まほろば自然博物館

つれづれに、瀬戸のまほろばから自然の様子や民俗・歴史や見聞きしたおはなしをしたいと思います。

木の実踏む 不動尊堂 屋根の反り

2017年10月13日 | 観光ガイド的日常

 さぬき市地方は、前線や湿った空気の影響で曇り、昼過ぎまで雨が降っていた。気温は17.4度から18.9度と涼しくなった。湿度は92%から82%、風は1mから4mの東北東の風が一時は強かった。明日の14日は、引き続き前線や湿った空気の影響で曇り、夕方から雨が降る見込みらしい。

 

 朝方は細かな雨が静かに降っていたが、傘がいるほどではなかった。

 

 てくてく通信の秋号、「秋てく!」が届いた。香川の魅力をてくてくで再発見しようというもの。

 

 秋・・・というよか、もう、冬という時期に歩くコースである。私は取材班兼伴走という形での参加になる。

 

 そして、早くも来年三月の春分の日の柴燈大護摩供養を拝観するもの。これは、「大窪寺観光ガイド」と、「へんろみち観光ガイド」が合同で案内するもの。

 

 で、またもや、このホームセンターにやってきた。もう、雨は気にならなくなっている。雨用のウエアかウインドブレーカーでもと思ったのだが、気に入るものがなかった。

 

 で、ついつい、またしても、こんなものを買った。大窪寺ガイド用のものを作ろうとして。

 

 だから、こういうものも準備した。歩くのは苦手だが、口だけはお任せあれ。

 

 その後は、17日の「庄松講話」の準備。まさに「泥縄方式」。プロジェクターは大げさだし、ディスプレー持ち込みも面倒だから、観光ガイド方式に改良した。

 

 この本を参考にして、画像をスキャナーで取り込んで、A4版に拡大印刷した。

 

 それを、ファイリングする。

 

 これで、庄松同行のお話をすることにした。少人数のお参りなので、こういう形にしてみた。

 

 今日、FBのお友達から本が届いた。いろんな研究をやってはるんだなぁと驚いた。

 

 今日の掲示板はこれ。「おおいなるものにいだかれ あることを けふふくかぜのすずしさにしる」山田無文の闘病中に詠んだ歌である。「大いなるものにいだかれあることを けふふく風のしずしさに知る」 山田無文師が若かりしころ、結核を患ってしまった。その頃、兄も同じ結核で他界してしまい、自分もそう長くはないと思っていたらしい。無文老師が孤独感にさいなまれていたある日、庭に吹いてくる風に吹かれながら、「こんな気持ちのいい風に吹かれるのは何年ぶりだろう。私は一人ではなかったんだ。空気という大いなるものに生かされて居るではないか。」と、しみじみ思って、詠んだのがこの歌なのだった。「私たちは生きているのではない。生かされているのである。私は怪我をしたときに膿(うみ)が出てくるのを見て知った。膿は外敵と戦った白血球の死骸だった。どんな状況下でも自分を守り生かそうとしてくれるものがある。死の直前まで、私たちは大いなるものに生かされているのだ・・。」老師はそのことをうたったのだった。

 

じゃぁ、また、明日、会えたら、いいね。


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