うんざりするような天気の話は、止めます。
お盆の休みが終ったかたたち、東京に戻って来たのかな?
近所のお店も、普段の営業なっているようです。
15とか16日までを、夏休みにしちゃったところが多かったようですね。
goro'sのお客さんの中には、今週一杯が休みというかたもいらっしゃりるようですが。
どんな休みを過ごされたんでしょうかね。
お子さんたち、思い出いっぱい出来たんでしょうか?
お父さん、お母さん、お疲れさまでした。
「われは海の子」、第2弾です。
夏の遊びはすべて海という環境のなか、少年たちは時折ゲーム性や競技性のあるものを交えてました。
「ジントリ」(陣地取り)はよくやりました。
これは簡単なルールです。
海でなくても、やったことあるかたいらっしゃるでしょう?
ふたつに分かれた基地に、相手側の防御をかいくぐって、敵方の誰からもタッチされずに、先に相手の陣地に到着した側の勝ちです。
それなりの作戦を立ててやるんです。
攻撃と防御、2つのグループに分けます。
どう責め、どう守るか、団体スポーツは、ほとんどこの形ですよね。
花形は、何といっても攻撃側のメンバーです。
中でも皆から賞賛されるのは、深く長く潜水の出来る人間です。
どう考えても、圧倒的有利な条件を備え持ってます。
特に、深く潜れるということは、体力があることの証です。
普段遊び戯れている海面近くの水温とは、あきらかに違う、冷んやりした層に突入します。
除々に水温が下がっていくのではなく、突然やってきます。
その水域がどのくらいの深度だったのか、実際には何度の温度差があったのか、詳しいことはわかりませんが、身体が反応するんです。
条件反射的恐怖心とでも名付けましょうか。
初めてその領域に達した少年が、成長の過程で体得する、もうひとつの海です。
深く潜れるようになるのは、ただ体力だけではなく、恐怖心を克服するという心の体力も試されるのです。
その水域での攻防の差で、ジントリの勝敗は決します。
そのエリアを進まない限り、敵の陣地までは辿り着けないくらいに、全体のレベルは成長してます。
誰だってそこそこの地力は付いていきます。
遊びの中で、少年たちは逞しくなっていたんです。
よりゲーム性が強く、かつ人から賞賛を浴びるのが、貝殻拾いです。
潜水能力を試される、これ以上の機会はありません。
貝殻拾いには、牡蠣やアサリなど、2枚貝の大振りな貝殻が使用されます。
巻貝は使いません。
貝を水面に撒くのは、年長者の誰かだったりしましたが、時に大人だったりもしました。
その方がゲームは俄然面白さを増します。
非力な体力で投げ出されるより、より遠くに撒き散らして貰えますからね。
ガンギ(石の階段状の船着場)に全員集まって、誰ひとり、泳いでいるものはおりません。
貝殻拾いの幕が切って落とされようとしてます。
男も女もありません。勝負の世界です。
投げ出された貝殻は、空中を舞い、水面を叩き、水底を目指して沈んでいきます。
1,2,3,4,5・・・時に10秒のこともありましたが、Goサインの発令です。
一斉に飛び込んだドルフィンたちは、思い思いの獲物をめがけて突進です。
左右に大きく揺れながら沈んでいく貝殻たちを、1枚、また1枚と拾っていくのです。
巻貝が排除されるのはそのためです。直線的にしか沈んで行きませんから。
2枚貝は違います。左右の振れが、大きく、美しいのです。優雅でもあります。
勝者はもちろん、一番たくさんの貝殻を拾った者です。
先に述べた恐怖海域で何枚獲れたかが勝敗を分けることは、誰だって知ってることです。
体力に勝る年長者が有利ではありますが、番狂わせはときにあります。
称号を手にした年少の少年は、常連の勝者の敗北感が加わった分、なお一層の輝きを放ってました。
時にスモモが撒かれることがありました。
この時ばかりは血眼です。
自分の腹の中に収まるか否か、直裁的な問題ですからね。
撒き手の術中に嵌まると、全員に行き渡ることになりますし、何よりどんなに多く獲ったとしても、掌に収まる数には限りがあります。
少年たちの手元に残る数は、せいぜい5,6個です。
ここが貝殻とは違うところです。