三流読書人

毎日の新聞 書物 など主に活字メディアを読んだ感想意見など書いておきたい

ドングリ小屋住人 

2008年総括 PARTⅡ

2008年12月31日 23時07分26秒 | やめてくれ
  
  まだ恥を さらすか 生きて おおみそか    三流
                           (なんちゃって)

 というのが今の心境であります。
 そんなのどかなことを言っていられることが後ろめたいのですが。

 2008年は大変な年でありました。
 しかし、「変」えましょう。
 労働者の皆さん団結しましょう。
 それ以外、人間としておのれを取り戻すことは
 できないのではないでしょうか。
  
 2009年は私たちがスクラムを組むとどれほど怖ろしい存在になるか
 思い知らせましょう。
 

 

日本を危うくする奴ら 2008年総括 PARTⅠ

2008年12月29日 10時51分44秒 | これは許せない

     日本を危うくする奴ら 2008年総括 PARTⅠ
2008年を総括するうえで最も記憶に残しておかなければならないと思うことは、やはり田母神という自衛隊の人間のことだろう。兵器自身が意思を持ちしゃべり始めたということだ。兵器の筒先をどちらに向けるかは、兵器自身に決めさせてはならない。
それが日本が先の世界大戦によって学んだ大きな教訓であり、。憲法9条という財産として残っている。
憲法9条を踏みにじって現実に存在することになってしまった自衛隊という軍事力は、その存在を合理化するためには、第二次大戦当時の軍部の暴走を是としなければ解決できない矛盾をはらんでいる。
そこにまともではない歴史認識を捏造しなければらない理由がある。と私は思う。
辞めてからも厚顔というか、べんべんと、のうのうと、ずうずうしく、稚拙な歴史認識を披瀝するこの男は浅ましくもあり、哀れでもある。あまり切れ物ではないと思うが、こういう人間のほうが怖いのかもしれない。利用しやすいから。
今年の総括としては、毎日新聞の社説とコラムに表れた記者の意見を切り抜き、貼り付けさせていただいて記憶しよう。
彼、田母神とそれを泳がせて利用してきた政財界の連中の意図をしっかりと見すえておかねばならぬ。

12月28日付け 毎日新聞社説  田母神事件  論説委員 岸本正人
 ◇容認する政界の風潮こそ問題
 イージス艦の漁船衝突事故に始まり、田母神(たもがみ)俊雄航空幕僚長(更迭・定年退職)の論文問題に暮れた今年も、防衛省にとって不祥事の1年だった。特に、田母神氏の問題は、文民統制(シビリアンコントロール)の機能不全を象徴する事件だった。
 田母神論文は、閣議決定された、戦前の植民地支配と侵略を謝罪する「村山談話」を否定し、集団的自衛権の行使などで政府方針に異を唱えた。制服組最高幹部が政府見解・方針に真っ向から反する内容を公然と主張する行動は前代未聞だった。 田母神氏は「表現の自由」を根拠に論文発表を正当化する。しかし、表現の自由も、公務員の政治的行為を制約する法的規制の対象となる場合があるほか、厳しい規律を持った実力組織・自衛隊は、文民統制の制約を受ける。政府見解・方針への見解表明には、これらの制約がもたらす限界がある。田母神氏の特異な歴史認識だけでなく、この「表現の自由」をはき違えた言動にも強い違和感がある。 そして、誰もが衝撃を受けたのは、田母神氏のような人物が実力組織のトップに上り詰めることができる「現実」だった。 田母神氏の過去の言動をチェックできなかった人事権者・防衛相ら政治の側に責任があるのは間違いない。また、制服組の人事案がOBら内輪の意向で事実上決まり、内局(背広組)や防衛相はこれを追認するだけという構造上の問題もある。 しかし、同時に、田母神氏の主張を許容・支持する政治潮流の存在を指摘せざるを得ない。 実際、田母神氏は論文の発覚直後、辞職を迫る防衛省幹部に対し、元首相2人の名前を挙げて「私の考えは支持されている」と辞表提出を拒否したという。 歴史認識をめぐっては、過去、閣僚が侵略や植民地支配を正当化する発言をし、辞任する事態が繰り返されてきた。田母神氏の空幕長就任を閣議で了承したのは安倍内閣だったが、その安倍晋三元首相は、首相就任後に村山談話を踏襲する考えを表明したものの、就任前は日本の戦争責任への明言を避けていた。その落差は本音と建前の使い分けと見られていた。そして、集団的自衛権の行使を可能にするため、政府の憲法解釈を見直す目的で有識者懇談会を発足させたのも安倍首相だった。論文と同じ内容の言論を隊内で繰り返していた田母神氏が、そうした「政治の風」を背中に受けていたのは間違いないだろう。 政治家は、今回の問題で、統制する側である自らの「文民としての資質」こそが問われたことを自覚しなければならない。


