時は金なり
と言う言葉がある
時間はお金と同じように大きな価値がある。
無駄にしてはいけない。
無駄な時間を浪費することは
愚かである
でも、
この言葉、少々物足りなさを感じる
時間の大切さを お金 に例えている
確かに、お金は大切で 尊いものであるが
それ以上に大切な 尊いものがある
それは 生命
時は生命なり
と言ったほうが適切であると思う
生きて行く上で お金 以上に大切なものは 時間 であると思う
時間の使い方で 人の値打ち が決まってくるとおもう
時間を無駄に使ってはいけない
という意識を常にもっている
それは、意識と言うよりも、
脅迫概念に近いほどの強烈な情念であるかもしれない
テレビはほとんど見ない
ギャンブルは一切やらない
モスバーガーでハンバーガーを買わない
ゆっくり歩かない
なぜかというと 時間の無駄 だから
そんな事で生命(時間)を使いたくない
時間の浪費を減らせば
その分 他のもっと有意義なことに
生命を使う事ができる
ジッと何かを考えたり
人の話を聞いたり
目的をもって人と対話したり
本を読んだり
仕事をしたり
人間を観察したり
モーツアルトを聴いたり
美味しいものをゆっくり食べたり
有意義な使い方はいくらでもある
時間に対して貪欲であるべきだと思う
だけど、人間いつかは 死ぬ私は96歳まで生きる予定だが
実際に96歳まで生きる保証は無いそれは、神のみぞ知ることであり
こればかりは自分の意思や努力ではどうにもならい事である
96歳まで生きると言っておきながら、
60歳でポックリ行ってしまうかもしれない
生まれながらにして決まっている宿命があるとすれば
自分の意思で長生きする事はできない
仮に、私が60歳で死ぬ という変える事のできない
宿命をもっていたとする・・・・・
絶対に変える事が出来ないのだから
当然それ以上 長生きする事はできない
何とかならないか?
何かいい方法はないか?
決定的な秘策を私は発見した
それは誰でも出来る、確実な方法である
人間が生活して行く上で、毎日10分かけてやっていることを
5分でやってしまえばよい
1日 5分
7日で 35分
1年で 30時間
10年で 5日間
本来なら捨てていた時間が減る事になる
即ち、60歳で死んだとしても
10年間これを続けていれば
実は60年と5日生きた事になる
何も考えず、ノンベンダラリンとやっていたら
60年の時間はそのままの60年でしかない
本来なら 捨てていた時間を もっと有意義な 別の事に使えば
その分、長生きした事になる
その反対に、
時間を捨てる事は、生命を捨てることになる
男ならほとんどの人が 毎日 髭を剃る
毎朝、鏡に向かって長い時間
髭剃り機を顔に押し当てているといらだって来る。
時間の無駄だ・・・・
いつもそう思うのだが髭を剃らない訳にはゆかない
何とか この無駄な時間を半分に減らす方法はないか?
10年くらい前のある日、閃いた
ひょっとするとこれは 天の声 だったのかも知れない
両手に髭剃り機を持って、両手で髭剃りをすれば
時間が二分の一に短縮できる!!!!
早速、シェーバーをもう一台購入した
それ以来、毎日 両手にシェーバーを持ち
両頬に押し当てて髭を剃っている
時間は二分の一に短縮できた
痛快である
さらに欲が出てきた・・・・
歯を磨く時間が無駄だ・・・
何とかならないか・・・・
閃いた!!!!
