ある日、一冊の本を手に、息子がやってきて、言いました。
“なんだか、読むのが、もったいなくて・・・。”
幸せなため息のように。
少し困ったように。
顔は、輝いていて。
読みかけらしきページに、指をはさみつつ。
ああ、わたしもそうだった。
素敵な本にめぐりあい、少し読み進めて、
ああやっぱり素敵な本だ、と思ったとき、
本を閉じて、ため息をついてしまう。
読むのがもったいなくて。
素晴らしい本に出会えたことが嬉しくて。
いつかは必ず読み終えてしまうことがせつなくて。
その日、息子が持ってきた一冊は、佐藤さとるさんの名作、『だれもしらない小さな国』。
コロボックルという、小人たちの物語です。
少女の頃、わたしを魅了した、この物語。
読み終えてから、幾度も、蕗の大きな葉の下に、小人を探したものでした。
もしかしたら身の回りにいるかしら、と、お部屋やポケットを見たことも。
あんなふうなドキドキやワクワクを、息子にも感じてほしい・・・
そう願って、本棚にそっと並べておいた一冊でした。
息子は、それを手に取り、開いてみて、そして心ひかれたのね。
ああ、嬉しいこと。
いま、たいていの書店や図書館には、あまりにもたくさんの本があり、選ぶことは容易ではありませんね。
子どもたちが手に取るものは、背表紙や表紙が目立つものや、可愛いものだったりして、
素晴らしい内容の本に出逢う可能性は、低いかもしれません。
何が素晴らしくて、何がそうではないのか、そのような線引きはできないのかもしれませんが、
できることなら、
いつまでも心に残るような本、
心豊かになれるような本、
よい方へと導いてくれるような本に、出会ってほしい。
そう願って、時々、こっそりと、息子の本棚に新しい本を並べている、わたしです。
蝉のこえを聴きながら、
青空の見える窓の下で、
息子は、コロボックルの世界へと。
忘れられない夏の始まりです。