ひでさんの思いつき日記

志度の畑の事・お出かけの記録・パソコンに関することなど
記録に残しておきたいような出来事を時々書いていきます。

Google アートプロジェクトから浮世絵画家の作品を集めました。

2014-06-24 | パソコン

Google アートプロジェクト(Google Art Project)は、Googleのパートナー・ミュージアムが

所有する美術品を、高画質で鑑賞できるサービスで、アドレスは

http://www.google.com/culturalinstitute/project/art-project です。

最初の画面は以下のようなもので、コレクションは美術館の名称・アーテイストが画家の名前から

検索できるようになっています。

     

コレクションの検索欄に「MoMA, The Museum of Modern Art」(ニューヨーク近代美術館)と

入力すると 以下のように作品のリストが表示され それらの作品を見ることができます。

     

アーテイストの検索欄に「北斎」と入寮すると 以下のように作品のリストが表示され 

それらの作品を見ることができます。

     

 

 

  江戸時代に活躍した浮世絵画家調べて
  作品数の多い画家5人を年代順に
  まとめてみました

  

 

  江戸時代の画家の年表をインターネット

  調べて編集しました。

 

 


今回 Picasaウェブアルバムに江戸時代の浮世絵画家 5人の作品を

インターネットから取り込んで Picasaウェブアルバムに登録しました。

  ☆画像をクリックすると Picasaウェブアルバムにリンクします。

   

     喜多川 歌麿、(1753年頃? - 1806年10月31日)は、江戸時代の日本で活躍した浮世絵師。
      国際的にもよく知られる浮世絵師として、葛飾北斎と並び称される。
      繊細で優麗な描線を特徴とし、さまざまな姿態、表情の女性美を追求した美人画の大家であ
                     る。
       歌麿はそれまで全身を描かれていた美人画の体を省き、顔を中心とする構図を考案した。
       これにより、美人画の人物の顔の表情や内面を詳細に描くことが可能になった。
       歌麿は遊女、花魁、さらに茶屋の娘など無名の女性ばかりを作品の対象としたが、
       歌麿の浮世絵によってモデルの名前はたちまち江戸中に広まるなどし、
       歌麿の浮世絵は一つのメディアへと育っていった。

       1804年 豊臣秀吉の醍醐の花見を題材にした浮世絵を描いたことがきっかけとなり、
       幕府に捕縛される。
       これは当時、豊臣秀吉を芝居や浮世絵などにそのまま扱うことは禁じられていたことに
                         加え、将軍・徳川家斉を揶揄する意図があったとも言われている。
       この刑の後、歌麿は非常にやつれたとされる。
       しかし歌麿の人気は衰えず版元からは仕事が殺到したとされ、
       その過労からか二年後の文化3年(1806年)死去した。享年54。
 


   ☆画像をクリックすると Picasaウェブアルバムにリンクします。

   

     葛飾 北斎(1760年10月31日 - 1849年5月10日)は、江戸時代後期の浮世絵師。
       化政文化を代表する一人。
       代表作に『富嶽三十六景』や『北斎漫画』があり、世界的にも著名な画家である。
       葛飾派の祖となり、後には、フィンセント・ファン・ゴッホなどの印象派画壇の
                         芸術家を始め、工芸家や音楽家にも影響を与えている。
       浮世絵以外にも、いわゆる挿絵画家としても活躍した。
       黄表紙や洒落本・読本など数多くの戯作の挿絵を手がけた。


       数ある号の一つ「葛飾北斎」を名乗っていたのは
       戯作者の曲亭馬琴とコンビを組んだ一時期で、
       その間に『新編水滸画伝』『近世怪談霜夜之星』『椿説弓張月』などの作品を発表し、
       馬琴とともにその名を一躍不動のものとした。
       読み物のおまけ程度の扱いでしかなかった挿絵の評価を
       格段に引き上げた人物と言われている。
       嘉永2年4月18日、北斎は卒寿(90歳)にて臨終を迎えた。
 


   ☆画像をクリックすると Picasaウェブアルバムにリンクします。

   

     歌川 国貞、〈1786年 - 1865年1月12日〉は、江戸時代の浮世絵師。
       のちの三代目歌川豊国。
       面長猪首型の美人画が特徴。存命中と没後で評価が分かれる。
       豊国襲名後は工房を安定させ大量の作品を出版、
          作品の数は浮世絵師の中で最も多い。
       その作品数は1万点以上に及ぶと言われる。