両手で歯を磨けばよい
これも 天の声 に思える
早速始めた
でも、今度はそう簡単には行かない
両手に歯ブラシを持ち、同時に2本の歯ブラシを
口に押し込んで、
左右効率よく動かすのは非常に難しい
右手にばかり意識が行ってしまって
左手があまり動いていない
「 やって出来ない事もある やらずに出来る訳がない 」
これが私のスローガン やるしかない
毎日、必死になって両方の歯ブラシを同じように
同時に動かす練習を続けた
約、2週間後 訓練の成果が現れ始めた
3週間後には 完全に 二刀流 を会得するに至る
それ以来、私は毎朝、両手で歯を磨くようになった
これで10年間が 10年と10日になった
これを30年間続けたら、1ヶ月の時間のロスを削減できる
事になる
これだけで、寿命より 1ヶ月長生きしたと 同じ事になる
私の 時間 ( 生命 )に対する
貪欲なまでの執念は
さらにエスカレートする事になる
これ以外にも数々の 挑戦 が始まる事になる
と言う言葉がある
時間はお金と同じように大きな価値がある。
無駄にしてはいけない。
無駄な時間を浪費することは
愚かである
でも、
この言葉、少々物足りなさを感じる
時間の大切さを お金 に例えている
確かに、お金は大切で 尊いものであるが
それ以上に大切な 尊いものがある
それは 生命
時は生命なり
と言ったほうが適切であると思う
生きて行く上で お金 以上に大切なものは 時間 であると思う
時間の使い方で 人の値打ち が決まってくるとおもう
時間を無駄に使ってはいけない
という意識を常にもっている
それは、意識と言うよりも、
脅迫概念に近いほどの強烈な情念であるかもしれない
テレビはほとんど見ない
ギャンブルは一切やらない
モスバーガーでハンバーガーを買わない
ゆっくり歩かない
なぜかというと 時間の無駄 だから
そんな事で生命(時間)を使いたくない
時間の浪費を減らせば
その分 他のもっと有意義なことに
生命を使う事ができる
ジッと何かを考えたり
人の話を聞いたり
目的をもって人と対話したり
本を読んだり
仕事をしたり
人間を観察したり
モーツアルトを聴いたり
美味しいものをゆっくり食べたり
有意義な使い方はいくらでもある
時間に対して貪欲であるべきだと思う
だけど、人間いつかは 死ぬ私は96歳まで生きる予定だが
実際に96歳まで生きる保証は無いそれは、神のみぞ知ることであり
こればかりは自分の意思や努力ではどうにもならい事である
96歳まで生きると言っておきながら、
60歳でポックリ行ってしまうかもしれない
生まれながらにして決まっている宿命があるとすれば
自分の意思で長生きする事はできない
仮に、私が60歳で死ぬ という変える事のできない
宿命をもっていたとする・・・・・
絶対に変える事が出来ないのだから
当然それ以上 長生きする事はできない
何とかならないか?
何かいい方法はないか?
決定的な秘策を私は発見した
それは誰でも出来る、確実な方法である
人間が生活して行く上で、毎日10分かけてやっていることを
5分でやってしまえばよい
1日 5分
7日で 35分
1年で 30時間
10年で 5日間
本来なら捨てていた時間が減る事になる
即ち、60歳で死んだとしても
10年間これを続けていれば
実は60年と5日生きた事になる
何も考えず、ノンベンダラリンとやっていたら
60年の時間はそのままの60年でしかない
本来なら 捨てていた時間を もっと有意義な 別の事に使えば
その分、長生きした事になる
その反対に、
時間を捨てる事は、生命を捨てることになる
男ならほとんどの人が 毎日 髭を剃る
毎朝、鏡に向かって長い時間
髭剃り機を顔に押し当てているといらだって来る。
時間の無駄だ・・・・
いつもそう思うのだが髭を剃らない訳にはゆかない
何とか この無駄な時間を半分に減らす方法はないか?
10年くらい前のある日、閃いた
ひょっとするとこれは 天の声 だったのかも知れない
両手に髭剃り機を持って、両手で髭剃りをすれば
時間が二分の一に短縮できる!!!!
早速、シェーバーをもう一台購入した
それ以来、毎日 両手にシェーバーを持ち
両頬に押し当てて髭を剃っている
時間は二分の一に短縮できた
痛快である
さらに欲が出てきた・・・・
歯を磨く時間が無駄だ・・・
何とかならないか・・・・
閃いた!!!!
両手で歯を磨けばよい
これも 天の声 に思える
早速始めた
でも、今度はそう簡単には行かない
両手に歯ブラシを持ち、同時に2本の歯ブラシを
口に押し込んで、
左右効率よく動かすのは非常に難しい
右手にばかり意識が行ってしまって
左手があまり動いていない
「 やって出来ない事もある やらずに出来る訳がない 」
これが私のスローガン やるしかない
毎日、必死になって両方の歯ブラシを同じように
同時に動かす練習を続けた
約、2週間後 訓練の成果が現れ始めた
3週間後には 完全に 二刀流 を会得するに至る
それ以来、私は毎朝、両手で歯を磨くようになった
これで10年間が 10年と10日になった
これを30年間続けたら、1ヶ月の時間のロスを削減できる
事になる
これだけで、寿命より 1ヶ月長生きしたと 同じ事になる
私の 時間 ( 生命 )に対する
貪欲なまでの執念は
さらにエスカレートする事になる
これ以外にも数々の 挑戦 が始まる事になる