教育落書き帳

教育とは何か…子どもの視点を尊重し、親、伴走者、市民の立場から語ります。子どもを語ることは未来への信頼と希望を語ること。

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上野千鶴子氏の提案に学ぶ--今こそチャンスかも

2021年03月07日 | 教育全般

東京大学名誉教授の上野千鶴子氏がyahooの取材に答えた記事に注目する。

コロナ禍で通常の授業が行えずオンライン化が進む今は学びを考え直すチャンスだという。学校という狭い空間や境界を越えて羽ばたけばいいと言う。

「窮すれば鈍す」人もいれば「窮すれば通ず」る人もいる。

次代の世の中を切り拓くのはどっちだろう?

前例のない時代には可能性がいっぱいかも。

 

では、上野千鶴子さんのお話を聞いてみましょう。

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コロナ禍の今、学校とは何かを考えよう

2020年11月29日 | 学校教育

文部科学省は8月に、新型コロナウイルス感染症の影響により今年の特例として、教育実習を行うことの難しさから、実習生に大学の座学で良しとすることにした。

しかし、小学校では9割以上、中学でも5割の新任教員がいきなりクラス担任を任されることになる。そんな状態で将来の社会を担う子どもたちの教育指導が務まるのか?の声が強い。毎日新聞はそこに焦点を当てて報道している。

教育界も例外ではない新型コロナ禍は、ただでさえも問題の多い今の学校教育を直撃した。それを従来の枠組みで何とかしようとするからますます上手くいくはずがない。

現場で教育自習をせず大学での座学でも良いことにすると、文部科学省が苦し紛れの代替策として代案を出したのであれば、他にもっと優れた案があるのであれば別だが、何もないのであれば先ずはその方向でポジティブに考えてみるべきではないか。

ただ批判し愚痴を言うだけではあまりにも無責任で芸がない行為ではなかろうか?

どだい、今の教育方法が絶対の基準なのか?そこに今までも問題はなかったのか?そこにメスを入れぬ限り、教育界の劣化はますます激化するだろう。

もっと言えば、「子どもたちに今の学校制度は本当に必要なものなの?」という疑問にもぶつかる。もしかして、かなりの子どもたちにとって今の学校教育制度は必要悪、なくては困るが(文科省が教育の手段を独占していて、他の機関やシステムがそれに取って代わることができないから)そのために他の手段を実行できない妨げ、桎梏になっているかもしれないのだ。

 

親御さんの多くだって、疑問に思っている人は多いが、敢えて踏み出すだけの勇気もないし、そのデメリットを自ら実践する気概もない。「取り敢えず」「かのように」という対応によって様子見の状態というところだろうか。

 

withコロナ、afterコロナが叫ばれている。もう新型コロナウイルス角さん前の状態には戻れないだろうという。

ならば、取り敢えず今は代替措置に従ってはいても、それはあくまでも代替案に過ぎない。間に合わせである。新規のシステムではない。

ところが、子どもたちの日々の成長に待ったはない。絶えず生成し流転している。だから、子どもたちの地平に立つならば、今ここで次なるステップの案内がほしいのだ。

 

世の中には面白い経歴を持つ人、個性的な生き方を選択して現在に至る人たちがいる。周りのみんながことごとく反対するから敢えてその道を選んで成功したような人たちだ。リクルートの江副氏、ライブドアの堀江氏、指折りの高額納税者の斎藤氏、ZOZOタウンの前澤氏、れいわ新選組の山本氏…いやいやこれはほんの一部かも。

彼らに共通しているのはみな途中で学校を捨てた人たちであるということ。彼らにとって学業を続けることはまさに桎梏になっていたということだろう。

もちろん、学校を捨てればなんとかなるという単純な話ではない。だが、彼らにとってもはややるべきことは他にあった。考えるべきものは他にあった。そういうことだろう。

 

彼らは我々に何を語っているか?新型コロナ禍によって学校という子どもの教育システムがガタガタになっている今、よく考えたいものだ。

 

毎日新聞の記事はこれ。

 

 

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図書館にある本をデジタル端末で利用できる

2020年11月09日 | 日本社会

文化審議会の作業部会は9日、著作権法改正案をまとめ、図書館の蔵書の電子データを利用者のデジタル端末で利用できるようにした。

朝日新聞時事通信が詳しく伝えている。

 

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「未成年者誘拐で中学教頭逮捕」が問いかけるもの

2020年10月08日 | 学校教育

未成年者誘拐で現職の中学校長が逮捕された事件で、校長会でも動揺が広がっている。

この記事では巧みに避けられているが、学校の管理職の立場の人間が未成年者誘拐事件を起こしたことの衝撃は大きかろう。

「学校が危ない!」「学校は危ないところ」ということが現実のものとなった。「子どもを学校に通わせていていいものか?」という考えさえ生まれて来よう。

このコロナウイルス禍を契機に、「通学」という、明治の学生発布以来自明のことと考えられてきた学校教育システムを再考する時が来たのかも知れない。

 

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学校教員の養成に問題がありはしないか

2020年09月09日 | 学校教育

学校の教員の揚げ足を取るようで申し訳ないのだが、なぜこの手の人が子どもの指導者然として現場で教員をやっているのだろう?なぜ、こうなる前に他の教師からの注意や管理職からの指導等が入らなかったのだろう?

記事から判断したところ、このような言動を学校内部では常識のレベルであったのか、この教員はこれが正しい指導の一環だとして疑っていなかったようだ。子どもから聞いた保護者からのクレームとして初めて問題化している。それにそれを指摘されての休職が反省からではなく理不尽なイジメにあった子どもの逃げのようにも映るのだが。

学校教育の現場が社会一般の感覚からズレているということなのか。もしそうだとすると、単にこの学校にとどまらず、日本の教員養成の根幹に関わることとも考えられはしないだろうか。建前と本音がこんなに乖離していて健全な学校教育などできるのだろうか。

特別支援学級の児童を「邪魔だと思う人は手を挙げて」…小学教員、一緒の授業の場で

 

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