲をPicasaウェブアルバムに再登録しました。

2014-01-09 | パソコン

2012-12-13のブログ今年はYouTubeにいろいろな動画を投稿しました。

YouTubeから歌謡曲を「Cravinng Explorer」を使ってダウンロードして保管した

曲を 
Windows Live ムービーメーカーで何曲かを繋いでまとめた動画を

Picasaウェブアルバムに登録することを書きました。


志度の畑に一人で行く高速バスの中ではウオークマンで音楽を聴きながらほとんど寝ていますが

入れている歌手は石原裕次郎・フランク永井・杉良太郎・加藤登紀子・五輪真弓・太田裕美で

曲の変更や追加をしていないのでいつも同じです。


太田裕美の「赤いハイヒール」・「失恋魔術師」・「君と歩いた青春」・「夕焼け」・「最後の一葉」

の5曲を編集して12分くらいにして Picasaウェブアルバム登録した分です。 

     ★画像をクリックするとPicasaウェブアルバムにリンクします。

          

太田裕美の「木綿のハンカチーフ」・「9月の雨」・「南風」・「シングルガール」・「ドール」
・「さらばシベリア鉄道」
の6曲を編集せずに 
25分くらいのまま Picasaウェブアルバム登録した分です。 

          


石原裕次郎の「おれの小樽」・「恋の町札幌」・「夕陽の丘」・「赤いハンカチ」・「サヨナラ横浜」

の5曲を編集して Picasaウェブアルバム登録し分で 裕次郎・北原三枝・浅丘ルリ子の

若いころの映像が入っています。

          

石原裕次郎の「北の旅人」・「俺の小樽」・「赤いハンカチ」・「二人の世界」・「思い出さがし」・「銀座の恋の物語」・「ブランデーグラス」・「夕陽の丘」の8曲を16分ほどに編集して 
Picasaウェブアルバム登録した分です。

             


 加藤登紀子の6曲「愛のくらし」・「酔いどれ女の流れ歌」・「時代遅れの酒場」・「生きてりゃいいさ」・「難破船」・「時には昔の話しを」を年代順に編集して 
Picasaウェブアルバム登録した分です。

          

 加藤登紀子の3曲「ひとり寝の子守り歌(1970)」・「この空を飛べたら(1978)」・「百万本のバラ(1987)」編集した分です。「この空を飛べたら」は中島みゆきと歌っています。

             


中島みゆきも良く聞いた歌手で、年代順に7曲「時代」・「わかれ歌」・「ルージュ」・「ホームにて」・「ほうせんか」・「ひとり上手」・「見返り美人」をすこしずつカットして編集して
Picasaウェブアルバムに登録しました。

          


五輪真弓の曲「運命」・「恋人よ」・「少女」・「時計」・「さよならだけは」・「煙草のけむり」の6曲を11分くらいに編集してPicasaウェブアルバムに登録しました。

          

五輪真弓の曲「約束」・「残り火」・「時のながれに」・「リバイバル」・「ジョーカー」・「熱いさよなら」・「抱きしめて」の7曲を約15分くらいに編集してPicasaウェブアルバムに登録しました。

            


 「爪」という曲はペギー葉山の歌として聞いていましたが、他の歌手も歌っています。

越路吹雪 ・ 江利チエミ ・ 石原裕次郎 の分をYou Tubeで見つけて ダウンロードして 

Windows Liveムービーメーカーで編集してPicasaウェブアルバムに登録しました。

           


