米・シアトル市民がマスクより優先したものとは 最悪の事態回避させた「ソーシャル・ディスタンス」
(47リポーターズ)
新型コロナウイルスの感染者数は3月以降爆発的に増加し、米ジョンズ・ホプキンズ大の集計によると 180万人に達しようとしている。特に深刻なのが、感染者が52万人を超えた米国。コーヒーチェーン大手のスターバックスやインターネット通販大手のアマゾンなど多くのグローバル企業が本社を置くシアトルがある米国西海岸北部のワシントン州も感染が拡大している。
市民の平均収入も高く、犯罪率も低いことから「住みたい街」として全米屈指の人気を誇るシアトルにある大型商業施設や学校は既に閉鎖。普段は人々でにぎわう中心街も閑散としているという。シアトル在住のITライター、アイバン・シュナイダー氏に現地の様子をリポートしてもらった。(日本語訳 共同通信特約、ジャーナリスト=岩下慶一)
▽配達予約は常に一杯
3月23日、ワシントン州のジェイ・インスレー知事は住民に対し「自宅待機命令」を出した。これにより、原則外出が禁じられることになった。生活必需品の買い物や散歩などは「他人と適当な距離を保つ限り」許されている。
ところが、買い物先のリストには酒屋と2012年に合法化された大麻の販売所も含まれている―食品も販売している店に限ってはいるが―。食料とともにワインと大麻も切らさずに済む、と言うことなのだろうか。
自宅待機命令を受けて、多くの飲食店が休業状態となっている。一部のレストランは持ち帰りに特化して営業を継続している。例えば、1994年にシアトルに開店した人気すし店「シローすし」の握りは自宅で食べることができる。
スーパーマーケットは急きょ、(インターネットによる)宅配サービスを開始した。だが、うまく利用するには前もってのスケジューリング(予定組み)と少々の幸運が必要だ。とある金曜日、私は近くのスーパーマーケットへ翌週の水曜日に届けてもらうつもりで注文を出した。だが配送予定は一杯で、受け取りは2日後になってしまった。
アマゾンは食料品スーパーマーケット大手「ホールフーズ・マーケット」と提携して、食料品の配達サービスを開始した。しかし、シアトル市内の配達予約は常に埋まっている。他の町でも似たり寄ったりの状況だ。
とはいえ、高齢者を中心としたスマートフォンやパソコンなどの操作に疎い「IT弱者」はスーパーマーケットへの往復を余儀なくされる。そこで、多くの店舗が高齢者のみ買い物できる時間を設定している。
▽バスや電車は無料に
筆者もできる限り外出しないようにしている。他者を見るのは窓から見かける道行く人々だけ、という日も珍しくない。出かけたときには、他人と6フィート(約1・8メートル)の距離を置く「ソーシャル・ディスタンス」を保とうと意識している。自宅待機命令の条件にあった「他人と適当な距離を保つ限り」とはこのことだ。
行き過ぎて、トラブルになることもある。筆者は女性と自転車に乗った男が言い争いをしているのを目撃した。女性が他の通行人と離れることを意識しすぎて車道を歩いていたことが原因らしい。
一方でマスクをしている人はほとんど目にしない。ソーシャル・ディスタンスを取ることがより重要視されているためだ。
道を行く自動車の数は目に見えて減少している。シアトルの法律事務所、デイヴィス・ロー・グループによれば、3月第3週の交通事故件数は昨年の327件から78件に大幅に減少した。
バスや路面電車を運営する公共交通機関「キング・カウンティー・メトロ」は自宅待機命令に先立つ3月21日から、便数を削減するとともに料金の徴収も取りやめた。
バスは後ろのドアだけを使って乗客を乗降させている。運転手が乗客に接する機会をできるだけ軽減するためだ。
▽医療現場の物資不足は深刻
自宅待機命令は確実に効果を上げているようだ。結果、病院は今のところ何とか患者をさばけている。しかし、問題が解消したとは言えない。
代表は物資の不足だ。
中でも医療従事者たちは防御装備の不足に悩まされている。医療関係の労働組合はウイルスを通しにくい高機能の「N95マスク」やガウン、医療用手袋やゴーグルなどを寄付するよう一般市民に呼びかけているほどだ。
病床も足りない。米軍は野戦病院施設を米フットボールNFLシアトル・シーホークスの本拠地である「センチュリーリンク・フィールド」に敷設した。
▽油断は許されない
一方、ワシントン州の感染拡大は底を打ったという見方もある。6日、シアトルにあるワシントン大の「保健指標評価研究所」は、死者が1400人以上出るとした3月下旬の予測を約600人に引き下げた。病院のベッド数不足も、4月2日の972床をピークに5月26日には解消されるとしている。
3月初めには全米最多の感染者数がいたワシントン州は一足早く最悪の状況を脱したのかもしれない。同州がソーシャル・ディスタンスを徹底させたことが奏功したと思われる。また、アマゾンなどの企業が率先して在宅勤務にシフトしたことも大きい。
だが、まだまだ油断は許されない。
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アイバン・シュナイダー カーネギーメロン大学卒業。シアトルに在住し、フリーランスライターとしてIT関連の記事を精力的に執筆している。