       歌川広重と合作した「双筆五十三次」においては、
       三代目豊国が歌舞伎役者などの人物を描き、広重が風景を描いている。
       天保の改革により、美人画、役者絵にさまざまな制約が加えられたが、
       改革の抑圧が緩和すると、嘉永頃にはその反動で彫り摺りの技術は
       一層高度に極彩、細密なものとなり、目を奪う工芸美といえる
       浮世絵版画が作られるようになっていった。
       1865年に79歳で死去。
 


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      歌川 広重、(1797年) - (1858年10月12日)は、浮世絵師。
           本名安藤鉄蔵。江戸の定火消しの安藤家に生まれ家督を継ぎ、
           その後に浮世絵師となった。かつては安藤広重とも呼ばれたが、
           安藤は本姓、広重は号であり、両者を組み合わせて呼ぶのは不適切で、
           広重自身もそう名乗ったことはない。


           また、ゴッホやモネなどの画家に影響を与え、世界的に著名な画家である。
           歌川広重の作品は、ヨーロッパやアメリカでは、大胆な構図などとともに、
           青色、特に藍色の美しさで評価が高い。この鮮やかな青は藍の色であり、
           欧米では「ジャパンブルー」、あるいはフェルメール・ブルーになぞらえて
           「ヒロシゲブルー」とも呼ばれる。
           ヒロシゲブルーは、19世紀後半のフランスに発した印象派の画家たちや、
           アール・ヌーヴォーの芸術家たちに大きな影響をあたえたとされ、
           当時ジャポニスムの流行を生んだ要因のひとつともされている。
           安政5年没。享年62。死因はコレラだったと伝えられる。
 


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           歌川 国芳、〈1798年1月1日〉 - 〈1861年4月14日〉は、江戸時代末期の浮世絵師。
             画想の豊かさ、斬新なデザイン力、奇想天外なアイデア、確実なデッサン力を持ち、
             浮世絵の枠にとどまらない広範な魅力を持つ作品を多数生み出した
                                               絵師である。
             師・豊国没後の1827年頃に発表した大判揃物『通俗水滸伝豪傑百八人』という
             『水滸伝』のシリーズが評判となる。
             “武者絵の国芳”と称され、人気絵師の仲間入りを果たした。
             『東都名所』などの西洋の陰影表現を取り入れた名所絵にも優れており、
             美人画や役者絵、狂画にも多くの力作を残している。

             水野忠邦が失脚した後、国芳は待ってましたとばかりに江戸の人々の度肝を
                                               抜く武者絵を世に送り出していった。
             国芳の描いた『宮本武蔵と巨鯨』は、浮世絵3枚分に描かれたまるで
             大スペクタル絵画である。
             武蔵の強さを表現するのに相手が人間では物足りない。
             桁違いの鯨と戦わせることでヒーロー武蔵の強さを伝え、
             国芳を称える声が満ち溢れた。
             実は国芳は当時なかなか手に入れることができなかった西洋の銅版画を集め、
             遠近法や陰影の付け方の研究に励んでいた。
             国芳が56歳の時、新たなシリーズの製作に取り掛かった。
             それは47人の志士が揃う忠臣蔵である。
             国芳はこの作品を新しく学んだ西洋画の技法で描いた。


葛飾北斎の展覧会が神戸市立博物館で今日(6/22)までありました。

2014-06-22 | お出かけ

先日 元会社の先輩からメールで以下のように知らせて頂きました。

 神戸市立博物館(JR三ノ宮駅から徒歩10分) ボストン美術館 浮世絵名品展 【北斎】
 6月22日まで開催中 我が家は、ようやく 6月10日に見学しました
 展示会の人気は ものすごいもので 展示会の開催当初4月26日から 
 現在までも 連日の超満員の人出・・・ 

結局 私は観に行かなかったのですが、今度 ブログで日本の画家の絵を

Picasaウェブアルバムで紹介しようとGoogle Art Prijectで集めようとしている

画家の一人が葛飾北斎だったことから、インターネットで入手した絵をまとめてみました。


葛飾北斎 展覧会 (神戸市立博物館)

   


「難波六郎常任」 安永末年(1781)頃 

    

  勝川春朗として数え20歳で画界にデビューし、

  師春章や鳥居清長、北尾重政らの影響を受けつつ  

  独自の画風完成を目指 した時期の作品。

  初期に描かれた武者絵で、他に遺存例のない貴重な作品。

 

