いつもならトップに食事の風景なんですが、今回はありません。
出発前に食べて帰宅するまで約12時間食事はありません。
理由は餃子の王将が道中になかったからです。
餃子単品とライスを注文して、ライスの上で餃子をバラバラに崩して食べる餃子丼ができませんでした。
スープがあればスープもかけて餃子茶漬け丼になります。(食事時間が短くてすみます)
尚、水分補給は適宜おこないました。
どこに行こうか迷っていました。
岐阜県長野県及び福井県は除外でした。
渡鹿野島で売春島(セックスアイランド)再訪ツーリングか天理市で新興宗教ツーリングの2択のつもりでした。
いつもことながら行き先が決まらない時には先行車にお任せです。
先行車が東名阪自動車道亀山ICで降りて名阪国道に入ったので無事天理市に決定です。
針ICで気が変わって東吉野村に行き先変更です。
針の道の駅
バイクはわたしだけです。
寒くなかったわけではない、特に亀山から伊賀上野までの峠越えがかなり冷え込みました。
伊賀上野の盆地の田んぼは一面霜で覆われ真っ白、朝日に輝ていました。
伊賀上野からまた標高を上げるのですがむしろ暖かく感じて山添ICあたりでは意外と快適です。
榛原駅界隈
ワコール専門店
キドカラーとポンパ君
何故キドカラーなのか、ブラウン管の素材に希土類を使用して輝度を向上させるオヤジギャグ。
何故ポンパ君なのか、真空管や初期のトランジスタでは電源を入れてもすぐに画像表示ができなかった。
それを電源をポンと入れるとパっと表示できるまで改良で来たのでポンパ君なるオヤジギャグ。
ちなみに真空管時代には予熱方式で待機電力を消費して画像表示する方法もあったようです。
天理市と一緒に大和高田市を回る予定だったので、宇陀市経由の東吉野村になっても時間はあります。
ところが宇陀市でUターンして帰路につきました。
理由は2つです。
・奇妙なバイクに出くわしこと。
・創業100年以上呉服屋さんに立ち寄ったこと。
過去の呉服屋さんツーリングはこちらを参照してください ⇒ 呉服屋さんツーリング
この2つで午後まで時間がかかりました。
創業100年以上呉服屋さん、ご主人が4代目。
奥様に着物のことや町の話を伺いました。
くじら尺は今でも現役です、着物は尺で測ります。
わたしは五つ玉算盤の使い方が分かりません。
黒留袖を見せて頂きました。
これはもう別世界です。
いくつもの風景が映り込みわたし自身が何を見ているのか分からなくなる風景でした。
フジカの8㎜カメラのポスターとたぶん秋の撮影会のポスター
東条湖ランドとかレークビワハイランドってもうないのでは、関西の方のコメント待ちです。
撮影会のモデル
分かるのは紀 比呂子(きの ひろこ)さんと栗田ひろみさんだけ、サンテレビガールズは知らん。
紀 比呂子さんより栗田ひろみさんの方がデビューが後なので1972年から数年のポスターと思います。
バイクを停めて風景を撮っていると地元の男性に声をかけて頂きました。
男性は古いバイクを持っているとのことなので拝見させて頂きました。
なんとすぐそばの店舗兼ご自宅です。
何じゃこれ
そこには見たことが無いバイクがありました。
スズキのT250らしい事は分かるのですがアップマフラーは初めて見ました。
当時T250はダウンマフラー仕様とアップマフラー仕様が選べたようですが、アップマフラー仕様があることすら知りませんでした。
まるででかいスズキのウルフのT125やT90みたいです。
スズキのHPより⇒ ウルフ T120・T90
3型のT250Ⅲ
実動とのことなのでエンジンをかけてもらいました。
白煙モウモウです。
昔のバイクはこんな感じです。
折角のなのでわたしW3のエンジンをかけてもらいました。
流石ですね、古いバイクはプライマリーキックじゃない車種も多いのでクラッチを握らずキック一発でした。
他にもCS90もどき、VANVAN90などなど所有しておられます。
古いバイクの話しも付きませんでした。
あまりお勧めも出来ません。
時速5㎞以下~15㎞程度、歩行者さんと挨拶したり話をしたり、時々時速0㎞、瞬間スタンディングスティルでした。
久々に自動車学校のコースみたいな場面に遭遇した。
これから頭の中でイメージしてください。
急坂路地で一旦停止して坂道発進の右折、本線に出て即右折で事実上の急坂Uターン、そのまま隣の路地に進入し即左折して路地に進入する変則クランク。
こりゃ立ちごけするわぁ。
コケるのがいやでターンも右左折も足を付いたので減点でした。
このあと自動車学校では教えない坂道水平方向のUターンもありました。
普通はバイクを降りてスイッチバックターンで逃げますよ、だってぶっ倒しますもん。
こんな場所は原付でもお断りです。
宇陀市おそるべし、手に汗握る二輪車殺しです。
流石に写真を撮る心の余裕はありませんでした。
ご存じの方もいるかと思います。
三菱鉛筆は三菱自動車をはじめとする三菱グループとは全く関係ありません。
三菱のマークは三菱鉛筆が先なんです。