2008年11月30日毎日新聞 「発信箱」:論文クーデター 広岩近広(編集局)

 わが国は、まぎれもなく軍事費大国である。防衛庁は昨年、防衛省に格上げされた。自民党の憲法草案では自衛隊は自衛軍にすると明記されている。そうした実態から憲法を変えて軍隊を持てる国にすべきだ、との声が出るのである。 ここで私が強調したいのは、軍隊と自衛隊は根本的に異なるということだ。軍隊について今春、作家の半藤一利さんからこう聞いた。「統帥権が独立していないと国防の徹底は図れませんから、軍隊は三権の外にあるべきだと考えたがるものです。行政、司法、立法から独立するので、軍隊の権限は原則として自由です」。戦前の日本軍がそうだった。 しかし自衛隊はちがう。自衛隊は行政組織のなかにあるので、政府の制約を受ける。政治の指示に従わねばならない文民統制(シビリアンコントロール)下におかれる。半藤さんはこう強調された。「自衛隊を軍隊にするのは反対です。なぜなら、どの国もクーデターは軍隊が起こしているからで、自衛隊を武装クーデターを可能にする軍隊組織にしてはなりません」 日本が先の戦争に突き進んだ原因は軍隊の暴走だった。その反省にたっての文民統制下の自衛隊である。ところが文民統制の危うさが露呈された。 いうまでもなく田母神俊雄・前航空幕僚長の懸賞論文問題だ。これは言論の自由とは別問題で、政府見解と異なる発言をしたいのなら、立場を返上してから行うべきところを文民統制に挑戦するかのようにやってのけた。しかも、かの懸賞論文の応募総数の約40%が自衛官だった。私は「論文クーデター」の疑念がぬぐいきれない。

 

 


PHOTO ナルシス

2008年12月23日 21時00分36秒 | Photo


  学名」Narcissus tazetta var. chinensis
 斜面に植えている水仙が咲き始めた。
 学名でもある英名「ナルシサス」はギリシャ
神話の美少年の名前で、泉に映った自分の
姿に恋をして毎日見つめ続けたら
いつのまにか1本の花になってしまった。
”ナルシスト”の名はここからくる。

 山茶花のあと数少ない冬の花。
 自分の姿にほれ込んでしまうというのではないかもしれないが、
 自分だけしか見えていない若者が多いような気がする。
 若者だけではないか。


   粥すすりけり水仙の朝朗     尾崎紅葉



冬至 

2008年12月21日 11時16分41秒 | 川柳俳句
今日は冬至、太陽が南回帰線の真上にある。
一年でもっとも陽光のさす時間が短い。
中国の思想では、この日が太陽の運行の出発点になるのだそうだ。
したがって「一陽来復」。
あまりにもひどい2008年であったが、
ゼロから、ここから、出発するということでがんばろう。
柚子もある。

  日曜にあたりて遊ぶ冬至かな     高浜虚子

  風雲の少しく遊ぶ冬至かな      石田波郷

  冬至とてなすこともなく日暮けり   石川桂郎

  無為にいて冬至の日かげ惜しみけり  高田蝶衣





政治権力の世襲ということ

2008年12月19日 08時27分27秒 | 政治 
岸信介の孫は失敗した。福田赳夫の息子も失敗した。
そして吉田茂の孫もまもなく失脚する。
そもそも国家権力を世襲で引き継いでいくというようなことが近代国家で許されるはずもない。
まして日本国憲法のもとで。
しかしその夢を捨てきれない連中が日本を牛耳っている。悲しいことである。
その予備軍もたくさんいる。

日本人の一番嫌いな国でそういうことが行われるという噂がある。
世襲で国家権力が引き継がれ、一族郎党が群がる。
軍部が力を持つ。
軍というものは巨額の金を食う。
それには利権が伴う。
今度は金の一極集中だ。

日本も限りなくそれに近づいて行く。
日本人の民意もその程度なのか。

一方で多くの国民が首を切られ、住む場所も奪われ、街中にホームレスがあふれようとしている。



「イラク国民のお別れのキスだ。犬め。」

2008年12月18日 10時27分38秒 | 平和
昨夜テレビを見ていて、14日のブッシュ米大統領への現地記者の靴投げつけ事件で、当たらなかったのは残念と思っている人が日本にはかなりいるということがよくわかりました。
しかし、なかなかいいコントロールしていました。
「イラク国民のお別れのキスだ。犬め。」と。 
ブッシュ氏はよく避けたと思いますね。

ブッシュ政権が対テロとの闘いだ、と不確かな情報にもとづきづかづかと他国に入り込み、
非戦闘員多数を殺し、筆舌に尽くしがたいほどの大きな災厄をもたらした。
イラク国民、アラブ世界の尊厳を踏みにじった罪は大きい。