 新版浮絵 浦島龍宮入之図 天明年間(1781-89

  

  春朗時代に描かれた浮絵(西欧の透視画法を取り入れた浮世絵)

  12種のうち、本展では8点もが一堂に出品。

  いずれも摺られた当時の鮮やかな色が残る。

  本作品は、浮絵の技法で奥行きを強調することで

  異国的に龍宮城が描かれている。

 

 


ぎやうとくしほはまよりのぼとのひかたをのぞむ 文化初期(1804-07)頃

     

 遺存例が少ない洋風版画のうち、

 本展では3種が出品。

 ひらがなを横書きにして、

 まるでアルファベットのような

 表題を持つ本作品は、板ぼかしを

 効果的に用いて

 立体感と明暗を強調している。

 

 

 

 

 


菖蒲に鯉 文化中期(1808-13) 

 

遺存の少ない団扇絵の中でも、

本作品は現在のところボストン美術館での

所蔵のみが知られる貴重な作品。

後の為一時代の作品を彷彿とさせる

鮮やかな色が印象的。

 

 

 

 

 

 

 

 


吉原遊廓の景 文化8年(1811)頃 

  

  北斎の作品中で最大の大判五枚続。遊廓の風俗を題材にしためずらしい作品として注目される。


しんはんくみあけとふろふゑ 天の岩戸神かぐらの図   
                                                                                               上(左)、下(右)」文化中期(1808-13

  

  切り抜いて組み立てる組上絵は、実際に制作されたので遺存例が少なく、  
       しかも揃いで残っているのは大変貴重。

  本作品はその中でも特に珍しく、上下揃いでの所蔵が知られるのは、

  現在確認されるところでボストン美術館のみである。


冨嶽三十六景 「神奈川沖浪裏」 「凱風快晴」 「本所立川 天保2年(1831)前後

  

  為一を号した61歳から74歳までの13年間に、生涯のうち最も著名な浮世絵版画を発表。

  特に有名な「冨嶽三十六景」は、出版当初から相当な評判を博し、

  表題が示すように当初予定されていた36図から増え、全46図が制作された。

  本展では選りすぐられた21図が出品。


諸国瀧廻り 木曽路ノ奥阿弥陀ヶ瀧」 「和州吉野義経馬洗滝」 
下野黒髪山きりふりの滝

天保4年(1833)頃

  

  諸国の名瀑を題材とし、流れ落ちる水の変化を捉えることを意図し て描かれた。

  各々の滝がすべて異なった描法で描かれている点が興味深い。全8図が出品


百物語 「お岩さん」 「こはだ小平二」天保2-3年(1831-32)頃

  

  江戸時代に流行した、怪談話を語る遊びを表題にした作品。全5図が出品百物語 


「芥子」 天保4-5年(1833-34)頃 

     

  最も著名な風景画が描かれた時期に出版された横大判の花鳥画シリーズ。

  全10図のうち9図 が出品。「芥子」は、涼風にあたかも芥子全体がゆらいでいるかのように格調高く、

  揃中最も傑出した作品であるうえ、抜群の保存状態による鮮やかな色彩が注目される。

  同時期の竪中判の花鳥画全10図のうち7図も出品される。北斎花鳥画を鑑賞するまたとない機会となる。


 


6月のお出かけは高槻市の千鳥劇場で大衆演劇を観てきました。

2014-06-19 | お出かけ

 6/17(火)の10時半にJR吹田に13名の参加者が集まり、JR高槻に向かい

劇場内で飲食が出来るとのことで、高槻の駅前で弁当とビールを買って劇場に11時頃着きました。     


私は温泉などの大衆演劇しか見たことがないのでとても楽しみだったのですが、Kさんが予約で舞台近くの

席をとってくれていて、歌と芝居の熱演は予想上で3時間以上を楽しめて良かったです。

   

   


当日(17日)はゲストとして 岡山から劇団都の座長 藤乃かな さんの出演があり、

歌と芝居を熱演してくれました。その画像をPhopscapeで編集しました。

    


 

  大衆演劇には熱心なファンからの

  「おひねり」が定番のようです。

  胸にいただいた万札や祝儀袋を

  クリップで留めての熱演シーンを

  デジカメで何枚か撮ってあった分を

  Photoscapeで編集しました。

 

 

 

 

 

 

