嘘の吐き方(うそのつきかた)
人はみんな嘘をついていると思います。僕もそうです。このページが嘘を吐き突き続ける人達のヒントになれば幸いです。
 



由夏姉ちゃんが死んだ
僕は半年間の間、
それがどういうことなのか、
全然わからなかった。

人間味が無かったとか
冷酷非道だとか
感情が死んでたとか
色んな悪い方の自己否定は出来るけれど、
そんな簡単な話でも無かった。

何よりも僕の頭がおかしいのは
半年間の間、
由夏姉ちゃんに対して、
何の用事も無かった。

由夏姉ちゃんは家族の嫌われ者だと
思っていたし、
家族の中でのいじめられっ子みたいなものだと思っていた。
僕の精神年齢が幼稚過ぎて、
自分の姉をその程度にしか思っていなかった。

実際には親父もおふくろも、
自分の子供を大事に思っていたし、
愛していたんだと思う。
だけど僕にはその事があまりよくわかっていなかった。

葬式の最中も美帆姉ちゃんと
きゃっきゃ言いながら遊んでいたし
家族の中で疎ましく思われていた存在が
1人消えたな、
クラスメイトが1人引っ越したな、
という程度に心の距離が遠くて、
変な話、僕は由夏姉ちゃんの長所が
何なのかすらもわかっていなかった。

ただ、いつも父親からも母親からも
叱られてばかり居た。
だから僕はいつも、
親からは怒られない優等生で居続けようとしていたし、親の顔色を伺って生きていたと思う。いつも親の言いつけを全部しっかり守ろうとして親の偏見で形作られた思想を、
正しいものとして扱っていたと思う。
実際のところ、
母親はいつも鬼のように怖かったし
性格や感情のきつい正義感の強い人だった。

それに対して僕は理屈や正論で物事を考えるタイプだったし、僕も悪い事は嫌いな方だった。
もしくは、そう決めつけられて
そう期待されて育てられたのかもしれない。

だけど、
正論で感情の近似線をなぞったとしても、
理屈の物差しで漸近線のように
感情論に近寄ったとしても、
それはやっぱり、
交差することの無い線で、
ある見方をすれば平行線のようにも見えるし
結局感情を知るには
自分自身が感情的になるしかないんだと思う。

11歳の僕は
由夏姉ちゃんの死を何度も何度も
「理解」しようとして失敗し続けた
感情を理解しようとする事自体、
愚かな事なのかもしれないが、
僕は物事全ては合理的に出来ているものだと、その頃は信じていた。

結局はそんな思索は
幼い僕の幼稚な思考実験に過ぎず、
哲学的に掘り下げようとしても、
死がなんなのかを考え続けても、
結局は答えなんか出やしないものなのだ。

感情の事は、感情で知るしかないんだ。
感情で体験するしかないんだ。

僕は死ぬのが怖い。
人を知るのも怖い。
他人の気持ちを知るのも怖い。
他人の気持ちに気付くのも怖い。
そういう臆病者なのだと思う。

本当の意味で相手の心を知ってしまったら
僕の心の形が瞬時に変わってしまって、
僕の気持ちがシンクロした相手の気持ちと
同じになってしまって
それまでの僕と違う何かに変わってしまう事が、すごく怖いんだと思う。

その時、僕の心は一度死んで
生まれ変わってしまうような
そんな自分を失う恐怖を予感しているんだと思う。

わかりやすく例えるなら
人殺しの気持ちなんて知りたく無い。
僕は平穏無事に羊飼いの囲いの中で
安全に平和に暮らしたいんだ。

由夏姉ちゃんが死んだ事を
初めて悲しいと思って泣いたのは、
病院で1人で入院してる時、
みんなが寝静まった深夜の物思いに耽っている時だった。
夜中に1人で目を覚まして
悶々と考え事をしていた。

静けさの中で、
僕はふと、由夏姉ちゃんに話したい事があった。
家族は全員名古屋に居て、
僕1人だけが京都の病院に長期入院していて
もしかして孤独だったのかもしれない。
でも僕はとにかく自分の事が大好きで
僕は僕が好きだから寂しくなんか無かった。
寂しいなんて知らなかったし、
そんなことは僕にとってはどうだって良かった。

でも、その日の晩、
僕は偶然にも、
考えていた事を、どうしても由夏姉ちゃんに話したかった。
でも、出来なかった。

「あのさ、美帆姉ちゃん、、は名古屋だよな。
また今度会った時に話せばいいな。
じゃあ、由夏姉ちゃん、、、
あのさ、由夏姉ちゃん、、、、

ごめん、由夏姉ちゃん、
もう話せないんだな。
気付かなかった、
ほんとうにごめん、
薄情者でごめん、

死んだってわかんなくてごめん、
ずっと死んだ事をわかってあげられなくてごめん、
僕は馬鹿だった。
生きてればいつかは話せるけど、
死んだらもう二度と話せないんだな。
そんな大事なこと、
わかんなかったよ。
僕は、わかんなかったんだ。

死がなんなのか、本当にわかんなくてゴメン

誰も教えてくれなかったし
自分で考えてもわかんなかったんだ。

死ぬって、
もう二度と話せないって意味だったんだな。
こんな簡単な事、
頭がいいと思い込んでた僕には
あまりにも難し過ぎたよ。
親から天才だって褒められ続けた僕には
難し過ぎてわかんなかったよ。
どんな事でも、僕が考え続けたら、
必ず解けると信じていたんだ。
だからわかんなかった。
考えてもわかんなかった。

知りたく無かった。
こんな寂しい気持ち、
知りたく無かった。
さみしいなんて言葉の意味も、
僕は知りたく無かったんだ。

僕は僕が好きでいれば、
それだけで良かったんだ。
僕は僕のことが好き過ぎて
ひとりぼっちだったんだ。

こんな簡単な事にさえ、
僕は気づかなかった。

僕は人の気持ちを知ると
知る前の僕が死んでしまうんだ。
僕は人の気持ちに鈍感で
自分の事しか考えてない
孤独な僕が好きだったんだ。

もし、僕がこのまま病死したら、
僕と話したいと思ってくれる人は、
いったい何人いるんだろう?

僕が死んだら、
僕に会いたいと思ってくれる人は
この宇宙に何人いる?

僕が死んだことに、
すぐに気づいてくれる人は何人いる?
ずっと何日も、
誰も会いに来なくて、
孤独死するのと、
愛し愛される家族の手を握り、
見守られて死んでいくことの、
違いはなんなんだろう?

死ぬ時は家族の側で死にたい。
僕を愛してくれる人のそばで死にたい。
でも、元気に生きている間は、
ひとりぼっちでいたい。

僕は、そういう矛盾の中を
今も生きている。


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