人間は、原理的に、結果を問うことなしに、常に知識を求める存在であり、
それを否定することは、人間の否定に重なるーーー
科学研究の中核的な部分は、「文化」的な営為であって、技術とは一線を画しているーーー
村上陽一郎「平成26年6月」学鐙 111 NO2
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子供の知的発達を考えてみると、知識探求欲の存在はよくわかる。
まだ右も左もわからない乳児でさえも、目をきょろきょろさせて
周りの探索をしている。
科学は、幼児心性の発露(残存能力?)だと思う。
ただ、その結果のインパクトが大きくなりすぎたのだ。
それが、科学研究の世俗化につながってしまった
これでよい、という判断もあるし、
現実には、ほぼそうなっている。
しかし、いいのか、大丈夫かという疑問は、大事である。
その役割を担い、そして実践している、いや実践してほしいのが
人文科学であるが、今や、人文科学にも結果を求める圧力がかかっている
世間の人文オタクの知識欲だけが頼りでは心配。

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