 
歌謡ショーが終わって少し休憩時間があってから、お芝居がありました。昼と夜で別のお芝居で

それを1ケ月 毎日やるのは大変なことだと感心します。


若いメンバーのダンスは元気で楽しめますし、きれいな衣装での踊りも鮮やかなもので
見ていて感心します。

      

            


帰りの出口には出演したメンバーが送ってくれていて、一緒に写真を撮ってくれたりのサービスです。

      

      

最後に恒例の全員での記念写真です。劇団の若い人が上手に撮ってくれました。

 

 

 

 劇場の前て阪急駅とJR組に

 分かれて、吹田の駅前で

 3人だけでの一杯飲みも

 楽しかったです。

  

 


今回のお出かけを 小椎尾さん・稲垣さん・吉田さんがブログに載せてくれていますので

ご覧ください。(次の ブログのタイトルをクリックするとリンクします。

小椎尾さんのブログ : わくわくお出かけ会・大衆演劇を観る。

稲垣さんのブログ :  大衆演劇 高槻 千鳥劇場に~!!

吉田さんのブログ :  高槻 千鳥劇場


いつものように長谷川さんがお出かけの記録をWordで作成してくれました。

それをPDFに変換してから PDF Viewer で画像に変換したものです。


志度の畑でたくさんのジャガイモと梅を採り、追加でサツマイモを植えてきました。

2014-06-16 | 志度の畑

6/12(木)の朝一番の高速バスで志度へ一人で行き、6/15(日)の夕方に

家内の運転で吹田に戻ってきました。

苗屋さんに最後の入荷のサツマイモの苗を頼んでおいたので、植えに行ったのですが

サツマイモと梅が「今年は豊年満作で・・」という言葉が当てはまるくらいの収穫でした。


 今回でジャガイモの収穫は
 終わりで、畑に空きエリアが
 広くできました。

 植えたのは男爵だけを10kg
 切らずにまるごと植えたのが
 良かったのか、芽カキの時期と
 土寄せがうまくいったせいか
 今までにないくらいの大粒の
 ジャガイモが収穫出来ました。

 段ボールに大・中・小に分けて
 入れていきましたが、本当に
 小さいのがなくて良かったで
 す。

 収穫量は50kgなので
 5倍になったということです。

 夏空のもとで畑に座っての
 作業が出来たので、まだ体力が
 あるのかと思いました。

  

 

 私が植えた南高梅が一昨年
 から実がかなり付くようになり
 今年は5kgの実が採れまし
 た。
 行った時はちょうど熟れだした
 タイミングでラッキーです。

 今年はかなりの枝を剪定して
 摘果も十分にやったので
 粒が大きいです。

 古くからある2本の梅の木に
 鈴なりと言う表現なくらい実が
 生っていました。

 私が採って
翌日に家内が採っ
 て、土曜に
来てくれた弟がまた
 10kgも
 採って 
 合計40kgです。 

 


ニンニクが順調に大きくなっていて、今回 掘り起しました。ジャンボニンニクという品種だそうで

大粒の根が付いています。弟がニンニクは好きだと言うので渡した残りをログハウスに吊るし

ました。乾いてからバラバラにして調理に使うようです。

 


今回はサツマイモを25本 植えました。最後の苗とのことでかなり太くて丈夫そうです。

これから根付くまでに水やりがかかせませんが、いつも隣の親戚の人のお世話になっています。

前に植えたサツマイモは大きくなって来ていて、草取りをしました。
もう茎を払わないと根を張っているのも
見つけました。

今回は一畝と半分くらいに植えた苗は まだ萎れていて元気がありません。

    

他に苗屋さんで見つけた苗をいろいろと買って植えました。

毎年 トウモロコシはうまく収穫まで行かないので 止めておいたのですが売れ残りを買って植えました。

サトイモは10個植えたのが芽が出ないのが多く有って 4個買って植えました。

台湾の料理で知った空芯菜という苗を見つけたので、1本試しに植えてみました。

    サトイモ

    空芯菜

他に 埼玉にいる元上司から貰ってうまくいかなかった ヤーコンを3本と

ジャガイモの跡地に カボチャを3本と2本植えました。
時期的にかなり遅いので収穫までいくでしょうか?


