goo blog サービス終了のお知らせ 

老人雑記

生活の中で気づいた浮世の事

石の上に五年

2016-10-01 17:17:50 | 俳句
        🐢     半身麻酔花火散つたり揚がつたり

        🐢     間引菜の山のやうなを洗ひけり

       
      
我が家の玄関の花水木が朱い実をつけだした。

         
近くの公園で見つけた さねかづらの 紅い実。

  ☆ 名にしおば 逢坂山のさねかづら 人にしらでくるよしもがな

                百人一首の (三条右大臣藤原定方)の歌

晩秋、この木の実を見てこの歌を思いだすと私は日本人だと感じるのである。
さねかづらは 美男葛 とも云う。昔髪につける鬢付け油のかわりをしたそうである。今ではお相撲さんが大銀杏に髪を結う時に使用するくらいかしらね。

     

昨日ネットに投句をした。
今日は早くも結果が出た。
上記 二句 が選をされた。
特選句の中から

       🐢     母に酒父に牡丹餅秋彼岸    齋藤遼風
           母に酒を父に、、、に普通の意表を突いた句のおかしみ。
         
       🐢     師のたまはく先ず師を選べばったんこ    山本桃潤
           このかろみ。さすが、、だと感心しきり。 

石の上にも三年。
私も師についてもうすぐ五年がこようとする。
師が云うところの「師を選べ」を理解をするようになるまで二年を無駄にしたような気がする。昔、親しんでいた、技巧に走り、意表を突く俳句を二年間は作り続けていた。
三年目くらいから、
「単純化と季語偏重」の大切さが理解できるようになった。
なったけれど、作るとなると何と難しいことか。

先日、著名な俳句作家の句集を読んだ。
語彙が豊富。誰にも真似のできぬ作風と言葉の配置と羅列。
しかし、読後の感動が全くない。句に心が無い、心に残らない。上手い句ではある。それで俳句界を牽制、牽引をしている。
かってはこの俳人の句が大好きであった。、、、が、今の師について勉強を初め、石の上で苦労を重ねだしてから、大好きであった俳人の句の色が褪せてしまった。

さてさて、平明な言葉を使い、かろみや滑稽を醸し出す句が私はいつ作れるようになるのかしら。

間引菜は しりとり俳句で季題として出された。
お隣からちょうど間引き菜をいただいたところであった。
しりとり「バンザイ」!