まほろば自然博物館

つれづれに、瀬戸のまほろばから自然の様子や民俗・歴史や見聞きしたおはなしをしたいと思います。

寝不足を我慢で我が家の霜柱

2022年01月18日 | 時には日々是日

 18日のさぬき市地方は、冬型の気圧配置が続くため、概ね曇っていた。気温は4.5度から7.0度、湿度は68%から50%、風は2mから5mの西の風が一時は強くて冷たかった。明日の19日のさぬき市地方は、引き続き冬型の気圧配置となるため、概ね曇る見込み。

 

 収縮期110mmhg、拡張期64mmhg、脈拍79bpm、体温36.1c/酸素濃度98%/体重64.8Kg 室内気温20.4c/室内湿度27%/気圧1024hPa 体調に変化はない。今日の日の出は07:09分、日の入りは17:19分 月齢は15.4 大潮。

 

 「煌々と窓辺を照らす月有りて 迷える人を照らしたき時」歌会始に寄せて歌ってみた。どうにも小学生の時から「短歌」は苦手だったような気がする。かと言って、俳句が得意と言う訳でもない。

 

 何を食べたとか、何を飲んだとかの記憶はないが、昨夜から今朝方、お昼過ぎまでおなかが痛くて痛くてトイレにばかり行っていて超寝不足気味。冷えたとか、風邪とかという感覚もない。だから、今日も「閉じこもり状態」。医者に行くとなると「消化器内科」だろうか。

 

 これは、娘が生まれた時の写真であるが、左から、母・叔母・祖母・奥方と北海道のおじさんとその息子。このおじさんというのが、昨日にも触れた人で、「おら、こんな村いやだ~」と、単身、北海道へ渡ったおじさん。長男がいなくなったので、その弟に嫁いだのが祖母である。つまり、祖母からすれば「お兄さん」にあたる人。この赤いセーターの人は都内のある某大学の教授をやっていた。この人の指導で、私も短時間だけれどセスナ機の操縦をやったことがある。

 

 結婚して四年後には、我が家を新築した。私が設計をした家である。設計製図も苦手だったが、それらしく建築図面を引いてみた。「線路設計」という電柱を立てる設計手法で家を建てたのだから怖い物知らずだった。

 

 その後、平成に入って、義父(奥方の父)のために建てた「海の家」。釣り好きな義父のために「釣り小屋」を建てた。これは、工場で作って、現地で組み立てるだけの「プレハブ構造」のため、設計は不要だった。「鍵を引き渡すまでは立ち入り禁止」とのことで、その棟上げのお祝いを、海岸でやったのだからいい加減なものだった。

 

 そして、義父を乗せて釣りをするために「マイ・ボート」も買った。奥方の考えで、私のお金で・・・。ボートの名前は、法名「釋暁光」にちなんで、「あかつき丸」に「あかつきⅡ」になった。

  

 そして、マイボートで、お隣の島「牛島」に渡った時のこと。

 

 「絶対に、搗いてはならない」と言われている「極楽寺の鐘」を奥方が、「迷信よ~」とばかりに搗いてしまった。この鐘を搗いた人は大金持ちになるか、財産を失うか・・という伝承があった。

 

 偶然か、必然かは知らないが、その翌年の秋。あの台風によって我が家は壊滅した・・・。

 

 でも、奥方はへこたれなかった。土地を耕し、周囲の草を刈って、第四の我が家を建てた・・・。と、いうストーリー。この段階では、まだ、奥方に「感謝の言葉」は出て来ない・・・。

 

 今日のお昼もしつこく、またまたおうどん。今日は「鍋焼きうどん」になった。傷むおなかにはやさしいおうどんになった。

 

 今日の掲示板はこれ。「乗れば人 歩けば車 邪魔になり」というもの。狭い道で自動車と出くわした時、自分が徒歩だったので、道を譲ると、あいさつもなく走りさった時、「なんてやつだ。本当に車は邪魔なものだ」と腹を立てるだろう。かと思えば、自動車で出かけたが、遅刻しそうになった。ところが、狭い道の真ん中をご老人が悠然と歩いている。どうやらこちらには全く気 がつかない様子だ。クラクションを鳴らしてびっくりさせてもと思い、結局イライラしながら後ろを付いていった。内心は「まったく邪魔だ、もう少し気をつけて歩いたらいいのに」と腹を立てるだろう。「済めば人 治れば病院 邪魔になり」病院では、会計が終わった患者は、もう他人。治った患者にすれば、もう、病院はいらない。とにかく、我々は「自分以外は全て邪魔」・・・なのである。「奥方元気で 留守がいい」。

  

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。


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