教育落書き帳

教育とは何か…子どもの視点を尊重し、親、伴走者、市民の立場から語ります。子どもを語ることは未来への信頼と希望を語ること。

東京で「指導死」問題のシンポジウムを開く大貫さん

2012年11月14日 | 学校
▼11月13日の東京新聞に「指導死」というタイトルで大貫隆志さんへのインタビュー記事が載っている。
 「教師の指導をきっかけに命を絶つ子ども」今、紙面をにぎわす「いじめ自殺」の指導とも重なるかもしれない。
 2000年9月30日夜、中2の次男・陵平君が自宅マンションから飛び降り自殺を遂げた。学校でキャンディを口にしたというただそれだけの理由で、さんざん問い詰められ、決意の反省文を書かされ、学年集会で謝罪させられるという、学校の教員全体が中国の紅衛兵化したような集団追及=集団指導による末の自殺であった。
 私が大貫さんと出会ったのはその事件があってから。『ニコラ』の発行所でもあった南浦和のフリースクール・ぱいでぃあにわざわざやって来られた。不登校問題と直接関係はなかったが、決して無縁ではなかった。不登校の子どもたちは自分を生かすために学校を離れた子どもたちでもあった。そこで、教育雑誌『ニコラ』にその思いを克明に書いて貰った。

▼正にそこには世間の常識では考えられないような教員の集団指導体制による生徒の生命圧殺の姿があった。
 そこまで学校での生徒指導は善なるものなのか。指導する教師たちに人間的な感性を持たせることは無理なのか。そういう教師たちが次代を担う子どもたちを育成できるのだろうか。子どもたちの間違いをどう活かすかこそが教育のあり方ではないのか。学校教育に関する????は次々と湧き上がる。そしてそれは決して荒唐無稽なものではない。あちらでもこちらでも、学校を舞台とする事件は次々と起きているのだ。

▼ところが、文科省が学校からの報告で自殺数を集計する項目に「教職員との関係での悩み」はあっても「生徒指導」はないという。自らを問い直す視点がなければそういう項目もあろうはずがない。もし、時間があれば是非お話を聞いてみたい。そして、學校教育の現場での「指導」の実態をぜひ知ってみたいところだ。


※大貫さんは17日午後1時から都内港区の「人権ライブラリー」で「指導死」で我が子をなくした遺族のシンポジウムを開く。
 入場料無料。
 4104@2nd-gate.com
 ファクス050-3708-0111

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「いきいきニコラ」のサイト
http://www.os.rim.or.jp/~nicolas/

「フリースクール・ぱいでぃあ」のサイト
http://freeschool-paidia.com/

「ぱいでぃあ通信」(不登校・フリースクール応援マガジン)(ブログ)
http://paidia.blog106.fc2.com/
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