まほろば自然博物館

つれづれに、瀬戸のまほろばから自然の様子や民俗・歴史や見聞きしたおはなしをしたいと思います。

病みつつも 月満月の 夕涼み

2018年08月27日 | 時にはぼぉっ~とする時

 さぬき市地方は、高気圧に覆われて晴れていた。気温は25.7度から34.3度の真夏日。湿度は88%から68%、風は1mから2mの西の風が少しばかり。明日の28日は、高気圧に覆われて概ね晴れるが、昼過ぎからは強い日射の影響で大気の状態が不安定となるため、雨や雷雨となる所がある見込みらしい。

 

 昨日の天候はよかったので体調はいいと思っていたので、奥方と一緒に義兄と義姉のいる施設の「夕涼み会」に出かけてみた。

 

 ここには特別養護老人ホーム、盲養護老人ホーム、軽費老人ホームがあり、入居者も多いが、この黄色や白の立っている人は介護士さんやヘルパーさんたち。関係する施設からの応援もあるのだろうが大変な数である。ほかに駐車場係や案内係とか子供用のメダカすくいとかのお遊び係もいたし・・・。

 

 今年は志度高校の新体操部のダンスとか・・・

 

 書道部のパフォーマンスとか・・・

 

 阿波踊りのパフォーマンスもあったけれど、目が不自由な義兄には何が何だかわからんかったよう。夕方からは蒸し暑さが増してきて、私は頭痛がするし、手が震えだしてきて、1時間ほどで帰ってきてしまった。我が家のエアコンの効いた部屋に戻ると正常に戻った。奥方も運転手で戻ってきて、バザーで頂いた缶ビールやらたこ焼きやらで二次会をやっていたようだ。

 

 帰りに車の中から見えたお月さんがきれいだったので、カメラを構えたけれど、そんなにきれいには写せなかった。実際にはもっと赤っぽくてはっきりと見えたのだけれど。

 

 毎日の記録表の血圧とか脈拍数とかの下に、気圧や気温、湿度なども記録するようにした。はてさて、私の体調と気圧や湿度は関係するのだろうか。

 

 朝方は体調がよかったものだから、やる気スイッチを探しながら、あたりを見回していたら・・・。

 

 こんな古い資料が目についた。平成3年というと、27年前の私の書いた讃岐の歴史探訪記録で、「ぶらりふるさと こんな旅」というタイトルになっている。40歳代の頃、印刷屋さんに持ち込んだものだが、そのまんまになっていた。いくつかのアドバイスももらったのだが、そのまんまになってしまった。

 

 こういうものだが、すでに元データーは残っていない。元のメディアも残ってはいない。

 

 それをスキャナーで読み込んでワードに落とす作業をやってみた。

  

 しかしのかかし、わずか1時間ほどでギブアップ。全く、やる気も根気もすぐに消えてしまった。全く、パワーがなくなってしまったことだ。

 

 今日の掲示板はこれ。「いつ死んでもよい いつまで長生きしてもいい お任せしております 南無阿弥陀仏」というもの。歎異抄という本があって、その第一章には「弥陀の誓願不思議にたすけられまいらせて往生をばとぐるなりと信じて、念仏申さんと思い立つ心のおこるとき、すなわち摂取不捨の利益にあずけしめたもうなり」というのがある。摂取不捨というのは「おさめとって、捨てず」という意味である。この念仏申さんと思い立つ心がおこった時、すなわち摂取不捨の利益にあずけしめたもうなり。とは念仏申さんと思い立つ心がおこった時、仏さんの世界(無量寿)、永遠 に出遇っていくのだという。いや永遠に出遇うというか、仏さんにお任せしとけばいいという大きな世界である。今の一瞬に念仏申さんと思い立つ心がおこった時に、永遠に出遇っていくという世界がある。仏の心に触れ、念仏申さんと思い立つ心がおこった時に、 私たちは本当に「出会うべきものに出遇ってよかった」という世界を身体全体で思えるようになってくる。その結果、いつの間にか「いつ死んでもいい、いつ までも長生きしてもいい、おまかせします。私は生かされていることを精一杯、今、今日を一日一日生ききっていきます」、という世界に導かれていくのである。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。



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