早い時期に植えた4本のカボチャの生育が順調で もういくつかの実を付けていて
大きくなっているのもあります。

エダマメ落花生も大きくなって来ていて 小さな花を付けだしています。

   エダマメ

   落花生


ログハウスの横のブドウに実がついていて、摘果したり ツルを誘引したり面倒をみています。

斜面の上の方に植えてある栗の木に白い花が咲いています。
今年も大きな実を付けてくれるのを期待しています。

  

 

  

  栗の木  去年の実はとても大きくて立派なものでした。

  樹に虫がついたりして もっと手間をかければと良いと

  思うだけでやる余裕がありません。

 

 


 梅雨の時期になるとログハウスまでの坂道沿いに

 植えたアジサイが満開で綺麗です。

 パノラマ写真と普通の写真を
 Photoscapeで編集しました。

 


畑から見たログハウスまでの

坂道沿いに咲いているアジサイ

カンゾウの花です。

畑の手前の方には トマト・ナス

・シシトウ・ピーマンなどの

夏野菜が植わっています。

畑の奥の方の空きのエリアは

ジャガイモを収穫した跡地です。

今年のアジサイは花が大きくて

紫系統の色できれいです。

カンゾウは咲いては萎れて

まだ次々に花が咲いていて

見ごろの時期が続いています。

 

  


志度の4日目の朝はバイクで屋島から志度までの12km いつもの道で行きましたが、少し余裕があって

途中の風景をデジカメで撮ったのをPhotoscaoeで編集しました。


13日(金)と14日(土)の夕食は家内の友人と一緒に高松の瓦町にある店に行きました。

「おなじみ」という店は私は初めてですが家内の友人は昔から知っていて
お勧めのメニューをいろいろと頂きました。   

   

「おふくろ」という店には何度か来たことがあり、カウンターに並んでいる料理から

好きな料理を選んで小鉢に入れて持ってきて部屋でゆっくりと食べて美味しかったです。

   


 13日の夜に見たNHK TVの番組は

 私が生まれ育った多度津町での収録番組で

 懐かしかったです。

  

 

ジャガイモの収穫をしていると予想以上によく実がついていて 「今年は豊年満作で・・」というフレーズが浮かびました。
インターネットで調べると日本の民謡・唱歌 村祭(むらまつり)で 2番の出だしは「年も豊年満作で・・」
となっていて疑問を聞いた人についての回答も見つけました。

  これは、「豊年満作の年で、」を「年も豊年満作で、」と強調のために、言い換えただけではないでしょうか?


Picasaウェブアルバムに美術館の印象派・ポスト印象派の絵画を載せました。

2014-06-11 | パソコン

Google Art Project(世界の美術館めぐり)について 2012年の7月に

初めてブログに投稿しました。 「インターネットで世界の美術館めぐりができます。」

2013年の3月には 「Google Art Project  ニューヨーク近代美術館」

2014年の4月には 「京都文化博物館で印象派の絵画」をブログに書きました。


今回 Picasaウェブアルバムに印象派の画家 5人(ピサロ・シスレー・マネ・モネ・ルノワール

の作品をインターネットから取り込んで Picasaウェブアルバムに登録しました。

☆画像をクリックすると Picasaウェブアルバムにリンクします。

   

ジャコブ・カミーユ・ピサロ(Jacob Camille Pissarro、1830年~1903年)は、19世紀フランスの印象派の画家。 
ピサロは印象派展には第1回展からグループとして最後の第8回展まで、毎回参加しており、
計8回の印象派展に欠かさず出品した、ただ一人の画家である。

    

アルフレッド・シスレー(Alfred Sisley, 1839年~1899年)は、フランス生まれのイギリス人の画家。
シスレーの油彩作品の大部分は、パリ周辺の風景を題材にした穏やかな風景画で 他の印象派の画家の多くが、後に印象派の技法を離れたなかで、シスレーは終始一貫、印象派画法を保ち続け、もっとも典型的な印象派の画家といえる。

    

エドゥアール・マネ(Édouard Manet,1832~ 1883年)は、19世紀のフランスの画家。 
西洋近代絵画史の冒頭を飾る画家の一人で、後に「印象派」となる画家グループの中心的存在であった。
マネは画家仲間のみならず詩人、作家との深い親交があり、ボードレールはエッチング、
ゾラとマラルメは油彩による肖像画がマネによって描かれている。

    

クロード・モネ(Claude Monet, 1840~1926年)は、印象派を代表するフランスの画家。
「光の画家」の別称があり、時間や季節とともに移りゆく光と色彩の変化を生涯にわたり追求した画家で、
モネの代名詞ともなっている『睡蓮』の連作はジヴェルニーの自宅の庭にある睡蓮の池をモチーフに、
全部で200点以上制作されている。

