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親友」自分史(再掲かも?)

2016-02-10 | 自分史
親友」自分史
日本経済新聞の一番裏側に、「私の履歴書」と「交遊抄」の欄とがあります。
 「私の履歴書」のほうは、関心のある人の連載の場合以外はあまり読みませんが、「交遊抄」のほうは、記事が短いこともあり、よく読みます。そこには、筆者――多くは偉い方々――が親友を得たいきさつが書かれています。「持つべきものは友」あるいは「友こそ我が命」がよくわかります。
 実は、お恥ずかしい話ですが、そして、こうした記事がかける人をとてもうらやましく思うのですが、私には、このような記事を依頼されてもーーそんなことはまずないのですが(笑い)ーー、書くべき親友はいません。
 70年の人生の節目では、それなりに仲良しはいましたし、いわゆる友人付き合いは悪いほうではなかったと思いますが、心からの友、いわゆる親友はできませんでした。
 内心忸怩たるものがないわけではないのですが、この年にあるといまさらどうしようもありません。

自分のスポーツ歴

2016-01-20 | 自分史
自分のスポーツ歴は、子どもの頃は、草野球、中学校では卓球、高校では体操部でインディアンクラブ(2本の短い棒を振り回す技能を競う孤独な種目)でした。大学時代は、アルバイトと通学に時間を取られて、まったくスポーツとは無縁でした。徳島大学に就職してからは、これまでずっとテニスです。

今にして残念に思うのは、ゴルフをしなかったこと。
この年になってできるスポーツとしてもう一つあれば、
老後も万全。
後悔しきりであるが、よく考えると、経済的にそんな余裕がなかったなー

終身保険金

2015-12-12 | 自分史
終身保険金
20年以上も前、いきさつは忘れたが、
郵便局の終身保険というのに入ったらしい。
それが満期になったとのこと。
額はごくわずかだが、生きている限りもらえる。
こんなことなら、もっと高額の保険にしておけばよかったなー
と思ったが、よくよく考えると、なんと20年くらい
生き続けないと収支が合わない(と思う)。
長生きの収支は難しい。



「自著本」エゴサーチ

2015-11-23 | 自分史

「自著本」エゴサーチ
失敗を「まあ、いいか」にする心の訓練(小学館文庫)
作家: 海保博之 雑誌・レーベル: 小学館文庫
ジャンル: ノベル・書籍 / 自己啓発 / ビジネス・経済書籍
巻数: 1巻 価格: 470円(税抜)
レビュー投稿数0件


人は間違いをおかすもの。そのたびにそれを失敗ととらえて落ちこむなんてつまらない。心の持ち方をちょっと変えてみれば、失敗も次に活かすことができる。2000年にノーベル化学賞を受賞した白川秀樹教授の発見は、大学院生の指示の取り間違いがきっかけだった。本書では、失敗とは何かを数々の図版を使って心理学的見地から解説。そして、失敗から学び、失敗を「成功の母」に変えるためのテクニックを、14のトレーニング法を交えながら伝授する。これを読めば、もう失敗を恐れない。失敗しても落ちこまない。



早起き習慣」自分史

2015-11-12 | 自分史


早起き習慣」自分史
30代後半だったと思いますが、やることが増えてしまい、そのストレス解消のための晩酌が必須というような状態。しかし、晩酌をしてしまうと、夜は仕事ができません。しかし、仕事は増えるばかり。さてどうしたものかと思案していたときに、元NHKアナウンサーでベストセラー作家でもある鈴木健二氏の本で、なにがなんでも毎朝4時44分――この時間は記憶不確かですが、あえて半端な時間を設定していたことだけは記憶に残っていますーーに起きるという話を読んで、一大決心したのが朝3時33分起きでした。これだと晩酌してあとは寝るだけ。そして、朝の3時33分に起きるだけ。そして朝の3時間を仕事(もっぱら原稿執筆)に集中しました。
 2日酔いのようなときでも、また休みの日でも、ともかく3時33分に起きました。そして、とりたてて急ぎの仕事のないときは、風呂に入ったり、早朝散歩などしたこともあります。
 習慣になるまで、ともかく3時33分には起きるようにしました。こうした努力をどれくらい続けたか記憶にありませんが、確実に早起き習慣ができました。

