三流読書人

毎日の新聞 書物 など主に活字メディアを読んだ感想意見など書いておきたい

ドングリ小屋住人 

萌えいづる

2006年02月10日 13時11分42秒 | 教育 

    クロッカス

    チューリップ

    アネモネ

凍てついた土の中から芽を出しています。
「芽が出てる!」と、今朝、配偶者がうわずった声で言いました。昨年秋に彼女が植えた草花です。
今年は寒さが厳しかったので、ことのほか萌えいづるということが新鮮で感動します。


弟に差し入れしなきゃ武部さん

2006年02月09日 09時04分13秒 | 教育 
今日のはすごいよ。
庶民の本音です。

拝借  「仲畑流万能川柳」(『毎日新聞』2月9日 仲畑貴志選)

☆幹事長いま息子さん留置場      神奈川  カトンボ
☆一つでは足りぬ気がする特捜部    相模原  水野タケシ
☆弟に差し入れしなきゃ武部さん    駒ヶ根  桐山実茶
☆独房の窓から宇宙思い馳せ      横浜   高田弄花
☆ホリエモンこけてすこうしホッとする 今治   バケムロ
☆寒い夜ヒルズ離れて小菅族      東京   森 三七
☆うそ多く覚えきれないホリエモン   茅ヶ崎  河野健二
☆ホリエモンひと皮むけばホラエモン  東京   ツヨボン
☆愛社心希薄そうだなライブドア    一宮   雷神
☆きっと書く「塀の中からホリエモン」 静岡   いなばたえみ
☆麦飯でやせておいでよホリエモン   高知   しばてん
☆Tシャツで正す襟なくホリエモン   新発田  いのすけ代
☆拘置所じゃ金で買えない暖房器    徳島   津 津
☆バカボンの様にも見えるホリエモン  岡山   興陽ボーイ
☆腹心に自殺者がでる大事件      久喜   高橋春雄
☆肉偽装マンション偽装株偽装     加須   那由多
☆ほうらみろ袋だたきだホリエモン   鶴岡   鯔のつもり
☆最新の人生ゲーム牢屋付き      三島   笑 む


焚き火と酒

2006年02月08日 09時42分44秒 | 教育 
住まいから歩いて15分ぐらいの所に温泉がある。
元は老舗の日本酒の蔵元。
現在は地酒と地ビールの醸造と、温泉を掘り当て、温泉と和風・洋風のレストランを経営している。庭で大きな鉄鍋で焚き火をしている。
風呂上がりに、初絞りを枡でキュッと一杯。
真っ昼間である。ごめんなさい。




もう税金払いたくない!

2006年02月07日 08時58分03秒 | 教育 

 こんなむちゃくちゃな税金の使い方をする政府を何とか出来ませんか。防衛施設庁の官製談合は言ってみれば政府ぐるみです。

 官庁が発注する公共工事の原資は国民の税金。談合は、公正な競争をゆがめ業者が高値で工事を落札することである。それは税金の盗みどりであり、被害は我々国民が直接こうむる。防衛施設庁が発注する米軍施設内での工事で使われる予算の大半は、日米地位協定上、本来日本が負担する必要のない、「思いやり予算」である。それ以外の予算も「第二の思いやり予算」といわれるSACC(沖縄に関する特別行動委員会)関連経費で占められている。本来日本が負担する必要のない工事が談合によって高値で行われているということは、税金の二重のむだ遣い。しかも、岩国基地の滑走路移設工事などは米軍の再編に伴う基地強化に直結する。それは米軍機による騒音被害などを一層広げるばかりでなく、米軍基地の恒久化にもつながる。

 国民からひどい税金の取り立てをし、米軍が我が物顔に日本を席巻することのためになぜこんなむだ遣いされなければならないのか。
 いつまで我慢するのか。




旧仮名遣いの文章入力

2006年02月06日 09時18分14秒 | 教育 
昨日のブログのネタ本です。装丁も紙質も悪く、昭和25年という時代を感じさせます。もうすぐバラバラになりそうです。某図書館が廃棄したものを頂いたものです。
昨日のブログでてこづりました。写真の文庫本の文章が、旧仮名遣いで変換が大変でした。また旧字体でもあり、時間がかかることかかること。旧字体のほうはコード入力で何とかなりますが、漢字入力で送り仮名が旧仮名遣いの時は変換できません。
旧仮名遣いで文章を入力するような設定なんて無いのでしょうか。
もしご存じの方があれば、コメントを頂ければ有り難いです。

