クタビレ爺イの山日記

諸先達の記録などを後追いして高崎近辺の低山中心に歩いています。

観音山丘陵散策 H-23-9-16

2011-09-16 16:05:40 | 高崎・甘楽・藤岡方面
先日の米無山からのガタガタ道下山の時以来、何となく膝がぎしぎして気になる。
こんな時は大人しくするよりも多少は動かして治すのが爺イの流儀。
そんな訳で観音裏山を少々歩くことにした。

和田橋を渡って母校前を通過、護国神社脇を直進して観音様裏の路傍に駐車。
先ず、「桜松苑」への入り口から石段を登る。



広場に「燿進」と題する 晝間弘(1916-1984芸術院会員)作 の立像。うっかりすると
「躍進」と勘違いしそう。晝間も昼間ではない。



その脇にかって探しに来たこともある「東鉱標石」。
管轄の関東経済産業局資源エネルギー環境部鉱業課からは「現地にはかつて亜炭の
鉱業権が複数存在し、鉱業権の区域を確認するため監督局が多数の石柱を設置した。
但し、現在は其の所在を示す書類は廃棄されて居るので設置場所を示せない」との
連絡を貰っているほど他の残存場所は不明。だが、三角点探訪の折に観音丘陵の
中であと二箇所を見ている。



隣に四等三角点、点名はずばりの「観音山」。



目的の野鳥の森入り口のバードハウスはこの道路を挟んだ斜向かい。
この野鳥の森の場所はかつて県林業試験場、榛東へ移転した跡に造られたらしい。
ハウスは2001年に改築されているので未だ新しい感じ。



ハウス脇から入ると直ぐに案内板。 20ヘクタールの国有林の活用、 コース は
全長約1.5キロ、高低差80m程のアップ・ダウンを繰り返しで一時間半程度。
90種類の野鳥が楽しめるとのことだが自然の餌が豊富な今の時期は見られないだろう。



出だしの遊歩道。



直ぐに右の観察小屋への分岐があるが周回でここに戻ってくるので直進。



周囲を見渡すと小鳥の餌場や巣箱が目立つが、給餌は12月ー3月だから今は何も無し。





この道標の所に遊歩道を離れる左への小道があったので一周してから辿ること
にして前進。



休憩用ベンチや丁寧な道標も多い。



こんな道を進むと



やがて送電鉄塔に出合って切り返しのように右旋回。どうやらこの辺が中間点。



又右折して下り気味の道に入る。



下り道は丁寧に木枠段が作られている。



こん看板の辺りから沢っぽくなっているので多分「蛇場見沢」。



湿地にはこんな木橋が二箇所ほど。



此処で再び右折すると一寸苦しい登り返しが延々と続く。



やがて左手に「観察小屋」、どうやら余り使われている節がない。



登りを続けてやつと往路に合流。もうバードハウスは直ぐと判っているので
さっきの往路の分岐までもう一度進む。



分岐を左折するといきなりの叢、もう周回路を離れたので道標も無くやや不安。



森の中に再び踏み後発見、どうも進路は東向き。これではコロニーの奥に行って
しまうがまあ歩く目的だから良いだろうと楽観。



やがて丘を下ったら目の前に金網の柵。



それに沿った小道を進んだら何やらゲートに出た。完全にコロニーの敷地だ。



コロニーは広大な敷地だし車道が縦横に走っているので方角も判らない。
丁度その時、コロニーの警備車が巡回に通りかかったので頼んでセンターまで
便乗させてもらう。五分ほどでセンター着。



ここからは車道をのんびりと北上、やつと入り口通過して



バードハウスに帰着。余計なことはしないに越したことはないと反省。



未だ、時間も早いので護国神社脇の赤い橋から羽衣線に入って洞窟観音の見学。
右折場所にはこんな派手な看板と道標もあるので簡単に行ける。



洞窟観音の全景。故山田徳蔵翁によって大正8年着工され、昭和39年、翁が88才の
生涯を閉じる迄の50年間も工事が進められ完成をみたと云う。動力や土木機械の
ない時代に、つるはしやスコップなど全て人力で山を抜き、谷を埋め、池を掘り、
石を運び、あたかも築城の大仕事にも似た壮大な事業と説明されている。
洞窟内の坑道は、長さ400メートル、幾多の巨石銘石を配した洞窟内には
石彫の名工、楽山が彫刻した御影石の観音像39体がある。



徳蔵翁と親交のあった北沢楽天(1876-1955)描く入場券は800円也。



提灯に少し違和感があるが入り口へ。



隋道の両側に切れ込みがあってその中に石像が鎮座している。その幾つかを。
最初は如意輪観音。



全長400mの隋道の中はこんな感じ。一瞬、映像で見た松代の大本営跡を思い出す。



十一面観音。



今まで11面を良く確認したことが無かったので観察。本体の顔の上に
五つの顔の段、その上に四つの段、そして一番上に一つで合計11だ。



千手観音。何本の手の石像かは判らない。



楊柳観音。



龍頭観音。



円光観音。



途中に広い洞窟。中には多数の石仏。全部で百体を越えるとはこの事らしい。





正観音。



大きな釈迦如来を過ぎると出口。





顕彰碑らしきものを見てから見学のセットになっている「山徳会館」へ。



この題字は中曽根康弘氏。



敷地に入ると日本庭園。ここが徳明園、 三波石を主として全国から集められた
数多くの石造物や巨岩で構築されているらしい。



庭園の中の建屋では付属の合気道の愛好者たちが胴着姿で会合中。



庭園を見てからその先の山田徳蔵記念館、だがどうやら
「漫画のふるさと山徳まんが記念館」とも。翁の遺品や、生前ここを訪れた多くの文人墨客の書画等を展示している。

内容は圧倒的に田河水泡(1899-1989)一門で占められている。
水泡といえば戦中派の爺イなどは代表作の「のらくろ二等兵」を思い出す。



小島功(1928-



長谷川町子(1920-1992)



サトウサンペイ(1929-



滝田ゆう(1931-1990)



杉浦幸雄(1911-2004)と横山隆一(1905-2001)





加藤芳郎(1925-2006)



何故かタイムスリップのような気分で本日の散歩は終了。

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