    

ピエール=オーギュスト)・ルノワール(Pierre-Auguste Renoir、1841年~1919年)は、
フランスの印象派の画家で、後期から作風に変化が現れ始めたので、
まれにポスト印象派の画家とされることもある。 風景画、花などの静物画もあるが、
代表作の多くは人物画で、晩年は豊満な裸婦像などの人物画に独自の境地を拓いた。


Picasaウェブアルバムにニューヨーク近代美術館で見つけた ポスト印象派の画家 

5人(セザンヌ・ルソー・ゴーギャン・ゴッホ・スーラ)の作品をインターネットから取り込んで

Picasaウェブアルバムに登録しました。 

☆画像をクリックすると Picasaウェブアルバムにリンクします。

    

ポール・セザンヌ(Paul Cézanne、1839年~1906年)は、フランスの画家。
当初はモネやルノワール等と共に印象派のグループの一員として活動していたが、1880年代からグループを離れ、伝統的な絵画の約束事にとらわれない独自の絵画様式を探求した。
セザンヌはモネら印象派の画家たちと同時代の人物だが、ポスト印象派の画家として紹介されることが多く、20世紀の美術に多大な影響を与えたことから、しばしば「近代絵画の父」として言及される。

      

アンリ・ジュリアン・フェリックス・ルソー(Henri Julien Félix Rousseau、1844年~1910年)は、
19世紀~20世紀フランスの素朴派の画家。20数年間、パリ市の税関の職員を務め、
仕事の余暇に絵を描いていた「日曜画家」であった。一見稚拙に見える技法を用いながらも、
彼の作品は完成度と芸術性の高いもので、いわゆる「日曜画家」の域をはるかに超えており、
19世紀末から20世紀初めという時期に、キュビスムやシュルレアリスムを先取りしたとも言える独創的な絵画世界を創造した。

       

ウジェーヌ・アンリ・ポール・ゴーギャン(Eugène Henri Paul Gauguin、 1848年~ 1903年)は、
フランスのポスト印象派の最も重要かつ独創的な画家の一人。
ポール・セザンヌに「支那の切り絵」と批評されるなど、同時代の画家たちからの受けは悪かったが、
没後西洋と西洋絵画に深い問いを投げかけたゴーギャンの孤高の作品群は、
次第に名声と尊敬を獲得していった。

イギリスの作家サマセット・モームの代表作「月と六ペンス」の主人公の画家のモデルであった。

    

フィンセント・ファン・ゴッホ(Vincent van Gogh、1853年~1890年)は、
オランダ出身でポスト印象派の画家。

彼の作品は感情の率直な表現、大胆な色使いで知られ、ポスト印象派の代表的画家である。
フォーヴィスムやドイツ表現主義など、20世紀の美術にも大きな影響を及ぼした。
第1次世界大戦後には、ゴッホ作品の評価が確立し、1920年代-30年代の最高価格は4000ポンド台となり、
ルノワールに肉薄するものとなった。第2次世界大戦後は、近代絵画全体の価格水準が高騰するとともに、
ゴッホ作品も従来の十倍ないし百倍となり、ルノワールと肩を並べた。
1970年代には美術市場に君臨するようになった。

    

ジョルジュ・スーラ(Georges Seurat , 1859年~ 1891年)は、
新印象派に分類される19世紀のフランスの画家。

スーラは、印象派の画家たちの用いた「筆触分割」の技法をさらに押し進め、光学的理論を取り入れた結果、点描という技法にたどりついた。
スーラは完成作を仕上げるまでに多数の素描や下絵を制作して、入念に構想を練った。

また、点描の大作を仕上げるには相当の時間を要したことと思われる。
こうした制作方法に加え、
31歳の若さで没したこともあって、作品の数は多くはない。


Picasaウェブアルバムに写真の登録をしました。(鎌倉の四季・夏)

2014-06-10 | パソコン

パソコン教室で習ったPicasaウェブアルバムを使ってみようと思ったのですが、

良い写真が見つかりません。

TVで鎌倉のことを放映している時に、会社の出張で鎌倉に行った時に頂いた

写真集のことを思い出して これをPicasaウェブアルバムに載せてみました。

写真集のタイトルは 鎌倉の四季 」で 勝原範夫さんの作品です。 1990年

     