体操の県代表」自分史

2015-11-05 | 自分史
体操の県代表」自分史
高校時代、体操部に入った
最初テニス部、ラケットのからふりばかりで
いやになりやめた。
部長に嫌味を言われたのを覚えている
多分、その次に体操部に入ったのだと思う
でも、根が臆病で体もやわだった
鉄棒でも逆上がりがやっと
平行棒などからだを持ち上げるだけで精一杯

そこで、
インディアンクラブという棒2本を振り回す競技をすることになった
きっかけは、先輩のやるのを見て、これなら、怖くない、自分のペースでできる
ということだったと思う。
しかも、競技人口が極端に少ない
したがって、あっさりと県代表になり山口県までいった
もちろん、入賞もできず、秋吉台を見て帰ってきた

それにしても、日本代表の金メダル演技
もはやサーカスだなー
驚嘆もの

人生70年、幸運にめぐまれた」自分史

2015-07-30 | 自分史
人生70年、幸運にめぐまれた
 古希を超えた今、昔を振り返れば、よくぞここまでの感懐に浸ることがしばしばです。
 災害、犯罪に出くわさなかった幸運が第一ですが、日々の生活、仕事でも、あのときもしあの幸運に恵まれなかったら、と思うとぞっとすることがあります。
その一方では、あの努力あっての今ということもまたあります。
実際は、努力と幸運とがコラボレーション(共振)して、ここまで来たのだと思います。努力が幸運を引き寄せた、というところもありますし、不運を努力でカバーしたようなこともあったように思います。



自分の戦後70年

2015-07-23 | 自分史
戦後70年
首相談話が話題になっているが、
戦後70年は、自分の人生70年とほぼ重なる。
振り返れば、あれこれの思い出がふつふつとわき出てくる。
ネガ・ポジ取りまぜての思い出がある。
しかし、全体として、
貧から豊へ
混乱から秩序へ
不便から便利へ
邪から正へ
動から静へ
開から閉へ
といったところかなー



講義をしなくなると

2015-06-30 | 自分史
講義をしなくなると
25歳ころから大学で講義をしてきた
それが、ここ2年間、まったくごぶさた
講演のたぐいも10年前に引退
というわけで人前で話すことがなくなった
かくして何が起こったか
・情報収集力が極端に低下
  これは講義で使えそうといったことがなくなった
・話術が衰えた
  こうすれば言いたいことが伝えられるという実践訓練がなくなった
・人前が怖くなってきた
  人前に話すことがいかにストレスフルであるかがわかった



教師さまざま」自分史

2015-06-28 | 自分史
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教師さまざま」自分史

中学校段階(昭和30年〜33年)高等学校時代(昭和33(1957)〜昭和36年)高校進学率が40%くらいのときです。ちなみに、今、大学進学率53%ですから、昔の高校でかかえた諸問題が大学で起こっていることに酷似しているのではないかと思います。ここでは、両極端の教師。まず中学校無免許英語教師の話。代講でみえた英...
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人前で話す

人前で話すのが大学教員の商売それがなくなって1年生活全体にメリハリがなくなった頭もなんとなくシャープさが低下してきた気配昨日、M先生に講習会の講師をぜひと頼まれた立場上、事柄の性質上、引き受けざるをえなかった概要を出してくれというので、準備昔の講演録などがまだかろうじて残っていた発掘してなんとかこれなら使いま...
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安全教育の課題と領域

安全教育の課題と領域学校における安全教育の課題と領域は多岐にわたっている。さらに、カリキュラムの上で安全教育はその位置づけもしっかりとはなされていない。そうした中で、安全教育の実を挙げるのは簡単なことではない。本稿では、個々の教師がホームルーム、あるいは総合学習の一部として実践することを想定しての安全教育のた...
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試験運

2015-06-21 | 自分史

試験はだいたい一発勝負。
やり直しがきかない。
運・不運にもろにさらされる。
試験問題に関する運・不運
試験日に関する運・不運
試験の出来に関する運・不運
などなど
人生を決める大きな試験は、入学、就職試験であろう。
高校入試、大学入試、大学院修士入試、博士入試
と4回の試験は、高校入試を除いて、実に幸運に恵まれた。
つまり、自分ではだめ、失敗と頭をかかえていたのが、
どういうわけか合格したのだ。
なお、就職試験は経験していない。最初の職が、大学助手。
これは先輩の引きで至極あっさりと合格してしまった。
これはこれで実に幸運。これは人脈のところでまた述べることになるが、
まさに、運、仕事、人脈がワンセットで人生は決まるのだ。



