遺族用の期間が終了したので今年も慰霊登山をした。横山秀夫の「クライマーズ・ハイ」に触発されて2回目。かっての群馬の秘境・上野村も事故のためか上野ダム・神流川発電所建設のためか、すっかり整備されているが、遠い事には変わりは無い。
国道462号は神流町を川沿いに延々と続く。この神流町は旧万場町と旧中里村の合併によって出来たために東西に長いのである。道の駅「万葉(マンバ)の里」を過ぎると高八木トンネル、魚尾トンネルを経て派手な様式の「恐竜センター」前を通過する。このセンターの少し手前で秩父からの国道299号と合流しているので表示が国道299号に突然変わる。そしてもう一つ平原トンネルを過ぎると漸く上野村に入る。
村の入り口には巨大な上野村シンボルタワーがあり大きな案内板もある。上野ダム・神流川発電所が造られたお蔭なのか、遭難事故慰霊事業のためか、かっては群馬の秘境と言われたこの村は驚くほど開発され道路は広く完璧な整備が成されていて、道路の主要個所には全てNO.が付けられ案内書との照合が容易になっている程の気遣いである。最大の売り物は関東一の鍾乳洞と言う「不二洞」と「まほーばの森」に通ずる「天空回廊」であろう。それぞれ600円、100円を必要とする。
「父母トンネル」「乙父(オツチ)トンネル」に続いて長い「楢原トンネル」を抜けると「慰霊の園」に向かう右折道がある。広大な敷地に荘厳な施設が作ってあり一年中香華の絶えることは無いというが、上野村案内書には良く見ないと判らないくらいの小さい扱いなので設置に関して村との何かの軋轢があったのかも? 299号は真っ直ぐ行くと十石峠を通って141号にぶつかり右が佐久I.C、左が諏訪I.Cとなるが、慰霊の里から暫く行きNO.11の郵便局の角を左折すると広い上野ダムの取り付け道路に入り、NO.13途中で左折する。ここから連続して8つのトンネルを通過しつつ、「上野ダム」・「中止の滝」を見ながら進むと漸く終点につく。ここは広い駐車場で遺族のための着替え場所・トイレや観音像がある。道路は上まで続くが工事用とのことで一般の車はここで止められる。
ここからの登山道は渓流沿いのかなり厳しい道である。普段の日でも慰霊登山者が多いので前後の登山者に煽られ自分のペースとはならず、どうしても無理するので疲労は甚だしい。険しい登りが一時間以上も続くが、上に行くに従って卒塔婆が数多く見られ花や線香が供えてある。遺体の発見場所に慰霊の標を立てているようで、登山者には無数にと思える。登山道も区画され頂上近くは全ての遺体発見場所に行かれるように網の目のようになっており区画識別の番号がつけられている。
遭難場所の頂上には立派な慰霊塔と招魂の鐘があり、一種独特の雰囲気で沢山の花束と香華に包まれている。少し上に遺留品埋葬場所もあるが、気がついてみるとそこは山の頂上ではなかった。直ぐ隣に高い山がありそこが御巣鷹山である。つまり遭難現場は本当は御巣鷹山ではなくそのとなりの峰であった。地図上では直線距離で2.5㌔も離れている。それでも最初に御巣鷹山と言われたのでそのままになったのであろうし、遭難現場の山には名前が無かったらしいのもその理由であろう。
現在は黒澤村長の提唱によって「御巣鷹の尾根」と名付けられているとのことである。本来の御巣鷹山は碌な登山道も無い峻険なのでこちらに登る人は余り居ないらしい。
遭難事件のことは横山秀夫「スカイハイ」に手に取るような臨場感で詳しく展開されている。
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国道462号は神流町を川沿いに延々と続く。この神流町は旧万場町と旧中里村の合併によって出来たために東西に長いのである。道の駅「万葉(マンバ)の里」を過ぎると高八木トンネル、魚尾トンネルを経て派手な様式の「恐竜センター」前を通過する。このセンターの少し手前で秩父からの国道299号と合流しているので表示が国道299号に突然変わる。そしてもう一つ平原トンネルを過ぎると漸く上野村に入る。
村の入り口には巨大な上野村シンボルタワーがあり大きな案内板もある。上野ダム・神流川発電所が造られたお蔭なのか、遭難事故慰霊事業のためか、かっては群馬の秘境と言われたこの村は驚くほど開発され道路は広く完璧な整備が成されていて、道路の主要個所には全てNO.が付けられ案内書との照合が容易になっている程の気遣いである。最大の売り物は関東一の鍾乳洞と言う「不二洞」と「まほーばの森」に通ずる「天空回廊」であろう。それぞれ600円、100円を必要とする。
「父母トンネル」「乙父(オツチ)トンネル」に続いて長い「楢原トンネル」を抜けると「慰霊の園」に向かう右折道がある。広大な敷地に荘厳な施設が作ってあり一年中香華の絶えることは無いというが、上野村案内書には良く見ないと判らないくらいの小さい扱いなので設置に関して村との何かの軋轢があったのかも? 299号は真っ直ぐ行くと十石峠を通って141号にぶつかり右が佐久I.C、左が諏訪I.Cとなるが、慰霊の里から暫く行きNO.11の郵便局の角を左折すると広い上野ダムの取り付け道路に入り、NO.13途中で左折する。ここから連続して8つのトンネルを通過しつつ、「上野ダム」・「中止の滝」を見ながら進むと漸く終点につく。ここは広い駐車場で遺族のための着替え場所・トイレや観音像がある。道路は上まで続くが工事用とのことで一般の車はここで止められる。
ここからの登山道は渓流沿いのかなり厳しい道である。普段の日でも慰霊登山者が多いので前後の登山者に煽られ自分のペースとはならず、どうしても無理するので疲労は甚だしい。険しい登りが一時間以上も続くが、上に行くに従って卒塔婆が数多く見られ花や線香が供えてある。遺体の発見場所に慰霊の標を立てているようで、登山者には無数にと思える。登山道も区画され頂上近くは全ての遺体発見場所に行かれるように網の目のようになっており区画識別の番号がつけられている。
遭難場所の頂上には立派な慰霊塔と招魂の鐘があり、一種独特の雰囲気で沢山の花束と香華に包まれている。少し上に遺留品埋葬場所もあるが、気がついてみるとそこは山の頂上ではなかった。直ぐ隣に高い山がありそこが御巣鷹山である。つまり遭難現場は本当は御巣鷹山ではなくそのとなりの峰であった。地図上では直線距離で2.5㌔も離れている。それでも最初に御巣鷹山と言われたのでそのままになったのであろうし、遭難現場の山には名前が無かったらしいのもその理由であろう。
現在は黒澤村長の提唱によって「御巣鷹の尾根」と名付けられているとのことである。本来の御巣鷹山は碌な登山道も無い峻険なのでこちらに登る人は余り居ないらしい。
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