大事なことは、日本が今どちらの側に立っているかだ。
日本に向かって投げつけられた靴であると言えなくもない。

昨日、日本の自衛隊は、撤収の儀式を行った。が、ブッシュ政権に同調し、支援する体制に変わりはない。



わだつみの像

2008年12月15日 19時10分29秒 | 平和


 はめ込まれた銅製のプレートには以下のように書かれている。


未来を信じ未来に生きる。そこに青年の生命がある。
その尊い未来と生命を聖戦という美名の名のもとに奪い去られた青年學徒の
 なげきと怒りともだえを象徴するのがこの像である。
 本郷新氏の制作。
  なげけるか いかれるか はた もだせるか
  きけ はてしなき わだつみのこえ
 この戦歿学生記念像は廣く世にわだつみの像として知られている。
     一九五三年一二月八日     立命館大学総長 末川 博 しるす


 行かなければならないと思いつつ、近畿に住んでいながら初めて訪れた。
 立命館大学の平和ミュージアムである。  
 そして見なければならなかった「わだつみの像」。
 1950年完成したこの像、当初は東大に設置される予定であったが、東大当局は拒否した。
 それを立命館大学末川博総長が立命館大学に建立した。
 東大という大学のお粗末ぶりはこの像とともに永遠に伝えられるだろうし、
 平和ミュージアムは立命館大学の誇りといってよいであろう。

 ちなみに先日亡くなった加藤周一氏はこの平和ミュージアムの初代館長である。
 
                 
 

首を切られ 住むところを追い出されてたまるか

2008年12月09日 20時20分24秒 | くらし
経済が大変な不況のなか大企業による大量の首切り、とくに不正規雇用の労働者の首切りが大問題となっている。
首を切られ、住むところも追い出される。という命の問題である。
企業がコスト削減のために派遣労働者、請負労働者などの大量首切りを調整弁として使うことには怒りを覚える。
しかも、巨額の剰余金、内部留保を抱えながらの首切りである。

しかし、こうした雇用形態を可能にした労働者派遣事業法を強引に成立させた時点でこのようなことは予想されていた。
戦前の口入屋、人買い(その実態は「女工哀史」「製糸女工虐待史」などを読めばわかる)を認める法律を成立させたのだ。

労働者の権利を守ることは、日本国憲法、労働基準法などに明記されている。
それを捨て去ったのは歴代自民党政府である。
しかし、それを支えたのは国民だ。

労働者の無自覚、怠惰、利己主義、ことなかれ、阿諛迎合が今日の状況を招来した。
企業が人を雇わない、労働者の権利を守らないといっても何をいまさらという感じがしなくもない。
言い過ぎだろうが。
労働組合を馬鹿にしてきたのは誰か。ストライキを毛嫌いしてきたのは誰か。
もう一度労働者の砦を再構築しよう。
大事なのは団結すること。
日本の雇用労働者約5000万人の権利を守るということ、
ひいては農林漁業などに従事する人々にも連帯は広がる。

日本国憲法第18条 何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。
日本国憲法第27条 すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。
日本国憲法第28条 勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。
こうして法的には権利は保障されているが、その上に胡坐をかいてきたのが国民だ。
おのれの権利、生きるすべを保障する仕組みは常に検証し続けなければならない。
そういうところにコストをかけたくないのが日本の政府ではないか。

日本国憲法第25条を現実のものにしよう。

小林多喜二「蟹工船」を読むのが少し遅すぎたのではないか。


麻生内閣支持率急落

2008年12月08日 13時30分41秒 | やめてくれ
おとといはこの地方にも初雪が降った。
今朝はすごい霜であった。

寒々と心が引きつってくる世の中。
背筋が寒くなる日本の政治、政策。
その中で今度は首筋が寒くなってきているのが麻生太郎首相。

寒い、冷えるの三題話である。
国民の心が冷え冷えとしている。
それを脳天気な首相がKYのままアホさ加減を露呈しているのだから、
支持率が急落するのも無理はない。
毎日新聞によると支持率は21%、不支持率は58%だそうである。
これは安部内閣の政権末期の支持率を下回るのだそうだ。

自民党・公明党の政治にいよいよ国民は黙っていないぞということだ。

麻生首相以下与党の政治家どもよ首を洗って待ってろ。

穴場 初冬の植物探索

2008年12月02日 10時08分36秒 | Photo
  穴場 初冬の植物探索 京大植物園







師走とはなった、気ぜわしいがぜひともいってみてほしい。
まだ間に合う、紅葉見物というより、植物を見に。
30日の日曜日、京大植物園の様子です。
人が少ない。
広大な敷地は紅葉の部分もある。
そこは人が多い。
できるだけ自然林にひたる気持ちを味わうというのはどうでしょう。
紅葉を見せようという媚がない。
名所の厚化粧のような紅葉は少し辟易してきました。

ほとほと嫌になる最近の京都ではありますが、まだ残っています。
が、風前の灯かもしれない。国有林です。
なにせ日本の役人と政治家の管理下にあるのです。