教育落書き帳

教育とは何か…子どもの視点を尊重し、親、伴走者、市民の立場から語ります。子どもを語ることは未来への信頼と希望を語ること。

「学ぼう!算数」シリーズのできばえ 20070824

2007年08月24日 | 教育全般

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 「知ることは共に生まれること」(ポール・クローデル)
 connaitre = con + naitre

 「学ぼう!算数」シリーズのできばえ

              小学校低学年用、中学年用、高学年用あり。
                (岡部恒時治・西村和雄編著、数研出版)
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これは子どもの学力低下を憂える学者らが作成に参加した、「学ぼう!算数」という算数の「検定外教科書」である。「考える力がどんどん身につく」とサブタイトルの謳い文句にあるが、決して誇張ではないことは、実際にこの参考書・問題集に付き合ってみればよく分かる。意味もなく褒めるのは嫌いだが、本書に関しては抵抗なく薦められる。というよりは、小学生のいろいろな参考書や問題集を見てきて、それぞれの謳い文句とは裏腹に帯に短したすきに長し的なものがほとんどであった。教科書づくりは一見簡単そうで実は難しいのだろうが、この本はそこを見事にクリアーしている。

最初から余談と言うのも何だが、この本の監修者の一人・西村和雄氏は『分数ができない大学生』というタイトルの本で注目を集めた。大学生の10人のうち2人は小学生の算数ができないのだとか。氏は徹底した学力調査を行い、現在の教育の問題点を明らかにし、改善策を提言していた。本書はいわばその一つの解答書と言えるかもしれない。

市販のいろいろな問題集や塾関連の問題集などを検討してみると分かることだが、問題の組み方や難易度の違いはあっても、みな似たり寄ったりなのだ。ほとんどは教科書に準拠しているか入試問題の解き方に照準を合わせている。それが間違っているとは必ずしも思わないが、「算数・数学は得意だけれども嫌い」という日本人の数学への傾向をかえって助長するようなところさえある。これは文科省のカリキュラムそのものにも問題があるのだが、つまりは「学校で必要とされるからやっている」のであって、好きだからやっているのではない。だから、算数・数学の問題はそつなく処理するけれども、数学的思考は一向に育たない、という現象が生じている。

その最たる原因は何か? その一つは日本の学校の教科書の作り方にあると思っている。「いいか、ここは次のテストで出るから、よーく覚えておけよ」という学校の教師の言葉に代表されるように、生徒一人ひとりに無償で配られるあの教科書という代物は、生徒のためにあるものではない。生徒に教える教師のためにあるのである。だから、教師の目線には合っていても、必ずしも生徒の目線には合っていない。そこで用いられている用語や説明にしても、教師には自明のことであっても生徒には分かっていないことが意外に多いのである。だから、大部分の生徒は教科書を使って自分でじっくり考えて理解することは出来ず、教師の解説を聞いてはじめて理解するのである。

だが、このことが学校の教師の中でも余り問題にはされていない。なぜなら、大部分の教師は学校では自分が主役だと思っているし、学校では教師=教える人、生徒=教わる人という関係が自明のものだと思っている。そしてさらに、彼らは自分の得意分野を教える教師になっているからである。苦手な教科の教師になっているという学校の先生はまずいないのではないか。しかし、数学が必ずしも得意ではなかった元生徒が数学を教える立場になってみると、そこのところがよく見えてくる。数学の得意な子やそれが専門の教師は問題なく理解するのかもしれないが、それらの生徒は分からぬまま放置されている。何が分からないか? それは問題の解き方が分からないとともに数学をすることの意味や面白さが分からないのである。それは教材が早さや技能を競わせるようには出来ていても、そのようには出来ていないからである。とにかくついてくればよい…そう要求しているだけである。

ところが、この教材は違う。まず作業の早さや技能を競わせるようには出来ていない。目的はそこにはない。だから、全ての解説文や練習問題や例題には懇切丁寧な解き方が出ていて、それが本書の特色の一つともなっている。機械的に素早く解く作業が重要なのではない。だから、そこに頭を使う必要は一切ない。では、何が重要か? それは本書のサブタイトルに「考える力がどんどん身につく」とあるように数学的思考力を働かせることである。でも、本当のところ本書を見ているだけではこの教材の良さは分からない。そこには何の変哲もない問題と丁寧な解説があるだけである。だが、自分も一人の生徒の立場になってこの教材をたどってみて欲しい。単純作業に思考を中断されない分、数学的な考え方に集中できるのである。そうやってこの本を進めていくと、この本が何と数学的イマジネーションを刺激することかがよく分かってくる。

数学オリンピックに挑戦する青少年を指導している栗田哲也さんという人が『数学に感動する頭をつくる』という本の中で、数学的不思議さ、数学的感動、数学的なイメージ喚起力や構成力等の重要さを指摘していたが、小学生という今に相応しい形で、算数の不思議さ・数の多様な世界を垣間見させ、その面白さ・楽しさを本書は体感させてくれる。

蛇足になるが、最後に、本書の謳い文句を紹介しよう。 ************************************************************************* 本書の特色がもっとも顕著に表れているのは,「比の値」を早い段階から取り上げていることです。これらは,中学校,高等学校の数学・理科の理解には欠かせないものですが,「比の値」は現行の学習指導要領から削除されてしまいました。しかし,「比の値」は「分数」とともに,実は「単位当たりの量」すなわち「速度」や「濃度」,「割合」などを理解するのに,たいへん重要な概念です。
(数研出版株式会社のサイトから) ************************************************************************* 図らずも、スクールの子どもに小6の算数では比の値を理解させることが何よりも大事だと思って指導している時にこの本と出合った。正に我が意を得たりであった。

本書は生徒の自学自習用の教材として開発され、必ずしも受験用にはつくられてはいないが、数の世界の不思議さや面白さを体感したい全ての人にお勧めしたい。本書を紐解いていけば、自然に算数・数学的な考え方が身につくと同時に、知らず知らず算数・数学が好きになっている自分を見いだすことであろう。そのためには、どの教科についても言えることだが、まずは自分の頭で考え挑戦してみること、それが好きになるための大前提であろう。学習はまずは生徒自身がするものである。日本の義務教育はこの点を忘れてしまっている。