この街にはその三菱鉛筆と三菱自動車の看板がありました。
出発前に食べて帰宅するまで約12時間食事はありません。
理由は餃子の王将が道中になかったからです。
餃子単品とライスを注文して、ライスの上で餃子をバラバラに崩して食べる餃子丼ができませんでした。
スープがあればスープもかけて餃子茶漬け丼になります。(食事時間が短くてすみます)
尚、水分補給は適宜おこないました。
どこに行こうか迷っていました。
岐阜県長野県及び福井県は除外でした。
渡鹿野島で売春島(セックスアイランド)再訪ツーリングか天理市で新興宗教ツーリングの2択のつもりでした。
いつもことながら行き先が決まらない時には先行車にお任せです。
先行車が東名阪自動車道亀山ICで降りて名阪国道に入ったので無事天理市に決定です。
針ICで気が変わって東吉野村に行き先変更です。
針の道の駅
バイクはわたしだけです。
寒くなかったわけではない、特に亀山から伊賀上野までの峠越えがかなり冷え込みました。
伊賀上野の盆地の田んぼは一面霜で覆われ真っ白、朝日に輝ていました。
伊賀上野からまた標高を上げるのですがむしろ暖かく感じて山添ICあたりでは意外と快適です。
榛原駅界隈
ワコール専門店
キドカラーとポンパ君
何故キドカラーなのか、ブラウン管の素材に希土類を使用して輝度を向上させるオヤジギャグ。
何故ポンパ君なのか、真空管や初期のトランジスタでは電源を入れてもすぐに画像表示ができなかった。
それを電源をポンと入れるとパっと表示できるまで改良で来たのでポンパ君なるオヤジギャグ。
ちなみに真空管時代には予熱方式で待機電力を消費して画像表示する方法もあったようです。
天理市と一緒に大和高田市を回る予定だったので、宇陀市経由の東吉野村になっても時間はあります。
ところが宇陀市でUターンして帰路につきました。
理由は2つです。
・奇妙なバイクに出くわしこと。
・創業100年以上呉服屋さんに立ち寄ったこと。
過去の呉服屋さんツーリングはこちらを参照してください ⇒ 呉服屋さんツーリング
この2つで午後まで時間がかかりました。
創業100年以上呉服屋さん、ご主人が4代目。
奥様に着物のことや町の話を伺いました。
くじら尺は今でも現役です、着物は尺で測ります。
わたしは五つ玉算盤の使い方が分かりません。
黒留袖を見せて頂きました。
これはもう別世界です。
いくつもの風景が映り込みわたし自身が何を見ているのか分からなくなる風景でした。
フジカの8㎜カメラのポスターとたぶん秋の撮影会のポスター
東条湖ランドとかレークビワハイランドってもうないのでは、関西の方のコメント待ちです。
撮影会のモデル
分かるのは紀 比呂子(きの ひろこ)さんと栗田ひろみさんだけ、サンテレビガールズは知らん。
紀 比呂子さんより栗田ひろみさんの方がデビューが後なので1972年から数年のポスターと思います。
バイクを停めて風景を撮っていると地元の男性に声をかけて頂きました。
男性は古いバイクを持っているとのことなので拝見させて頂きました。
なんとすぐそばの店舗兼ご自宅です。
何じゃこれ
そこには見たことが無いバイクがありました。
スズキのT250らしい事は分かるのですがアップマフラーは初めて見ました。
当時T250はダウンマフラー仕様とアップマフラー仕様が選べたようですが、アップマフラー仕様があることすら知りませんでした。
まるででかいスズキのウルフのT125やT90みたいです。
スズキのHPより⇒ ウルフ T120・T90
3型のT250Ⅲ
実動とのことなのでエンジンをかけてもらいました。
白煙モウモウです。
昔のバイクはこんな感じです。
折角のなのでわたしW3のエンジンをかけてもらいました。
流石ですね、古いバイクはプライマリーキックじゃない車種も多いのでクラッチを握らずキック一発でした。
他にもCS90もどき、VANVAN90などなど所有しておられます。
古いバイクの話しも付きませんでした。
あまりお勧めも出来ません。
時速5㎞以下~15㎞程度、歩行者さんと挨拶したり話をしたり、時々時速0㎞、瞬間スタンディングスティルでした。
久々に自動車学校のコースみたいな場面に遭遇した。
これから頭の中でイメージしてください。
急坂路地で一旦停止して坂道発進の右折、本線に出て即右折で事実上の急坂Uターン、そのまま隣の路地に進入し即左折して路地に進入する変則クランク。
こりゃ立ちごけするわぁ。
コケるのがいやでターンも右左折も足を付いたので減点でした。
このあと自動車学校では教えない坂道水平方向のUターンもありました。
普通はバイクを降りてスイッチバックターンで逃げますよ、だってぶっ倒しますもん。
こんな場所は原付でもお断りです。
宇陀市おそるべし、手に汗握る二輪車殺しです。
流石に写真を撮る心の余裕はありませんでした。
ご存じの方もいるかと思います。
三菱鉛筆は三菱自動車をはじめとする三菱グループとは全く関係ありません。
三菱のマークは三菱鉛筆が先なんです。
この街にはその三菱鉛筆と三菱自動車の看板がありました。