世界の治療薬の開発動向、既存薬の転用と新薬の開発が同時並行で進行中2020.03.12 08:002020年03月16日号
![](https://bio.nikkeibp.co.jp/atcl/news/p1/20/03/11/06670/GileadScience.jpg)
新型コロナウイルスの感染がじわじわと拡大する中、治療薬やワクチンへのニーズは高まっている。日経バイオテクでは、米国、中国、日本を中心に治療薬やワクチンの研究開発動向を調べた。国内で新型コロナウイルスを検出する検査技術の開発に乗り出した企業の動向も調査した(開発動向がめまぐるしく変化しているため、3月16日号特集をオンラインで先に掲載していきます)。
(2)世界の治療薬の開発動向(3/12公開)
既存薬の転用と新薬の開発が同時並行で進行中
(3)国内製薬企業の動向(3/12公開)
治療薬やワクチンの開発に乗り出す国内企業はごく一部という現実
(4)世界のワクチンの開発動向 (3/13公開)
開発競争が激化する中、不安材料も浮上中
(5)国内の検査技術の開発状況 (3/13公開)
研究用試薬を容認し検査体制の拡充を図った厚労省
新型コロナウイルス感染症の治療薬の開発は、2つのアプローチに大別できる。1つは、何らかの疾患を対象に承認されたり、臨床試験が実施されたりしていて、基本的な安全性が確認されている既存薬を転用するアプローチ(ドラッグリポジショニング、ドラッグリパーパシングなどと呼ばれる)。もう1つは、新型コロナウイルスのため、新たに新薬の研究開発を始めるアプローチだ。
2020年4月にもレムデシビルの有効性が判明
既存薬を転用するアプローチでは、新型コロナウイルスへの有効性が期待できる複数の低分子化合物の臨床試験が走っている状況だ。中国では、インフルエンザに対して広く使われている「LianHua QingWen」を含む、伝統的な中国医学を施すものも含め、3月9日現在で、200本以上の臨床試験が進行中だ。主なものでは、抗ウイルス薬のレムデシビル(Remdesivir)、抗ウイルス薬のロピナビル・リトナビル、抗原虫薬のクロロキン(Chloroquine)、抗ウイルス薬のファビピラビルなどを投与する臨床試験が行われている。
中でも、比較的開発が進んでいるのが、米Gilead Sciences社がもともとエボラ出血熱を対象に開発を進めていた、低分子化合物であるレムデシビルだ。レムデシビルは、抗ウイルス活性を持つ核酸アナログ製剤であり、MERSやSARSのウイルスに対する試験管内の(in vitro)実験や、MERSやSARSに感染させた動物モデルの(in vivo)実験で効果が示されていた経緯から、COVID-19への開発が進んでいる。
中国や日本、米国を中心に世界では、レムデシビルの臨床試験が複数進んでいるが、最も早く結果が判明しそうなのが、圧倒的に患者が多い中国を拠点に、中日友好医院(北京市)が主導している2本のランダム化二重盲検プラセボ対照試験(RCT:実薬とプラセボ(偽薬)を医師も患者も分からない状態で投与して実薬の効果を評価する臨床試験)だ。1本は、軽度から中等度のCOVID-19の患者、308例にレムデシビルまたはプラセボを投与する臨床試験、もう1本は重度のCOVID-19の患者、453例にレムデシビルまたはプラセボを投与する臨床試験で、いずれも2020年4月には結果が明らかになる予定だ。COVID-19の治療薬の開発に当たって、世界保健機関(WHO)は、RCTを実施し、死亡率を下げたり、転帰を改善したりする有効性を確認することが重要だとの見解を示しており、これらの臨床試験はその第一歩になるとみられる。
ただし、臨床試験で結果が出たからといって、日本を含め、世界ですぐにCOVID-19にレムデシビルを使えるかというとそう簡単ではなさそうだ。レムデシビルは現在世界のどの国・地域でも承認されておらず、そのため流通もしていない。Gilead社は、同臨床試験を補完する目的で同社が実施している別の臨床試験の結果などを待った上で、承認申請を行うかどうか検討する方針で、日本で使えるようになるかどうかも現時点では不透明だ。
一般名 | 「商品名」 | 企業 | 現在の適応症(開発対象疾患) | 新型コロナウイルスに対する効果と開発状況 |
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カモスタット | 「フオイパン」など | 小野薬品工業など | 慢性膵炎など | ドイツなどの研究チームによる基礎的な実験で、新型コロナウイルスがヒト細胞に感染する際にセリンプロテアーゼのTMPRESS2を利用することを解明。同研究チームはカモスタットのTMPRESS2の阻害活性によって抗ウイルス活性を発揮するのではないかと指摘している |
クロロキン | 「Resochin」(日本未承認) | ドイツBayer社 | マラリア感染症など | クロロキンは、in vitroで新型コロナウイルスの抑制効果が認められている。中国で臨床試験が実施されている |
シクレソニド | 「オルベスコ」 | 帝人ファーマ | 気管支喘息 | 国立感染症研究所での基礎的な実験で、新型コロナウイルスに対して強い抗ウイルス活性を認めたと報告されている。国内で臨床研究を実施予定 |
ファビピラビル | 「アビガン」 | 富士フイルム 富山化学 |
新型または再興型インフルエンザウイルス感染症 | 細胞内で変換された三リン酸化体が、ウイルスのRNAポリメラーゼを選択的に阻害する。ファビピラビルは、in vitroで新型コロナウイルスの抑制効果が認められている。中国で臨床試験が進行中 |
レムデシビル | ― | 米Gilead Sciences社 |
(エボラ出血熱) | Gilead社は、レムデシビルが抗ウイルス作用を示すメカニズムを開示していないが、これまでの研究から、ウイルスのRNAポリメラーゼを阻害することなどが報告されている。中国など複数の国で臨床試験が実施中 |
ロピナビル・リトナビル | 「カレトラ」 | 米Abbvie社 | HIV感染症 | HIV-1に対するプロテアーゼ阻害薬。コロナウイルスに対する作用機序は明確になっていないが、ロピナビルはin vitroでMERS-CoVの抑制効果が認められている他、動物モデルでも予後改善効果があった。中国などで臨床試験が実施中 |
基礎研究の結果から注目を集める既存薬も
既存薬を転用するアプローチでは、現時点で臨床試験を実施する段階には至っていないものの、基礎研究の結果から、複数の低分子化合物について、新型コロナウイルスへの有効性が示唆される結果が得られている。
その1つが、帝人ファーマが気管支喘息を対象に販売している吸入ステロイドの「オルベスコ」(シクレソニド)だ。国立感染症研究所での実験の結果、2020年2月までに、シクレソニドが新型コロナウイルスに対して抗ウイルス活性を持つことが明らかになっていたという。国内では、神奈川県立病院機構神奈川県立足柄上病院が、COVID-19による肺炎の初期から中期の患者3例に、シクレソニドの吸入を使用し、3例とも改善したと報告している。
他にも、ドイツやオーストリア、ロシアなどの研究チームが実験の結果、新型コロナウイルスのヒト細胞への感染時、ACE2受容体に結合した後にセリンプロテアーゼのTMPRESS2を利用していることを突き止め、2020年2月末に論文発表した。研究チームは、日本や韓国で慢性膵炎などを対象に承認されている、カモスタット(後発医薬品あり)がTMPRESS2の阻害活性を持つことから、COVID-19の治療に利用できるのではないかと指摘している。