銭形平次とモーツアルト

2006年02月05日 11時42分23秒 | 教育 
銭形平次とモーツアルト
 今年はモーツアルト生誕250年とかで、世界中で様々な催しが行われるようである。どれか一曲をと言われれば瞬間的に旋律がうかんでくるのは交響曲第40番(ト短調K550)であるが、モーツアルトについて語られた評論というか文章で印象に残るものを紹介してみたい。
 古くは、長谷川一夫、最も長く演じたのは大川橋蔵である。北大路欣也、若山富三郎、風間杜夫なども。今は、村上弘明。ご存じ銭形平次である。女房はお静、子分はガラッパチの八五郎。お静、八五郎を演じて人気を博した役者も多い。ライバルは三ノ輪の万七。
 この原作者は野村胡堂である。が、野村胡堂はまた、野村あらえびすという筆名を持つ大変な音楽通であり、収集家であり、評論家でもあった。彼の著『紙上音樂会』(音樂の友社 音樂文庫 昭和25年刊)で述べられている「モーツアルト禮讃」が凄い。以下引用。

「モーツアルト禮讃」
 モーツアルトこそは永久に吾等のものであり、世界のものであるだらう。彼は國境を越え人種を超え傳統を越えて、千萬年の後までも、人間の生活に不斷の新鮮なるオアシスを點ずるものであらう。
 モーツアルトは古典の形式美の最後のゴールに達した人である。美しさの絶頂に立つ人であると言っても宜い。モーツアルトに一點一劃を加ふることは、美しさ、高貴さの分水嶺を越えて、崩壊への第一歩でなければならない。考へやうでは、モーツアルト以後の音樂は夥しき夾雑物に混濁されたものと言へるだらう。それは文學的な情操である場合もあり、哲學的な觀念である場合もあり、甚だしきに至っては、音藝術の約束を越えて、冷たい理論と小ざかしき技巧の遊戯に墮した場合さへあったのである。理論はどのように築かれるとしても、正直のところ、我等は最早モーツアルト以後の器樂曲に、心からなる愉悦を享受し得ないことを泌々と感ずるだらう。
 理論や傳統のなんの煩いもなく、直ちに我等萬人の胸に飛び込んで、情緒をかき鳴らさずには措かないといふ音樂は、モーツアルトの器樂曲とシューベルトの歌謡の外には無いと言ひ切ることが、果たして我々の偏見と言へるだらうか。ルービンシュタインは、バッハとベートーヴェンとシューベルトを音樂の三大巨峰と言った。私は全く違った觀点から、モーツアルトとシューベルトこそは、古今の音樂史上に燦然たる、二つの大天才であると言ひ度い。バッハとベートーヴェンは、單なる天才ではない。バッハはあまりに高貴であり、ベートーヴェンはあまりに人間臭い存在である。
 モーツアルトを愛するの心は、万人共通の健康な耽美的趣味であると言っても差支はあるまい。モーツアルトの音樂には、東洋的な色彩は些かもない。その美しさは悉く歐羅巴的でありその藝術の言葉は十八世紀の中歐の宮廷語である。併し、それにも関わらず、モーツアルトの藝術の訴へは、時も場所も、人種も国境も超越する。それは、この世にある限りの藝術のうちで、モーツアルトの音樂は最も純粋な美しさを持って居るからである。
 藝術がこれだけ純粋の形式に於いて表現された例は、かつて人類社会には無かったことであらう。モーツアルトの芸術の透明度は、大氣の如く、水の如く、純粋である。大氣が春風となり、木枯らしとなり、水がせせらぎとなり、怒濤となるような、モーツアルトの藝術の種々相は、端睨すべからざるものがあるにしても、その透明度に於いては何んの変わりもない。