この写真集の中から 夏の写真をスキャナーで取り込んでPicasaウェブアルバムに載せました。

下の画像をクリックすると写真集にリンクしています。

     

当時の写真ですから まだデジカメではありません。

菖蒲・蓮・桔梗・百合・紫陽花・百日紅・夾竹桃などの夏の花がきれいです。


志度の畑で晩生のタマネギと赤タマネギを収穫して来ました。

2014-06-09 | 志度の畑

6/6(金)の午後に家内の運転で志度に行き、私だけ6/7(土)の夕方のバスで

吹田に戻ってきました。

梅雨に入ってよく雨が降ってくれたので畑の野菜も草も元気に育っていました。

 今回の収穫は写真の中央に
 見えている晩生のタマネギ
 ログ近くの畑の赤タマネギ
 もう一畝の晩生のタマネギは
 次回に収穫して完了です。

 ラッキョウも一畝分 収穫して
 家内が整理すると3kgを超え
 て
いて大仕事だったと言いま
 す。

 次回にはサツマイモを追加で
 植えるのと、ジャガイモの
 収穫です。

 まだイチゴが生っていて小ぶり
 でしたが甘かったです。

 

 

最初に植えた4株のカボチャの生育がよくて、ずいぶん大きくなっていて もう実を付けていました。

土地が良かったのか 苗が良かったのか 虫を殺虫剤で追い払ったのが良かったのか 
大きなカボチャになってほしいです。

スイカは今年で3年目です。連作がダメなので接ぎ木の苗を買って、カバーもかけたりしたのですが

あまり元気そうでないのでどんなになるでしょうか。ウリは毎年 ほったからしにしておいても育ちます。

今年も何本かを植えておいたら 広がってきているので収穫が出来そうです。

  

サツマイモの苗を50本 4畝に植えています。
草に覆われてきたので草取りをしたのですが、雨の後なので
草が抜きやすくて 
日差しは相当暑かったですが 作業はかなり楽に出来ました。

今年はエダマメを初めてのエリアに植えたのが良かったのか、順調に育っています。

ニンニクは大きくなっていて次回には掘り起こしてみようかと思っているくらいです。

       

 トマトが大きくなっていて支柱を
 作り、不要な枝を切りました。

 ナス・シシトウ・ピーマンには
 もう実が生っていて採って
 きました。

 ゴーヤも根付いていてツルが
 巻き付きかけています。

 サトイモを10本植えたのですが
 まだ芽が出てくれないのが
 多くて心配です。 


今回は晩生のタマネギと赤タマネギを収穫しました。
私は掘り起こしておくだけで、葉とひげを取るのは家内の仕事です。

ラッキョウも一畝分を掘り起こしたのですが、3年くらいたった分なので小粒でして 
後の作業が大変だったようです。

  ラッキョウの整理後の漬ける前の状態

 

 


ナシの葉が虫にやられそうになっているのを見つけては葉を落としているので、
今年は大きくなるでしょうか?

ブドウの実も摘果が必要だと聞いて 少し鋏で実を切り落としてもました。

今年のいつもよりもかなり少ないですが ユスラ梅に赤い実がついていたので少し採ってきました。

ビワも去年のようには生っておらず少ししか採れませんでしたが、完熟の実は甘くて美味しかったです。

     


キキョウはスクスクと育っているという表現でして、きれいな花をたくさん咲かせてくれそうです。

ユズとレモンの実も少し大きくなってきています。これも摘果した方がいいのかと思っています。

     


ちょうどアジサイの花とカンゾウの花が見ごろで たくさん写真を撮ってきてPhotoscapeで
編集しました。

ログハウスまでの坂道の右側にアジサイをたくさん植えてあり、
毎年 梅雨のころに花を咲かせてくれます。

坂道の入り口近くの左側のエリア集めたカンゾウの花が咲いていてきれいです。

 

 アジサイとカンゾウの花が

 写った写真 2枚を

 ペイントブラシ で編集しまし
 た。

 

 

 

 

    虫の写真をアップで撮りました。

    


今年も会社のOBが集まってパソコン勉強会と懇親会を行いました。

2014-06-06 | パソコン

6/5(木)の午後に芦屋市民ホールの会議室で

2000年から続いている会社のOBでのパソコン勉強会を行いました。

講師には2009年から藤原先生にお願いして、今年も「Windowsフォトギャラリー」

で写真の加工・編集などを教わりました。

昨年と同じ教材でしたが、皆さん新しい知識として勉強になりました。

他にウィルスの事やWindows8の事などについての質問も多く出て

予定の2時間をオーバーしてしまいました。

次回は3時間でやってくれとの要望です。

 