Google Art Project(世界の美術館めぐり)からPicasaウェブアルバムを作りました。

2014-01-01 | パソコン

以前 パソコン教室で教わった Google Ar tProject (世界の美術館めぐり)を

ブログに何回か書いたのを振り返ってみました。

Google Ar tProjectのアドレスは http://www.googleartproject.com/ja/ です。

   ★ 以下のブログのタイトルに下線の付いたのをクリックすると該当のブログにリンクします。

   ★ Picasaウェブアルバムの写真をクリックすると該当のPicasaウェブアルバムにリンクします。


最初のブログは2012-7-7の「インターネットで世界の美術館めぐりができます。」 です。

2012-7-23 には「世界の美術館めぐり(Art Project)用に画家のリストを作りました。」 に

  インターネットで私が知っている有名な画家を検索して 年代と国を調べてExcelの表にして

  画家の代表作とか中学の頃の美術の本に載っていたような気がする名画をいくつか

  Google Art Projectで見つけてSnippinng Toolで取り込んでブログに載せました。


2012-11-13 には「Google Art Project(世界の美術館めぐり)でルーベンスの作品を見ました。」 に

  TVの世界名作劇場という子供向けのアニメの番組でみた「フランダースの犬」でネロ少年が見たかったオランダの画家が ルーベンスだったような記憶から ルーベンスの作品を 
Picasa Web アルバムに集めてみました。

     


2013-2-4 には「Google Art Project(世界の美術館めぐり)ーイリヤ・レーピン編」 に

  姫路市立美術館で国立トレチャコフ美術館所蔵の作品展が開催されているという新聞記事をみて

  Google Art Projectやインターネットからレーピンの作品を集めてPicasa Web アルバムに載せました。

     


2013-3-10 には「Google Art Project(世界の美術館めぐり)でベルサイユ宮殿を見学」 で

  Google Art Projectでベルサイユ宮殿を見つけて、2008年フランスに行った時のことを思い出して

  取り込んだ写真をPicasa Web アルバムに載せました。

  今回は館内ビューで宮殿の中を見て歩き、Snipping Toolで切り取った画像をブログに載せました。

     


2013-3-29 には「Google Art Project(世界の美術館めぐり)ー ニューヨーク近代美術館」 で  ニューヨーク近代美術館(MoMA)には 多くの作品があるのですが私が知っている画家は

  「ゴッホ・セザンヌ・ゴーギャン・ルソー・スーラ」くらいで それらの作品を集めPicasa Web アルバムに載せました。

     


 2013-7-9 には「Google Art Project(世界の美術館めぐり)が新しくなっています。」 で  新しくなったGoogle Art Projectの紹介と 今までにブログで紹介した記事を載せています。


2013-9-1 には「4人で300歳を超えるメンバーで出雲・石見銀山への一泊バスツアーに」 で

  行った 足立美術館で見た「横山大観」の絵を Google Art Projectで見つけてSnipping Toolでコピーして  Picasa Webアルバムに登録しました。

     


 2013-9-5 には「Google Art Project(世界の美術館めぐり)から有名な浮世絵を」 で

  足立美術館で横山大観の絵を見たのを機会にGoogle Art Project(世界の美術館めぐり)で見つけた

  「長谷川 等伯」 ・ 「菱川 師宣」 ・ 「葛飾 北斎」 ・ 「渡辺 崋山」 ・ 「歌川 広重」 ・ 「歌川 国芳」

  の作品の中から2作品ずつ 計 10作品をPicasaウェブアルバムに載せました。

     


 2013-10-11 には「Google Art Projectで足立美術館で見た「橋本関雪」の絵を」 で

  夕刊に「橋本関雪の展覧会」の記事があり、足立美術館で「橋本関雪」の絵があったと思って

  Google Art Projectで調べてみたところ6作品が足立美術館蔵にあり、Picasaウェブアルバムに載せました。

       

  「橋本関雪」と「横山大観」の作品をまとめたので、「冨岡鉄斎」・「川合玉堂」・「菱田春草」・「上村松園」

  作品もGoogle Art Projectで見つけてPicasaウェブアルバムに載せました。

     


 「Picasaウェブアルバム」に登録した Google Art Project関連のファイルをまとめました。

        


「Google Art Project」で画家や作品を見つけるのに役立つようにリストを作っています。