ドライブ」自分史

2015-05-12 | 自分史
●ドライブ
40代半ばでやっと車がもてるようになった。
堰を切ったかのように、あちこちドライブした。
1年に1万キロくらいは軽く走った。
幸運にも、
一度も免許を警官にみせろと言われたこともない
模範ドライバーであった。
しかし、ドライブ。危険一杯である
不運で事故なんて、ごまんとある。
先日は、九州自動車道で
一家で帰省途中のレンタカーが故障で真ん中車線に止まっているところを
トラックに追突され、
夫、子ども2人を失ってしまった事故があった。
参考」
愛知県飛島村の伊勢湾岸自動車道で乗用車の家族3人が死亡した追突事故で、軽傷を負った妻(30)が「自分が運転中に車が止まってしまい、夫と交代しようとした直後にトラックに追突された

不運としか言いようがない。
その不運に遭遇しなかったままそろーりと運転を減らしつつある。
技能が落ちない程度にあと2年くらいかけて運転をやめるつもり。
現在は、決まりきったルート、しかも、安全道路しか運転しないようにも
こころがけている。これ不運を遠ざけているのだと思う。
運を引き付けるのと同じくらい
不運を引き離す努力も必要。



幼児期」自分史

2015-05-01 | 自分史
いまでこそ、若葉区なんてしゃれた名前が前につきますが、れっきとした農村地帯で育ちました。
祖母同居5人家族の生活の中での幼児期。少年期。
学校教育とは無縁のいわば「自然教育」が朝から晩まで。
いろんなことを学んだと思いますが
とりわけ今の幼児期の子どもと比較すると、
「生き残るすべとしての人間関係のスキルの自然教育」
は貴重だったのではないかと思います。
家の中でも外でもさまざまな人との交流の中で暗黙のうちに学んだ豊富な、というより雑多な人間関係スキル。
人間関係もスキルがあります。その大部分は、周りを観察し体験しながら学びとるものですから、これこそ早期教育の大事な課題ではないかと思います。
そこで身に着けるスキル、いろいろありますが、次の2つは極めて大事。
① 家庭文化の継承スキル 礼節 マナー 行事
例 2世代世帯には伝統が継承されている 
例 嫁姑の確執の原因の一つになる 
② わがままの発揮と制御 
例 早く食べないとなくなってしまう、しかし、それをすると叱られる


学生時代

2015-03-14 | 自分史
大学生、大学院生の7年間は、家庭教師のアルバイトでなんとしのげたが
おおむね貧乏ではあった。
まわりも貧乏学生が多かったなー
ただ、女子学生は良家の出身者が多かった(と思う)

というわけで、生家での育ちは、運・不運で言うなら、不運だった。
言うまでもないが、この不運の中で学んだこと、身に着けたことは、
今から振りかえれば、ごまんとあるが、一言でいうなら、
世間とのつきあい方ではない

黒歴史

2015-01-27 | 自分史
黒歴史
今朝の通勤途中のNHKトーク番組のテーマが黒歴史
最初、聞き取れなかった
要するに、隠しておきたい過去、思い出したくない過去の話である

自分史のようなものを2、3年前頃からぼつぼつ書いてきた
でも最近は、あまり書かない
黒歴史もどんどん出てきてしまい、
心穏やかとはいかないからである

写真アルバムの効用は、ポジティブな過去だけを思い出す手がかりになる
旅行とか祭礼とか思い出として記録したいときしか撮らないからである
引越しのときにそれらはほとんど捨ててしまったのがいけなかったのかも
断捨離は難しい


黒歴史 - Wikipedia
ja.wikipedia.org/wiki/黒歴史
黒歴史(くろれきし)とは、アニメ作品『∀ガンダム』に登場した用語。物語中では、過去に起きた ... 黒」には「不吉なもの、よくないもの」という意味の他に、「全てを混ぜ合わせた色」という観点から「全てを包含する」という意味もある。また「∀」とは「全ての」という ..