 モーツアルトの音樂の光と愛と歌とに充ちた特質も、モーツアルトの天才と氣質に由来するものであらう。モーツアルトは「自分は百年に一人しか生まれない天才である」と信じた人である。その強大な自信の力が、やがて音樂に於ける傍若無人の美しさとなったのであらう。その耽美的な存分な生活が、強大な自信と相俟って、彼の玲瓏たる藝術を築きあげたのであらう。モーツアルトの音樂には、遅疑も澁滞もない。彼の戀愛や嗜好がさうであったやうに、あらゆるものを賭けて悔ゆることを知らない態度が、稀代の天才を燃燒させて、古今未曾有の「美しき音樂」を生んだのであらう。

 旧仮名遣ひ、旧字体ほとほとくたびれたのでやめやうと思ひます(なんかうつってきたな)が、野村あらえびす氏のモーツアルト禮讃はまだまだ続くのです。平次、お静、八五郎、三ノ輪の万七の生みの親凄いです。


野村胡堂・のむらこどう(1882-1963) 岩手県紫波郡大巻村( 現紫波町)生まれ。

冬夕焼け

2006年02月04日 09時52分29秒 | 教育 
【冬の夕焼けである。夕焼けの現象は夏に多く、夏の季語とされているので、とくに「冬夕焼け」という。「寒夕焼け」はとくに寒中の夕焼けであるが、一層強烈な感じを持つ。】とは明治書院『新撰俳句歳時記・冬』の説明。

   むらさきの冬夕焼けを掌にすくふ  古舘曹人

   冬夕焼け空に森あり牧場あり    石田あき子

 2月2日の夕景。今日は立春だけど、春は名のみの風の寒さとはなりました。



改革とは、社会全体の前進でなければならない

2006年02月03日 09時12分48秒 | 教育 
 暉峻淑子(てるおかいつこ)氏という経済学者がいる。岩波新書『豊かさとは何か』『豊かさの条件』などがよく知られている。今日の偽りの豊かさに警鐘を鳴らす。埼玉大学名誉教授。
 氏がある新聞に寄稿した文を紹介したい。
 
 《エコノミストは経済のマクロ数値を見て社会を見ない。遠くから森を見て木を見ていない。木が枯れれば森はなくなるのだ。・・中略・・(今日の病める社会が産んだ犠牲者ではないかと堀江問題に言及し)

 ノーベル賞の受賞者であり、世界銀行の上級副総裁でもあった経済学者J・シュテグリッツは言う。
 アメリカ型新自由主義の狂信的イデオロギーは、資本が国境を越えて自由に活動できるように、一律に民営化と規制緩和と構造改革による市場の自由化を世界に強制する。特に貿易と金融の自由化は、貧しい最下層をさらに貧しくし、経済戦死者を出して社会を破綻させることも少なくない。自由化の前に政府がしなければならないのは、情報が透明で公正・公平にすべての人々にいきわたること。経済成長を見て人間を見ない新自由主義の下では、最大の痛みは弱者にしわ寄せされるから、社会保障の整備と、とりわけ失業に備えて新しい職場を創出すること。それは公的な義務なのだ。
 改革とは、社会全体の前進でなければならない。貧困をなくすためには経済成長があった方が望ましいが、その逆は真ではない。経済成長は必ずしも貧困をなくすわけではなく、かえって悪化させ、社会を破綻させることもある・・・と。

 日本人はおとなしいので、暴動を起こすことはないかも知れない。しかし不満は潜行してニートの増加や麻薬が広がり、犯罪も増える。少子化もすすむ。
 先の国政選挙で自民党が大勝したとき、同じ国政選挙が行われたドイツでは大勝するはずだった保守党の議席は社民党をわずかに上回っただけで、左派政党「左の人々」が躍進した。ナチスに対する徹底的な反省と、キリスト教の倫理観と労組がなお力を持つ社会は、格差と差別の増大をよしとしなかっただけでなく、特に弱者へのしわ寄せを認めなかった。儲けがあったドイツ銀行やドイツテレコムなどの大企業がリストラを発表した時、新自由主義は儲けても儲けても、その富を決して分けようとしないものだ、ということを、人々は事実の中から悟った。SPD(社会民主党)がイラク参戦を拒否したことの正しさもまた、国民は忘れていなかったという。》