 


芦屋市民センターで2時から4時半までの勉強会の後、JR芦屋駅に近い「かごの屋」まで

移動して恒例の懇親会を行いました。

毎年 参加のメンバーが減って来ていて寂しくなっていますが、

今年もパソコンの話題からいろんな話題で 楽しく歓談が出来て良かったです。

飲み会の始まる前と 食事が終わった後に店の人に頼んで写真を撮ってもらいました。

      


2000年から始まったこのパソコン勉強会についてのブログを調べました。

2013-6-27 今年も会社のOBが集まってパソコン勉強会と懇親会を行いました。

2012-6-24 今年も会社の頃のOBが集まって勉強会と懇親会をしました。

2011-9-7  元の会社のOBが集まるパソコン勉強会を振り返ってみました。

2011-6-30 今年もパソコンの勉強会と懇親会を「カフェたんぽぽ」で行いました

2010-6-19 パソコンの勉強会 10年 続いています

2010-6-17 パソコンの勉強会と懇親会をカフェたんぽぽで行いました

2009-10-31 今年は恒例の勉強会と懇親会をタンポポで行いました


わくわくお出かけを始めたころの見学記録をまとめました。(2007年12月~2009年11月分)

2014-06-02 | お出かけ

わくわくお出かけの記録をまとめてみました。回目の2007-12-17朝日新聞見学から

21回目の2009-11-25大阪港めぐりまでの中で、当時はブログをやっていなかったので

長谷川さんが書いてくれた見学の記録と 見つけられたデジカメ写真がある分を編集したものです。

  


1回目朝日新聞社の見学 (2007-12-17)

     

2回目関西テレビ放送 見学 (2008-2-5)

     

3回目阪急電鉄 正雀工場 見学 (2008-3-25)

     

4回目大阪中央卸売り市場 見学 (2008-4-15)

     

5回目松下電器 歴史館 見学 (2008-5-13)

     

6回目明治製菓 茨木工場 見学 (2008-5-27)

     

7回目ラーメン発明記念館・手塚治虫記念館の見学 (2008-6-12)

     

8回目NHK大阪放送局・大阪歴史博物館 見学 (2008-7-11)

     

9回目陸上自衛隊 伊丹駐屯地 見学 (2008-9-16)

     

     

12回目吹田 西尾邸・浜屋敷 見学 (2008-12-9)

     

     


13回目森永製菓 塚口工場 見学 (2009-1-20)

     

15回目京都太秦映画村 見学 (2009-3-20)

     

16回目大阪造幣局 硬貨鋳造所 見学 (2009-4-24)

     

     

17回目関電南港発電所 見学 (2009-6-19)

     

19回目サントリー山崎蒸留所 見学 (2009-9-29)

     

20回目明石海峡大橋 見学 (2009-10-23)

       

21回目大阪港めぐり (2009-11-25)

     


わくわくお出かけのブログをまとめました。(2010年分)

2014-06-01 | お出かけ

わくわくお出かけの記録をまとめてみました。もう70回もお出かけに行っています。

     


2010年のお出かけのブログをまとめてみました。
(タイトルか画像をクリックするとブログにリンクします。 )

ブログを作成していない分は、長谷川さんが作成してくれている「お出かけの記録」や写真を載せます。

2月:アサヒビール吹田工場見学(2010-2-26)

    

3月:わくわく見学で中ノ島と梅田に行きました(大阪市立科学館)(2010-3-27)

    

4月:奈良平城京跡の会場見学(2010-4-29)

   

5月:世界遺産の平等院と宇治上神社を見てきました。(2010-5-27)

   

6月:神戸北野の異人館を見学(2010-6-26)

   

7月:真夏のわくわく見学で神戸に行きました(神戸海洋博物館) (2010-7-22)

  

8月:わくわくの社会見学で真夏の京都に行きました。(国際平和ミュージアム) (2010-8-19)

  

9月:わくわく社会見学で四天王寺に行って来ました (2010-9-23)

  

10月:わくわく社会見学で安土に行って来ました (2010-10-29)

  

11月:わくわく社会見学で東福寺に行って来ました (2010-11-19)

  

12月:わくわく社会見学でコリアタウンに行って来ました (2010-12-17)