5年間で約100億円の役員報酬を受けるよう手配していながら、その半分しか有価証券報告書に記載していなかったとして逮捕された日産自動車元会長のカルロス・ゴーン容疑者。その「ゴーン・ショック」の影響が広がっている。ゴーン氏の勾留が12月10日まで延長されたが、今後、再逮捕される可能性もある。加えて、問題は政治問題に発展する様相も見せており、事件は広がり、そして長期化するのは必至だ。

 世界販売台数が1060万台(2017年)と世界2位の自動車メーカーグループであるルノー・日産・三菱自動車アライアンスのトップに君臨してきた現役のカリスマ経営者が逮捕されるという前代未聞の事件は、世界に衝撃を与えた。そして逮捕後、ゴーン氏が日産を食い物にしていたことが次々と明らかになっている。

 逮捕容疑となった報酬の過少申告に加え、リゾート地など複数の私的な住居購入費用に日産の投資資金を流用したり、私的な投資で発生した損失を日産に付け替えていたことが明らかになった。業務実態がないゴーン氏の姉とアドバイザー業務契約を結び、日産が毎年10万ドルを支出していたほか、結婚式や家族旅行の費用を日産が負担していた疑いも出ている。

 ゴーン氏逮捕が注目されているのは、本人の罪だけではなく、「世界でももっとも成功している」といわれたルノー・日産・三菱自アライアンスの先行きに暗い影を落としているからだ。

●「ルノーとの資本関係を見直すチャンスだ」

 販売台数や売上高、収益力、時価総額のどこをとっても日産がルノーを上回っている。にもかかわらず資本関係ではルノーが日産に43.4%出資しているのに対して、日産のルノーへの出資比率は15%で、議決権もない。日産はフランスにあるルノーの工場の稼働率を引き上げるため、日産の工場で生産していたモデルを、ルノーの工場に生産を移したことがある。現在、ルノーの収益の半分は日産によるもの。日産がルノーの経営を支えていながら、経営面では日産はルノーに支配されている。こうした歪な資本関係が続いてきたのは、ゴーン容疑者がアライアンスのトップに君臨し、人事権を駆使して日産側の不満を封じていたからだ。

 ゴーン氏の逮捕後、日産の西川廣人社長兼CEO、三菱自の益子修会長兼CEOとルノーの暫定副CEOとなったティエリー・ボロレ氏の3人がトップ会談を行った。会談後、「アライアンスは、この20年間、他に例をみない成功を収めてきた。アライアンス・パートナー各社は、引き続きアライアンスの取り組みに全力を注ぐ」とのコメントを公表。アライアンスを継続することを確認した。しかし、ゴーン氏が逮捕されたことを機に、日産側からルノーに対する不満が噴出しており、「ルノーとの資本関係を見直すチャンスだ」と口にする幹部も出てきた。

 日産がとくに懸念しているのが、ルノーの筆頭株主であるフランス政府のアライアンスへの介入だ。フランス政府が自国の経済回復や雇用確保に向けて、ルノーと日産の経営統合を求めているためだ。フランス政府は今年2月、ルノーのCEOとしての任期を2022年まで延長するのを認める代わりに、日産とルノーの経営統合を実現するという「密約」をゴーン氏と交わしたといわれる。このため、ゴーン氏が逮捕・勾留されたのを機に、日産の独立心が高まり、資本構成の見直しに動くことをフランス政府は強く警戒する。仮に日産がルノーへの出資比率を現在の15%から25%に引き上げると、ルノーが保有する日産の株式の議決権がなくなる。そうなるとフランス政府はこれまでのようにルノーを通じて日産をコントロールできなくなる。

 11月30日にブエノスアイレスで開かれた20カ国・地域首脳会議(G20)で、フランスのマクロン大統領は安倍晋三首相と会談し、「アライアンスを安定させることが重要」との考えを伝えた。日本政府側は「日産は民間企業」との立場で、介入しない方針を明確にしており、両政府の認識のズレも表面化している。

 フランスのルメール経済・財務相は、フランスのメディアに対して、世耕弘成経済産業大臣との会合でアライアンスのガバナンス体制について「現状通りとすることで、日本側と合意した」と述べた。しかし、世耕大臣は閣議後の記者会見で「日産のガバナンスに関して何か他国と約束をするというようなことはまったくない」と明確に否定するという騒動も起きた。日産をルノーの傘下に置いてフランス国内経済のために活用したいフランス政府は今後も日産の独立を阻止するため、政治問題に発展させることも視野に入れる。

 ここでキーとなる人物が日産の社外取締役となっている豊田正和氏だ。豊田氏は経済産業省出身で、ルノーと資本提携してから官僚の天下りを基本的に拒否していた日産が2018年6月に久々に受け入れた官僚OBだ。

「ゴーン氏を解任するためのクーデターを主導してきた日産の西川社長が、フランス政府の介入があったとき、日本政府に後ろ盾になってもらうため天下りを受け入れたといわれている。そう考えると、西川社長は今年の春ごろからクーデターを考えていたということになる」(全国紙の記者)

●競合他社の嘆き

 ゴーン・ショックにはアライアンスに本来関係のない日系自動車メーカーなども影響を受けており、一連の報道を苦々しい思いで見ている。この時期、新製品の発表会や記者会見も多く予定されているが、多くのメーカーは「記者がルノー・日産関連の取材にかかりきりになっており、発表会をやっても来てもらえないし、報道してもらえない」と嘆く。

 マツダは世界初となる圧縮着火とスパークプラグ着火を併用するガソリンエンジン「スカイアクティブX」を初めて搭載した「マツダ3」(日本名=アクセラ)を米国ロサンゼルスオートショー(LAショー)に満を持して発表したが、ほとんど報道されず、ショー会場での興味も日産に集中していたという。

 トヨタ自動車は東京ミッドタウン日比谷で「レクサスUX」の発表会を開催したが、いつもより出席者が少なかったのに加え、来ているのは自動車雑誌やトヨタの地元・名古屋圏の新聞・テレビの記者ばかり。ホンダは都内のホテルで電動バイク「PCX エレクトリック」の報道発表と試乗会を開催したが、閑散としていたという。ホンダは12月に予定していた経済記者向けの鈴鹿製作所の取材会について参加記者が少ないことを理由に中止にした。

 一方で、日産が11月30日に東京・銀座にある日産のショールームで開催した「日産フォーミュラE体制」と「新型リーフ ニスモRC」の発表会には、予定していた日産のダニエレ・スキラッチ副社長と、日産の元役員でニッサン・モータースポーツ・インターナショナルの片桐隆夫CEOが「スケジュールの都合」を理由に急きょ出席を取り止めたが、100人を超える記者やカメラマンが詰め掛け、立ち見でも会場に入りきれないほどで会場は大混乱だった。

 日系自動車メーカーの広報関係者は「20年前の悪夢の再来」とため息をつく。20年前、日産は倒産の危機となり、支援してくれる企業を探していた。当時のダイムラー・クライスラー(現・ダイムラー)との提携交渉が表面化し、その後、ダイムラーが提携断念を公表。その後、ルノーが提携相手として登場した。この間も経済関係のニュースは日産一色で、それ以外は「何をアピールしても大きく報道されなかった」という。今回はさらに経営の先行きだけでなく、経営者の逮捕まで加わっており、問題の拡大、そして長期化は避けられない状況。アライアンスの先行きは不透明だが、関係のない企業の悩みも続く。
(文=河村靖史/ジャーナリスト)