 儲けても儲けても分けようとせず、労働者を幸せにしない企業。税金を取っても取っても国民を幸せにしようとしない政府。消費税二桁などとふざけたことを言ってるが、もとはと言えば福祉目的税という発想であった。
 逆に、消費税を取り始めた時期と、社会福祉、社会保障をどんどん切り捨てはじめた時期が符合するような気がする。
 子どもが、お菓子を買っても、鉛筆一本買っても税金を取る。苛斂誅求のこの国の未来はどうなる。

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ごまかしのオンパレード 日本

2006年02月02日 08時41分58秒 | 教育 
 『毎日新聞』の「発信箱」というコラム好きです。愛読しています。特に元村有希子記者のファンです。


『毎日新聞』2月1日 コラム「発信箱」 
《  あべこべ眼鏡  元村由希子
 1ダースは12個、私たちにはこれが常識だ。ところが英国で「パン屋の1ダース」と言えば13個を指す。
 昔は焼き損ないを見越して1個多く焼いたのだとか、仲買人の分け前なのだとか、由来は諸説ある。共通するのは「ごまかすパン屋は厳しく罰せられる」という、当時の英国の常識である。国民の主食だけに、パン職人は責任と誠実さを求められた。
 今の日本はごまかしのオンパレードだ。耐震データ偽造に粉飾決算疑惑、違法改造、米牛肉加工場の調査の約束違反。「速度制限60㌔の道路を67㌔で走る程度」とホテル社長は語り、農相は「食の安全を守るとの趣旨は逸脱していない」と弁解した。たまにしか来ない障害者のためにスペースを確保するのは無駄。食の安全は守られているからいいじゃないか。そう居直られては身もふたもない。めったに起きないことに備える誠実さより、効率や経済性が優先される社会は危なっかしい。
 作家の瀬名秀明さんは小説を書くため「逆さ眼鏡」を着けて過ごしたことがある。この眼鏡を着けると世界は上下左右が逆さまに見える。
 歩けば空中を漂うように頼りなく、障害物を避けたいのにぶつかる。あべこべの世界に瀬名さんは混乱したという。非常識が大手を振る今の世の中も、逆さ眼鏡のように居心地が悪い。
 ただ、この眼鏡は長時間着用すると慣れてくる。不自然なはずの視界が普通に見え、眼鏡を外すと現実世界が逆さまに見えるという。人間の適応能力には驚くが、非常識にもなじんでしまえる。それが怖い。
(科学環境部) 》


    

増税・増税・増税・増税・増税の陰で

2006年02月01日 08時53分08秒 | 教育 
防衛施設庁とは
1962年12月、在日米軍の調達を担当する旧調達庁と自衛隊の調達を担う旧防衛庁建設本部が統合し、防衛庁外局として設置された。自衛隊や在日米軍基地の土地管理、施設の建設、基地周辺対策などを行っている。本庁は防衛庁(東京新宿区)と同じ敷地内にあり、札幌、仙台、東京、横浜、大阪、広島、福岡、那覇の八防衛施設局がある。2005年度の職員数は、3103人で防衛庁内局の869人を大幅に上回っている。

血税に群がるダニ、防衛施設庁の幹部らが捕まった。官製談合、天下り先確保のための談合、この薄汚さはどうだ。
日本の防衛費、約5兆円。うち防衛施設庁関連は1兆円ほどか。
この天文学的数字のお金も彼らにとって、私服をこやし、天下り先を確保するための道具である。
防衛費のうちあとの4兆円ほどは、自衛隊員、職員の人件費と正面装備の費用などにあてられるのだろうけど、ここでも人件費以外の正面装備などの調達はどうなってるか、これは分からんぞ。何せ軍事機密。武器、軍事用車両、航空機、船舶などは超寡占企業が独占的に受注している。
すべてわれわれのお金で支払われる。
どうやって監視すればいいのだ。